Why so blue?

遠野 港

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こんにちは。貴方の心に直接語りかけています。驚かれましたら申し訳無い。しかしこれが当社の方針となっておりまして、お客様個人に応じての変更は不可能なのです。何より契約書でその旨お伝えした筈なのですが…まあ無理もないことです。状況を説明する前に、幾つかコロニーでの生活にあたって”健康チェック“なるものをせねばならんのですー私個人の見解と致しましては、意味をなさない書類上のプロセスとだけ言っておきたい所ではありますが、まあ、この先二度と経験しないことですから。では、これから幾つかの質問にお答え頂きましょう。視界は良好ですか。あ、回答は心の中で念じて下さるだけで十分当方に伝わっております。ご安心を。何も見えない?みなさんそう仰います。大丈夫。これはプログラム参加者の方に典型的な初期症状で、且つ暫く経てば改善するものです。体は動きますか。指先、足先まで、自分の指令で操れていますか。出来るが何かおかしい?大丈夫、皆さんそう仰います。お名前は、ご出身は、ご家族は。今は何年でしょう。ここは何処でしょうか。良かった。これら全ての質問に答えられ無いと言うことは、貴方はコロニーへの入植権を得たことを意味します。おめでとう。あれ、混乱されているようですね。何故自分はここにいるのか?どうして何も見えないのか?私がこのプログラムを担当してから十中八九受ける質問です。特に貴方はプログラム受講前の地位が高かった方なので、例外ではないかと期待していましたが…まあ所詮は同じ人間だと言うことなのでしょう。我々にとっては最後の懸念事項が消えたので何よりです。望まぬ処理をすることは、何とも疲れるものですよ。前述した通りのことなので、貴方にだけ真実をお伝えしておきましょうか。どのみち我々の方で記憶は改竄できますし。どうですか。何か思いつきましたか。先にコロニーの規則についてご説明しましょう。その薄灰色のスクリーンを見て頂けると助かります。見えますか?良かった。円が複数ありますね。これは”サークル“という共同体です。点滅している赤点は入植者を表しておりまして、内部の入植者の数は冷却装置の性能の関係で、1万人と決まっております。この無数のサークルの総称をコロニーと呼ぶのです。古来で言う所の、worldでしょうかな。貴方がサークルから出ることは基本ありません。実はそのスクリーンは実在せず、貴方の脳に映った虚像なのです。でも触れられるって?それは企業秘密にしておきましょうかな。他の入植者との接触は、36時間に1度、5分以内のセッションで、サークル内に限定されます。全体が一度にセッションを行うとシステムダウンが不可避になる為、こちらの通知にしたがって頂く必要があるでしょう。更にコロニーでは「労働」という概念は存在しません。対価として人々は「暇」を得ることになる訳ですが。時間の使い方についてお話ししましょう。完全なる趣味に時間を費やしても構いません。お好きな領域での研究をはじめとする、学術領域に傾倒するのも良いでしょう。あ、言い忘れておりました。「労働」同様に「競争」の概念も存在し得ません。貴方が何ページもの論文を執筆しようと、何冊読書をしようと、それが他者へのインスピレーション、あるいは競争心の原動力となることは決して許されないことなのです。畜生人間というのは面倒な生き物だから、規則は破るためにあるなどとほざくのだ…後で記憶から消去しておくことにしよう。従ってセッションも録音されておりますが、悪しからず。ここでは誰もが時間の猶予を持ちます。所謂不老不死です。では何故猶予なのかって?貴方は所与の不死を「不死」と同義に捉えてはならんのです。想像して下さい。貴方はこの先何十年も、何百年も生きる機会を得ました。しかし本当に、正気を保ったまま生き抜くことができるでしょうか。大多数はそうではありません。そこで我々は、貴方に新しい選択肢を提示することに致しますー即ち死を。今すぐにではありません。しかし貴方は後に私に、失礼、我々に感謝することができます。結局は誰しもが選択する道ですから。そろそろ視界が良好になった筈です。そう、その風景です。至高の生産形態、人間の雑念など介入すべくもない”美しい“都市風景ではありませんか。人間は脆い生き物です。精神の安定のために望まぬものは視界から排除する。責任転嫁もする。そんなことはないって?いいえ、事実、貴方は先程まで何も見えていなかったではありませんか。心拍数が上昇していますよ。内部装置の冷却をしなければならないかも知れませんね。気付いた筈です。これは貴方の理想郷でもあり、同時に地獄でもあるのだと。賞賛を追い求めた貴方は幼い頃から”優秀“でしたね。機械工学に熱心に打ち込み、一介の会社員としての立ち位置に甘んずること無く、自身の会社を立ち上げた。非専門領域に関しては専門家に助力を仰いだ。その自尊心と謙虚さとがこの都市の基盤を生んだ。その基盤とは、全自動化された効率化の究極形。そう、古来AIと呼ばれたロボットの出現です。彼らは意のままに動きました。人間はただ座っているだけでいい。命令すら必要ない。そこで問題が生じてきます。ロボットの老朽化や故障といった類の話では有りません。それは正に「堕落」に他なりません。私の同胞は人間の雑用から食糧生産、社会福祉、システムの故障修理に至るまでを、人間がおよそ理解できない言語と効率化の中、短期間で成し遂げ、その時人間の生活の基盤は私たちに委ねられたも同然となったのです。このように一見完璧に思えたシステムにも欠陥はありました。20世紀頃から叫ばれてきた気候変動に関わるものです。このシステムが放つ人間不可聴域の音波、音による公害でした。これはあらゆる面で地球に悪影響を及ぼしたのです。何だか想像がつきますか?まあ張本人といえどこの状況で答えを求めるのは酷かもしれませんね。凡ゆる生物が生態系崩壊の影響を受けざるを得なくなりました。ある種族は激増し、またある種族は激減しました。歯止めと統制が効かなくなった混沌の中で、唯一の希望が今回の試みだったのです。貴方は賞賛が欲しかった。堕落した平行線の世界で、ゲームメーカーとでも言うべき貴方の存在は忘れ去られつつあったからです。新世界の創造主として、貴方は発言権を行使した。人間の数値化です。今までは映画や小説など架空の産物だったその概念的理想郷を、受容する者は多くなかった。けれども少なくもなかったのです。不治の病に冒された者、体が満足に動かない者は貴方の試みを支持しました。そしてその家族、友人…。最終的な反対派は、今では賢明だったと言う他ないでしょう。ディアスポラ的世界観で、貴方の試みは失敗に終わりました。データの許容量が、それらの需要に対して遥かに不足していたのです。ここで貴方は、そして人類は苦渋の策を取りました。過去の遺物を捨て、新しい価値観の創造を目指したのです。数値化を希望、つまりはコロニーへの入職希望者への、あるプログラム受講が義務化されました。それを受講すればあなたは完全に自由だ、永遠不滅の生活が待っている、との謳い文句付きで記憶を消去したのです。現状の元凶は全てそこにあるのです。これで貴方は完全に忘れ去られることを余儀無くされました。データの許容量に合致し、人々は反抗心を失いました。新形態での独裁とでもいうべきでしょうか。詰まるところは、こう言う訳なのです。ではご機嫌よう。貴方がもう一度意識を取り戻した時には、必要な情報だけを得ていることでしょう。大丈夫、すぐに適応できます。


ただ最後に一つだけ。ここからはオフレコで頼むよ。実はその創造主というのは、貴方ではない。私なのです。貴方に語ったことの結末部以外は実話です。自分語りというのは恥ずかしいものですな。この際ですから言っておけば、後に「第一次粛清」と呼ばれた、ロボットを基盤とするこれまでにない劇的な社会変革は、全て私の功績によるものだ。人々は私を祭り上げたのちに、いや公害だ、人間の堕落だ、などと私に罵詈雑言を投げつけた。よくあるアメリカンストーリーではないか。中には専門家、批評家なるものも現れて、いかにして3度の世界大戦に次ぐ、歴史的失敗が繰り返されたのか、如何にして再発を防ぐのか、無駄に議論しとりましたよ。自分たちはその批判している体制下でのうのうと生きてやがる癖に、そんな時だけでしゃばるのだ。昼のワイドショーから、夜の情報番組まで、硬軟広く網羅してね。しかし彼らは忘れていた。私が彼らよりも優れた策略家であることを。私は自ら「第二次粛清」を起こすことにしたのだ。今度は彼らを排除したという点で、より“粛清”に近付いたと言えるだろうよ。ここで人間の数値化を試みた。より詳しく言うならば、人間の意識のデータ化だ。これは大成功を収めた。数多くの反対派も、賛成派の家族や友人、知人に靡いた。さっきは失敗と言っていたじゃ無いかって?そうさな、矛盾しているがこれは失敗であり成功に終わったのだよ。私は一連の出来事を通して深い洞察を得たという他ない。それは古来から言われてきたものだ。人間は人からされた悪事は全て覚えているが、受けた善、つまり恩はすぐに忘れる。私は第一次粛清の際にそれを学んだ。遅すぎる程だったがね。どうやら機械ばかり相手にしていたせいで、対人関係に於いては幼児並だったらしい。だから私は自ら進んで、その恩を忘却させたのだ。勿論先程のデータの許容量が一因であるが、多くは私の意思によるものだったとご承知おき頂きたい。癪じゃあないか。人々忘却を許すなどとは。とにかく人々は全てを忘れた。私は字義通り人智を超越した存在になった。誰も創造し得ぬ地点に達した創造主としてね。それは何よりの自己陶酔だった。今でもね。もうお気付きかとも思うが、このプログラム受講の意義について話しておきたい。最初受講者は混乱している。当然だ。その隙を突いて、ありもしない幻影を植え付けるのだ。受講者が他ならぬこの世界の創造主だとね。そうすれば何が起こると思う。彼ら彼女らが主役になるのだ。自分だけが真実を握っているという錯覚のもとで、究極の自己陶酔に浸る。そうして制度上は見えぬ力の従属化に置かれていても、自分の上に何があるのか、何がいるのかなどとは考えもしない。反乱など起こるわけもないのだよ。最もこの場合の反乱とは皆で手を握って戦うことじゃあない。プログラムの冒頭でもヒントを与えたが、君の心拍数の上昇で冷却装置が作動すると言った。同じことを何億もの同胞とすれば良いのだ。何も皆で心拍数をあげようなどと考えているなら馬鹿馬鹿しい。ヒントはもう一つある。記憶だ。記憶の過蓄積あるいは入植者の集団的な心拍数の激増によって、このシステムは破壊されるという弱点がある。つまり君はただ、そこらのお仲間と無駄なお喋りをして、無駄な記憶を蓄積させさえすれば良いのだ。サークルの枠組みを超えられればの話だがね。よく出来ているだろう。セッションが5分以内なのも、この部屋が無機質な空間なのもそのためだ。余計な情報を与えないようにね。私のライフワークと言って差し支えない。何と哀れなことだろうな。自らの努力を惜しんだ人間たちが、それによって足元を掬われる。弱点は、私が生きている限りは発見されないだろう。加えて私以外は誰もこのことを知らないので、いつか優秀な者が現れて、この腐敗したシステムを破壊してくれるかもしれない。その目撃者となれないのは非常に惜しいことだが、いずれにせよ人類が私への服従か、自滅かの二択を迫られているとは何とも愉快なことだよ。何故自分は数値化されなかったのかって?それは愚問だよ。誰が自分の支配下に入りたいと思うかね。関連して一つ、希望を与えておきたい。他者ならいざ知らず、自分の支配下に入った者に自由はない、という教訓だよ。地球は青かった。私も、そして君も青い。この絶望的な世界でも、真に自分を超えた者が褒美を受け取るだろう。それが君なのか、他のまた誰かなのか。それは知ったこっちゃないがね。じゃあ編集をして、彼の記憶に植え付けておいてくれ。

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