第255話 次元火炎
*
その後、数十秒足らずでオレ以外の隊員は離脱を完了。影響が及ばない距離まで離れたことを浄眼で確認した。
「さて、と」
タイミングを見計らい、正面を分割していた特大『檻』を解除すると、
「ん……っ?」
察知したときには既に、周囲が紅炎に満たされた。
『檻』の解除後、実にコンマ五秒ほどだ。
「――――」
オレの佇んでいた雑草が生い茂る地面は、火山の噴火よりも何百倍もすさまじい熱エネルギーに浸蝕され、漏れ溢れる烈火、消えることのない猛炎の熱気、焦熱からぐつぐつと煮え滾る紅いマグマのように変貌した。
「
その口調は、まるでオレが死体となった
……「次元火炎理論」(英、ディメンショナル・ブレイズ)か。また面倒なものを。
別に次元に干渉するなんて『檻』のような性能を持っているわけじゃないが、大層な名が付けられている噴流拡散のプラズマ。
幼少期、「次元火炎理論と漸次解析の総評」という研究資料と「風間家と来栖家、反目の歴史」という文献で読んだことがある。
エネルギー消費の機構は果てしなく難解で、当時のオレには理解ができなかったが、とにかく敵のエネルギー対抗(情報体バリアや異能体)を宿主として消費、貫通する熱反応のことだ。結果、見かけ上は次元を超えて熱が伝導された現象が起こる。
この燃え盛る状況をもたらしたその先制攻撃は、この次元火炎を応用した超火力一点集中ブラストによるもの。
まるでこの一撃で終わらせたいという魂胆と、この攻撃で全て消し飛べという、そんな奴の思考が垣間見える高火力だった。
「――――」
周囲の公園内道のアスファルト路面がまるで、夏場のアイスのように溶解する高熱……表面温度だけでも摂氏10,000度を超えているか。
風間薪、名前は聞いたことがないがオレの異能を知ってる奴が無策とは思えない。
「はっ、大したことなかったな。千年以上現れてなかった蒼の王がこれか? 蓋を開けてみれば雑魚がたかって集まった過大評価。特級異能者への異常な畏怖の集積。烏合の塵どもが」
しかもオレを、特級だと知っている。
「所詮お前じゃ、聖徳太子にはなれないぜ」
何故か若干無念そうに言って、そのまま帰路につきそな勢いだったので仕方なく声を掛けることにした。こっちとしても後回しにする方が色々面倒だしな。
「別に――、」
同時、オレが生きていたことがそんなに信じられなかったのか、はたまた自身の火力を受けてなお生があることに驚愕したのかは定かではないが、薪は目を見張り自ら生成した猛炎の髄を、オレの立っていた位置を覗く。
「はぁ―――?」
と、驚きを吐きながら。
「オレは聖徳太子になりたいわけじゃないんだがな」
悪いがこの程度の『焔』で死ぬなら、オレはとっくにこの世にはいない。
蒼に輝く透明障壁が豪炎の中で直立する。そのバリアの幾何学的形態は立方体、または正六面体と呼ばれる。簡単にキューブでもいい。間一髪オレはその中に籠り、炎の攻撃を防いでいた。
「まじかよ……。バケモンが……」
『檻』で補完されるエネルギー保存則の分立は、「孤立系のエネルギーの総量は変化しない」という基本則を否定する。なぜなら瞬間的な孤立系を仮想の空間断裂によって実現し得るからだ。
要は、隣接する状態が何千何万度の灼熱だろうと『檻』はその熱エネルギーを通すことはない。たとえ「次元火炎」だろうとその例外ではない。
「へぇ? 最初の不意打ちもそうだが、この火力を凌ぐのも常軌を逸している。お前、普通じゃねぇな。噂がひとり歩きしてただけかと思ったが、どうやらそうじゃなかったみてぇだ」
「そんなことはどうでもいい。それより大輝はもうここにはいないぞ」
しかしその次に語られたのは、オレの言葉への返答ではなかった。
「お前、術式も魔法も知らず大した技術も持たない雑魚を見下して生きるのは気持ちよかったか?」
「は? いきなり何の話だ?」
「とぼけんなよ。
「さあな」
バリアの役割を果たしていた『檻』を解除し即座に上部後方へ飛び、炎の海から離脱。風間薪と距離を取り、再び睨み合い火花を散らし合う。
「惚けんの好きだなお前は。なら分かるように言ってやるぜ。世界戦力図を揺るがす事のできる特級異能者ともあろうお方が、こんな『異能士殺し』とかわけの分からない奴の相手をさせられて。その実この世界の人を皆殺しにできるだけの力を持ちながら、それを使わない。目的はなんだ、名瀬統也」
特級異能攻撃などと言われる、地球規模で国家戦略的な変革または世界勢力転覆の恐れのある異能効果・攻撃を一つでも持つ人間を、所謂「特級異能者」という異常者の烙印として、正規または非公式に登録している。
茜もオレも紛れもなくそれに該当する存在だ。確かに油を売っていい身分ではなく、本来は激戦区や戦地に実践投入され、一国軍隊を退ける有効兵器として運用される。
「オレがその質問に黙って答えるとでも」
「いやぁ? でもな、知りたかったんだ。お前らほどの人間がこっちに偏れば世界の均衡は簡単に崩れる落ちる。それについてお前らがどう考えてるのかをな」
お前ら? ……こいつ、茜を特級異能者だと知っているのか?
「さっきから何の話をしているかさっぱりなんだが」
「惚けてばっかだな、てめえはよっ――!」
瞬間、
――なに、速い!?
速すぎて見えなかったが、炎の高密度球体を飛翔させこの場に投下したようだ。『檻』の囲いを展開して応急する。
と同時に、残像のような五体が森林公園、ここらの樹木の上部へ向かったのだけはかろうじて分かった。
「……!」
恐ろしいことにその後も休む暇なく持続的に木々を足場に猿の何千倍という速度で飛び回って見せた。浄眼が視認に手こずるなど、桁違いな速度だな。
おそらくだが掌と足裏からの火力バーストでブーストし、ロケットのように推進力を得て加速している。
それにしても『
……にしても、この男、
「速すぎだろ!」
風間家の異能『焔』、体内保有魔力のエネルギー密度だけでその優劣が決してしまうヘビーな一族だが、このスーツの赤髪男、こいつの場合はその密度が並外れている。
オレと五十嵐が奴の接近に気付けなかった最大の理由はこれだろう。
密度が高すぎて空間情報に飽和していない。魔力界隈でこの現象は通常、あり得ない。熱が密集し過ぎて、正味五感で熱く感じないようなものだ。
「速すぎ? お前がのろ過ぎるだけだろ」
「そうかもな」
「どうした『碧い閃光』の弟。こんなものかァ?」
「あんたみたいな浪費は好まない主義なんだ」
「はっ、いつまで持つか? その『境界』
会話を展開しながらも四方八方で繰り出される炎を帯びた鋭い打撃や火炎の小規模攻撃の連続、それらを『檻』の障壁だけで防いでゆく。展開、解除、展開、解除、これの繰り返し。
しかしこの場から下手に動く暇などなく、防戦一方という状況だった。
「…………」
しかもなんだ? こいつ、ちっとも魔力切れしないだと……? 通常の風間一族ならとうにマナ欠乏症による脱死が起こっている。
これだけ迅速に細かい機動をするのには、小規模とはいえロケットエンジン相当の燃料と酸素、火力源となる魔力がいる。それに耐えうる身体も……イカれてるな。
そう思考していると、どこからともなく降り注ぐ風間薪の声。
「そろそろ気付いたか? 俺の魔力密度はマトリクス鉱石並みだ。そういう特異体質なんだよ。先天性の『魔力密度異常症』のな」
風間の声はどこか楽しそうな、変に上擦ったものだった。
「マトリクス鉱石だと?」
「そうだ、知ってんだろ。お前のうなじについてる機械を、擬似的に永久稼働させてる動力源だ」
雑な口調で
「なんのことかさっぱり――」
次の瞬間、オレの左側に化学的爆発のような起こりを浄眼で確認する。風間一族の大技の兆候だった。
「――!?」
当然オレは左にバリアとしての『檻』を即時展開し、一際燃え盛る赤に対抗。高密度の炎熱の噴射は軸が緑や青で光るほどに凄まじく、それを空間系の分断で塞き止めていても、『檻』の端からくる加熱された風圧は防ぎ切れず熱風を体感させられ、軽く火傷を負った。
オレはそのような炎光スペクトル、火炎操作攻撃に注目していたため、顔はそちらを向いていた。しかし、右側にも同じような異能の発動気配を確認。
「――っ!」
厄介なことに異能『焔』の起動式の解体には、「魔力エネルギー変換効率の律速段階原理」や「風間式副火力理論」という原則が拘わる。
つまり、第一術式「解」はこの男には無効だ。純蒼解「虚空」は魔力消費が大きいし何より時間と手間がかかる。それゆえ近距離であの火力を受けるのはまずい。
切羽詰まった対応、オレは左正面から顔を動かす暇もなく右側に手を伸ばし、正方形の『檻』を展開。気付いていたときには既にそこに炎の攻撃が飛翔していたという有様。
しかし、その炎の背後に隠れる奴の姿を見逃さなかった。
「簡単には近づけさせないがな」
収束式『蒼玉』
その左の『檻』を手早く解除し右の『檻』を収束式に至急変更。式の変更は予め設定された工程でありさほど時間は必要ない。その解除操作と術式制御は同時に作用した。
しかし当然のごとく『蒼玉』としての収縮反応だけが空間に露出し、その炎と共に接近を狙っていた猛速の風間薪を反対方向へ吹き飛ばすに至る。
「ちっ――名瀬のガキ!」
しかしやはり何かしらの防御領域を身体にコーティングしていたらしく、空間の圧縮効果をもろに受けてなお無傷だった。
だがその効果とは別に、『蒼玉』の出力で局所的な圧力上昇に、強烈な衝撃波が発生し、奴は木々をなぎ倒しながら地響きを生み出す。
風間薪は空間の出力を止める技術や華麗に交わす技を持たないのだろう。木々や地面を抉り全てを押し退けた。
止まる気配と同時、
「呼んだか?」
その機を逃さんとオレが基礎工程単一加速魔法『瞬速』でその位置に向かい、蒼のマフラーを振りかぶるが、
「はっ……?」
既にそこに風間の姿はなく、
「おせぇんだよ」
先程と同様に上部の木々を飛び周りながら話しかけてきた。
「ちっ」
「そう言えばさっきのあれ、雷電凛じゃねぇだろ? 誰だか教えろよ」
茜を特級だと知っているような口振りだったが、個人を特定できているわけではないのか。だとすればなんとでも言い訳できる。
「藪から棒に何の話だ」
「はっ、また惚ける気か。さっきの雷電の女だよ。あの様子じゃS級……いや、特級レベルなんだろ? なら凛とは別人だ」
一見、発言が意味不明で要領を得ない。記憶が弄られていない素のままなら「雷電一族」と言えば凛に直結する。そもそも雷電凛を知っている人間が茜をまじかで見て別人だと判断するはずがない。
「あんた、何を言ってる?」
すると風間は何を思ったか突然数十メートル先で着地し、先の茜との出来事や会話を思い出すように開口。
「顔立ちが同じでも面構えが違う。風貌が同じでも纏う殺気が違い過ぎる。そして何より、アイツは凛よりイイ女だった。俺は男と雑魚こそ覚えらんねぇが、上玉のことは絶対に忘れないんでな」
表情からは笑みが漏れているが、猛獣のような気配がその笑顔の向こうから滲み出ていた。下品な男だ。
「そうか、それはめでたいな」
「ああ、機会があれば味見したいところだぜ」
「相手が誰だろうと茜に手を出すつもりなら容赦はしない」
「黙っとけ青二才。お前が異常なことはよーく分かったよ。確かに、俺と戦闘して十五分以上もったヤツはお前が初めてだ。異能士殺し、依頼の相手はどんな強者だろうと捻り潰してきた。認めるぜ、お前はっきり言って怪物だ。だがそのお前も俺には到底及ばないし、あの茜って女も、
「そうか。確かにそう妄想するのは、あんたの勝手だ」
「――――」
オレは左手を差し出し放出の構えを取る。そして大きめに息を吸う。
「“振幅”」
「“発散”」
「“摂理の遠点”」
オレが口から発するのそ異能詠唱を受け、目を剥く風間。
「ッ……!? これは――!」
少し焦ったような、慌てふためいたような声を、風間薪という大男は今日、初めて口にした。
異能詠唱――それは量子レベルで喚起させる究極の自己暗示。後払いのように効果の代償はあとについてくるが、そのような最終用途以外にも、精度を高めたり、出力を調節したり、消費魔力を押さえたりできる。
檻「蒼」
「発散式――」
オレは別に、この男がどんなに強かろうと、そのリズって奴が茜をどんなに打倒したがってようと、なんでもいい。いや、なんでもいいは流石に語弊があるか。
ただ、知っててほしい。
お前らという障害は別にオレらの視野にないし、必要以上に構う気もない。
オレと茜という番いの前進を止めることができる存在がいたとすれば――否、全て排除する。
「――――『青玉』」
この風間に打ち込んだ淡い青色――この爆散が奴に有効ダメージを与えなくても構わない。
今のオレの目標の軸は、この男を殺すことにはない。
このあとに控えている杏姉との戦闘のために可能な限り温存しておく必要がある。
だから出来るだけ省エネしながら、この男を排除しなければならない。
それがオレの勝利条件だ。
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