第8話 彼女の正体
*
「これは思ったよりもキツイかもしれないな」
『統也が先に音を上げてどうするの?』
チューニレイダーを使用しKと会話していた。
オレの常備しているマフラーにより首元が隠れるのでチユーニレイダーが周りから見られることはない。そもそも服の襟で隠れるサイズだ。
鈴音さんと互いに作戦を考案し合った時に出た案は「手分けする」というものだった。
すごく簡単な話だが、見つける「目」の数が増えた方が「雷電」は早く発見出来る可能性がある、ということにより決定した。
問題は探し方だ。
道端にいる一般人に「雷電さんという方を知りませんか」などと聞いて回る訳にはいかない。そんなことをしていれば不審者だろう。
要はKの捜査能力を借りる。
「そんなことより、この辺りはどうだ? 電気系統のマナは見つかったか?」
オレは辺りを見渡しながらKに確認する。
『
Kの言う「ここ」とは、彼女が見ているモニターの中のとある数値のことのようだ。
『あれ? 待って。私が見ているこのデータ、見間違ってる?』
「と言うと?」
『いや、でも……』
彼女は何やら随分考え込んでいる様子だ。当たり前のように顔は見えないが。
「どうかしたのか?」
『んと、もしかすると元々その辺、つまり旧秋田県大館市周辺に電気系魔素を持った人がいるかもしれない』
彼女は当然のように衝撃的なことを述べる。
「この都市にいる……?」
『ええ、元々この数値が動いてなかったから、マナの規定値に変化がないと思い込んでた。けど違って、元々統也のいるその場所には電気系魔素の持ち主がいた。けれど、その人はここから遠くへ離れたりしていない。だからそのまま数値が変動せず、私も気付けなかった」
つまりこの都市に潜伏していたということか。
雷電と呼ばれるその人は、元々この街に居たと。
「そのマナの現在の座標を割り出せたりしないのか?」
『そんなアニメみたいなことは無理だけど?』
「だよな」
『でも……奇跡みたいな話だけど。さっきまで統也の近くにいたみたいだよ。んと、大館駅の近く』
「さっきオレがいた駅?」
『うん……だと思うけど』
Kはオレが映るレーダーのようなシステムで位置場所を割り出せる。それでオレが先ほど大館駅近辺に居たことを知ったのだろう。
「その位置をもっと正確に割り出せるのか?」
『磁気の関係から位置座標は無理だけれど、統也との相対距離なら推定出来るかな。……少し待ってね、今計算してみる』
「ああ、頼む」
Kからの音声が聞こえたのは、それから数分後だった。
『統也、私に嘘ついてる?』
開口一番にそんなことを言ってくる。
「嘘? なんのことだ?」
さっぱり分からない。
「それより計算は――」
『誤魔化さないでくれる?』
冷静な口調で彼女はオレの言葉を遮る。相当誤魔化されたくなかったのだろう。
だが実際、嘘をついた覚えはない。
「誤魔化すも何も、オレは一度も嘘はついてない」
『そう。でも、その例の駅近くで誰かと話してたんじゃ?』
彼女になぜそんなことがわかる?
「……いや、確かに知り合った人と話してたが、それがどうかしたか?」
『どんなの容姿の人?』
彼女は何故か少し怒ったかのように聞いてくる。彼女らしくない珍しい様子だ。
「低身長で、黒髪ツインテールの女子高生だが」
隠すことでもないと思ったので、オレは正直に鈴音さんの容姿を説明した。
この際、鈴音さんの瞳が若干赤みがかっていることは伏せておいた。
『そう……統也はその人とはもう一度会えるの?』
「3時に大館駅近くの高架下で一旦落ち合う予定だ。互いにケータイの
現在オレはスマホを所持していないため、連絡ツールはゼロに等しい。
よってこんな方法でしか鈴音さんとは約束が出来なかった。
それにしても何故そんな質問をKはするんだろうか。
『なら――今すぐその人を探して。至急。急いで』
「いや、なんでだ?」
その指示の意図がまるで分からない。急にそんなことを言われても状況を理解できない。
『その人は統也にとんでもない嘘をついてるかもしれない。彼女はなんて名乗ったの?』
「
『やっぱり。その人は小坂なんかじゃない』
「なに――――?」
だから、なんでそんなことがKにわかる?
思い返してみれば、大館駅の近くに小坂町という町への案内看板があった。
そんなどうでもいいことがオレの頭の中でやけに強調されてくる。
そんなとき彼女は口を開く。
『その人は全く小坂なんかじゃない。その人は「─────」』
なんだと……?
脳内に、その名の通り電撃を浴びたような感覚に陥る。
オレはそれを聞くや否や、来た道を全速力で走り出した。
*(鈴音)
「成瀬さんを騙すのは少し心が痛むけれど、本当のことを話すわけにはいかないんです。ごめんなさい」
私が初めてここを訪れたとき思ったことは、間違ったかも、だった。
けど間違ってなんかいなかった。
加えて、
てっきり彼が雷電であると、そう思ったのだけれど。
数少ない情報を手掛かりにしてきたけど、なにせ高架下で待っていることしか分からなかったのだから。
それと傘を持っていくべきだということも。でも事実、雨は降っていた。
すごいです。母の言う通りでした。
母が
―――「鈴音、二つの傘を持っていって。きっと、そこでは雨が降っているだろうから。もう一つの傘は私の折り畳みのやつを用意しておく。それを彼に渡してくれたら…………いつか、その『彼』に伝わるはずだから」
母は長い髪を揺らしながら少し微笑み、そう言っていました。
そんなことで、傘を2つ持って行って良かった。
でも……その高架下に私の思っていた人物はいなかった。
マフラーをしていたから、てっきり彼がそうだと思ったけれど、彼は瞳が赤くなかった。
そして。
私の苗字を聞かれた時は少し慌ててしまった。
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。
探してる人といい、私の姓といい、他人に気安く話せることではない。
だから不本意ではあるけれど、その辺の看板に書いてあった小坂町から取り、偽名を使わせてもらいました。
「色々面倒ですね……」
私自身の活動の時間制限やマナの制限、壊れたチューニレイダー。
雷電の「彼」を探さなければいけないこと。
私は、歩道沿いの右側にある機械修理店の入口ドアの前で止まる。
壊れたチユーニレイダーをセーラー服のポケットから取り出し、その場で再び確認する。
そのボタンを押してみるも装置は反応してくれない。
「やっぱりダメか……」
私がこの都市に訪れた時点で、このチューニレイダーは神経安定装置が不良を起こし、うまく駆動してくれなかった。
これを修理するのが先ですね。
そんな時。
「――――ッ」
ドンと、大きな爆発音と共に数百メートル先で黒い煙が立ち込めるのを確認する。
ずっと向こうのこととはいえ、私は一瞬身構える。
「何事だ!」
目の前の機械修理店で働いていると思われる50代くらいの男性店員が店から急いで出てきて私と顔を合わせる。
「分かりません。今すごい爆発があっちで……」
私は煙の立つ方向を指差す。
「なんじゃありゃ。火事か?」
「さあ……私にはさっぱり分かりません」
「爆弾とか、テロじゃないといいんだけどなー。にしても、この近くじゃなくてよかったべ」
そう彼は言いますが、ただの火事ではないのは確かでした。
変な胸騒ぎがする。嫌な予感を感じ取る。
私はそっちの方角に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! そっち行くのは危ないぞー!」
私の背中に店員さんが声を掛けてくれるが、私は止まることも振り返ることもない。
黒い煙が上がる方に向かって走り続けるだけ。ツインテが激しく揺れる。
ただ、出来ることなら、なんでもする。再び訪れる幸せのために。
私はあの時にそう決意したのだから。
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