第71話 合成魔法と連撃

「ジェフ先生。合成魔法はどうすれば使えるのですか?」


 ミラが質問する。ジェフは両手を突き出して、右手に赤のマナ、左手に青のマナを練る。


「最初に魔法の色を確認した時と同じように、2つの色のマナを練りだす。普通に魔法を撃つ時は1つのマナの色に集中するが、合成魔法はこの状態で魔法を放つ。まずは精霊魔法と何でもいいから他の色の2種類を練るんだ」


 ジェフの言う通り、ミラは精霊魔法と黄。クララは精霊魔法と青。それぞれマナを練りだした。


「嬢ちゃんもやってみな。精霊魔法じゃなくても良いからさ」


「はい」


 イーリスは、赤と緑のマナを練る。


「よし、この状態を維持しろ。それだけで良い。ただ時間が経つほどに維持が難しくなってくるからそこには気を付けな」


 ジェフの言う通りにする3人。イーリスが奥歯を噛みしめて、汗をかき辛そうな表情をする。


「う、ぅううう……!」


「イーリス、がんばれ!」


 なんとか耐えているのが目に見えてわかる。アルドも愛娘ががんばっている姿を見て思わず応援してしまう。


 最初こそ涼しい顔をしていたクララとミラだが、彼女たちも段々と汗をかいてしまう。


「普段の魔法を撃つ時とは違って、これはこれで結構来るものがあるだろ? 腕立て伏せに例えるならば、今の状態は体を下げている状態を維持しているようなものだ。魔法を放つと体を上げている状態になり、一時的には疲労があるが、実のところずっと伏せっぱなしの方が辛いみたいな感じだ」


 パァンと何かがはじける音がしてイーリスの足元が崩れ去った。


「わ、わぁ!」


「イーリス!」


 アルドがすぐにイーリスの元に駆け寄り、彼女の体を支える。アルドはイーリスの体を抱き、心配そうに見つめる。


「だ、大丈夫だよ。お父さん……でも、今一瞬なんかマナが変な感じになったような」


「ああ。それでいい。2色のマナが混ざる瞬間が最も維持するのが難しくなる。嬢ちゃんはもし今のを維持できていたら、合成魔法を撃てる土壌が仕上がっていたことになるな」


「なるほど……」


「ちなみに、マナが混ざる時間というのは個人差があって、訓練次第で短くすることも可能だ。ただ、それとは別に、精霊魔法は混ざるのに時間がかかる。嬢ちゃんの方が先に混ざり切って弾けたのはそういうことだな」


「むむむ……んぐうう、はっ……!」


 また、パァンと弾ける音がして今度はクララが尻もちをついてしまう。


「ちょっと、これ難しいよ」


「かっかっか、だから今まで教えなかったんだ。使えもしない合成魔法の練習するよりかは基本的な魔法を1色ずつ鍛えた方が早く強くなれるからな」


「………………すー……ふぅー……」


 残ったミラが深呼吸をして心を落ち着かせる。するとミラの体を纏っていた2色のマナが混ざり合いバチィと鳴り、彼女が垂れ流しているマナが決壊したダムのように跳ね上がった。


「よし、ミラ! 撃ってみろ!」


 ジェフに促されるまま、ミラは両手を差し出した。誰もいない方向に目掛けて魔法を――


「う、撃てない……ダメだ! 最後の一押しの力が足りない!」


「かっかっか。さっきまで体に負荷がかかっていたから、魔法を撃つ余力も残ってないってか?」


 今度はパァンと弾けてミラが地面に手をついてしまう。汗もだらだらで深い息をして疲労が見てとれる。


「くっ……これ本当に合成魔法を使えるようになるのか……?」


「使えるようになるための手っ取り早い方法を教えてやろうか? それは練習だ。間違っても実戦で使おうとはするなよ? 慣れてない内は隙だらけな上に、今みたいに疲労感が襲って来て戦いどころじゃなくなる。戦いの中で成長なんて合成魔法ではありえないと思え」


 3人はジェフの言葉を深く胸に刻み込んだ。


「はぁはぁ……」


 イーリスは立っているのもやっとというほどに疲労している。


「嬢ちゃんは無理そうだな。まあ、大の大人でも最初の頃は連続で練習はできない。子供に何度もやらせるのは酷なものだ。しっかり体を休めてから再挑戦しな」


 ジェフは置いていた酒瓶を手にして、それを飲み始める。


「ぷはあー……! まあ、なんだ。後は自主練でもなんでも好きなようにしてくれ。じゃあな」


「待ってくださいジェフさん」


 その場を去ろうとするジェフをアルドが呼び止めた。


「なにかコツみたいなものはありますか? 自主練だけだと間違った方法が身に付いちゃうかもしれません。指導者が見ていないと変な癖がついちゃうというか……」


「ああ、まあ心配するな。変な風に覚えることはないさ。魔法に間違いがあるとすれば、他人の感覚に矯正されることだ。俺、ミラ、クララ、イーリス。それぞれマナの流れ方が違う。俺が習得した時の感覚を教えたところで、こいつらに適応するとは限らねえんだ。自分のやり方で自分の感覚を掴むしかねえ。俺は必要なことは教えた。後はこいつら次第だ」


「そういうものなのですか? すみません。魔法には疎くて」


 魔法が使えないアルドにとっては、ジェフの言っていることの正誤はわからない。しかし、3人の頷いている反応を見ているとそれが正しいものだと理解できた。


「お父さん……私、がんばって合成魔法を習得するよ」


 両手をぎゅっと握りしめてイーリスは決意を固めた。アルドにできることはイーリスを応援して支えてやることだけである。


「わかった。がんばろう。イーリス」



 アルドは1人。街にある訓練施設にいた。施設利用料を支払えば誰でも利用できる施設。イーリスをミラとクララに預けてまでここに来た理由はちゃんとある。


「ハァ!」


 アルドが魔法で作られた岩人形相手に武器を振るう。アルドはこれを粉砕できるほどの力を手に入れたかった。自分よりも年下の女の子たちががんばっているのに、自分だけ何もしないわけにはいかない。


「雷突!」


 雷神の槍での必殺技を岩人形にぶつける。岩人形にヒビが入る。


「あんたもがんばるねえ」


 アルドに背後にいたのは、訓練施設の管理人の男性である。管理人はあくびをしながらアルドの動向を見ていた。


「はぁはぁ……」


「あんたも結構体が鍛えられているし、武器もそれなりに良いものを使っている。でも、一撃で岩人形を破壊するには至っていない」


 アルドは現実を管理人に突きつけられた。アルドは鉱山で仕事をしていることもあってか、肉体は問題なく鍛えられている。一般的な成人男性の中でも上澄みに位置する方だ。そして、武器も邪霊の純粋な力を引き出して他の武器よりも性能が圧倒的に上なのである。


 それにも関わらず、アルドの攻撃力がイマイチ足りていないのには理由があった。


「あんた、どうして魔法で肉体強化しないんだ?」


 魔法を使うのが苦手なものでも、信仰が低いものでも、体内にはマナが流れている。そして、マナは身体的能力を強化することができる。肉体的には普通の少女のクララが、成人男性を相手に手玉にとれたことがあったのもそのおかげである。


 アルドはマナそのものを持たないために身体能力強化すらできないのである。その代わり、アルドは武器の性能を引き出すことで身体能力を強化することはできている。しかし、マナは鍛えれば身体能力の補正も強くなるが、武器は精霊にマナを注入してもらわなければ性能を上げることができない。


 要は強くなる速度が非常に緩やかなのである。一応は素の肉体も鍛えられて強くなっているが、それではマナで身体能力を強化しているクララと比較した時に成長速度が劣ってしまう。


「強化ができなくたって、やってやる! 雷突!」


 アルドが雷神の槍で岩人形を突く。ちょうど、その時槍の先端がポキっと折れた。


「あっ……」


 度重なる訓練のせいで武器の耐用度を超えてしまった。アルドは仕方なく、疾風の刃を展開した。


「疾風一閃!」


 アルドが技を放った瞬間、今までに感じたことがないかつてないほどの力が沸いてきた。そして、気づいたら岩人形が音を立てて崩れ去った。


「え?」


 アルドは自分の力に驚く。管理人も目を丸くしてアルドを指さしてガタガタと震えている。


「は、はあ!? あ、あんた……え? マナで体を強化してなくてそれ……? え?」


「な、なんだ……ぼ、僕も今のよくわかってない。一体何が起きたんだ?」


 この時、アルドが偶然発見した新たなる可能性。当の本人もまだその力を発揮できる法則には気づいていなかった。

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