第167話 卒業式
*
それからしばらく、いや数か月間。何も起こらなかった。色恋沙汰はあったが、それはまた別の話だ。
秀成高校へ行き、放課後は札幌中央異能士学校へ通う。そんな日々。
学校では香、栞、命と接することでより仲良く、異学では椎名リカ、翠蘭、雪華と親睦を深めた。
異学以外の日はギアの里緒と会い、それぞれ異能の修練をするか影の討伐任務。
夜は茜中尉への報告。談笑を交えつつ仲を深めた。また想像以上に茜はオレの性格を知っていた事実もここに追加。
それの繰り返し。特に異常のない日常。
だが、その静穏さが、平和さが、徐々にオレの中では不安へと変わった。
そんな日々の繰り返し。
秋を越え、冬を越え、年を越え、
2022年3月22日。9時30分。
任務開始時期―――オレが鈴音と初めて出会った日付からとうとう一年近くの月日が経過した。
その鈴音はあの事件から七か月たった今もまだ眠り続けている。
今日は異学の卒業式の最中で、
「―――これより影人調査部隊、通称「
異能士学校の演習場を体育館のように運用し、その中央に位置する高台、それに乗り佇む二条紅葉が宣言を開始する。
「主席――名瀬統也……前へ」
「はい」
オレは少しダルそうな声で起立しつつ、仕方ないと思い、前へ出る。
「次席――李翠蘭……前へ」
「はい」
オレと翠蘭はコート内の前方で並び、横目同士で目を合わせる。
「異能を使った上での次席とは……私もまだまだですね」
「冗談言うな。お前、旬さんと同じ特殊な定格出力出せるんだろ?」
「はてさて、どうしてそう思うのですか?」
「末裔にできて、
「フフ……そうかもしれませんね」
紅葉はオレと翠蘭にそれぞれ手渡しで
「名瀬統也、李翠蘭、貴殿らを特務異能士に任命する」
と大きな声で宣言したのち小声で、
「君ら、これから
凛としたような逞しい笑み、それでいてどこか神妙な表情を向けられる。この飄々とした態度は通常運転だ。
それに対し、オレと翠蘭は何も言わなかった。
「他、椎名リカ、白夜雪華、功刀舞花、以上三名もC級異能士として矛星所属を認める。以上!」
*
「案外余裕だったな」
皆がぞろぞろ帰宅する異学卒業式の帰り、廊下で親指を立てるリカ。
「オレが主席を取らないと実力を認めないとか雪華が言わなければこんな大変じゃなかった」
「嘘つくな統也。お前ちっとも苦労してないだろ。嘘は分かるんだぞ」
と指摘を受ける。
雪華が、
「でも実際主席取っちゃうんだから、キモいよね」
最近オレを褒める時に「キモイ」という言葉を使用する雪華。キモイは悪口じゃ? と思うのだがリカ曰くこれは褒めているらしい。
「さすが御三家の名瀬」
とリカがオレの背中を叩いてくる。
「オレはあまりあの家に染まってないがな。どちらかというと伏見の仲間だ。現にこうして伏見の翠蘭とも仲良くしている」
「……そのことなんだけどさ、翠蘭ちゃんが伏見一族なのってどういう理屈なの? 未だ咀嚼できないんだけど。そもそも翠蘭ちゃんは何人? 中国人? 韓国人? 日本人?」
雪華がメガネのブリッジを上げ、疑問符を乗せたような面持ちを見せた。
「私は日本人ですよ」
リカの手間、嘘をつけなかった翠蘭は正直に答えた。
だが、リカも雪華も翠蘭が竹取物語に登場する「かぐや姫」で二千年の時を生きる女性だと知らない。知るはずがない。
何故自らを中国人だと偽っているかも理解されないだろう。
別日に聞いた話。翠蘭曰く、ずっと同じ名前、地域で生き続けると肖像画や写真、記録、新聞に残ってしまうため、色々な国へ名前を変え点々としているのだそう。
これを聞き、二千年生きているのが本当なのだとその深い事情を悟った。
仮に過去の記録に残ってしまうと、同じ姓名の人物が全く容姿を変えずに生き続けていると気付かれやすくなる。それは彼女にとって不都合以外の要素を生まない。
「麒麟剡って異能を使うっていう話は嘘だったのかな?」
翠蘭は、学校内では麒麟剡という異能を使用すると登録されていたらしい。
「いや、変だな……」
そう発言したのは椎名リカ。
思案顔で続ける彼女、
「七か月前委員長から伏見一族だと聞いた時、嘘はついちゃいなかった。けど翠蘭が自分の異能は『麒麟剡』です、と紹介してる時にも嘘をついていなかった」
「え、でもそれだと矛盾するんじゃ?」
成程な。雪華とリカの会話、ここで一つ理解できたことがあった。
「いや、おそらく嘘はついていないんだ。『衣』の別称みたいな認識で、中国では異能『衣』を『麒麟剡』と呼んでいた……多分そんな感じだろ?」
確認の意味で翠蘭へ視線を送る。
「ええ、全くもってその通りです。流石統也さんですね。鋭い考察に、適切な可変思考。冷静な視点。どうです統也さん? 良ければ私と結婚しましょうか?」
「文脈を無視するな。いきなり何を言ってるか分からないが」
そう言うとリカが過剰気味に反応するのは至極当然の流れであった。
「なんだ、お前らやっぱりそういう関係だったのか?」
「そういう関係とはなんだ?」
オレは思わず眉を顰めた。
「付き合ってるというか、まあカップルじゃねぇの?」
「いや、何を見てそう思った? 翠蘭はただの友人だ」
不服だったのか、オレの両目を真っ直ぐに見つめるリカ。
「へー、嘘はついてないな……」
そりゃそうだ。
「翠蘭のエロエロボディでも統也を落とせないとなると、雪華、お前は絶望的だなー」
「な、何言ってるのさ! 別に私は統也のこと好きじゃない!」
それもそうだろう、と思ったのだが。
直後物凄く二ヤついたリカが雪華の目を見つめた後、
「へ~、嘘はついてないな~」
と、妙にわざとらしく言った。
「ん?」
こういう案件に対しては敏感なオレだが、何故わざとらしく述べたのか、その意図が分からなかった。
*
「少しオレと話さないか?」
みんなと別れたオレは寄り道を。
異学の卒業式の帰りと言っていい時間帯、とある人物へ話しかけていた。
灰色のロング髪を持つ女子生徒が、疾く振り返る。
「アタシに何の用です?」
振り返りオレを見た瞬間、いかにも怪訝そうな表情を作る。
「いくつか聞きたいことがある」
「聞きたいこと? アタシにです? 珍しい方もいるもんですわ」
そう言って、やっとオレと向き合ってくれた。
こうして近くで見るとつり目が特徴的な美形で、可愛らしい顔付きをしている。はっきりと見える紫の瞳と髪先がカールしているグレーロングヘア。
そう―――彼女は、功刀舞花だ。
「まず初めて出会った時、オレが異能者だと気付いていたのか、ということを聞いておきたい」
それを耳に入れ、少しの間、悩む仕草をしたあと、
「いえ、アタシの『妖精眼』は、御三家の人に表れる『浄眼』とは異なり、視認できるマナが不明瞭。あやふやでとてもモヤモヤしているムード的なものしか見えませんわ。なので異能者かも、のような希望的観測ではありましたが推測はしていましたわ」
「君……眼について詳しいのか?」
「ええそうですわね。妹の
そうか、マイマイというのはこの人の受け売りだったのか。
「……舞を守ってやれなくて、すまない」
「前も言いましたが、どうして名瀬さんが謝るのです?」
オレが何も言わずにいると、
「別に怒ってませんわ。誰が悪いとかそういう考えは……無かったと言えば嘘になりますわね……。でも……あれから既に7か月……流石に自分の中で整理がついてきている」
「そうか」
実は当時、舞が死んだとはオレから直接告げた。
その時の舞花のリアクションを忘れることはない。
その場に力なく座り込み、泣きじゃくっていた。まるで三歳児のように。何もかも失ってしまったと嘆いていた。
その時にもオレは同じく謝っていたのだ。
「その代わりアタシは……
「ああ、実はオレが聞きたかったもう一つの内容がそれだ。さっき卒業式の時、君の名前が矛星の名簿に含まれていた」
「……アタシにはもう何もない。一番大切だった存在を失った。唯一の、この世の救いをアタシは……失くしてしまった」
話には聞いていた。存外、舞と舞花の二人は仲良く双子らしいと。大切な存在同士だったと。
「ならどうして矛星に入った?」
全てを失ったと感じているのであれば尚の事、普通なら投げやりになるところだ。
「知りたいからですわ。どうして舞舞が死ななければいけなかったのかを。どうして影人側の敵たちは境界内人類への攻撃を目論むのか、企てるのか。なんの大義があって人類の六割も人を殺せたのか……。なんの意味があって影人を発生させているのか」
「そのために矛星に?」
舞花は黙って頷く。その唇を噛みしめ、覚悟と共に自分の意思をその目に宿す。
「そうか、オレたちも矛星に配属された身だ。互いに頑張っていこう」
「そんな陳腐なことを言いにここまで来てくださったの?」
「……駄目だったか?」
「別に。しかし名瀬さんは割と冷たい人と存じていて、意外と感じただけですわ」
「じゃあ、意外ついでにもう一つ聞かせてくれ」
「いいですわよ」
そう言って扇子をバッと展開する。おそらく意味はない。
「南の隊は実質君一人で戦ったと聞いた。相手は異能『糸』を使用する男性型のCSS――糸影だったと報告書を読んだ」
ここでは他人風に言っているが、その「男性型」とはオレが初めに遭遇したCSSであり、里緒もオレも二度戦闘を交えている。
プラチナダストを凝縮し、手を大型の剣に変形するのが最大の特徴で、オレとの戦闘の際は『糸』を使用しなかったが、七か月前の「円山事変」では『糸』を明確に発動するシーンが見られたとの報告があった。
実は何となくではあるがオレも推測していた。
初めて出会ったあの日、あの場には他二体の影人が三宮の
つまり、異能『糸』の存在に気付いていながら無視していた可能性がある。
三宮拓海が出す白い『糸』のマナは特殊で一般可視光ではないため視認できない。ただし『糸』異能者ならその限りではないらしい。
「それが、何か?」
「敵の攻撃パターンなどは報告書から分かったからそれは問題ないが……舞花さん―――君、本当はオレたちが思っているより強いだろ?」
目付きを強めて言う。そうして目を合わせることで、逃がさんとする。
そう、オレが初めから思っていたもう一つの違和感。
通常の功刀家の人間より、この女子は強い。
異能演算能力が双子間で分担され99%だから、何か別の能力域が補完されるのか。
それとも何か全く別の要因? 単純に努力による結果?
正直分からない。どれもしっくりこない。
「それは、どういう意味で?」
そう聞く舞花の瞼が、多少ひくついたのを見逃さなかった。
「そのままの意味だ。一人でCSSの相手をして軽傷で済むなんて普通じゃあり得ない。……鈴音に勝てないのは正直分かる。『雷の加護』は相当強いからな。完全体の鈴音なら『振』異能者以外誰も敵わないだろう。だから君が異能決闘第二位なのも理解できる。だが、他の相手なら話は別なんだろ? オレや翠蘭を相手にするときだけ決闘の欠場を繰り返す意味も分からないしな」
「深い意味はありませんわ」
「ああいや、何か勘違いをさせたなら謝る。オレは別にそれを詮索したり暴いたりしたいわけじゃないんだ。単純にそれほどに強いならば、オレの力になってほしい。オレと手を組んでくれないか」
「手を、組む……? 名瀬家と?」
怪訝そうな色を浮かべ、眉を寄せた。
「いや違う。オレと、だ」
「……卿個人と? ……いずれにせよ、すぐに答えは出せませんわ。少し考えさせていただいても?」
「ああ、もちろん」
そうしてオレたちはLIMEの連絡先を交換した。
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