第17話 その2
馬車から降り立ったその人は、絵姿で見るよりも可憐で可愛らしく、19歳と聞いていた年齢よりも幼い感じだった。
王太子であるアルバートに気が付いた彼女は、長旅で少し乱れたドレスを侍女に直してもらうと、姿勢を正しアルバートに向かって視線を送った。
目下の者から声をかけることは許されない。彼の言葉を待っていた…のだが。
アルバートは目の前に立つその姿に見惚れてしまって、言葉を失ってしまっていた。
マルクスに肘を小突かれて「は!」と気が付き、
「ようこそ我がセナン国へ。王太子であるアルバート・セナンです。
ソフィア王女、お久しぶりですね、随分大きくなられて。これからは仲良くしてもらえると嬉しいのだが」
おいおい、なんだその挨拶は? 大きくなったとか、いきなり仲良くって? 子供同士の挨拶じゃないんだから。と、突っ込みを入れたくなる家臣達をしり目に、アルバートは呆けた目でソフィアを見つめていた。
「王太子殿下自らのお出迎え、まことにありがとうございます。
リジュー王国 第五王女 ソフィア・リジューでございます。
こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします」
ソフィアは俯いたまま、顔を上げようとはしない。笑みをこぼすこともない。
相変わらず見惚れているアルバートをよそに、
「リジュー王国 第五王女殿下 ようこそセナン王国へ。
長旅でお疲れでございましょう。本日は予定を入れておりません。
まずは部屋にご案内いたしますゆえ、どうぞごゆっくりとお休みください」
「お心遣いありがとうございます。では、本日はゆっくりさせいただきたいと思います」
近衛騎士と侍女に案内されてソフィアが下がり始める。それを見てマルクスが「殿下、花を」アルバートにそっと耳打ちをする。
自分の手に握られているその花を思い出し、慌ててソフィアのそばに駆け寄ると
「王宮の庭で摘んできたもので悪いのですが、あまりに可愛かったので。よかったら、部屋にでも飾ってください」
アルバートはソフィアの前にその花を差し出すと、
「まあ、すずらんですね? どうもありがとうございます」
顔色を変えずにリボンのついたその花を受けとると、その場を後にした。
アルバートは黙って彼女を見送りながら、その後ろ姿を見つめつつ相変わらず見惚れるのだった。
うっかりすれば何時間でもその場に立ち尽くしそうな主を、マルクスとルドルフが引きずるように執務室まで連れ去った。
未だ現実放棄をしているアルバートに、マルクスが紅茶を入れる。
「なんか、まあなんだ。良かったじゃん? アルもすごく気に入ったみたいだし。
これでこの国も安泰ってことでしょ?
ただ、王女様が笑わないのは気になったけどね。緊張でもしてたのかな?」
護衛として壁際に立ちながら、ルドルフが思ったことを口にする。
「まあ、所詮は国同士の政略結婚だからな。相手の王女様もよほどのことが無い限り受けざるを得ないだろうな。たとえそれが意に添わぬ婚姻でも」
「え? よほどのことってなに? 例えば? その、よほどのことがあったら帰るってこと?」
狼狽えたようにアルバートがマルクスに食い下がる。
「よほどのことなんて、それこそ、よほどのことが無い限りあり得ないってことだよ。国同士の契約だ。帰ろうにも彼女はこの王宮から出ることすらできないんだから。お前はただ彼女のそばにいて、安心させればいいんだよ。
それに、たとえ昔でもお会いしたことがあるのは大きいだろう。彼女だって、少しは安心感は感じているんじゃないのか?」
「そうそう、さすが妻帯者。説得力あるわ。婚約期間が一年もあるんだからさ、その間にそれこそ仲良くなればいいんじゃない?」
ルドルフが思い出したように顔をにやつかせる。
「でも、お前が気に入ったようで安心したよ。いくら政略とは言え、想い合えることに越したことはないからな。で? どの辺が気に入ったんだ? あの見た目か?」
マルクスの歯に衣着せぬ物言いに、不満そうな顔をして
「なんでお前はそうなんだろう。もっとさあ、こう、なんていうの? 情緒みたいなものを持ってだなぁ、優しい言い方を……」
「で? どこが気に入ったの? かわいいところ?」
話の長い主の言葉を遮り、ルドルフが問いかける。
「……いや、うん。かわいいよね。10年くらい前はもっと小さくて、もっと可愛かったと思う」
頬を赤らめ、うつむき加減にささやく主が気持ち悪い。しかも、10年前はお互い子供で確かに小さかっただろう。それを、そんな言い方って……と、二人は密かに心の中で思ったことは内緒にしようと思った。
「まあね、確かに美人ではないかもね。かわいいって感じ? なんか、アリーシャに似てるよね。ねえ、そう思わない? マルクス?」
「……思わない。まったく似てない。お前の目はどうなってるんだ? それに、なんでお前がアリーシャを呼び捨てで呼んでいるんだ? 俺は許した覚えがないんだが」
かつて『氷の令息』と言われた男の冷えたまなざしに、背中をゾクリとするものが走ったような気がするような? しないような?
「だって、呼び捨てにしてくれっていつも彼女が言ってるじゃん? お前も聞いてたでしょ? 俺に嫉妬するとかあり得なくない?」
そんな二人のやり取りが耳に入らないのか、アルバートは大きなため息をついた。
「なに? どうかした?」ルドルフの問いに
「彼女をお茶に誘うにはどうしたらいいと思う?」
今度はマルクスとルドルフが大きなため息をついた。
「普通に誘えば良いだろう!」
「普通に誘えば良いじゃん!」
二人の声が部屋中をこだました。
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