学園都市の戦乙女~終末世界の黙示録~

黒百合咲夜

はじめに

 霊長類。

 今思えば、なんと愚かな呼び名であろうか。

 思い上がった我々ヒトが、自らを地球の支配者として称した名前だ。だが、そんな栄華は二十一世紀最初の夏に突如として終わりを迎えた。

 今や、地球の支配者の座にいるのは忌むべき我らの敵――未確認金属敵性生命体、ホロゥ。いつどこから現れたのか、その起源すら、戦いが始まってから百年近くが経とうとしているというのに、何一つ掴むことができていない正体不明の敵たちだ。

 いや、正確にはこの表現も正しくはないだろう。

 ホロゥは、ワルキューレと呼ばれる少女たちによって倒すことができているのだから。

 真にこの地球の支配者の座にいるのは、そんなホロゥの中でも一際絶大な力を有する奴らだ。


 ――私を含め、奴らと相対した者は漏れなく魂に恐怖と絶望を刻み込まれていることだろうと思う。

 実際、今この文章を作成している私の額には大粒の汗がいくつも浮かび、キーボードを打つ指は震えている。なるべく誤字はなくしたいと思うが、それすらも確約はできない。委員会の検閲で修正されることを願うばかりだ。


 恐怖の象徴にして、ホロゥたちの親玉とでも言うべき存在。

 それが、ウルトラ級ホロゥ。


 討伐された一体を含める五体のこの化け物たちは、どうしようもない絶望の壁なのだ。


 二十二世紀初頭の現在、我々人間は滅亡の淵にある。

 最盛期には百億を超え、五つの大陸と七つの海を我が物としていた人類の姿は見る影もなく、今や推定で世界人口は四億と少し、活動圏は各国のわずかな都市部を残すのみとなっている。

 我々は、ウルトラ級ホロゥ撃滅のために何度も核という禁断の力に縋り付いた。あれは本来、使うことが敗北を意味する兵器だというのにだ。

 しかし、それでも我々人類は敗北した。

 近い未来に我々人類はこの地球上から絶滅するだろう。それが環境変化による災害か、残された資源を巡る醜い同士討ちか、それともホロゥたちによるものか。

 最後の原因は分からないが、絶滅することは確実な運命にある。

 しかし、人類種の存続のため、国際連合はイズモ機関と呼ばれる国連機関の一つで対ホロゥ研究や革新的な技術開発を担っている機関の協力の下、苦渋の決断を下した。

 それが、【Project・Home・Moon】……すなわち月面への脱出である。

 だが、地球に残された資源で人類が月へと逃げ出すには圧倒的に物資が足りず、月面都市に脱出できる人数はせいぜい九千名がいいところだ。そのわずか九千名が、ホロゥによって蹂躙される四億の同胞を見殺しにして逃げようとしていた。


 ……恥ずかしい話、私もその九千名の選ばれた大罪人の一人である。

 この九千人の選抜は、輝かしい功績がある者や人類の未来に必要不可欠な者、そしてその家族が大半。残りは世界最高峰のAIにより厳正に選出されたと聞いている。

 しかし、選ばれた者の中には脱出を拒み、この地球で死ぬことを選んだ者も多いことだろう。特に、ワルキューレたちは話を聞いた限り、ほぼ全員が戦い抜くことを選んでいたように思う。脱出が義務づけられたワルキューレに至っては、戦えないことを涙していた。

 大勢が地球と運命を共にすることを選んだ。そうでなくては、私のような何の取り柄もない男が月に脱出することなどできるはずがない。

 実を言うと、私も最期までこの地球に残り、せめて奴らに傷の一つでも付けてやりたいと思っていた。

 拳銃すらまともに撃てない非力な私が通常兵器の悉くを無効化するホロゥ相手に何ができると笑ってくれて構わない。しかし、生まれ育ち、母なる地球と人類の最期を見届けたかった。

 でも、私はどうしても最愛の妻と娘にまで地球で死んでくれと言う勇気が出なかったのだ。

 妻と娘だけを月に送る、ということも考えた。しかし、地球よりも暗く、冷たいあの環境に二人だけを送ることなどできず……


 すまない。このようなことはいくら書き連ねても単なる言い訳にしかならない。

 理由がどうであれ、私は四億の同胞よりも妻子を選んだどうしようもない卑怯者なのだから。

 だが、せめてもの贖罪に、否、贖罪になるとは考えていないが、せめて私の役目は全うしようと思う。

 私は、国際連合軍情報総合部という部署の職員だ。

 私たちの仕事は、ホロゥの解析や生物学的調査など多岐に渡るが、私がリーダーをしているチーム(チームとは名ばかりで、実際には私と、私の先代そして妻が時々手伝ってくれる三人体制の小規模なものだが)の任務は、ホロゥと遭遇、あるいは戦闘して生還した人々から話を聞く聞き取り調査だった。

 軍人というよりはジャーナリストというのが正しいところだろう。しかし、戦闘のまとめや分析には必須なものだったし、何よりわずかな証言からホロゥへの対抗策が得られないかの検討、さらには情報を選別し世界中の人々を安心させるというプロパガンダも必要な時代なのだと理解してほしい。尤も、最後のプロパガンダがどれほどの効果をもたらしたのかは知らないが。

 ギリシャで失われたとされる世界最初のワルキューレ、シグルドリーヴァが遺した手記の発見や、貴重な資料の発見など成果を挙げることはできたと言えるかもしれないが、ウルトラ級ホロゥに対抗するための決定的な情報はついぞ見つからなかった。

 私たちが集めた証言の多くは、残念ながら月のサーバーへの収録は叶わなかった。

 しかし、こうして収録できた一握りの証言だけでも、多くの人に届いてほしいと考える。

 最初のホロゥが出現したあの時から生きる人たち一人一人の生の声を私は聞いてきた。

 恐怖、後悔、嘆き、絶望。

 しかし、それだけではない。

 闇に閉ざされた世界でも、ほんのわずかな希望と勝利が確かにそこにはあった。

 ホロゥ出現以前は国同士で対立していた人類も、おそらく人類史上初めて世界規模で一致団結して協力し合うことができたのだ。その結果が、ウルトラ級ホロゥを一体だけではあるが討伐成功という最大の戦果に繋がったのだろう。


 これは、私と先代が聞いた証言の中でサーバーに収録が許可されたものを時系列順にまとめ、適宜編集と補足を加えたものだ。しかし、私が手を加えたのはほんの少しだけ。よほどの機密情報に触れない限り、委員会の検閲すら私は拒んだ。

 つまりこれらは、彼ら彼女らの生きた生の証言である。

 当然、証言という特性上、事実とは異なる点や曖昧な点、不正確な点や当人の思想が反映されていることだろう。閲覧者には、その点を留意していただきたい。

 しかし、その証言の場に立ち会った者として言わせてもらう。

 事実とは異なっても、それが彼ら彼女らの真実であることには変わりない。些細な誤りが含まれていても、そこにある希望も絶望もすべてが本物なのだ。

 ただ事実を並べるだけでは分からない、客観的からかけ離れた真実。それを知ってもらうことが、この文書の目的である。


 ……先月には月面都市への最初の脱出シャトルがアメリカのロサンゼルスから出発した。先週は娘の小春が三歳の誕生日を迎えた。

 私たちが乗る予定の脱出シャトルは、十日後に羽田から出発する予定になっている。

 いつか、地球を知らない世代が人類の歴史を担っていく時が来るのだろう。

 だからこそ、私は未来に生きる子供たちに、私たちを引き継いでほしいのだ。

 数字や映像だけでなく、生の声とその記憶を。

 人類がホロゥとの戦いで何を見たか、何を感じたか、どういう想いで戦い続け、敗北を重ね、そして地球を捨てるという涙を呑む決断をしたのかを。


 私が話を聞いた人たちで、今も生き残っているのは果たして何人いるだろうか。月で再会できるのは何人だろうか。

 私にできることは、その声を未来に託し、誰かの記憶の中で生き続けることを願うだけ。

 それが、四億の同胞を見殺しにした私にできる唯一にしてちっぽけな贖罪なのだと信じて。



                              著 東雲明人


(中央議会検閲済み)

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