王太子だって恋したい(アルバート編)

第16話 その1


 その日、王太子殿下の執務室は朝からソワソワした雰囲気が流れていた。


「今日の昼前には着くんだろう?」


 王太子殿下近衛騎士のルドルフが、砕けた口調で誰とは無しに問いかける。


「昨日の先触れでは、その予定だ」


 王太子殿下側近のマルクスが、それに答える。

 何となく落ち着かない雰囲気の中、セナン王国の王太子であるアルバートが


「まだ時間はあるよ、みんな落ち着いて」


 ソファーに座りながら書類の確認をしていた。


 マルクスとルドルフは目を合わせながら、軽く頷き


「アル。落ち着かなきゃいけないのはお前だ。書類が逆さまなんだよ。しっかりしろ」


 マルクスの言葉にルドルフがアルバートの書類を引っ掴むと、正しい向きに直し再びその手に握らせた。


「あ! ああ、うん。ごめん」


 少し頬を赤らめて俯くその仕草は、とても一国の王太子には見えない。


「ねえ、なんなら外で待ってたら? 門兵と一緒に待ってても、きっとわかんないよ」


 ルドルフがニヤリと意地悪い顔を見せる。


「おい、ルド。いくら何でも言いすぎだ。門兵に失礼だろ?」


「いや、いや、お前こそ言い過ぎな。仮にも王太子なんだからさぁ」


クスクスと笑うルドルフ。


いつもなら、突っ込みが入るところだろうに、当の本人からは何の声も上がらない。

『こりゃ、重症だ』マルクスは眉間にしわを寄せ、執務机から立ち上がる。


「おい、こんな所にいても仕方ない。もう、下に行こう。そのうち来るさ」


 言うなりアルバートの腕を掴むと無理やり立たせ、部屋を後にした。




 本日、天候にも恵まれたこの素晴らしい日。

 アルバートの妃となるべく、大陸にあるリジュー王国から、第五王女が輿入れすることになっていた。

 なんだかんだ、のらりくらりと婚姻の話を断り続けたこの王太子も、ついに年貢を納め婚約者を迎えることを決意した。


「まったく、お前がさっさと決めないから後がつかえてかなわない。第二王子の身にもなってやれ。お前を差し置いて高位貴族の令嬢を婚約者に迎えられるはずがないだろう?」


 宮殿の廊下を三人で歩きながら、マルクスが小言を言う。


「そんなこと言ったって。俺は普通に恋がしたかったんだよ。恋をして恋愛をして、その先に結婚をしたいだろう? 結婚ってそういうもんだろう?」


「何を今さら。いいか! お前は一国の王太子であり、行く行くはこの国の王になるんだ。お前の結婚に自分の意思は関係ない。あるのは損得だけだ! わかったか?」


「そりゃ、お前はいいよ。なんだかんだ言ってアリーシャ嬢とちゃんと恋愛して結婚してさ。おまけに子供までできて、幸せそうだし。いいよな、お前は」


 アルバートが何やらブツブツとつぶやいているが、マルクスの耳には右から左に流れていく。きっと彼の耳にはアルバートの声は響かないようになっているのかもしれない。

 面倒くさい男だと思いながら、それでも足は止めない。時間は有限だ。無駄には出来ない。


「別に婚約してからだって恋愛できるんじゃない? 事実マルクス達だってそうだし。先に婚約してたじゃん? ねえ、マルクス?」


 ルドルフの言葉に『そう言えば、そうだ』と、アルバートとマルクスは妙に納得した。


「まだ時間もあるし、せっかくだから庭で花でも摘んであげれば? 女性なら喜ぶんじゃない?」


 ルドルフ、たまにはいい事言うじゃないか?と、二人は顔を見合わせ大きく頷いた。アルバートとマルクスは自然と庭園に足を運ばせた。

 いつも来たことのない王太子一行の登場に、庭師たちが騒めきだす。


「ああ、ちょっとすまない。花を少しもらいたいのだが、良いだろうか?」


 アルバートが近くにいた若い庭師に声をかけると、驚き慌てたように飛びあがり


「はい、どれでもお好きな物をどうぞ!」と、大きな声を上げた。


 よほど驚いたのだろう。アルバートはそれを不敬とはとらえずに「驚かせてすまない」と、彼を気遣った。


 そんな会話の途中、奥から年配の男が現れ


「鋏をお使いください」と、ルドルフに手渡す。凶器になり得る物を直接王族に渡すわけにはいかない。まずは護衛の確認が必要だ。たぶん、庭師長なのだろう。


「ありがとう。若いご令嬢にはどれが喜ばれるだろう?」


「そうでございますね、今の季節ですと……」


「あ! この、小さい白い花。なんかいっぱいぶら下がっているこの花は?」


「すずらんでございます」


「すずらん? なるほど、鈴の形なのか? これが良いと思うのだが、どうだろう?」


「はい。束にすれば可愛らしいブーケになるかと思います」


「うん。じゃあ、これにしよう」


 アルバートは鋏を持つとスズランを切り始めた。

 花壇に咲き乱れていたスズランを片手に握りしめられるくらい切ると、庭師が紐でしばり、侍女がリボンを結んでくれた。とても愛らしかった。


「うん、とても気に入ったよ。彼女も気に入ってくれると良いのだが」


「大丈夫でございましょう。殿下のお気持ちは伝わるかと思います」


 マルクスがアルバートのそばで、そっとささやく。

 人前では側近としての体を保ち、職務を全うする。出来た男だ。


「殿下、馬車が城内の門をくぐったとの知らせでございます」


 騎士の一人が告げた言葉に急に慌てだし、三人は急ぎ宮殿の玄関ホールへと急いだ。廊下を小走りに急ぎホールに着くと、馬車がこちらに向かって来るのが見えた。

 アルバートは馬車止めまで歩を進め、婚約者になる王女を出迎える。


 馬車から降り立つその人は、可憐な雰囲気をまとった少女と呼ぶにふさわしいような令嬢だった。


 アルバートは遠い昔を懐かしむように、思いを馳せていた。




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