第3話 遭遇


  *



「やっと着いた」


 ダークテリトリー廃墟地帯から離れ、再開発地域に辿り着いた。

 紆余曲折あり、黒マントのアイツを逃がしてしまったという後悔もあったがこの辺りで一服することを決めた。


 辺りを見渡すと栄えている街並みと、雑踏を確認。雨が降り始めた影響で、目の前を流星のごとく通っていく人々のほとんどが傘を差している。


「傘……街……。違和感しかないが。まあ分かってたことだろ」


 自分に言い聞かせ、歩き出す。

 ちょうど旧秋田県の大館駅に着いたところだったが近くの少し暗がり、そこに位置する脇道に入り、高架下に入った。


「この辺でいいか」


 オレは静かに異能を展開。青い異能エネルギーをマフラーに付与させると、そのマフラーの端からオレの体感で30センチほどの長さのところを右手で掴み、しっかり固定する。

 マフラーを回転させると、固定された右手を軸に扇風機のように回り始める。

 少しシュールではあるが、雨で濡れた髪を乾かすドライヤーとしてオレのマフラーを活用できるようになった。


「さむっ」


 そもそもオレは極度の冷え性であり、年がら年中マフラーを着用しているが、どうしても寒気は抑えられないという異常な体質の持ち主だ。


「これでしばらくすれば乾くか」


 数分間、マフラーで作った扇風機により髪を乾かしていた。

 その時――。


「ん……?」


 正面、水色の傘を差した一人の少女が近づいてくるのが見えた。オレは急いでマフラーを首に巻き直す。


「ツインテール?」


 彼女はセーラー服を着ていて中高生だと思われるが、身長がおよそ150センチ強であるため中学生か高校生かの判断は付かない。


 さらさらである彼女の黒髪はツインテール。顔はかなり整っていると思われる。

 柔らかそうな肌は白い。表情や体格などに幼さがあるその外観からは想像できないほどの気迫を持った少女、というのがオレの率直な感想になる。

 

 目を合わせないようにしつつ彼女の横を通り抜け高架下から出ようとする。

 高架下から出ると同時、


「傘がないと濡れますよ」


 その声色から、微笑みながら話していることが想像できた。

 

 思わず立ち止まる。

 高架下からすでにはみ出ているため雨水を受けるはずだが、オレの頭に雨が当たる感覚はない。

 決して雨が止んだわけではない。彼女が傘を差してくれたからだ。


 振り返り彼女と目を合わせた。その瞳が若干赤い。

 オレたちにある身長差から、そんな彼女を見下ろす形になる。

 

「……これはどういう?」

「傘がない状態で今行くと風邪をひきます」

「それはそうかもしれないですが、どうしてオレに?」


 オレはこの少女とは初対面だし、傘を差してもらうような義理も恩もないはずだろう。


「……どうしてでしょう。正直自分でもわかりません……。でも強いて言うなら、そうしなければいけない気がしたから……ですかね?」


 彼女はオレから目をそらし、初めて見せた少し困った顔をする。

 率直なことを白状すれば、目の前の可愛い女の子にこんなことを言われると少々困惑してしまうのは男のさがだろう。


 彼女にこのまま傘を差させるわけにもいかないので、オレは高架下へと戻る。

 そしてついてくる彼女はこちらの目を見てすぐに、はっと何かに気づいたようなそぶりを見せた。


「あれっ……!? もしかして雷電らいでんさん、じゃないんですか?」

「雷電さん? って、オレのことか……?」


 彼女はゆっくり頷く。


「オレは成瀬なるせっていいます。少なくとも雷電さん……?ではないですね。おそらく人違いでしょう」


 悪いが偽名を使わせてもらう。


「そうですか……」


 少し気を落としたようにして目を背ける。


 しかし雷電? りんのことか……。いや、まさかな。

 だが「雷電」という電気を扱う異能一族は凛というオレの幼馴染が最後の生き残りのはず。 


「君はその雷電さんを探してこんな人の少ないところに来た、と?」

「えと……鈴音すずねです」

「ん?」

「私の名前。鈴音です」


 オレが彼女を「君」と呼んだのが気に食わなかったのか、それとも単にオレが成瀬であると名乗っているから、自分も名乗ったのかは定かではないが、彼女は鈴音という綺麗な名前であることが判明した。


「わかった。じゃあ鈴音さんは雷電さんを探してここに?」

「あ、えと……まぁ、そんな感じではあったんですけど、今は正直違うことを考えなきゃいけなくなりました」


 今度は苦笑を見せる。


「違うこと?」


 成程、全く意味が分からない。


「気にしないでください。こっちの話なので」


 彼女は左腕に装着していた腕時計で時間を確認した後、何かを考えこんでいる様子。


「あの。とりあえず自分はもう行きますね。冷え性なので寒くて」


 巻き込まれたくない、更に言うなら何か嫌な予感がした。


「あっ。えと……」

「まだ何か?」

「いえ、何でもないんですけど……」


 オレを見上げるように見ていた彼女は俯き、少し残念そうな、それでいてどこか諦めたような複雑な表情をしていた。


 あーもう。わかった。わかったから。そんなに可愛い顔してもなんもしてやれないぞ。

 本人は可愛い顔をしているつもりはないだろうが。


「じゃあ一緒に雷電さん、探しましょうか?」


 気づいた時にはこんなことを口走っていた。

 こんなことを言う自分にも驚きだが、もう後戻りは出来ない。


「えっ?」


 彼女は最初、自分が何を聞いたのか理解できていないような顔をしていたが、徐々に驚きの表情へと変化していく。


「探してるんでしょう? 雷電さんを」


 見つからなかったとしたら、それはそれでいい。

 おそらく彼女の探し人である雷電と呼ばれている奴は本物の雷電ではない。なぜなら、今その異能一族は最後の生き残りの少女以外、存在しないはずの一族だ。

 そしてその最後の生き残りはオレの良く知る人物であり、この辺にいるはずもない。


 そう、絶対に――。

 

「ホントにいいんですか。一緒に探してもらっても」

「まあ……今日はこの辺のホテルで泊まる予定だったので、今日の夜、明日の昼ぐらいなら一緒に探すのは構いませんよ」


 そう言うと、彼女はまるで太陽のように明るく笑ってくれた。


「ありがとうございます。あなたは雷電さんじゃなかったけど、ここで出会ったのがあなたみたいな優しい人で良かったです!」

「いや、そんなことはないが……」

「あっ、でも私、今日はこれから用事があるのでもう帰らなくてはいけないんです」


 彼女はどこか残念そうにそう語る。


「わかりました。じゃあ今日はやめて明日にでも」

「……ごめんなさい。わざわざ探してもらう立場なのに……」


 そう言いながら彼女は腕時計を見た。

 実は彼女が最初に腕時計を見た時から、これで三回以上は時間を確認している。


「大丈夫ですよ。どうせ今日はもう遅い。女性が歩くのは良くないだろうし」

「……やっぱり優しいですね。明日この場所で待ち合わせするってことでいいですか? 時間は………えと、何時がいいですか? 私はいつでもいいんですけど」


 先ほどなどと比べると話す口調も少し早くなってきている。やはり急いでいるのか。


「じゃあ明日の午前10時にここで待ち合わせしよう」

「わかりました。ありがとうございます」


 やはりな。かなり早口になっている。

 急いでいるというより、焦っているように見えるのはオレの考えすぎだろうか。


「それじゃあ、また明日ここで待ってます。少し早いけど、おやすみなさい……それと、これ……」


 そう言いながら彼女は持ってる傘とは別の「折り畳み傘」を差し出した。


「あっ、ありがとう」


 オレが感謝の言葉を述べながら折り畳み傘を受け取っていた頃には、彼女――鈴音さんは水色の傘を差し、向こうの道路へとすでに走り出していた。


 予想通り彼女は相当急いでいるのだろう。

 オレはその彼女の後姿を見送りながら、大きな溜息を吐いた。



 明日、どうなる事やら……。

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