第57話 おとり作戦
結局、アルドはイーリスを見つけられないまま陽が暮れてしまった。
「もう陽が暮れたね」
クララがそう言った時、アルドは夕暮れを見上げながらイーリスのことを想った。もし、自分が空を飛べたのならば、空中駆け巡ってでもイーリスを探すと言うのに。地に足を付けている生き物の限界を感じてしまう。
「時間的にはもう遅い。夜に出歩きまわるのも危険だ。特にこの辺りは治安が悪いからな。アルドさん心配なのはわかるが、今日は一旦切り上げた方が良いだろう」
ミラはアルドの気持ちを汲みながらも一旦は退く選択肢を与える。
「……でも、イーリスは」
「もし、イーリスちゃんを連れ去った誘拐犯と戦闘をするとなった時、ボロボロの体ではどうしようもない。そういう時のためにきっちり休むべきなのではないか?」
ミラに説得されてアルドはうなずく。気持ちの上ではかなり焦っているけれど、無理に捜査を続行するわけにもいかない。
「わかった。今日は一旦引き上げようか……それと、ミラ。そろそろホルン君が連れ去られてしまう可能性がある。しっかりと守ってあげてくれ」
「うん。そうだな。忠告ありがとう」
アルド、クララ、ミラの3人はそれぞれの自宅へと戻った。アルドは自分のベッドで眠る。やけに静まり返った我が家。家が軋む音が虚しく響き渡る。イーリスがいない。その事実だけで、アルドの心の中にぽっかりと穴が開き、いつも感じている静寂がより強く身に沁みてしまう。
本当は休んだ方が良い。それはアルドもわかっている。けれど、イーリスのことが心配過ぎて、アルドはひたすらに天井を見上げることしかできない。
「眠れるわけないだろ……」
ぼそっと呟いてアルドは寝返りをうつ。ベッドの軋む音が耳に残り続ける。
◇
「お姉ちゃん。もう夜なのにコーヒー飲むの?」
マグカップ片手にしているミラを見てホルンが不思議そうに見つめている。
「ああ。なんか飲みたくなってな」
「そうなの? でも、こんな時間に飲んだら眠れなくなっちゃうじゃない?」
「はは、そうかもな」
ミラは心の中で「今日は眠るわけにはいかないからな」と付け加えた。ミラはホルンをなんとしても守りたい。そう思っていた。イーリスのように寝ている間に連れ去られてしまっては、後悔してもしきれない。アルドの様子を見ているだけでも、最愛の守るべき存在がいなくなってしまうのは辛いことだと痛いほどに伝わってしまう。
その日、ミラはホルンと一緒に眠ることにした。ホルンはすやすやとミラの隣で寝息を立てている。愛らしいホルンの寝顔を見てミラがふっと微笑みかける。その時だった。
ホルンがガバっと起き上がった。
「呼んでる……」
ミラの心が身構えた。ついに来た。ホルンは誰かに呼ばれた様子ではあるが、ミラにはその声が全く聞こえない。この声の主は何者なのか。それを知るチャンスが来たのだ。
「大丈夫。ホルン。お姉ちゃんが守ってあげるから」
ミラは立ち上がり、ベッド近くに隠してあった杖を手にとり、ホルンの後をつけた。
「ごめん……ホルン。でも、アタシがやるしかないんだ」
ミラはホルンをおとりにして、謎の呼び声の正体を突き止めようとした。ホルンを危険に晒すのはわかっている。だからこそ、ミラは何度も何度も心の中で葛藤をした。連れ去られる弟の手を取らないで、そのまま黙っている。姉として最低なことをしているのかもしれない。でも、アルドにホルンを守れと言われた時に思いついてしまったのだ。もし、ホルンが連れ去られた時に、自分がその跡を付けていれば……他に誘拐された子供を……イーリスを助けるチャンスが訪れるのではないかと……
ホルンが玄関を開けて外に出た。ミラも慌ててそれを追う。
「ライト!」
ミラは黄の魔法。光を出す魔法を唱えた。夜は暗い。これがなければホルンを見失ってしまう。夜の街の光景が映し出される。昼間の景色は見慣れているが、夜になるとその様相が異なって見える……どころの話ではない。子供たちが一斉にある方向に向かって歩いている。
「なるほど……」
そう言ってミラはホルンの手を掴んだ。そして――
「ハーデン!」
ホルンの足を石に変えた。対象の移動を一時的に制限させる赤の魔法。これでホルンは歩けなくなってしまう。その状態でミラはホルンを担いで家の中に入れた。
「ごめん。ホルン。ちょっとだけ待ってて」
ミラはホルンを安全な家の中において、他の子供たちの跡をつけた。他の子供を尾行すればわざわざホルンを危険に晒すこともない。そう判断してのことだ。
年齢は3歳くらいから12歳くらいまでの子供たち。男女問わず一定の方向に歩いている。彼らもなにかに呼ばれているのではないかとミラが判断した。そして、その呼んでいる何かの正体。それは……やせこけた女性だった。
「あれは……人の形をしている」
ミラは慎重に様子をうかがっていた。やせこけた女性。多少老け込んではいるが、年齢は30歳後半くらいだろうかとミラは判断する。目がギョロっとした感じだが、どこか虚ろでぶつぶつと何かを呟いている。
その周囲には街から集められた子供たちがいて、子供たちが集まったのを確認すると女性はどこかへと歩いていく。
「正体はなんなんだ?」
人の形をした邪霊、精霊はいる。だから、見た目が人間だからと言って、その正体が人間とは限らない。だが、ミラはなにかこの女性に違和感めいたものを持っている。女性が着用しているもの。それは、女性用のディガーウェア。動きやすい恰好で主に前線で戦うタイプのディガーが着用する服装である。クララが着用しているものだが、色味や細かいデザインが異なる。
ミラは女性の後をついていく。そして、女性は……街から少し外れたところにあるとある屋敷に入っていった。暗くて遠いから屋敷の外見はよく確認できない。後に続き子供たちもその屋敷の中に入っていく。
「あの屋敷に子供たちを閉じ込めているのか……」
ミラは屋敷に近づく。もちろん、まだ入るつもりはない。偵察のつもりだ。だが。ミラは屋敷に近づいた時にあることに気づいた。
「この屋敷……ダンジョン化している!」
屋敷から漏れる邪霊と精霊の入り混じったマナ。それがこの屋敷がダンジョン化していることを物語っている。この瞬間、女性の正体が確定した。なぜならば、既に閉じられているダンジョンに精霊と邪霊が出入りすることができない。精神体が出入りするためには、ボスの邪霊を倒して精霊を解放する必要がある。
つまり、ダンジョンに入れることができるのは実体を持つものだけ。
「あの女……人間だったのか」
ミラは杖をぐっと握った。今すぐ、あの女をどうにかして子供たちを助けたい。そう思っていても、無策に1人で入ることはできない。
「みんな。待ってて。今は無理だけど、すぐに助けてあげるから」
ミラはそう言い残して街へと戻っていく。アルド、クララ、2人の協力を得て攻略した方が良い。1人で突っ込んでしまって、もしミラの身に何かがあれば、この情報を誰にも共有できなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
ミラの判断は極めて冷静だった。もし、ホルンがこの屋敷の中に入った場合、ここまで冷静でいられる保証はどこにもなかった。ホルンを助けようとして何も考えずに突っ込む可能性は否定できない。そう考えるとホルンを安全な家に閉じ込めたのは実にファインプレーと言える。
「なにが目的か知らないけれど……他人の子供たちを誘拐するなんて許せない」
ミラは必ず謎の女を倒して子供たちを助け出すことを誓った。
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