第40話 未来に向かって歩く

 邪霊たちのボスを倒したことで、邪霊たちは一斉に散り散りにどこかへ行ってしまった。下水道含めて、この街にはもう邪霊は存在しなくなった。


 アルドたちは下水道から出て戦いが終わったことを実感した。これにて、ミラが亡くなる最悪の未来を回避することができた。


「さてと、それじゃあ俺はそろそろおいとましよっかなっと」


 ジェフは出て来て早々に立ち去ってしまった。彼が向かっている方向は明らかに昼間から飲めるスラム街である。それを見て、クララとミラは呆れてしまった。


「全く。頼りになるのかならないのかよくわからない先生だ。彼にエクソシストを任せるのはちょっと不安になってきたな」


「それじゃあ、ミラさんがエクソシストになろうよ」


「アタシがか?」


 イーリスの突然の提案にミラは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を見せた。


「イーリスちゃん。ミラは、その学校の先生になるのに忙しいの。ミラが勤めている学校の先生は副業しちゃいけないんだってさ」


「そうなんだ……」


 副業禁止ならば、ミラもエクソシストをやるわけにはいかない。それに、ミラには身寄りのない弟がいて、彼の面倒を見るためにも危険な仕事はできないとのことだった。


「そうだな。イーリスちゃんの言う通りかもしれない」


「ミラ!?」


「クララ。アタシは、元々はエクソシストになりたかった。でも、両親が死んで安定した弟のために安定した職に就こうとした。その考えは間違ってなかったと思う。でも……この街のエクソシストはダメだ。やる気も実力もないか、実力はあるのに、昼間から酒を飲んでいるようなのしかいない」


 後者はやけに人物像がハッキリと見える。今回の件で最初から動いてくれなかったことをミラは根に持っているのだ。


「街の安全が保証されてなければ、安定した職も意味がない。そういうものは平和の上に成り立つものだ。だから、アタシは邪霊の手からこの街を守るためにエクソシストになる」


 ミラはグッと拳を握り決意を固めた。


「まあ、ミラがそれでいいなら、私は止めないけど。ねえ」


「とは言ってもエクソシストはそこまで稼げる職業じゃない。別に職業を掛け持ちする必要もあるだろう。だから、アタシはクララ。お前と一緒にディガーもやらせてもらう」


「え? ディガーも?」


「ああ。一応、ディガーの資格も取ってある。ダンジョンを探索する時は呼んでくれ。同行しよう。アルドさんもイーリスちゃんもよろしく」


「ああ、よろしく。ミラ」


「よろしくね。ミラさん」


 こうして、アルドたちに新しい仲間ができた。本来なら魔女イーリスと敵対していたクララ。それと魔女イーリスに殺されるはずだったミラ。決して仲間として交わることがなかった4人の冒険はこれからも続いていく。



 アルドは再びルドルフの店を訪れていた。D区にある特殊な鍛冶屋。そこでは、本来なら誰も作らないはずの純粋な邪霊の装備の製作を依頼することができる。


「よお。いらっしゃい。あれからどうだ? ワシの疾風の刃は役に立ってるかい?」


「えーと。すみません。折角作って頂いた武器ですが、壊れちゃったみたいです」


 アルドはヘドロで劣化して刃先が折れた疾風の刃を見せた。しかし、ルドルフは……


「おいおい、見せるだけにしてくれよ。ワシだって、そんなもの触っていたら器が壊れる可能性があるんだから」


「おっと、それはすみません」


 武器を作っている当のルドルフも細心の注意を払って取り扱っているのが邪霊の装備である。武器として加工する前の邪霊の素材は触っても問題ないが、武器として加工されたものは、ルドルフも極力触らないようにしているのだ。


「まあ、武器が壊れたってことは、新しい武器が欲しいってことだろう? どれ、持っている邪霊の素材を見せてみろ」


 ルドルフはアルドが現在所持している邪霊の素材を確認する。そして、ふむふむと唸っている。


「なるほど。この武器ならば……雷神の槍が作れるな」


「槍か……武器の種類が変わっちゃうんですね」


「まあ、とにかく色んな武器に触って合うか合わないかを判断したほうがいい。意外と槍の方があっているかもしれないぞ? 会わなかったらまた別の武器を作れば済むだけの話だ」


「なるほど」


 流石に武器がないとまずいというのと、ルドルフに説き伏せられて結局アルドは雷神の槍の製作を依頼した。


「まあ、武器が出来上がるまで数日待ってくれ」


「はい、わかりました。お願いします」


 アルドはルドルフの工房を後にして、自宅へと戻った。



「お父さん、見て見てー。ほら、私専用の杖の武器ができたんだよ!」


 イーリスは魔導士が使うワンドを手に取って、それをぶんぶんと振り回していた。ワンドは直接的な打撃用の武器としてはあまり強くないが、魔法を高める効果がある。接近戦が苦手で魔法に特化しているイーリスにはピッタリの武器である。


「おお、イーリス。似合ってるじゃないか。魔法使いっぽくて、かわいいぞ」


「そうかな? 私、かわいいかな? えへへ」


 イーリスは笑顔でワンドを振り回している。


「あ、そうだ。お父さん。私、これからミラさんにも魔法の修行をつけてもらうことにしたんだ」


「へー。そうなんだ。良かったな。ミラの方がクララよりも魔法が得意なんだろう?」


「うん。ミラさんは赤の魔法が使えるから、赤の魔法はミラさんに、緑の魔法はクララさんに教えてもらうんだ」


 魔法に興味があるイーリスは、色んな魔法を教えてもらえるようになって、嬉しそうに小躍りをしている。


「えっとね。ミラさんが言うには、魔導士が装備するローブは、体内に残っているマナが多ければ、より敵の攻撃を防げるようになるんだって。だから、マナを増やす修行もした方が生存率があがるって言ってたよ」


「ああ。それはぜひともやった方がいい。イーリスに、もしものことがあったら、僕は生きていけないよ」


 相も変わらず娘の生存率を気にするアルドである。イーリスもアルドに心配されて愛されている実感をして笑みがこぼれる。


「それでね、今日もいっぱい修行してきたから褒めて欲しいんだ」


「ああ、いくらでも褒めるよ。イーリス。才能があるのに、努力も怠らないなんて、流石は僕の娘だ。将来は世界最強の魔法使いになったりしてな」


 アルドはイーリスの頭をよしよしと優しく撫でた。そしてイーリスが両手を広げてから、アルドにぎゅーっと抱きついた。


「お父さん、抱っこして」


「ああ、いいぞ。それ」


 アルドはイーリスを抱きかかえる。イーリスが赤ん坊のように「きゃっきゃ」とはしゃいで楽しそうにしている。


 一通り、イーリスが楽しんだ後にアルドはイーリスを下した。するとイーリスはくるりと回転して口を尖らせた。


「あーあ。早くダンジョンに潜りたいな。このワンドの力を確かめたいよ」


「そうだな、新しい武器を装備すると試したくなるのはわかる。でも、イーリス。ダンジョンが近くにないのは、邪霊が出現していないっていう平和な証拠なんだよ」


「でも! ダンジョンができなかったら、お父さんも生活が困るでしょ!」


「まあ、それは否定できない。悲しいけど」


 ダンジョンができるというのはある種、世界にとって不幸なこととも言える。しかし、その不幸がなければ商売ができない人だっている。ディガーだって完全に慈善事業だったら、ここまで職業として成り立つことはなかった。邪霊を倒すことで得られる素材。それらが、生活の役に立つようなものであるのが幸いしているのである。そうでなければ、ディガー協会も生まれずに、ディガーのサポートもできなかった。

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