第10話 とある特級探索者の受難 後編

「私は天宮アリスです。この子はポワンで、こっちはテュテレール。私の家族です。……さっきは私が転んだところを、ポワンが助けようとしてくれて……勘違いさせちゃってごめんなさい」


『よろしく頼む』


「ど、どうも……? 私は西城茜よ……」


 お互いに自己紹介を済ませながらも、茜の混乱は未だ収まらなかった。


 なぜダンジョンに、探索者ではない女の子がいるのか?


 その答えは、予想外のところからもたらされた。


"アリスちゃんだ!"

"協力者ってアリスちゃんのことだったのか"

"コラボ配信やったぜ"


「えっ、待って、みんな知ってるの?」


"えっ、むしろ知らなかったことに驚き"

"今一番伸びてる配信者だよ"

"少し前に投稿された寝顔の切り抜き動画が一億再生いった子"


 そう言われても、というのが、茜の正直な感想だった。

 実のところ、彼女は生活にまるで余裕がないこともあって、他人の配信などロクに見たことがないのである。有り体に言って、かなりの世間知らずだった。


 しかし、今はそんなことよりも気になる単語があった。


「いちおく……!? いや、待って、一億もすごいけど、寝顔……?」


"そう、寝顔"

"ダンジョン中層で熟睡する姿があまりにも無防備で可愛いって話題になった"


「…………」


 既に、茜の脳は理解を拒んでいた。


 彼女にとって、ダンジョンというのはいつどこで死ぬかも分からない恐怖の場所だ。借金を返し終えたら、探索者などすぐに辞めてやると決意している。


 そんなダンジョンで、無防備に熟睡する?

 かつてダンジョン内での生活を余儀なくされていたという孤児達でさえ、そんなことはしたくても出来なかっただろう。


(どうしよう、すっごくヤバい子と組まされたのかもしれない)


 もう帰りたい、と茜は心から思う。

 だが、それを口に出せばこれまで培って来た全てがパーになってしまうので、帰るわけにはいかない。


 あるいは、自分が逃げ出したくなると分かっていたから、協会の職員はアリスの情報を伏せていたのだろうか──と、茜は意図せず真相にまで辿り着いてしまっていた。


 だからと言って、何一つ問題は解決しないのだが。


「それで……アリスちゃん? あなた戦えるの?」


「任せてください、私だって自分の身を守ることくらい出来ます!」


 ふんす、と鼻息荒くアリスが取り出したのは、金属バットとマジックハンド型の玩具の銃だった。


 急速に不安が広がる中、隣のロボット──テュテレールから補足が入る。


『アリスは支援要員だ、戦闘力はない』


「テュテレール!? そこまで断言しなくてもいいでしょ! 私のバットとロケットパンチ君も、ちゃんと強化したんだよ! ポワンだっているし!」


『全てを含めてなお、上層での戦闘すら不安が残る。迷宮災害において、前線で戦うには厳しいだろう』


「むぅ~~!」


 テュテレールをぽかぽかと叩きながら抗議の意思を示すアリスの姿は、控えめに言っても可愛い。可愛いが、ここはダンジョンで、今まさに迷宮災害が発生する直前なのだ。


 あまりの緊張感のなさに、本当に大丈夫かと不安になる。


『案ずるな、ここに向かってくる敵性モンスターは全て、私が殲滅する。西城茜、あなたには、アリスの護衛と援護をお願いしたい』


「えっ、私護衛役!? というか、戦う力がないなら避難させた方がいいんじゃ!?」


『それでは、モンスターをこのポイントに誘導する者がいなくなってしまう。敵が纏まりを欠いて分散侵攻した場合、私一人でそれを鎮圧することは困難。最悪の場合、挟撃もあり得る』


 ダンジョンは、無数の道が複雑に交差しながら地下へ向かって続く、迷宮のような構造をしている。


 当然、一つの道を封鎖したくらいでは何の影響もなく、北海道のダンジョンで多数の人手が求められたのもそれが理由だ。


 茜としても、自分一人で鎮圧出来るなどとは夢にも思っていない。あくまで、今回はダンジョンの状態を調べるための先行偵察で──


「……ん? 待って、さっき殲滅って言ったわよね? まさか、この人数で迷宮災害を鎮めるつもり!?」


『その通りだ』


「いや無理でしょ、無理に決まってるでしょバッカじゃないの!?」


『人数が少ない方が、災害に合わせて溢れたモンスター素材の取り分が増える』


「そうね、それは間違いないわね、私だって出来ればやるわよ!! 出来ないから今もこうしてせっせとダンジョンに潜って死に目に遭いながら働いてんのよバーカバーカ!!」


“茜ちゃんが泣いちゃったw”

“テュテレール君、茜ちゃんは繊細なんだからあまり虐めないであげて”

“でも茜ちゃんは泣き顔も可愛い”

“もっと見せて”


「あ゛あ゛ん!? なんか言った!?」


“なんでもないでーす”


 必死に凄む茜だったが、実のところ彼女が無理をしていることは、視聴者全員把握している。

 把握した上で、必死に虚勢を張る茜が可愛いと集まってきているのが、茜の視聴者だ。最悪である。


 そして、この場で唯一そんな茜の本性に気が付いていないのは……何を隠そう、対人経験ゼロを通り越してマイナスに振り切っているアリスだった。


「ご、ごめんなさい、茜さん。素材はちゃんとはんぶんこしますから、落ち着いてください」


「そういう問題じゃないわよ!!」


「ひえっ、ごめんなさい!」


「あ、いや、今のは怒ったわけじゃ……いや怒ってはいるんだけど……あーーー!!」


 どうすればいいのかと、頭を掻きむしる茜。


 そんな彼女の気も知らず、状況は更なる展開を迎えた。


「待ってください!」


 茜の恐喝に怯えていたアリスが、一転して真面目な顔で足下を見つめる。


 不可思議な輝きを宿すその瞳に、茜が何も言えないでいると……ゆっくりと顔を上げたアリスは、ハッキリと断言した。


「モンスターの大群が迫ってます。どうやら、迷宮災害が始まったようです」


「えっ、もう!? いくらなんでも早すぎない!?」


 迷宮災害は通常、兆候が現れ始めてから一週間~二週間後に本格的に発生する。北海道の《絶氷城》など、先々週に兆候が確認されてから今日まで、未だ発生していないくらいだ。


 にも係わらず、まだ兆候が確認されて数日しか経っていない《機械巣窟》の方が先に発生するというのは、不意打ちにも程があるだろう。


『予想よりかなり早い。アリス、準備は万全か?』


「大丈夫。投射映像を使った壁の構築は機能してる。あと少しで、ここに全部のモンスターが押し寄せてくるよ」


「それヤバイでしょ!? 全部来たらどうやって倒すつもりなの!?」


 アリスがキーボードにも似た端末を操作しながら口にした言葉に、茜は思わず叫ぶ。


 迷宮災害で発生するモンスターの数は、少なくとも数百、多ければ数千にも達するとされている。


 そんな大群が一斉に迫ってくれば、ロボットを含めても四人しかいないこちらに対処など出来るはずがない。


「って、言ってる間に来たぁぁぁぁ!?」


 通路の奥から押し寄せて来る、鋼鉄の津波。


 機械ゴブリンの群れを先頭に、巨大な戦車のごとき機械猪や、テュテレールより大型のロボットなど。多種多様な機械のモンスターが、一斉に向かってくる光景は、それだけで卒倒しそうなほどの恐怖を茜に与えた。


「大丈夫です。よいしょっと」


 再び、アリスが自身の端末を操作し、エンターキーを軽快に叩く。


「これでどれくらい削れるかな?」


 アリスがそう呟くと同時、押し寄せるモンスター達の前に一本の鎖が出現した。


 投射映像によって擬似的な壁を作り、モンスターを誘導したのと同じ技術。不可視な透明状態になっていた鎖が突然現れて空中にピンと張られ、機械ゴブリンの先頭集団の足を引っかける。


『────』


 もちろん、本来ならそれだけでは大した効果は見込めなかっただろう。ダンジョンで生まれたモンスターは頑丈で、転んだくらいでは何のダメージもない。


 だが、今は千を越えるモンスター達が押し合いへし合い、一本の細い道に誘導されて突っ込んできているところだ。


 そんな中で、前を走るモンスターが一斉に転べばどうなるか?


 答えは、ドミノ倒しのごとく崩れ落ちていくモンスター達という分かりやすい形で、目の前に現れた。


“うおお、面白いくらい倒れてくなw”

“あ、こけた機械ゴブリンが後続の猪に潰されてる”

“でもこれじゃあ機械ゴブリンしか倒せないのでは”

“いや、機械ゴブリンの残骸が積み上がって後続が遅れてるぞ”

“猪が立ち往生して後ろから押し込まれてる”

“あ、ついに転んだ”

“待て待て、まだ後ろから来てるぞw”

“すごいことになって参りました”


 丈夫な鎖とはいえ、それが出来るのは先頭を走る機械ゴブリン達を一斉に転ばせる程度。しかし、転んだゴブリンが新たな障害物となって大型モンスターの足を鈍らせ、バランスを崩し、転ばせる。


 より大きな障害物となったそのモンスターが更に後続の足を止め、それより更に後ろの後続と挟まれて潰されていく。


 僅か二手。発生するモンスターの誘導と、鎖による機械ゴブリンの転倒という手段だけで、大量のモンスター達が破壊され、残骸を晒すことになっていた。


 もちろん、それだけで全滅させることなど不可能だ。やがて後続の圧によって残骸は蹴散らされ、何事もなかったかのように進軍を再開するだろう。


 だが、ここにいるのはアリスだけではない。


『ターゲット補足、殲滅する』


 足が鈍った集団に向け、テュテレールが掌からビームを照射する。


 周囲をモンスターに囲まれ、ロクな回避も防御も出来ないのでは、たとえ深層モンスターが混ざっていようとただの的だ。次々と破壊されていく。


『西城茜、援護を要請する』


「あ、はい」


 あまりにも予想外の展開に固まっていた茜だったが、テュテレールに促されて攻撃を始めた。


 スキルの爆炎と機械のビームに焼かれ、次々と破壊されていくモンスター達。


 それでもなお、モンスター達は数の暴力で押しきろうと圧を強め、前のめりになり──


「テュテレール、次のポイントまで下がろっか」


『了解。西城茜、撤退するぞ』


「えっ」


 完全に押し切られる前に、テュテレールとアリスは撤退を選ぶ。


 そして、アリスはポワンに掴まって高速で逃げる中、腕に抱えたキーボードを片手で操作する。


「どーん」


 瞬間、通路の端に仕掛けられていたのだろう爆弾が、凄まじい轟音と共に爆発した。


 やっとの思いで突破しかけていた残骸の山が再生成され、天井が崩落して壁となり、モンスター達の足が止まる。


 その間に、アリス達は悠々と撤退を成功させていた。


「うーん、全体の数は二千くらいかな? 今ので結構削れたから、あと三回くらい同じことすれば鎮圧も終わると思う」


『了解した』


「……あれえ、迷宮災害の鎮圧って、こんなんだっけ……?」


 ダンジョンは通常の洞窟と違い、破壊されても時と共に修復され、完全に崩壊することはない。


 だが、それはいずれ再生するというだけで、崩落のリスクがないわけではないのだ。普通、この狭い中で爆弾など使わないし……使ったとして、通常の火薬では下層や深層クラスのモンスターにダメージを与えるのは難しい。


 つまり、そんな特別製の爆弾を作り、この状況を演出したのが、アリスという少女なのだろう。


「ダンジョンの崩落具合も計算通りだし、順調だね、テュテレール!」


『油断は禁物だ、アリス。最後まで気を抜くな』


「はーい」


 どこか和気藹々とした会話を交わす一人と一体を眺めながら、茜は思う。


 私、やっぱりとんでもない子と関わってしまったのでは? と。

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