第9話 とある特級探索者の受難 前編
「全く、人がいないからって私一人に調査を任せるとか、協会の怠慢にも困ったもんね」
迷宮災害発生の兆しありということで、探索者の出入りが制限された《機械巣窟》。その中に、たった一人で足を踏み入れる少女の姿があった。
彼女の名は、
Dチューブによるダンジョン配信も行っており、その可憐な容姿も相まって徐々にファンが増えている。
特に特徴的なのは、日本人離れした──というより、世界的に見ても自然には生じないと確信出来るほど鮮やかな赤い髪。
染めたわけではなく、スキルに目覚めた際にその強大な力に引っ張られたことで体質まで変化し、一晩で生え変わっていたのだ。
朝起きたら、自分の髪が全て抜け落ちていることに気付いたあの瞬間は、今でも彼女のトラウマである。
「まあいいわ、それだけ私の手柄が増えるってものだしね。私の活躍、しっかり見てなさいよ、下僕ども!」
“いえーい!”
“茜ちゃん頑張れー”
“モンスターなんて全部焼き尽くしちゃえ”
“本日のディナーだ”
「機械モンスターの丸焼きなんて誰が食べるのよ、ばーか」
強気な態度で視聴者と接しながら、茜はずんずんと奥に進む。
ちなみに、口が悪いこのスタイルは、彼女が最初から意図したものではない。
まだ駆け出しの三級探索者だった頃、モンスターを前にした恐怖で腰が抜けそうになっているのを誤魔化すべく、思わず考え付く限りの罵倒を口にしながらモンスターを焼き尽くしたことが切っ掛けで、そういうキャラとして定着しただけだ。
つまり、何が言いたいかというと──茜は、実のところかなりビビりな性格であり、単独での迷宮災害状況調査という現在の任務に心底怯えていた。
強気な態度は、恐怖心を誤魔化すための仮面である。
(あああああ!! もう、本当にどうして私一人しかいないわけ!? こんなことになるなら、最初から《絶氷城》の方に行けば良かったぁぁぁ!!)
当初、彼女は北海道にあるダンジョン、《絶氷城》の災害鎮圧を依頼されていた。
しかし、災害発生中のダンジョンなど、普段より数倍危険だというのが定説だ。溢れ出すモンスターの波に呑まれ、亡くなった人は数知れない。
幸い、茜はまだ学生ということもあり、遠く離れた北海道まで出張に出向くのはちょっと──という言い訳で、一度は協会の召集命令を回避出来た。
だが、代わりにこうして一人《機械巣窟》へ潜らされているのだから、差し引きマイナスどころではない。
(終わった……私は今日ここで死ぬんだわ……)
まだモンスターの一体すら目にしない内から、全力でネガティブを発揮する茜。
だが、そんなことは欠片ほども表には出さない。
キャラが崩れる、というのもなくはないが、それ以上に……一度でも吐き出してしまえば、もう二度と立ち上がれなくなりそうだからだ。
(それもこれも、全部あのクソオヤジとクソババアのせいよ!! 何? 借金十億って何なの!? 舐めてんの!?)
茜の両親もまた、迷宮革命の被害者だ。
ただし、アリスの両親ように直接被災して死亡したわけではなく、ダンジョンからもたらされた革新的なアレコレの煽りで会社が傾き、それでも旧来の体制を変えられないまま借金を重ねて足掻き続けて……昨年、ついに夫婦揃って娘に借金を押し付け、夜逃げしたという経緯である。
その途方もない金額は、ただの学生でしかない茜には到底返しきれない。体を売ろうが、内臓を売ろうが、まるで足りない。
ではどうするか、となった時に目を付けたのが、探索者としてのDチューブ配信だった。
(やっとここまで来たのに!! 特級になって、配信も軌道に乗って、やっと大金を稼げそうな見込みが立ったのに!! こんなところで死ぬなんていやぁーー!!)
内心で泣き叫び、絶叫し、七転八倒しながら嘆きまくる。
それでも、カメラが自分を映しているという状況が、辛うじてこの場に茜を縫い止め、ダンジョンの奥へと歩かせていた。
(大丈夫、確かに危険だけど、協会の人曰く私以外の助っ人もいるらしいし! ……合流場所がダンジョンの中で、身分証明代わりに持たされたのがハンバーグセットのテイクアウトなのが意味わかんないけど)
普通、協力者と合流するならダンジョンの外だろう。
ダンジョン内では常に命の危険があり、探索者同士が不意遭遇の末に同士討ちしそうになるなどといった事故も、洒落にならない程には前例があるのだから。
にも関わらず、その職員──照月歩実は、あくまでダンジョンの中での合流に拘った。
更に言えば、協力者が探索者だとすら言っていない。まるで、公言出来ない身分の存在だとでも言うかのように。
(ま、まさか、協力者っていうのは建前で、本当は私を亡き者にして全身売り捌くのが目的!? どうしようどうしようどうしよう)
勝手に妄想を膨らませ、茜は内心で悶絶する。
単に、その協力者がどんな身分で、どんな年代の子かを知った時、茜がビビって逃げ出すのではないか──などと歩実に疑われていただけだったりするのだが、そんなことを彼女は知る由もない。
“茜ちゃーん”
“敵いたよー”
あれこれ考えすぎて全く前を見ていなかったが、骨伝導イヤホンから聞こえる配信コメントによってようやく敵性モンスターの接近に気が付いた。
相手は、機械ゴブリン。中層クラスのモンスターが上層でフラフラしている辺り、災害が近いというのは本当らしい。
油断し過ぎた、と後悔する頃には、機械ゴブリンがその腕に取り付けられた凶悪なチェーンソーを振りかざし、真っ直ぐ突っ込んできて──
「こっち来んな鉄グズがぁぁぁぁ!!」
テンパった末、絶叫しながら腕を振り抜いた。
腕の軌跡に沿って生じたのは、灼熱の炎。
茜のスキル、《爆炎王》の力によって放たれる、鋼をも溶かす高熱の塊だ。
『────』
炎に呑まれた機械ゴブリンは、その原形を保つことが出来ずあっさりと崩れ落ちる。
製鉄所特有の鉄の臭いを感じながら、茜は威風堂々と鼻を鳴らした。
「ふん、大したことないわね」
(あああああ!!びっくりしたなぁもおおおおお!!)
実際の言動と心の叫びで全く真逆のことを口走りながら、前へと進む。
ちなみに、溶けた機械ゴブリンは欠片も余さずちゃっかり《ストレージ》に仕舞った。たとえ一円でも、金になるなら必ず確保だ。
“さすが茜ちゃん、《
“これなら災害の鎮圧も余裕だね”
「当たり前でしょ? 私を誰だと思ってるの?」
(ただのビビりな女子高生ですよちくしょおおおお!! 借金とダンジョンアタックと配信のせいでずっと学校行けてないけどねぇぇぇぇ!!)
自分で言いながら自分でツッコミを入れるというセルフ漫才を内心で繰り広げている間に、やがて茜は歩実から指示された合流地点へと到着した。
だが、誰もいない。
「いないじゃない、どうなってるの?」
“いないって、何が?”
「協力者。今回の調査はそいつと組めって協会から言われてるのよ。私を待たせるなんて、全く……」
カメラの前ということで強気な態度を維持しつつも、頭を過るのは先ほど抱いた不安ばかり。
来るなら早く来て欲しい、と思いつつ周囲を見渡して……ふと、視界の端を小さな女の子が通りすぎていくのを目にした。
「……えっ、待って、なんでダンジョンに子供が?」
真っ白な髪をしていたが、ダンジョンが出現してからは自分含め、黒髪以外の日本人などそれほど珍しいものではなくなった。故に、それ自体はどうでもいい。
だが、十五歳以下は探索者の資格を得られないはずのこのご時世において、自分より小さな子がダンジョンにいるというのは異常事態だ。一昔前ならいざ知らず、ここ数年でダンジョン孤児という存在はほぼいなくなったのだから尚更に。
どういうことか、とその子供の後を追って走り出し──角を曲がった先に、倒れた子供と蠢く拳状の機械を目にしたことで、一瞬にして頭に血が昇った。
「このっ……その子から離れなさい!!」
爆炎を手に、子供に近付く機械へ向かって投げ付けるべく大きく振りかぶる。
それに気付いた子供は、目を見開き──機械を庇うように大きく両手を拡げ、叫んだ。
「待ってください、この子は敵じゃありません!!」
「うえぇ!?」
思わぬ発言に、茜の頭は真っ白になる。
モンスターじゃないのか、ならその機械は何なのか、そもそもあなたは誰なんだ。
そして、混乱する思考が纏まりを得るより先に、炎が女の子へ向けて放たれて──途中で、巨大な影に遮られ、女の子に当たる前に爆散した。
「え……えぇ……?」
群青色の装甲を持つ、身長二メートルほどの機械の巨人。
黒いコートにも似た金属の外装を盾として、茜の渾身の炎をあっさりと防いだその巨人は、驚く彼女に向かって淡々と声をかけた。
『特級探索者、西城茜と推定する。こちらに交戦の意思はない、直ちに腕を降ろして欲しい』
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