第29話 酔っぱらいと師弟制度

「いやー、ごめんごめん、気付いたら寝ちゃってて……助かったよ」


 ダンジョンの中で酔い潰れて寝ていたお姉さんは、目を覚ますなり、まるで反省のない笑顔でそう謝罪してきた。


 それを見て、茜お姉ちゃんはDチューブのドローンを呼び寄せ、地上の探索者協会と通信を繋ぐ。


「えっと、もしもし協会ですか? ダンジョンに酔っぱらいの民間人が……」


「あー待って待って、これでも私は立派な探索者だよ、一般人じゃないって」


“全然そうは見えない件”

“何なら自殺志願者かと思ったわ”


「そうじゃなきゃ、行き倒れたフリして悪さをする悪徳探索者とかね。……ライセンスは? 探索者ならあるんでしょ?」


「分かってる分かってる、そう焦らないで……」


 茜お姉ちゃんに詰め寄られたお姉さんは、コートのポケットに手を突っ込み……。


「あれ?」


 続けて反対側に手を突っ込み、それでも見付からなかったのか、コートを脱いでパタパタと振り回して……。


「ごめん、失くしちゃった」


 てへっ、と舌を出して笑い飛ばす。


 そんなお姉さんを見て、茜お姉ちゃんは溜め息を一つ。


「あー、そうです、ライセンスも持ってない一般人がダンジョンにいるんです」


「わー、待って待って待って」


 もう一度通報しようとしたお姉ちゃんを、必死に止めるお姉さん。


 うん、お姉ちゃんお姉さんって、自分で言っててややこしくなってきた。


「私、ライセンス失くすの今回が初めてじゃないから、正直に話したら知り合いの職員に怒られちゃう」


「怒られてください」


“ド正論”

“何一つとして間違ってない”


「なので、ここは一つ! お二人の弟子ってことで、仮登録させてください」


「聞いてないですね……」


“うーんこの圧倒的なまでのスルースキルよ”

“それで弟子って、図太すぎるだろw”


 頭痛を堪えるように、茜お姉ちゃんがこめかみを押さえる。


 探索者の師弟制度、仮登録っていうのは、主にまだスキルに目覚めてない人のために存在するシステムだ。


 ダンジョン内部に滞在しているだけで、いずれ人はその影響を受けてスキルに目覚める。でも逆に言えば、スキルに目覚めるまではほぼ丸腰のままダンジョンに居続けなきゃならない。


 だから、その間の期間を安全に過ごすために、二級以上の探索者が一般人を弟子として登録し、ダンジョン内での護衛や技術指導なんかを行う決まりがあるの。


「ライセンスさえあれば三級ですらなくても困らないから、お願い! ね?」


「うーん……」


「ちょっとアリスちゃん? ダメよ、こんな変な人に関わったら。ライセンスを使った身分証の偽造とか問題になってるんだから!」


「断じてそんなんじゃないから大丈夫!」


「胡散臭すぎていっそ清々しいわねあんた」


 ぐっと親指を立てて安全アピール(?)をするお姉さんに、茜お姉ちゃんがガンを飛ばす。

 それに苦笑しながら、私はお姉さんに言った。


「分かった。お姉さん、名前は?」


「ちょっと、アリスちゃん!?」


「大丈夫、悪い人じゃないと思うから。それに……」


「それに?」


 そう、このお姉さんは悪い人じゃないと思ったのも理由の一つだけど、何よりも。


「師匠って、なんかカッコイイ!! なりたい!!」


「あ、うん……そう……」


"まさかの理由www"

"アリスちゃん……w"

"茜ちゃんもどう反応したらいいか分からないって顔してて草"

"そりゃあそんな反応になるわw"


 みんなにめちゃくちゃ笑われちゃったけど、当のお姉さんは「やったぜ!」って感じにガッツポーズしてて、本当にこう、悪い人って感じがしない。

 これでもし悪い人だったら、もう少し普通に振る舞う努力をするべきだと思う。


「いいよね? テュテレール」


『アリスがそう決めたのなら、私から何も言うことはない。ただ……』


「どうしたの?」


『……いや、なんでもない』


 テュテレールが言葉を濁すなんて珍しい。本当にどうしたんだろう?

 でも、テュテレールはダメなことはダメってハッキリ言うから、自由にしていいって言われた以上は大丈夫だと思う。


「さあ、そうと決まれば師弟登録しに行こう」


「わわっ、お姉さん、待って! まだ名前教えて貰ってない!」


「あ、そうだった」


 私の手を引いて地上に向かおうとするお姉さんは、「いっけね」と拳を自分の頭に打ち付ける。


 仕草だけなら可愛いんだけど、表情をほとんど変えないままやってるもんだから、ふざけてるのか素の態度なのかよく分からない。


 そんなお姉さんは、手を繋ぐ私の方へ振り返ると、少し考え込むようにして──明らかに偽名だって分かる名前を口にした。


「星。私のことは、星って呼んで」

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