第36話 最悪の予知を変える
仕事終わりのクララは、アルドの家に呼ばれてそこで会話をすることになった。
「アルドさん。どうしてジェフ先生やミラのことを探していたの? 面識あるわけじゃなさそうだし」
アルドはどう話したらいいものかと頭を悩ませた。しかし、イーリスがばっと身を乗り出す。
「ミラさんが死ぬ夢を見たんだよ!」
「イーリスちゃんが?」
「ううん。私とお父さん!」
クララはイーリスの
「予知夢ってやつなのかな。でもね、私は占いや予知夢とかそういう根拠がないものは信じないようにしているんだ」
「そんな……」
イーリスがガッカリしてしまう。しかし、クララがニッと笑う。
「でも、私はアルドさんとイーリスちゃんのことは信じている」
クララのその言葉を聞いた瞬間、イーリスの顔がパァっと明るくなった。
「だって、二人共、不思議な力を持っているもの。それに、ミラと会ったことがないのに、彼女の存在を言い当てた。だから、私も協力する!」
「ありがとう、クララさん!」
クララに信じてもらえてほっとするイーリス。だが、それで問題が解決したわけではない。
「信じてくれてありがとう。面識がない僕たちが言うよりかは、クララが言ってくれた方が少しは信じてもらえる確率が高まると思う」
「そうだね……でも、私はできるだけミラは巻き込みたくないと思ってるの」
クララの顔が曇る。下唇とぐっと噛み拳も握る。
「ミラは戦っちゃいけないよ。ミラは誰かが困っていたら、自分の身をかえりみずに戦いに身を投じるような性格だけど……もし、ミラが亡くなったらあの子が……」
あの子。それにアルドは覚えがある。
「もしかして、弟のことか?」
「アルドさん。そこまで知ってたの?」
「うん。夢でうっすらと出て来て覚えている」
アルドのおぼろげな記憶。魔女イーリスとの戦いで弟をかばい亡くなった。弟はそれからエクソシストになり、勇者の仲間となる。それが本来の歴史である。
「ミラの弟のホルン君。結構、歳が離れていてね。今は5歳だったかな」
「私より子供だね」
「ミラも本当はエクソシストを目指していたの。でも、両親が亡くなってからは幼い弟の面倒を見るためにその夢を断念したんだ」
「エクソシスト。だからあのジェフと知り合いなのか」
「そうだね。ミラは私の姉弟子。魔法の才能は私よりあったけど、運動神経は私の方が上。ジェフ先生は魔法だけじゃなくて、実戦的な体術も教えてくれたから、私も強くなれたんだ」
クララの強さに納得がいったアルド。確かにきちんとした指導者の下、鍛えていれば素人同然のゴロツキなど相手にならない。
「ミラは今、子供たちに勉強を教えている先生をしているの。と言っても、まだまだ見習いで、本当の先生の付き添いをして勉強している感じかな」
「教育実習生みたいなものか?」
「きょういくじっしゅうせい? なにそれ?」
聞き馴染みのない言葉に目を丸くするクララ。アルドも自分がなにを言っているのかよくわかってなくて困惑している。
「まあ、とにかく。ミラを紹介するよ。話はそれからだね」
「うん。そうだね。頼んだよクララ」
◇
市街地の広場の公園。そこにあるベンチに座っている栗色の髪のおさげの女性。彼女は隣にいる小さい弟と一緒にクレープを食べていた。
「美味しいね。お姉ちゃん!」
「うん。そうだな。ふう……」
女性は空を見上げた。天気は晴れ。だが、今はちょうど流れてきた雲が太陽を遮っている。
「ミラ!」
クララが女性に話しかけた。
「ホルン君もこんにちは」
「こんにちはー!」
ベンチから立って挨拶をするホルン。ミラと同じ色の髪を掻いて照れ臭そうにしている。
「クララ。アタシに会わせたい人って? 誰なんだ?」
「そこのお兄さんとその子供だよ」
クララが指さした方向にはアルドとイーリスがいた。
「あはは。こんにちは」
「こんにちはー」
愛想笑い混じりに挨拶するアルドと愛想よく挨拶をするイーリス。その二人を見てミラはため息をついた。
「……運命の相手かと思っていたが、子持ちか。クララ。アタシをからかっているのか?」
「え?」
「会わせたい人って言ったら! 普通! 恋人候補の男の人を連れて来るだろうが!」
「あはは、ごめんごめん。でも大事な話があるんだって」
理不尽に怒るミラ。クララはいつもの調子だと言わんばかりに受け流す。その様子を見てアルドは行けると思っていた。
ミラがポロっと口にした運命の相手という言葉。なんとなくだけど、スピリチュアルなことに抵抗がなく、予知夢とか信じてくれそうな気配がする。
「大事な話とはなんだ?」
「実は——」
クララはアルドたちが見た予知夢の話をした。ミラも最初は信じられないと言った感じで聞いていたが、途中から興味を持ち始めた様子で頷き始める。
「アルドさん。ちょっと訊きたいことがある。私が死ぬと言ったな。そうしたら……ホルンは。弟はどうなる?」
ミラが気になるのは自分が死ぬことではなくて、死んだ後に弟がどうなるかということであった。
「ホルン君は生き残る。キミがかばうからだ。そして、ホルン君はキミの跡をついでエクソシストになる」
「――!!」
ミラは目を見開く。そして言葉を紡ぐ。
「アタシはエクソシストではない。でも、アタシがエクソシストになっているとしたら……それは最悪の未来なのだな」
「最悪……?」
アルドはミラが言っていることが理解できなかった。なにせ、ミラはゲーム本編開始前には死亡しているキャラである。そのキャラの更に過去を掘り下げたストーリーなどゲーム本編では語られない。別売りの設定資料集でのみ語られることであった。
「ああ。アタシはジェフ先生が亡くなったら彼の跡を継ごうと思っていた」
「え? そんな話聞いてないんだけど」
クララが口を挟む。確かにそれはクララも知らないことだ。ミラがかつてエクソシストを目指していたことしか知らない。
「今のアタシがエクソシストではないのに、あなたはアタシがエクソシストになる未来を言った。アタシの情報を事前に嗅ぎまわっていた詐欺師なら、アタシの胸中だけにあることを知るはずがない。そして、予言者ならもっとタチが悪い。先生が死ぬということだからな」
本来の歴史では、今回の邪霊の襲撃によってジェフが亡くなることになっている。邪霊がせめてものと市民を道連れに最後の一撃を放つ。ジェフはその一撃をかばって亡くなる。そして、ミラがジェフの跡を継ぐという流れだったのだ。
「信じるか信じないかで言えば、アタシはアルドさんをタチが悪い大人だと判断する。そういうことだ」
ミラは弟の方を向き、彼の視線の高さに合わせる。そして、頭をぽんぽんと優しく叩く。
「お姉ちゃん?」
ミラはぎゅっと弟を抱きしめた。
「ホルン……! もし、アタシがいなくなっても……立派に育つんだよ」
「え? なに言ってるの? お姉ちゃん。どこかに行ったらやだよ」
「あ、あはは。そうだな。ホルンを置いてどこかに行くなんてことはしない……絶対に」
アルドはミラの気持ちが痛いほどに理解できた。もし、自分が死ぬ未来を誰かに告げられた時、イーリスに対して同じことをすると思ったからだ。
死ぬときに後悔がないように最愛の存在と触れ合っていたい。人の心を持つ者ならば誰もが思うことであろう。
ミラは弟から離れてアルドの方を向いた。
「アルドさん。今からでもまだ間に合うかな? アタシがそこで死ぬ未来を変えるのは……いや、アタシはジェフ先生も、違う! みんなもだ。誰1人として、死なせたくない。」
アルドはコクリと頷いた。未来を変えた経験。アルドにはその自覚はなかったが、それでもここで日和った答えを出すつもりはない。
「変えてみせるつもりだから僕はここにいるんだ」
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