第41話 プレゼント

 


   *



「どうかしたのか?」

「え? あ、大丈夫」


 オレは浮かない顔をした栞に問いかけてみるが彼女は少し体をビクリとさせた後、いつも通りの顔付きになる。


 もしかしたら、栞は異能に対して敏感な体質なのかもしれないな。

 オレが浄眼じょうがんを使用していたことまでは気づいていないかもしれないが、何か違和感を察したか。

 

 オレがそんなことを考えていると、後方から聞いたことのある声が聞こえてくる。


「いやー、残念だよ。本当にガッカリだ。俺も森嶋とデートに行きたかったぜー」


 陸斗だ。いつもの嫌味な口調で話しかけてくる。


「あんた! 今更何しに来たの! とーやに負けたくせに」


 栞が食ってかかる。


「いやー、ほんとだよ。こんな雑魚ザコに負けるとは思ってもいなかった。……まあ、関係ないけどな」


 陸斗が何かを勿体ぶるかのような喋り方で話す。


「……関係ない? どういうことだよ」


 その陸斗の言葉に反応したのは香。


「俺が本気で森嶋とのデートに行きたがるとでも思ったのか? アホどもが……」


 陸斗はそう吐き捨てるように言う。


「は? でも、あんたミコと一緒にデートしたいって……」

「したいなんか言ってねーよ。ただ、この体育のゲームで勝ったらデートする。そう言っただけだぜ」

「このゲス……」


 陸斗に聞こえている声量で栞が。

 女の子がゲスなんて言葉を発するもんじゃないぞ、と言ってやりたいが、そんなことを言える雰囲気でもない。


「確かに俺には本当に付き合いたい奴がいる。三大美女の中にな。だけどそれは栞でもなければ、森嶋でもねーんだよ」


 そんなことを言い出す陸斗は余裕。


「三大美女のうち、栞でもみことでもないとなれば残りの人物しかいないんじゃないのか? オレはもう一人が誰なのか知らないが」


 校内三大美女と吹聴されている三人は、みことと栞、それにもう一人誰かなはずだ。

 要はそのもう一人が陸斗の本命ということらしい。

 香がオレに近寄ってきながら話しかけてくる。


「そういえば、統也にはまだ三大美女の三人目が誰なのか教えてなかったな」

「ああ。まあ、オレが名前を聞いたとしても分からないだろう」

「それもそうか」


 オレがこの学校に転校してきてまだそんなに長い期間が経過していない。

 結果的に、AクラスからGクラスの人物すべてを把握できるわけもない。


「安心しろ名瀬、あの子はお前なんて相手にもしないだろうさ」


 陸斗が見下すような目でオレを見る。

 陸斗の言う「あの子」とはどうやら彼の本命のことらしい。

 つまり、三大美女の最後の人物。


「そんなこと言ってるけどよ。お前だって相手にされてないんじゃないのか?」


 香も陸斗を睨みつける。


「香、それはどういう意味だ?」


 気になりオレが話に入る。


かすみの女王さんは、あまり他人に関心を持たない人物なんだ。ツンツンしてるっていうのかな? だから、陸斗と特別仲がいいのはなんとなく釈然としない。あ、えっと、霞の女王ってのは、三大美女の三人目の事なんだけどよ」


「関係ねえよ。俺は彼女と付き合うつもりだしな」


 そんなオレたちの会話を遮り、陸斗が発言してくる。


「お前、霞の女王まで落とすつもりなのか……ゴミが」


 香が珍しく怒りを露わにする。

 さっきから話を聞いているが、あまり意味が分からない。


「その子、どんな人なんだ?」


 オレはふと、その校内三大美女の最後の人物……その子について気になった。

 どんな人間なのか、少しばかり興味が湧いた。


「っふん。どうしても知りたいって言うなら、名前を教えてやってもいいぞ。名前はな――――――」


 陸斗がそこまで言ったところで、急にセリフを止める。

 オレが陸斗の目を見ると、彼はオレの背後を凝視しているのが分かった。


「ん? どうかしたのか?」


 オレも背後を確認するために振り返ろうとすると、後ろからよく知る人物の気配が近寄ってくることに気付く。


 何故か、陸斗が数歩だけ後ずさりするのが横目に見える。


 オレはどうするべきだろうか。


 そう考えているとき。


「うわっ!」


 オレの肩に華奢だがしっかりとした手が当たる感覚がある。

 どうやら背後から忍び込みオレを驚かそうと考えていたらしい。


「里緒、何してるんだ?」


 オレは振り返りながら後ろにいる里緒を見る。異能関係ではオレのギアである人物。学校では結構他人というていかもしれない。


 彼女はオレたちのジャージ姿とは異なり、制服姿をしていた。

 当然と言える。彼女のクラスはF組。合同体育には参加していない通常授業のクラスだ。


「え、なんでびっくりしないのー?」


 そんな詰まらなそうな表情で言われてもな。


「いや、びっくりしたぞ」

「嘘だー。全然驚いてなかったもん」


 そう言いながら、上目遣いをしてくる。


「いや、だから、その里緒のわけの分からなさにびっくりしたってことだ」

「なにそれ」


 いじけたような表情を作る里緒。


「というか、お前何してるんだ? 今は体育が終わったところで片付けの途中なんだ。そんな制服姿だと目立つぞ?」

「大丈夫、これ渡しに来ただけだから」


 そう言いながら里緒は片手に持たれた白い紙袋を軽く上にあげる。

 彼女の言う「これ」とはどうやらその紙袋のことらしい。


「なんだそれ?」


 オレが聞くと、彼女は焦らすかのようにニヤける。


「祝いのプレゼント」


 彼女はそれだけ言う。


 なるほど、ギア成立祝いのプレゼントか。

 オレはヘアピンを彼女にあげたが、彼女からは貰っていない。

 通常、ギアは成立し、互いに組み合うと決めたときに相互にプレゼントを贈り合う慣習がある。

 それをオレに渡したかったというわけだ。


「統也、放課後すぐに帰っちゃうでしょ? だから今のうちに渡そうかなと思って。ほんとは今朝に渡そうかとも思ったんだけど、和葉先生がいたから……。何言われるかわかんないし」

「まあ確かにな」

「うん」

「でもわざわざ良かったのに……」


 オレがそう言うと、里緒がムスッとした顔になる。


「じゃあ、いらない?」


 ムスッとした表情のままそんなこと言ってくる。


「いや、貰う貰う」


 オレは慌てて前に出された紙袋を受け取ろうとする。

 すると彼女は急にその紙袋を引っこめる。


「ん?」

「もういいもん。あたしがつける」


 ムスッとした表情を継続しオレの方に近づいてくる。


「つける……? 何をだ?」


 それを無視した彼女はオレの目の前まで来たかと思うと、背中の方にまで手を伸ばす。抱き着いているかのような行為で。


「おい里緒……近すぎないか?」

「え、だって、じゃないとつけれないし」


 言いながら器用な手つきでオレの首にマフラーを巻いていく。

 黒い生地に白いチェック柄が入ったマフラーだ。


「あれー、意外と巻くの難しいな……ちょっと名瀬、少し顔を前に倒してくれない?」

「……ああ、分かった……」


 そうは言ったが――。


 ――近い。


 近くないか?


 香や栞、みことだって見てる。


 相当の至近距離に彼女りおがいる。

 彼女から脳に直接作用するかのようないい香りが鼻腔をくすぐる。


 今オレは手を一ミリだって動かせない。

 そんなことをすれば制服スカートから覗かせている白く滑らかな里緒の脚にオレの手が触れる。


 しかも、彼女が背伸びをすることで前に倒されたオレの顔に彼女の胸がぶつかりそう。

 里緒の胸は決して大きいというわけではない。

 だが、スラッとした里緒のイメージスタイルによく合う大きさといえる。

 いや、そんなことはどうでもいいが。



 なんだこの状況――――――。



 オレがそんなことを考えていると――。


「よしできた! 終わったよ」


 彼女はオレから距離をとり、こちらの全体を俯瞰する。


「うん。……似合ってるんじゃない? ジャージとはマッチしないけど」

「ありがとう。ちょうどマフラーが欲しかったところだ。なんなら今日買いに行こうと思っていた」

「知ってる知ってる。だから今日中に渡さなきゃって焦ってた。今日渡しそびれたら、名瀬が買いに行くのは分かってたからね」

「なるほど、そうだったのか」

「うん。それじゃああたしもう行くから。あんまり長居出来ないし……苦手な人もいるし」

「苦手な人?」


 素朴な疑問を感じる。


 里緒はそもそも他人とそんな長く関わることがない。

 それは他人に興味がないからかもしれないし、そもそも異能以外のことに興味がないからかもしれない。

 それ以前の話かもしれない。

 他の異能士と比較しても、彼女が「影」に対し高い殺意を持っていたことは初めから知っていた。

 その過程に異能士が、異能が、ギアがあるのだと。そう考えていることも。


 そういう彼女だからこそ、「苦手な人」なんて言い方をすること自体が珍しい。


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