御師様ト異界ヲ臨ム

ゲコさん。

プロローグ


 やれやれ、またここからか。

 足元を流れる小川を、しゃがみこんで見つめながらわたくしは嘆息した。


 「御師様おしさま」と十年近く過ごした古い家。その裏庭を流れる小川がこれだ。その古い家に住んでいた頃、ここには透明な水がさらさらと流れていた。

 しかし、今そこに流れているはホシガラスの体色にそっくりな、つやめいた黒と白の斑点模様の液体だ。黒と白は互いに交じることはなく、模様を崩すことさえなく流れている。


 家の真後ろに位置する箇所には水を少しためておけるように小さなくぼみが作られており、初めてそのくぼみを見たときは、そのくぼみの底は陶器の破片で固められていた。

 だが今、その場所で黒と白の液体の底を目を凝らすと、青い光が底を覆っていた。

 

 さらに、御師様がこまごまと整地なさった小川の周りには、小さくもしぶとい生え始めの雑草の代わりに、これまたホシガラスの短い羽毛が地面から生えていた。


 これはひとつ前の「世界の狭間」の名残りだろう。

 御師様がそこでは年老いた不死のホシガラスになって、人を空の遥か彼方へ導く役目を負っていたから。

 

 そういえば、とふと思う。ここでは私はどんな姿をしているのだろう。

 自分の姿に頓着しなくなって大分経つ。昔、世界の狭間を渡って女性の体になった時にはあんなに慌てふためいたのに。

 狭間を渡るたびに周囲とともに自分も変わるものだから、もうすっかり慣れてしまった。

 女性に、鳥に、なんでもないぼやけた存在に、御師様と世界を二分する宿敵の怪物に。姿かたちは旅を始めた少年の頃と全く同じなのに、御師様をひたすらに憎んでやまない少年になったこともあった。


 自分の手を見ようとしたものの、あたりは薄暗く、光源は小川のくぼみの青い光のみで良く見えない。とりあえず手がある感覚があるから手はあるようだ。

 仕方がないから立ち上がる。おそらくこの感じだと足もあるようだ。

 とりあえずまずは御師様を探すことにしよう。

 今までそうしていたように。


 やれやれ。御師様を探して一人で歩く間、今までの歩みでも思い起こしながら歩くことにしよう。

 退屈なのに危険ばかりで、変質に変質を重ねた旅路を。

 御師様の生まれ故郷、「異界」へ赴くため、御師様と「世界の狭間」を渡り歩いた日々を。

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