第14話 父と娘と父の相棒
「イーリス。明日はお父さん休みなんだ」
「え? そうなの!?」
イーリスの目が輝く、身を乗り出してアルドの話を聞く体勢となった。アルドは休みの日には必ずどこかへ連れて行ってくれる。今回もそれを期待してのことだ。
「この前話した僕のディガー仲間のクララ。彼女と顔合わせをしたいんだ」
「あ、うん」
イーリスはその時点でちょっと不貞腐れてしまった。折角、アルドと親子水いらずで出かけられると思ったのに、全く面識のない他人がいるのは、イーリスにとっては面白いことではない。
「まあ、イーリスもいきなりクララと2人きりは嫌だろう。だから、僕と一緒の時に慣れて欲しくてね」
アルドなりの気遣いである。将来的にイーリスが独り立ちをする時に、色んな人に慣れさせた方がいい。娘のためのことを想ってのセッティングである。
イーリスは心の中では嫌がってはいるものの、彼女の将来のことを考えたら必要なことだ。
イーリスはもやもやとした気持ちを抱えたまま、就寝した。そして翌日、目を覚ます……目を覚ましたイーリスだったが、寝たフリをしていた。
「イーリス。起きなさい。今日はクララが来るんだから」
アルドがイーリスの体を揺らして起こした。これには流石のイーリスも寝たフリができずに起きざるを得ない。
「ほら。パジャマからお出かけ用の服に着替えて」
アルドが寝室から出ていく。イーリスはのそのそとした動きで、渋々ながらも着替えを始めた。
イーリスがお出かけ用の服に着替えた後に、諸々の準備を済ませて、イーリスはアルドを手を繋いで外に出た。
クララと待ち合わせの場所に向かう道中、アルドはイーリスに礼儀を言い聞かせる。
「いいか? イーリス。まずはクララに会ったら挨拶をするんだ。なんて挨拶すればいいかはわかるな?」
「こんにちは、はじめまして」
「うん。その後に自己紹介だ。やってみよう」
「イーリスです。9歳です」
「いい調子だ!」
娘がきちんと挨拶できることにテンションを上げるアルドではあるが、イーリスは極めて質の低い棒読みをしている。
「いいか? クララはイーリスのお姉さんなんだ。ちゃんと、さんをつけて呼ぶんだぞ」
「はーい」
どことなくやる気のない返事をするイーリス。そんなトレーニングをしながら歩いていると待ち合わせの場所についた。待ち合わせの場所には既にクララの姿があって、なにやらシャドーボクシングをしている。
「シュシュッ……シュッ!」
「クララ……なにしてるんだ」
待ち合わせをしていなければ確実に他人のフリをしているであろう奇行をするクララ。アルドは仕方なく話しかける。
「あ、アルドさん。こんにちは! いやー。このあたりも物騒だからね。私みたいな女の子が1人でいると、変な
キレのいいジャブを空中に向かって放つクララ。その、あまりのキレの良さにイーリスは、口を開けて驚愕をしている。
こいつ、できる。下手に逆らったらボコボコにされる。この生物には逆らえない。従順でいなくちゃ。イーリスの幼いながらも生まれた時から備わっている生存本能がそう告げている。
「お、可愛い女の子発見。キミがイーリスちゃんだね」
「あ、は、はじめまして。こんにちは……イーリスです。9歳です」
棒読みというよりかは、ぎこちない感じでの挨拶。ここに来る前は、アルドの関心を引き寄せる存在としてライバル視していたが、いざ、クララを目の前にすると緊張でなにもできない。
「あはは。そんなに緊張しなくてもいいよ。じゃあ、私も改めて。ごほん。はじめまして、こんにちは。私はクララです。14歳です。職業はディガーをやってます。イーリスちゃんのお父さんにはお世話になってます」
あえてイーリスと同じく敬語で自己紹介をするクララ。いわゆるミラーリングという手法。イーリスの警戒心をどうにかして、ほぐそうとクララなりに気を遣っての行動である。
「あ、ああ……」
「イーリス。大丈夫だよ。なにもクララはキミを取って食おうなんてしないから」
「ほ、本当?」
イーリスが頼れるのはもうアルドしかいない。クララがなにかしてきたら、アルドに守ってもらおう。そう思って、イーリスはアルドのズボンを掴んでぎゅっと近づく。
「ん? そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。イーリス。仮に暴漢に襲われてもクララがやっつけてくれるよ。なにせ、クララは僕よりも強いからね」
「お、お父さんより強い……?」
イーリスはこの世の終わりのような表情を浮かべる。もうダメだ。クララを止める者は誰もいない。
「あはは。そういう冗談はやめなよーアルドさん」
クララはそっとアルドに耳打ちをする。
(娘の前でくらいかっこつけなきゃ)
アルドはその真意をくみ取った。いくら、クララがアルドより強いのが事実でも、イーリスとしては自分の父親が強いヒーローであって欲しいと思うのが子供心である。
「あはは。そうだな。ごめん、イーリス。ちょっと冗談がすぎた」
アルドはイーリスの夢が壊れないように、嘘をついた。イーリスは少しほっとした表情を見せる。だが……
「まあ、私がアルドさんほどじゃないにしろ。強いのは事実だけどね。シュシュッ」
「ひっ」
イーリスはクララのジャブに思わず軽い悲鳴をあげてしまう。この時、アルドはようやく気付いた。どうして、イーリスが怯えているのかを。
それは……虐待の記憶である。アルドには記憶はないが、昔のアルドに殴る真似をされて脅されたことが何度もあった。アルドは直接イーリスを殴ったことはないが、それでも幼い子供にとっては。大人が殴るフリをするだけでも相当なプレッシャーになる。
「クララ。ちょっといいか?」
「ん?」
今度はアルドがクララに耳打ちをする。
(イーリスは暴力にトラウマを持っているみたいなんだ。そのシャドーボクシングは見せないでくれるとありがたい)
ちょっとバツが悪そうにするアルド。まさか、記憶をなくす前の自分が、イーリスを虐待していた疑いがあるんて口が裂けても言えない。ここはちょっとぼかしてクララに伝える。
(そうなの? ごめん)
クララはシュンとうつむいて落ち込んでしまった。悪気がないちょっとしたお遊びの行動のつもりだった。でも、それがイーリスの心に負担をかけているとは思いもしなかった。
初対面から最悪の印象。クララはイーリスの機嫌をとろうと必死になる。
「ほら、イーリスちゃん。いないないばー!」
白けた顔を見せるイーリス。クララは冷や汗をかく。
「クララ。イーリスはもう9歳だ。それで笑うような年齢じゃない」
考えてみれば当たり前のこと。これで笑うのは赤ちゃんである。
「じょ、冗談だよ。ちょっとしたギャグってやつ。あ、あはは、あははは」
完全に空回りしているクララ。イーリスのクララに対する警戒心はより一層高まってしまった。
「あはは。まあ、イーリスも緊張しているみたいだし、クララもちょっと落ち着こうか。うん。今日1日過ごせばきっと2人とも仲良くなれると思うよ」
アルドはなんとか2人の仲を取り持とうとする。こういうのは慣れである。アルドも最初はイーリスに警戒されてはいたが、イーリスが慣れるまで待って、彼女のペースに合わせてなんとか打ち解けていった。だから、クララもがんばればそれができるはず。
でも、クララはまだ14歳である。そうしたことが上手くできないかもしれないとアルドは
なんとかイーリスの機嫌を取り繕って、クララのサポートも怠らない。アルドの胃が痛くなるような休日がスタートするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます