第245話 「蒼の王」≶「反転の王」
***
(後ろですかッ!)
ネメは急ぎめに反転剣のトリガーを引き、見られたくない影人化を果たして、紫の電撃を帯びるのと同時に軽やかな身のこなしで振り向いた。
それは統也の気配が背後へ移ったという確たる気配を浄眼にて感知したから。マナ経由のレーダー的な探知であり寸分の狂いもない。
浄眼は情報次元という物理次元と別の次元空間に視界を移すため、彼の気配が後ろに在ったという状況は覆らない。そうして背後を反転剣で切り裂くがしかし――、
「はッ!?」
――いない!?
「どこ見てんだ」
ネメは振り向いた後すぐ、声がした方に振り向く。そうしてかつての正面を見た時、微かに名瀬統也の影を視認した……――気がした。何故「気がした」だけなのか。
そう――彼はまず間違いなく、この世に居ない。そう浄眼にて結果が出力される。王の眼でさえそう結論付けるのだ。
何故なら、名瀬統也という実体を把握できないからだった。
「――――」
彼の移動速度が速すぎるあまり、その視認という概念に達しない。感覚細胞への刺激も脳内までの情報伝達をも許さないのだ。
(速すぎる……ッ!!)
ネメは周囲をぐるぐる回る存在を、否、ネメを周回しつつ点在し確かに残像だけを残すマナ気配を捉え、驚愕し、佇み、茫然とするしかない。
「なんですッ、これは……! あり得ない……!!」
マナ気配はマナの流れによる相関的な情報を読み取っているに過ぎないため、これまた情報処理までの脳内の伝達へ拒否が発生し、彼を視認、認識することは叶わない。
感覚を研ぎ澄まし、どこから彼の攻撃が来るか見切る準備をする。彼の攻撃を反転するにはただの『反転』では事足りないと理解しているからだ。
「いつまでそうやって――!!」
――ネメは、気づいていた。
「名瀬統也ぁ――!!」
――この時点で、既に、気付いていた。
「私の周りをランニングして、楽しいですかぁッ!!」
この速度を持って尚、彼が彼女に攻撃を繰り出さないのは、第零術式『律』の疑似的時間停止で他物体に大きな影響、作用を及ぼすと、その光速度規模の運動量、運動エネルギーの反作用、撃力にて自肉体への強い反動が懸念されるから。
そのリスクを無視し他物体に物理干渉できるのは、空間制御領域を自身のマナ標準で押し広げた、正真正銘の領域構築『時空零域』のみ。
更に彼は、ネメがその『反転』能力を拡張し静止空間でも跳ね返す性質を保っていることを見抜き、時間を停止しての行動は「移動」のみに絞っている。
「くッ―――!」
――ネメは、疾うに気付いていた。
畳みかけるわけでもない、『檻』での監禁を狙うわけでもない、しかし回遊を続ける名瀬統也。
「何がしたいんですかぁ!!」
動きが俊敏――恐ろしく速いことに注目しても意味がない。演算が壊れた瞬間に再構築されているかのような――恐ろしく速い第零術式の重複発動によってその時間を停止、戻す、停止、戻すという操作を繰り返している点に着目すべきで、
「これはもしや……『再構築』!!」
ネメは自力の推測で辿り着く――真実に。
「まあそうだろうな」
彼は、ついに起源覚醒を果たした。故に完全な『再構築』を使用可能にし、今や人間の認識できるスピードを遥かに超越した自己修復速度、再構築演算、またマナ消費のロス削減に成功している。
(以前は、一回の有機体再構築につき消費する保有マナに重大な欠陥でもあったのか、回数制限のように肉体の再生には限度があったようですが……それも今や無いに等しいわけですか……!)
ネメの思案通り、彼は現在、無際限の再生を可能にしていた。脳が焼けても即時再生することでそのデメリットを帳消しにしている。
「再生が無限。なんて厄介な王様!」
(遠距離の間合いに誘導しても、今の彼なら遠くから発散式『青玉』を当然のように放ってくるはず。というかそもそも時間を停止させ迫ればいいという話で……)
(彼が領域構築をしないのは、私が浄眼による緻密なマナ制御で原子レベルの事象を『反転』しているから。何かしらのエラーが発生することを恐れての読みでしょう)
(逆に正面切って彼と白兵戦を展開すれば、『
ネメの術式干渉『
因子が難解な複合術式は破壊不可だが、単一術式ならばどんなものだろうと強制中和できる。
ネメは思案する。
――異能『
収束式:『蒼玉』
虚数域の級数。空間にマイナスを落として圧縮、周りの物体を吸収する技。
発散式:『青玉』
実数域の無限化。空間を無限に発散させ、広げて全ての物を吹き飛ばす技。
前者には蒼玉「星砕き」と蒼玉「星鳴り」の二パターンがあります。
①「星砕き」が、『檻』内部の空間を押し潰し、ブラックホールのように無に帰す。
②「星鳴り」が、固有の『檻』で収束させた虚像空間を球状にして一定速度で放つ。
――速度というベクトルを持たず、また攻撃に方向性がないのは……私が理論上反転不可能なのは①のみです。
――つまり『檻』の内部に監禁されさえしなければ、無問題。そして『檻』での拘束は彼が一番苦手としている。師である旬をあやかって身につくのは発散と収束の式のみ。監禁術は名瀬家相伝の領域構築があるが、彼は虐げられていた影響からそれを知らない!
――名瀬統也の実域、虚域。全て無問題!! 反転できる!!
「絶望を見せてあげますよ! 名瀬統也!!」
ネメは自己の想定において精神的優位という兵糧を獲得。それは異能士、影人にとって自己の成功イメージを確定させ、演算の緩みを補完。更により強固なものにする他、ステータスを底上げする要素ともなる。
「――『絶望』? 絶望なら知ってるさ。もう何度も味わった」
その発言はずっしりと重く、そして鉛のような味を体現し、何よりも、この世界よりも歪んでいる。まるで何もかもを吸い込むブラックホールのように、力強い低音を響かせた。
どこからともなく降り落ちるその覚悟が詰まる声に、ネメは目を見張りながら、
「はッ! また後ろ!!」
素早く体を翻し、手に掴んでいたオリジン武装「反転剣」を振りかぶり――、
「な――ッ!」
――なんと統也は青い『檻』バリアを上空に水平固定し、そこに逆さで起立していた。
高い位置、『檻』の裏側に立つ。これはおそらく足の裏の空間収束に新たな条件を付けくわえ吸着しているため、術式に術式を重ねた状態。
いわゆる重複発動を、あえて見せびらかしネメを防御主体の消極的な戦闘へ誘っている。
ネメはこれを目の当たりにしてもすぐ、平常心を取り戻す。『再構築』を零秒基準で行える規格外の演算速度を手に入れた彼ならば、壊れた術式を異次元の速さで再構成し、幾らでも重複できてしまう……ように見える。見かけ上は。
「ふうっ!!」
ネメは持てる最大速度の斬撃を繰り出していたが、上空にいる彼に、反転剣の切っ先が当たる訳もなく――すぐさま逆術式にマナを注ぎ、『反転』の用意を済ませる。
対する統也は、
「収束式『蒼玉』」
その場で落下しながら収束式の濃い蒼を放つ。それは「星鳴り」。しかしネメは、速度を持つこれを反転できる。
「何を無駄なことを――!!」
そして統也はその余裕顔を見ても無表情のまま、時間を『律』で停止させ、今度はネメの背後へ周る。
「『◇』――『蒼玉』」
そして更に右に飛び――、
『蒼玉』
そして更に左へ――、
『蒼玉』
ネメはそのほぼ同時に射出された四つの『蒼玉』に周囲を取り囲まれたが、それなら上へ逃げればいいだけ――そう考える。
「はッ!! これは――!!」
しかし次の刹那、上を向くネメは、頭上に『檻』バリアが展開されていたことに気付く。
そしてこの行動は統也の仕掛けた心理的な駆け引きに過ぎない。ネメが全ての蒼玉を反転せず上へ回避しようとした事実、これがある解釈へと繋がるのだ。
「やっぱりな」
一つの蒼玉は、ネメの反転防壁の周囲に介在する『
他方もう三つの蒼玉は――何故かネメのあらゆる面を穿ち、
「ン――――!!」
その勢いを保って反対側に位置する神社のような建物に、ネメを叩きつける。その様子はまるで蠅叩きで叩かれた蠅だった。
「かはッかはッ……!」
ネメは『反転』の術式中和における秘密が一つ、暴かれてしまったという考え、その悲観を切り替え、統也の追撃に備えるため、急ぎ建物外へ飛び降りる。
「――『
その間統也は建物に触れ、瞬間的に再構築を発動したのか建物の損壊は見る間に再生。発動の間は対象が霞んだように見え、次の瞬間には損壊の無い状態に戻っている。
「『
しかも蒼玉の指向性無視で放つ今の攻撃は統也にとっても半自爆で、『蒼玉』の虚像を近距離で曲率四方向に放った影響により彼自身が負傷していた。しかし傷は謎の霞で消え、衣服に付着していた血の跡も消える。
千切れた彼の腕、分離していた2体も元の位置に引き寄せられて接触し肉体全体が再び霞み、靄が発生、次の瞬間には2体が元の状態に戻っているという驚くべき再生性能。
「これが、王の権能……? その真価だとでも……!?」
権能と言うにはあまりに強大で、あまりに精緻で、大胆で。あまりに繊細。
そしてその直後、ネメは言葉を失う。
「…………」
話しかけている最中であったが、またしても名瀬統也が消えた。そうして素早く振り返り、空を確認したとき、彼はいた。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
ネメは虚数術式の肉体再生をしながら、空間に『檻』の足場を展開しその高みに立つ彼を見て逃げたくなった。その押し負けていると分からせられる蒼い瞳を見て逃避したくなった。
それは、正しい防衛機制だったと言える。明らかなる危険信号だったと言える。
「――――」
対照的に統也は濁った感情を何も抱いていない状態。雑念は全て茜に浄化され、澄み切っている。
荘厳な雰囲気でその面構えを見せ、ポケットに手を入れ精神を落ち着かせ、そうして上空の涼風を味わっている。同時に彼女の反撃についても警戒する意図で距離を取っていた。
そう、今の彼に一切の甘えはない。あるのは、圧倒的なまでの――、
――生物としての線引き。
その絶対的な王に、ネメはじわじわと精神を壊されていく。
(術式干渉の「膜」――『
その事実が、統也の導き出した解釈であり、また彼女の戦慄であり、脅威・名瀬統也を脅威と呼べるに足りうる根拠でもある。
ネメが術式を中和できるのは、浄眼で制御した『
それが『
つまりネメは、同時多数でベクトル反転可能。ただし『術式の中和は一定時間内で一点のみ』という弱点を抱えていたのだ。
「やめだやめ」
茜空という天井よりそう提言する統也は、もはや誰にも止められない――、
「――バケモノですよ……あなたは」
そして何より、ネメの蒼いフィルター越しに見える情報が告げる。以前と比べ彼の身に宿すマナの質も、術式の精度も、桁違いに膨れ上がっている。異能者として磨かれた才能を十二分に発揮している。
一体全体、何をどうしたらこうなるのか。何をどう改善すればこんなバケモノに生まれ変われるのか。
――あの、少しイキっていただけの、そうして少し優れていただけの彼が。王冠を持たなかった彼が。
「怪物のお前にバケモノって言われるのは、なんだか心外だが」
ネメがこのバケモノに打ち勝つには――第零虚域の『銀水爆』『超星爆』が必須レベルと思われた。しかしそのための溜めと時間稼ぎが必要であることや、そもそもネメの浄眼の性能が最高水準に達していない現在、極大の演算力が必須のあの技が使用不可能であることは明白。
その勝利への道の思考中――、
「おい怪物、自分の状態くらい把握したらどうだ?」
そう戦慄かす声が響き渡り、ネメは気づかされた。
「は……!? なんでッ!?」
またしても統也は先の空間から消え、加えて自身の左半身が消失していることに気づく。半ばから千切られるように消えていたのだ。
赤い噴水と痛みに合わせて、支える片脚が消え、体勢を崩すのは一瞬。
「脚が……!!」
――ネメは、気付いていた。
完全に生まれ変わった、覚醒した名瀬家の特級異能者を、その躍動を、止めることは叶わない。
この先繰り広げられるのは、ただの蹂躙。
始終統也がネメを圧倒していたのは、彼女自身がよく理解していた。それでも―――。
*
オレはそのまま『律』で動き周ることで、ヤツの注意を逸らし、マフラーの空間斬撃で彼女の両腕を捥ぐ。
「おのれ名瀬統也……! よくもぉッ!」
「お前の術式中和は、二回同時には反転できない。というよりただの『
だがダークテリトリー調査の際よりその時間間隔が短くなっている関係から、二連撃は容易ではない。故に一つの攻撃に二回分の術式を含めればいい。
作法は、一回目の術式が反転で破壊された直後、限りなくゼロに近い時間内に二つ目の術式効果「空間切断」を『再構築』。
「だから、私が負けるとでも言いたいのですかぁ!!!」
マフラーの空間切断を再構築で即時重複させ、『
「ああ――そうだ。負ける」
今のオレは、一人ではないから――。君らが見てるから――。
時間停止という遊戯で翻弄しつつ、耳元で囁くが、
「はッ! 右……! いや、左ッ!!」
ネメはオレのお遊びの相手を出来るレベルにはないらしく既に疲労困憊を隠せず、ぜいぜいと息を切らす。
「小癪なッ!!」
それでもなお血眼になってオレの転移先を捉えようとしている。
「お前――肉体も精神も、かなり限界だろ。痩せ我慢すんなよ」
「く……ッ! ……そんなことは、問題ではないんです!」
そう主張し反転剣を振りかざしたので、それを興味なさげにマフラーで吹き飛ばし、すかさず彼女の腹に鋭い蹴りを入れる。ずか、と音が鳴り吐血するネメ。
「通常『反転』の制御さえ覚束ないようだが?」
そうしてジェット機のように吹き飛ぶ彼女の背後に『律』で移動し、背部への横蹴りで凄まじい勢いを掻き消しつつ、再生していた手足を再び斬り落とす。
「ぁ――ッ」
重力のままに落下しはじける血。今度は、うつ伏せで倒れた彼女の正面側に『律』で瞬間移動すると、
「私はただ……!! あなたに勝って、雹理様に認めてもらいたいだけッ!!」
「あ? この際に至って何を言ってるんだ、お前は」
「両親がいなかったあなたには一生、分かんない感情ですよぉッ!」
地べたを這い、今までにないほど叫び、必死に再生した手だけでにじり寄り、「反転弾」……勝手にそう呼んでいる空気を反転しぶつける技をデコピンの所作にて射出してくる。
オレは首を傾げ、いとも簡単にそれをかわし、徐々に歩み寄る。徐々に。
「そうか。分からないなら仕方がないな」
そう言ってマフラーを振りかぶり、最後の一撃を入れようとした間際だった。
突如、オレの浄眼が感知した強い違和感。彼女の周囲に取り巻く異能術式の甚だしい密度上昇。
「ん……?」
「真の王は――この私ですッ」
道路に這いつくばるネメはその蒼き瞳を誇示するように上目にこちらを睨み、その暗示を証明するかの如く、呟いた。
「第零術式――『
前回の虚数零域『銀水爆』などとは異なり、実数零域の術式解放だ。これの解放と付帯して瞬間的に反転防壁に凄まじい強化が施される、その推移をオレの浄眼が捉えた。
周囲空間に、零域の術式をマナ照準として高密度で構築していく様はまさに「反転の王」と呼べた。
その反転力は凄まじく、途中から浄眼の情報次元に由来する視界さえ跳ね返され意味を為さないほどだ。
「領域構築『
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