第11話 初めて見る魔法

「よし、今日の仕事はここまでだ」


 親方の合図と共に炭鉱夫たちが仕事を片付け始める。アルドもさっさと片付けて、炭鉱を後にした。そして、鉱山の裏にあるダンジョンに向かうと既にクララが待ち構えていた。


「やっほー。アルドさん」


 クララが手を振ってアルドを出迎えた。


「ああ、ごめん。待たせたかな」


「ううん。そんなに待ってないよ。大丈夫? 仕事終わりで疲れてない?」


 アルドの顔を覗き込んで心配するクララ。


「ああ、大丈夫だよ。クララに迷惑をかけるようなことをしないから」


「もう、そうじゃなくて! 私が! アルドさんを! 心配しているの! そんな私に迷惑がかかるとかそういう心配をしているんじゃないの」


 なぜか年下の女の子に説教をされてしまったアルド、要約するともう少し自分を大切にしろということだった。


 アルドもクララの気持ちを理解したのか、それを素直に受け止めた。アルドも人の親である。娘のことを心配している気持ちはわかるし、その心配を無下にされたら悲しい気持ちになるのは理解しているつもりだ。


「ああ、ごめんごめん。じゃあ、ダンジョンに行こうか」


「うん」


 クララがダンジョンに軽やかな足取りで入っていく。それを追いかけるアルド。クララを先頭にして歩いていると、早速最初の邪霊に遭遇した。アルドも戦ったことがあるダークバグである。


「邪霊だ……クララ大丈夫か?」


 アルドは剣に手をする。アルドが剣を構えている間、クララはぴょんぴょんとステップを踏んでいる。そして、一瞬。たった一瞬の隙を突いてダークバグと距離を詰める。そして、手刀でダークバグの羽を切り落とした。


「え?」


 あまりにも一瞬の光景。残像すら見えなかったクララの攻撃。アルドは口をポカーンと開けている。


 地面へと落ちたダークバグが黒い石の欠片を落とした。クララはそれに目もくれずに先へと進もうとする。


「クララ。この石の欠片を拾わないのか?」


「うーん。それ拾っても安いお金で買いたたかれるだけだからいいかな。アルドさん。欲しいならあげるよ」


 クララは石の欠片を拾いあげて、それをアルドに見せる。アルドは少しでも生活費が欲しかったので、その石の欠片を受け取った。


 自分が倒したわけでない邪霊の素材を手に入れた。しかも、少女の施し。アルドは複雑な気持ちになりながらも、クララと共にダンジョンを進んだ。


 その後もクララは邪霊と遭遇する度に、敵を蹴散らしていく。


「はあ!」「てい!」「やあ!」


 そんなクララの掛け声が響いている。アルドは何もしていない自分が情けなくなってきた。


 だが、そんなアルドにも出番はやってくる。


「クララ。なんかこの近くに邪霊の影響を受けた素材があるっぽい」


 アルドはその邪霊の気配を感知した。


「え? どこどこ? 私には何も感じないけど」


「多分、この壁の中に埋まっている。掘り出してみる」

 

 アルドは持っているツルハシで壁を削った。その中から動物の骨のようなものが出てきた。


「おー。これはこれは。動物の骨が邪霊の影響で素材化したやつだねえ」


「これは価値があるものなのか?」


「うん。これは高く売れそう。やったね。アルドさん」


 クララはその骨を手に取って、アルドに手渡そうとした。


「ああ、この骨は預かっておく?」


「預かっておく? なに言ってるの? これはアルドさんが見つけたんだから、アルドさんのものだよ」


 クララはそも当然のように言ってのけた。しかし、アルドは納得がいかない。首を横に振って自分を意思を示した。


「いや、僕はそもそもクララガいなければここまで来ることはできなかった。だから、これを見つけたのはクララの功績でもある。だから、これは売って分け合おう」


 アルドの主張にクララは目を丸くして驚いている。


「びっくりした。基本的にディガーは邪霊を倒した素材は邪霊を倒した人のもの。発掘で得た素材は発掘した人の者って掟があるんだ。アルドさんみたいに、見つけたものを分け合うなんて文化はないよ」


 クララのその言葉にアルドもぽかーんとしてしまう。


「いやいや。クララも僕にダークバグの素材をくれたじゃないか」


「あ、あはは。あんなものはほとんど価値がないし、あげた内に入らないよ」


 クララは頭をかいて照れ臭そうにしていた。まさか、自分が捨てるつもりだったものを与えたことが貸しになっているとは思いもしなかったのだ。


「とにかく、僕はクララのお陰でこの骨を発見できたし、これは2人のものだ。それは譲らない」


「なにそれ。変わってる。普通、ディガーは素材を自分が持ち帰るもんだって言って揉めるのに」


 クララはケラケラと笑った。だが、どの背後には……


「クララ! 危ない!」


「え?」


 クララの背後には子供程度の大きさの人型の邪霊がいた。ゴブリンと呼ばれる邪霊。それがクララの肩にこん棒を思いきり振りかざした。


「くっ……」


 クララの肩にこん棒が命中した。クララはすかさず、ステップを踏んでゴブリンと距離を取った。ゴブリンも最下層のグループに位置する雑魚邪霊である。だが、不意打ちを食らったクララはすぐに反撃にでることができない。


「ここは僕に任せて」


 後方に下がったクララよりも前に出るアルド。アルドは剣を構えてゴブリンに斬りかかった。


「きしゃあ!」


 ゴブリンはこん棒でアルドの剣を弾いた。こん棒の一撃でアルドの剣の金属部分が少し曲がってしまう。その衝撃が振動となってアルドの腕に伝わる。


「くぅ」


 アルドはキーンとする衝撃で剣を手放そうになるが、なんとか気合いで剣を掴み離さなかった。そして、ゴブリンが攻撃直後のわずかな隙。そこを見逃さずに、剣を持って突進。ゴブリンの胸部を剣で貫いた。


「ぎゃあ!」


 急所を攻撃されてゴブリンは消滅した。消滅したゴブリンがいた地点に残っているのは茶色の石の欠片。これもディガー協会に持ちかえれば素材として扱われる。


「ふう……」


 雑魚邪霊を相手に、ちょっと危ない橋を渡ったアルド。もしアルドの気合いが足りずに剣を手放していたら、アルドがゴブリンのこん棒の餌食になっていた可能性があるのは想像するに容易い。


「クララ。大丈夫か?」


 アルドはクララに駆け寄った。クララは攻撃された肩を反対側の手で押さえている。


「あはは。ちょっと油断したみたい。でも低級の邪霊だからそこまで大きなケガじゃないよ……っつ」


 貼り付けたような笑顔をアルドに向けるクララ。だが、その笑顔の裏には痛みで歪んでいる。


「本当に大丈夫? 無理そうならダンジョンから戻ろうか?」


 アルドがそう提案するも、クララは首を振った。


「大丈夫、これくらいのケガなら治せるから。アパト!」


 クララが「アパト」と口にした瞬間、クララが傷が負った箇所が治っていく。痛みで歪んでいたクララの顔も徐々に自然な笑顔になっていった。


「え? 傷が治った?」


「え?」


 アルドのリアクションにクララがきょとんとしている。


「これくらい初級の魔法だよ」


「魔法……? え? そんなものが使えるのか?」


「ディガーならみんな使えると思うけど、アルドさんは使えないの?」


「いや、使えるかどうかというか……初めてみた」


「嘘……アルドさん魔法を見たことないなんて、今までどんな生活を送っていたの?」


 まるで宇宙人を見るような目でアルドを見るクララ。その顔は若干引いている。


「ああ、ごめん。僕は記憶喪失なんだ。だから、魔法のことも忘れているみたいだ」


「あ、そうなんだ。ごめん。アルドさん。そういうことを知らずに。私、無神経だったよね?」


 クララは申し訳なさそうに両手を合わせてアルドに謝った。


「いや、大丈夫。気にしてないよ」


 アルドのその言葉にほっとするクララ。気まずい雰囲気はそこで終わった。

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