第56話 犯人は誰だ?
「アルドさん。これからどうするつもりなの?」
クララがアルドに問いかける。アルドは少し考えて答えを出す。
「これから、誘拐事件について調べてみようと思う。話によると誘拐事件は以前より発生していたみたいなんだ。だとすればそれが手がかりに繋がるのかも?」
「なるほど。それじゃあ早速調べてみよう」
クララは完全に乗り気である。ミラもコクリと頷いて同調する。
「ありがとう。クララ、ミラ」
「礼には及ばないさ、アルドさん。アタシもクララもイーリスちゃんのことが心配なんだ。アルドさん程じゃないかもしれないけれど、助けたい気持ちは同じだ」
アルドはミラとクララがここまでイーリスのことを想ってくれていたことを目頭が熱くなった。娘はみんなから愛されている存在だとわかったのは親にとって何よりも嬉しいことだ。
「うん。それじゃあ、スラム街の方に行こうか。きっとそこなら情報が集まると思う」
アルドの提案で3人はスラム街へと向かった。情報を収集しようと酒場の方に向かってみると、またジェフが酒場の前でたむろしていた。
「おー。なんだ。みんな、こんな昼間から酒場に来て、しっかり働かなきゃダメだぞ~」
「先生には言われたくないです」
クララがキッパリと切り捨てる。ジェフは「カッカッカ」と笑って、全く心に響いていない。既にアルコール臭を漂わせているジェフは空き瓶を片手に上機嫌だ。
「そうだ。ジェフさん。この辺りの子供の誘拐事件について知りませんか?」
「ん? ああ、誘拐事件ねえ。最初はC区から始まって、B区、A区とどんどん進んでいっている。このまま、ミラたちの街の方に行くのも時間の問題かもな」
「そ、そうなんですか? ア、アタシの街に向かっている?」
ミラは服の裾を握りしめた。もし、ホルンが誘拐されたと思うと気が気でない。もし、誘拐犯が移動しているのなら、ミラにとっても、もう他人事ではなくなったのだ。
「……ああ、そういうことか」
ジェフはアルドたちを見て何か違和感に気づいた。普段、アルドにべったりとしているイーリスがいないこと。そして、アルドたちが急に誘拐犯の情報を収集していること。それらが意味することは、もう1つしかない。
「こんな話を聞いたことがある。俺の飲み仲間に6歳くらいの娘を持っているやつがいてな。そいつが夜中に物音がして目が覚めたら、床が軋む音がしてな。泥棒かなにかかと思って光魔法をそいつに向けて放とうとしたんだ。光を作って放つ直前、そいつの目の前にいたのは虚ろな目をした娘だった」
夜中に子供が目を覚ますという事件。それはホルンの一件にも似ている。アルドたちはなにか関係があるのではないかと耳を澄まして聞く。
「当然、娘に魔法なんか打てねえ。そいつは魔法を引っ込めて娘の肩を掴んだんだ。すると、娘がすごい勢いで暴れ出してな。精霊様が私を呼んでいるんだ。そう言って子供とは思えない力で父親を引き剥がして玄関へと向かった。父親はただごえではないと思い、なんとかして娘を抑えつけた。娘はすぐに大人しくなって、朝になるとそんな出来事がなかったかのように振る舞ったんだ。娘は声が聞こえたのは覚えているけれど、なんて呼ばれたかまでは覚えていないと語っていた。自分が暴れていた時の記憶もなかったらしい。そして、その日の朝。近隣の子供が根こそぎいなくなっていたって話だ」
ホルンの話と併せるとこれも誘拐事件に関係してそうだとアルドは判断した。子供が声を聞いて、その声に呼ばれて家を出ようとしてしまう。そして、それに気づかなかった家の子供は連れ去れる。
「イーリス……僕が気づいてさえいれば」
アルドは奥歯を噛みしめた。実際に物音に気付いて娘を守った親がいる一方で自分は呑気に寝ていて娘を連れ去られてしまった。もしかしたら、自分にも気づけるチャンスがあったのではないか。そう思うと自責の念にかられずにはいられない。
「アルドさんのせいではないとアタシは思う。恐らく、その呼び声とやらは、大人には聞こえないと思う。実際、ホルンには聞こえたのに、アタシにも聞こえなかった」
「でも、それっておかしくない? 呼んでいるのは精霊なんだよね? 精霊がそんなことするのかな?」
クララの話に、ジェフが頭をかきながら話を挟もうとする。
「クララ。恐らくはそれは精霊の仕業ではないと思う。精霊を騙るなにかだろう、だって、精霊は人間に様をつけられることを嫌う。でも、そいつの証言では、娘は“精霊様”と言った。精霊が子供に様付けで呼ばせるわけがない」
「精霊を騙るなにか……それってまさか」
「恐らくは邪霊だろうな。精霊と邪霊は同一の存在。つまり精神体だ。で、どちらも人間にはない力を持っている。邪霊ならば精霊を騙ることも容易だ」
クララとジェフの会話で今回の犯人が浮き彫りになってきた。犯行方法がおおよそ人間離れしているということは、犯人は邪霊の可能性が極めて高い。
「まあ、ここまで人に危害を加える邪霊ならば、精霊がその内なんとかしてくれるだろうけど……近くに精霊がいなければ邪霊の封印が遅れる可能性がある。そういう時はエクソシストの出番ってわけだな」
「いや、先生はその当事者のエクソシストでしょ。お酒なんて飲んでないで、退治しに行ったらどうですか?」
ミラがジェフにツッコミを入れる。そんな横でアルドはアゴに手を当ててなにやら考え込んでいる。
「うーん……本当に邪霊の仕業なのかな?」
「どういうこと? アルドさん」
クララがアルドに問いただす。アルドには何かこの事件が邪霊の仕業ではない何かだということを感じているのだ。
「邪霊が悪さをすれば精霊が封印する。これは間違いないとしたら、なんでこの近くにダンジョンがないのに精霊が対処してくれないんだろう。だって、他にダンジョンがある状態ならば、この近くに空いている精霊がいないからその邪霊を封じ込めると思うんだ」
「あ、言われて見れば確かに。この周囲のダンジョンは私たちが大体クリアしちゃって、しかも最近は新しいダンジョンもできていない」
精霊を解放して回っているクララがこの街にはいる。そうすれば悪さをしている邪霊がいればダンジョンに封印してしまうのが自然な流れである。
「うーん。もし、邪霊が犯人だとしたら考えられる理由は2つある。1つは邪霊が大したことない力しかない時だ。精霊が邪霊を封印するなら、その邪霊がある程度強くなくてはならない。じゃないと精霊が自分の身を犠牲にする必要ないからな。弱い邪霊が数多くいて、精霊が邪霊を倒して回っているけれど追いつかない。これがケース1だ」
ジェフが提示した1つ目のケース。それは街にネズミの邪霊が巣食っていた時と似たようなケースである。精霊はボスとなる強い邪霊がいなければ、わざわざ封印をしない。また、弱い邪霊も倒せる力はあるが、数が多ければそれも間に合わない可能性がある。
「そして、もう1つの可能性。それは、邪霊が強すぎて、この近辺の精霊の力では邪霊を封印しきれない可能性だ。その場合は、精霊が2体、3体がかりで封印をほどこす場合もあるが、そうなったらダンジョンも複雑化して攻略も難しくなるけどな」
「そんな強い邪霊がいるんですか?」
アルドがジェフに質問をする。ジェフは少し考えてから答える。
「まあ、あんまりないケースだけどな。そんな強くて害がある邪霊だったら、精霊も本気出して集結して封印に努めようとしている。これは強いけれど実害が少ない場合だ」
考察したところで謎が深まるばかりである。子供たちを誘拐した犯人は何者なのか、その目的は……そして、なぜ精霊が動かないのか。まだその謎の手がかりすら見つからない状態である。
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