第41話 緊急指令

 ディガー協会にてある指令が出た。凪の谷のダンジョンを攻略せよ。その指令書を持ってクララとミラがアルドの家で作戦会議をすることにした。


「緊急指令? なにそれ?」


 イーリスが初めて聞く言葉に首を傾げる。


「緊急指令は、ダンジョンがあることによる害が大きすぎて早急にダンジョンを解放しないといけないようなことなの。今回のダンジョンは結構ヤバイからね」


 クララのヤバイ発言にアルドとイーリスがゴクリと生唾を飲み込んだ。


「どうして、そのダンジョンがヤバイんだ?」


「それはね。まず、アルドさんとイーリスちゃんも乗ったけれど、ペガサス馬車。あれはダンジョンの上を通れないんだ。精霊は邪霊をダンジョンに封印しているでしょ? その封印のせいで、精霊も邪霊もダンジョンを出入りすることができないんだ」


 精霊もダンジョン内の邪霊を倒して精霊を解放することができない。それは基本的な原則である。だから、人間の手で邪霊を倒して精霊を解放する必要があるのだ。


「つまり、どういうことなの?」


「ああ、それはだな。ペガサスは精霊の影響を受けた動物なんだ。肉体を持っているけれど羽の部分が精神体になっていて精霊とほぼ同一として扱われる。だから、ペガサスもダンジョンに入ることができない」


 ミラの説明にアルドとイーリスもなるほどと納得した。


「凪の谷は結構広範囲に広がっていてね。ペガサス馬車の通り道になっている場所なの。そして、ペガサス馬車も運営する組織によって進んでいい空路が決まっているんだ。これはペガサス馬車同士による事故を防ぐためにあるんだ。凪の谷は複数のペガサス馬車の会社が通る空路の範囲にあるの。凪の谷が封鎖されるとペガサス馬車による物資の運送が滞っちゃうって話」


 クララの説明にイーリスは少しピンと来ていない。


「どういうこと? お父さん」


「要は、凪の谷を解放すれば、いっぱいお馬さんが通れるってこと」


「なるほど!」


 イーリスはわかってないのに納得してしまった。


「今回の凪の谷の解放はかなりのクリア報酬がかけられている。なにせ、ペガサス馬車を運営している会社も出資しているからな。普段のクリア報酬は、ディガー協会が素材を流通させて得た利益から出ているけど、今回はそれに会社の出資が加わっているからな。多くのディガーが参加するだろう」


「ってことは、ミラ。今回はダンジョン攻略に多くのディガーと鉢合わせをする可能性があるってこと?」


「ああ。そして、クリア報酬はボスを倒したパーティのものだ。どれだけ、クリアに貢献しても、もらえるのはそのパーティだけ」


 ダンジョンのクリア報酬はボスの邪霊に止めを刺したパーティにある。それは、ディガー協会の大原則である。いくら道中の邪霊を倒して道を開けても、その道を後から通ってきたディガーに横取りされる。そんなことは日常茶飯事だ。


「アルドさん。もちろん行くよね?」


「うーん、まあ、僕も本業の方があるからね。参加出来る時とできない時があるかな」


「それはわかってるよ。だから、アルドさんがいない間は私とミラで攻略する」


「あれ? 私は?」


「イーリスちゃんはアルドさんがいなくて大丈夫なの?」


「ううん、ちょっと不安かも」


 イーリスはこれまでアルドに何度もダンジョン内で守られてきた。それがなくなると、イーリスとしても不安なのである。


「それじゃあ、明日、アルドさん休みだよね? 早速4人で行こう!」


 クララの提案で凪の谷のダンジョンに向かうことになった。



 凪の谷に向かう道中の山。そこからダンジョンが始まる。ダンジョンの入口付近には、そこをキャンプ地としているディガーが数組いた。


「はっはっは、見ろ。あそこのパーティ。若い女ばっかじゃねえか。よく見たら1人男がいるなあ。ははは、ハーレムごっこならよそでやんな色男」


 モヒカンで顔にドラゴンのタトゥーを入れているガラが悪いディガーがアルドたちのパーティを見て野次を飛ばしている。


「なにあいつ! お父さんに向かって……」


 イーリスがイライラしてワンドをぐっと握りしめた。いつ、このワンドの"試し撃ち”をしてもおかしくない状況である。


「イーリス。落ち着いて。こんなところで、マナを消費するのはもったいない」


「で、でも……」


「はっはっは、そこの嬢ちゃん。ここはガキの遊び場じゃねーんだ。さっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」


「あいつ……!」


 アルドは、雷神の槍を手に持ち、それをモヒカンに向けようとする。


「やめないか。アルドさん。ディガー同士で争う意味はない」


 ミラに止められて、なんとか怒りと槍を納めるアルド。


「わかってる。でもイーリスをバカにされて」


「ありがとう、お父さん。私のために怒ってくれるだけで嬉しい」


「イーリス。いい子だな!」


 アルドがイーリスの頭をわしゃわしゃと撫でる。イーリスはきゃっきゃと喜んでいて、その様子を見たモヒカンは——


「な、なんだあいつら……変な奴ら」


 ガラの悪いモヒカンは置いといて、アルドたちは山を登っていく。既に何組かのディガーが通った後なので邪霊が始末された後である。今まではアルドたちが先行してダンジョンを攻略することが多かっただけに、誰かが攻略した後というのは新鮮な気持ちになる。


「なんか楽だけど味気ないねー」


「そうだね、イーリス……」


 新しい武器を試したくて仕方ない親子2人は邪霊が出現しないことに少し不満に思っている。


「ブリュレ!」


 前にいるディガーのパーティが邪霊と戦闘している。黒いローブを身にまとった男性が赤の魔法。ブリュレを使って邪霊を炎で包み込んだ。


「きしゃあああ」


 邪霊は抵抗すらできずに焼かれて行ってしまう。


「凄いな。赤の魔法の基礎中の基礎。それで邪霊を焼き尽くすなんて」


「そうか。ミラは前線から退いていた期間が長いから知らないんだ。あの人は、ヴァン。赤の魔法が得意の魔法使い。ここいらのディガーの中でも最強クラスの実力の持ち主だよ」


「最強クラスの魔法使い!?」


 魔法が好きなイーリスは目をキラキラと輝かせた。


「まあ、性格は悪いらしいけどね。特に女子供が嫌いなんだ。イーリスちゃんは両方該当しちゃうね。あいつに近づかない方がいいよ」


「そうなんだ。わかったよ、クララさん。気をつける」


 ヴァンは邪霊たちを次々とブリュレで倒していく。障害となるはずの邪霊を、まるでのれんをくぐるかのような手間で処理をしていく。


「どうする? アルドさん。あのヴァンって人の後をついていく? そうすれば、邪霊の戦闘は避けられると思うよ」


「うーんそうだな」


 クララの提案に悩むアルド。確かに邪霊との戦闘は避けられるものの、アルドもイーリスも新しい武器を持っている。その性能を確かめないままに先に進むのは危険な気がするのだ。


「ついてくるな」


 ヴァンが背後を振り返り、アルドたちに向かってそう言った。


「リーダー?」


 ヴァンのパーティメンバーの剣士の青年が急に振り返ったヴァンを見て驚いている。そして、視線の先を見て納得した。


「リーダー。つけられているのを察知していたんですね! 流石です!」


「流石でもなんでもない。逆にお前は鈍すぎだ」


「へへへ。気を付けやす」


「俺は人の背後をつけられるのは嫌いなんでね。悪いが、俺たちと違うルートを進んでくれ。出ないと……お前らを燃やし尽くす」


 ヴァンは手から炎を出してアルドたちを威嚇した。イーリスはヴァンの気迫にビクっと震えて思わずアルドにしがみついてしまう。


「女、それも子供の集団を引き連れているのか。物見遊山気分でダンジョンに来ているならやめておけ。凪の谷は俺たちが解放してやるから、さっさと帰んな」


 ヴァンはそれだけ言い残すとさっさと先へと進んでいった。


「なんだ、あいつ。嫌な奴だな」


 ミラがボソっと呟いて、クララが「ね!」と同意した。

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