魔王討伐を命じられた勇者、希望に胸を膨らませる(物理)~勇者の俺がなぜか奴隷少女になってしまった! 転落勇者の成り上がり冒険譚

大石 優

伝説の勇者、冒険の旅に胸を膨らませる……はずだったのに、本当に胸が膨らんでしまったんだが? ~奴隷少女になってしまった勇者はどこへ行く

第一章 伝説の勇者、胸を膨らませる。

第1話 勇者、張り倒される。

 二千年の長きに渡り、ここタクティア王国には語り継がれてきた伝承がある。


『混沌の時代に魔王現れ、勇者もまた現れた。勇者は伝説の武具を以って、見事魔王を打ち倒す。そして勇者は再び旅立つ。その武具たちを、この地に残して……』


 そして今ここに、その伝説の武具たちが並べられている。

 ――勇者の鎧。

 ――勇者の剣。

 ――勇者の兜。

 魔王を打ち倒すことができるこの唯一無二の武具たちは、城の宝物庫に厳重に保管され続けてきた。これらは勇者の資質を持たぬ者が装備しても、その恩恵は得られないという……。


 そんな国の宝が三世紀の時を経て、再び日の目を見る。

 なぜならば、この世に魔王が復活したから。

 魔王の復活とともに国内の各地に現れた魔物や魔獣は人々を襲い、大きな災いを与え始めた。この被害を食い止めるには諸悪の根源である魔王の討伐が必務。

 そこで城に呼び寄せられたのは、初代勇者の末裔【マーニライト=シルヴェステル=エスタグレーン】という名の一人の青年だった……。



 玉座の前で茶色の瞳は静かに閉じられ、スラリとした身体を深紅の絨毯にひざまずかせる齢十八のマーニは、その膝を小刻みに震わせていた。

 正面には立派な顎髭を蓄えた国王が立ち、周囲を多くの参列者が取り囲む。首相を筆頭に大臣、議会議員、有力貴族と、その顔ぶれは仰々しい。

 そして式典もいよいよクライマックス。伝説の武具たちを、マーニが譲り受ける瞬間が近づく。

 やがてファンファーレが鳴り、タクティア国王の低い声が王の間に響き渡った。


「勇者マーニライトよ、面を上げるが良い」

「はっ」

「これより魔王討伐に赴くそなたに、伝説の装備品たちを授ける」

「ははっ」

「そんなに気負わずとも良い。絶大なる力を持つと言われる魔王だが、過去に討伐に失敗した勇者はおらぬ。そして文献にも『勇者の資質を持つ者が伝説の武具を用いれば、魔王など恐れるに足らず』とある。そなたが必ずや魔王の討伐を成し遂げてくれると、ワシは信じておるよ」


 勇者とは職業ではない。魔王討伐に任命された者に与えられる称号だ。

 魔王の復活はおよそ三百年ごと。その度に、速やかにそれを討伐するための勇者が選出される。その条件とは、【リフレクション】という魔王討伐に欠かせない魔法を扱えること。

 そして国王の言葉通り、過去に魔王討伐に向かった勇者の戦績は六戦全勝。その歴史的事実に、『勇者が選出された今、魔王の討伐は確実』と沸き立つ国民。

 大役を仰せつかったマーニも、意気軒昂に武者震いをしている。


(うぅ、あんまりプレッシャーかけるなよ……。過去の勇者が誰も負けなかったからって、僕も勝てる保証なんてないだろ。むしろ僕が初めての敗北者になったら、末代までの恥じゃないか。あぁもう、しょんべんしたくなってきた……)


 全然そんなことはなかった。カタカタと震わせている膝は、マーニが単に怯えているだけだった。

 この盛大な催しに完全に委縮してしまっているマーニに、国王は砕けた様子で声を掛ける。マーニの緊張を解きほぐしてやろうと考えたのかもしれない。


「して、父君は元気か?」

「ええ、ピンピンしてます」

「おや? そなたの父君が病に侵されたために、急遽そなたが勇者候補となったと聞いておったので、容態を心配していたのだが……」

「あ、ああ、それはもう、やせ細っちゃって、手や足を震わせている状態で」

「それならばピンピンではなく、ピクピクであろうに……。まぁよい。では伝説の武具たちの授与に移るぞ。準備は良いな?」

「ははっ、もちろんでございます」


(そうだったじゃないか。僕は親父に無理を言って勇者候補の座を譲ってもらったんだ、弱気になってどうするんだよ。絶対に魔王を討伐して帰るぞ。見守っててくれよ、姉ちゃん……)


 故郷を後にした時の心意気を少しだけ取り戻したマーニ。

 正面をキッと見据えてその目に映す、本来ならマーニの父親が身に着けるはずだった伝説の武具たちを……。

 そのマーニの目を見て国王は満足げに頷くと、勇ましい声を轟かせた。


「まずは、勇者にこれを!」


 国王の合図で、最初に首相からマーニに与えられたのは【勇者の鎧】。

 白地に金の装飾を施されたその鎧は、自ら光を放っているようにまばゆく輝いて見える。不思議な力を秘めていることを、予感せずにはいられない。

 早速マーニは介助を受けながら、金属音を立てつつ鎧を身に着けていく。

 必要以上にカチャカチャとうるさいのは、マーニの手が震えているせいだ。

 身に着けてみると、重厚に見えた鎧は不思議とその重さを感じさせない。さすが伝説の勇者の鎧といったところか。


(あれぇ? 伝説の装備品を身に着けたら、もうちょっと、こう、力がみなぎってくるかと思ったんだけどなぁ……。いやいや、弱気になるな、僕。貧弱な魔力なりにも魔技は磨いてきたし、剣技だって頑張ってきたんだ。自分を信じろ!)


 鎧を身に着け終わると、次に手渡されたのは【勇者の剣】。

 ソードベルトを腰に巻きつけると、鎧とお揃いのデザインの鞘がズシリと左の腰にぶら下がる。その重さにマーニは少しふらついた。

 マーニは早速、鞘から剣をスルリと引き抜いてみる。

 そのスマートな剣は、指ぐらいなら触れただけで切り落とせそう。余計な装飾のないシンプルなデザインは、逆にその剣のシルエットの美しさを際立たせていた。

 勇者の剣を頭上に掲げたマーニは、その刀身を見上げながら思いをはせる。


(『お前がそこまで言うなら行ってこい。体にガタが来てて不安だったから俺も助かるよ』なんて、親父は快く勇者を譲ってくれたけど……本当はこの剣を握りたかっただろうな。何しろ、そのために四十年も剣の修練を積んできたんだから……)


 マーニは改めて勇者の剣の重みを実感した。

 それはマーニの父親だけでなく、この剣に携わった人々の人生が凝縮されているようで、その積み上げられた歴史に思わず身震いする。

 けれども一方で、マーニの不安感も大きくなりつつあった。


(んー、全然力が沸いて来ない……。このまま魔王の討伐に向かって、本当に大丈夫なのか? 剣技はそれなりに力をつけたけど、乏しい魔力はいくら魔技を磨いても補えないからな。装備品だけが頼りなのに……)


 そしていよいよ【勇者の兜】。

 首相によって差し出されたその兜は、当然のごとく鎧とセットのデザイン。

 スッポリと被るようになっていて、顔の前面を守る部分は跳ね上がる。少し暑苦しそうだけど、きっとこの鎧のように不自由さは感じないだろう。


(いよいよ最後か……。これを被ったら魔力がみなぎって……くるよね? こなかったらどうすんだ? その時はさすがに、『すいません、僕には勇者の資質はなかったみたいです』って辞退するべきか?)


 鎧と剣を身に着けただけでは、マーニの身体に変化はなかった。

 けれどもこの兜を身に着ければ、いよいよ勇者としての完成形。そうなれば身に起こる変化をきっと感じ取れるはずと、マーニは固く信じ込む。

 変化がなければマーニなんて、普通の魔法剣士程度の力しかないのだから……。


「どれ、これはワシが直々に被せてしんぜよう」


 国王がその言葉と共に勇者の兜を両手で掴み上げ、煌びやかな深紅のマントを翻して、マーニの前へと歩み出る。

 兜を被せてもらうために、国王の前に改めてひざまずくマーニ。

 マーニは大きく息を吐いて覚悟を決めると、短く切り揃えられた黒髪をかき上げて軽く首を傾ける。そして固く目を閉じて、その瞬間を静かに待った。

 その兜を身に着けることで、魔王を倒せる力が我が身に宿ることを願って……。


(大丈夫、大丈夫だ。国や我が一族に代々伝わる言い伝えを信じろ。この兜を被れば僕の身体には力がみなぎるはず、勇者として魔王を討伐するだけの力が……。頼む、頼むぞ、神様。宿ってください、勇者の力……)


 とうとうマーニは神頼みをし始めた。

 そんなマーニの頭に、国王によって勇者の兜が被せられる。

 頭に感じるその重みは、まるで手で押さえつけられたかのよう。

 これが勇者の兜を戴いた感触というものか……。

 そして伝説の武具たちの力を授かったのか、何やら身体中がむず痒く感じ始めたとき、男の声がマーニの耳に突き刺さった。


「おい! いつまでそうしてるつもりだ!」


 確かにそうだ、今は式典の最中。いつまでもこうしてはいられない。

 静かに目を開き、そしてマーニはゆっくりと顔を上げる。


「まったく……居眠りしてんじゃねえよ!」


 ――その言葉と共に、マーニの左頬はゴツゴツした固い手で張り倒された……。

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