第19話 《絶壁》
北海道に到着した私達は、飛行機を降りてすぐに探索者協会の支部に連れていかれた。
《機械巣窟》の側にあるのと同じ、大きな建物。
実のところ、協会支部の中に入るのは今回が初めてなのはもちろん、建物を目にするのもまだ二度目だ。
まだまだ見慣れない大きな建物が放つ威容に目を奪われた私は、思わずその場で立ち尽くす。
『アリス、そんなに上ばかり見ていては転んでしまうぞ』
「わわっ」
そうしていると、私はテュテレール──今はドローンじゃなくて本体だ──に抱き上げられた。
これなら、周りを見てばかりいても大丈夫ってことなんだろう。
「えへへ、ありがとう、テュテレール」
『どういたしまして』
“はい可愛い”
“俺もアリスちゃん抱っこしたい”
“いくら子供だからってアリスちゃんのこの身長だと結構重いぞ? 出来るのか?”
“アリスちゃん抱っこするためなら鍛えるわ”
「お、重くないもん! ……重くないよね?」
ちょっと不安になって、思わずテュテレールに問い掛ける。
すると、テュテレールはこくりと頷き、言った。
『ここ一週間ほどで、平均四〇〇グラム増量している。しかし、アリスは元々平均体重より少なかったため、それが正常であると判断する』
「それ、太ってるってことじゃん! テュテレールのばかぁ!」
ポカポカと叩きながら、私は自分のお腹に手を当てる。
うぅ、ここ最近はずっと美味しいものばっかり食べてたからなぁ……少し控えた方がいいかも……。
「大丈夫だよアリスちゃん、子供は少しくらい太ってた方が健康的だから」
「そうよ! いい? 人生何が起きるか分からないのよ? 今日まで普通に食べられていたものが、明日突然食べられなくなることだってあるの……!! だから、ダイエットなんて絶対ダメ!! 食べられるうちに食べる、それが生物として当たり前の行動よ!!」
「う、うん、分かった」
菜乃花さんに続いて、茜お姉ちゃんがそれはもう凄まじい形相で必死に訴えかけてきた。
その剣幕には、最初に口火を切った菜乃花さんでさえちょっと引き気味で、困ったように笑ってる。
そんなお姉ちゃんにフォローを入れたのは、意外にも視聴者のみんなだった。
“茜ちゃん、お金ないもんね”
“菜乃花さんのお陰で一応借金は減ったんだっけ?”
“それでも億は残ったって言ってなかった?”
“頑張れ茜ちゃん! 応援してるよ!”
「あぁぁぁぁ!! もう借金はいやぁぁぁぁ!!」
頭を抱えて絶叫するお姉ちゃんに、うるさいだなんて注意出来る人は、協会にいる人達を含め誰もいなかった。
泣き崩れるお姉ちゃんをよしよし、と撫でてあげながら、私は思う。
今度、私の分のハンバーグ、分けてあげようかな……。
「君たち、騒がしいぞ。ここは公共の場だ、私語をするなとは言わないが、声量には気を配るべきだ」
「あ、すみません……」
そんなところへ、鋭く注意を飛ばす一人の年若い男性がいた。
パッと目につくのは、スラリと伸びた長身。
テュテレールと比べたら流石に低いけど、それでも私みたいな子供からすれば巨人と言えるくらいの背の高さに加え、それを支える手足もしっかりと鍛え上げられ、線の細い印象は全くない。
どちらかといえば、モンスター由来の軽くて丈夫な革鎧や布服に近い装備が好まれる探索者において、金属の鎧を纏っているのはちょっと珍しい。
何せ、モンスターの攻撃はちょっとやそっとの鎧なんて簡単に貫通しちゃうからね。防御力より、回避しやすくするための機動力を重視する人が多いの。
整った顔立ちに、鮮やかな蒼髪。鎧のイケメン騎士っていう評価がぴったりと当てはまるその人を見て、コメントがにわかに活気付いた。
“おお! 絶壁じゃん!”
“ニュースくらいでしか見たことなかったけど、声までイケメンなんだなこいつ”
「絶壁……っとことは、この人が……」
たった一人で、今この時もダンジョンの迷宮災害を押さえ込んでるっていう、超級探索者の一人。
ほわぁ、と、有名人を前にした感嘆の息を漏らしていると、その絶壁さんが私の方をジロリと見た。
「君が、《機械巣窟》を鎮圧したという新たな超級か」
「ええと、初めまして、天宮アリスです」
「氷室信護だ。そちらのお嬢さんは《炎姫》だったな、最近の活躍は俺も聞き及んでいる。期待しているぞ」
「ど、どうも」
「それと、そっちの二人は……」
「あ、ウチは今回、
「よろしくお願いします~」
「そうか……君が協力してくれれば、かなり楽になると思ったんだが」
「買い被り過ぎだよ。ウチは
「客観的な事実を言っているつもりなんだがな」
菜乃花さんと知り合いなのか、気安いやり取りを交わす信護さん。
だけど、もう一度私の方を見た時、その眼差しは一転して険しいものになった。
「だが……君たちのことは、果たして信用していいものかと疑っている」
「あー、また始まったよ……東京近郊では、間違いなく一番強い子だよ? 《絶氷城》の状況を考えたら、間違いなくウチより役に立つって」
「だが、本人はまだあまりにも幼く、実際に戦うのもそこのロボットだろう。人間ですらないものを、そう易々と信用出来ない」
“うーんこの取り付く島もない感じ”
“菜乃花さんの言ってたお堅いってこういうこと”
“まあ言ってることは実際その通りだが”
菜乃花さんの呆れ声を、信護さんはバッサリと切り捨てる。
それを受けて、今度はテュテレールが口を開く。
『アリスの戦闘能力が乏しく、前線に出るのが私であることは確かだ。その上で、あなたは私に何を望む? 氷室信護』
「話が早くて助かるな」
踵を返し、信護さんが歩き出す。そして視線だけをこちらに向け、告げた。
「ついて来い。お前が信頼に足る存在かどうか、この俺自ら確かめさせて貰おう」
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