Chapter EX Rest Side Storys

EX-1 スパイダーズ=ウェブ

 新世暦110年 7月13日

キョウトという土地は、古くから存在する由緒正しい寺社仏閣が多い。

4年前、九重共和国全体で有志の徴兵募集があった際は各地からわざわざお祈りに来る人でごった返した位にその信仰は厚い。

そんな土地柄だ。


ただし古くから火災や宗派の争い、中には移転などの諸事情により廃寺・廃神社になってしまったような場所というものも存在する。

歴史の重みがあれば、跡地公園や何々寺跡地として人の行き交う温かい場所となることも多々ある。

だが、世間には光があれば闇があることがつきものである。

中には人足が途絶えて朽ち果てる、憑き物異形の溜まり場と噂される場所もある。


誠に残念ながら、決まって斯様な噂が立つところというのは若い青少年達の肝試しに使われてしまう。

『なんとか寺の跡地には、その昔殺された女の無念から霊が出る』だとか、やれ

『あそこの神社は零落した神が人を攫って喰う』

だの言われてしまうことが多い。


蓋を開ければ、そんな物事は結局物理現象や人の意志といった糸が、複数絡んで一本の結果を生み出しているに過ぎないことが多い。

それを知ってか知らずか、若くてエネルギー溢れる怖いもの知らぬ人間というのは足を運んでしまうのだ。


キョウト市内の高校に通う”彼ら”もそんな怖いもの知らぬ有象無象の若者である。

カイ「昔さぁ、この辺に男に裏切られて発狂した娘がいて。

親に首を撥ねられて埋められたんだってよ。

で、その埋められたところが山の麓にある廃神社にさ、本殿の下で。

長い髪を振り乱し、血に汚れた服で

『なんで、なんで』って言いながら」


アキヒロ「はぁ、バカじゃあないか?

まずそんな事件があったならだ、古い新聞の記事が出てくるだろう?

そもそもカイ。

君が殺された側だったら、果たして自分が最期を迎えた辛い場所に化けて出るか?

まず自分の良い思い出の場所や、自分を殺した人間の枕元に出るだろう?」

蜘蛛の巣が張る錆びれた駐輪場。

カイとアキヒロが言い合う声にびっくりした蜘蛛が鉄柱の影に密かに隠れた。


カイ「で、でもだ。前々からあそこでは『ゴトッ!』って首が落ちる音が響き渡るって噂が絶えないんだ。

これは確実に何かいるって!」

アキヒロ「噂通り首を落とされたなら、なんで現れた幽霊は首ついてるんだ?」

理解を示さないアキヒロに、オーバージェスチャーで腕をぶんぶんしながらカイが力説する。

カイ「でもだぞ?あそこ夕暮れ時からすっごく暗くなるじゃねえか?

んで不気味なんだよ。あそこの前通るときにすすり泣くような声を俺も聞いているし」


アキヒロがため息をつきゆっくりと言い放つ。

アキヒロ「はぁ~…君が筋肉にばかり血が通ってて、脳には新鮮な血液が通っていないとは思っていたがここまでとは思わなかったぞ」

カイ「んだと!!馬鹿にするにしたって言い方ってもんがあるだろ!

でら失礼すぎやしねえか!!」


あーあ、なにか声が聞こえると思ったら…またおバカさん二人が言い争っている。

せっかくのお天気日和に平和に帰ろうと思ったけど…。

ハルミは下を向き呆れるとともに、少し微笑みを浮かべた後に走り寄った。

ハルミ「あらぁ、小鳥も優しく囀るお日柄にお二人とも元気ね」

左手を後ろ手に、右人差し指を口元にあててニコニコしている。

眼前のイマドキ女子がどうにも怖い笑顔に映ったのか、はたまた己たちに発された言葉にみっともなさを覚えたのだろうか。

カイとアキヒロはピタリと言い合いを止めた。


カイ「結論から言うと、幽霊が出るって言ったらこいつが俺を馬鹿にしたんだよ」

ポケットに手を突っ込みながら静かに言うが、貧乏揺する足から苛々を含んでいることは明白だ。


ハルミ「ふーん、なるほどねえ。

いるいないは別としてさ、第一に人を馬鹿にするのはそりゃあダメよ。アッキー?」

ハルミの言っていることはもっともだ。現象はともかくそれを説明してくれた当人への個人攻撃は禁じられて然るべきことだ。


アキヒロ「まぁ…それはそうだな。筋肉バカと言って悪かった、カイ」

自分の非を正直に認めているらしいアキヒロはどこかバツが悪そうにしつつも素直に謝った。


カイ「まぁいいよ。でもな、本当に山の麓の廃神社に幽霊が出るんだよ」

ハルミ「うぅ~ん。その幽霊って具体的に誰も見てなくない?

カイカイが見たわけじゃないんでしょ?ただ、気味が悪かったような?そんな感じでしょ?」

カイ「う…それはそうだけどよ…」

確かに、それもそうなのだ。

本人はあくまで幽霊を目撃していないどころか、廃神社の敷地内に足を踏み入れてすらいない。


アキヒロ「じゃあ、答えは一つだな。検証に行こう」

真っ直ぐかつ真剣な眼差しでそう言った。


ハルミ「それってつまるところ肝試しじゃないの」

アキヒロ「そうとも言う」

巫山戯たことを至極真面目に言っている現状にカイとハルミは『何言ってるんだコイツ』としか思うことができなかった。

ほとほと閉口するばかりだ。

カイ「やめとけって。肝試しなんざ真夜中に騒いで喚いて近隣住民の迷惑になったり、ゴミを放置して帰るボケナス共のやる遊びだぜ?」

これ以上ない正論だが、陽キャのスポーツマンのような、まさにその肝試しを面白がってやりそうな人種の見た目で言われると少々反応に困ることも事実だ。


アキヒロ「待て待て、俺はわーわーきゃーきゃーして面白おかしく心霊現象を求めに行くわけじゃあない。

単純に物事には原因があって結果がある。その2つが一本の糸でつながっているものなんだよ。

『幽霊が出る』という結果のタネになった原因を探りに行くだけだ。

無論、ナニカがいたらいたで面白いしな」

どうやら心霊検証という小さな旅は、この男の琴線に触れたようだ。

本気の本気で『幽霊の正体見たり枯れ尾花』したいらしい。


カイ「わ、分かった分かった、悪かったって。

幽霊はいなかった!これでいいだろ」

ハルミ「あたしは正直幽霊がいてもいなくても興味ないかな」

アキヒロ「なんだよ、カイ。お前が持ってきた噂じゃあないか。

本当に行くってなったら急に及び腰とか…いざ行くとなったらビビったか?

いいか、人にしたことは自分に返ってくるんだ。

因果応報、俺を怖がらようとした分お前に返ってこい!」


ビビってるのも多分にあるだろう。が、それ以上に火が着いたアキヒロがめんどくさくなったのだろう。

ハルミは顎に人差し指を当てながらただぼんやりと思うだけだった。

まぁ私には関係ないか、というのが彼女の結論だったのだろう。

ハルミ「ま!この際二人で今から行ってくればいいんじゃない?

3時間ほど探偵の真似事しても夕暮れくらいで怖くないでしょ、ね?」

アキヒロ「なんだよ、ハルミも乗り気じゃないな?」

ハルミ「私は女だし別にビビってると言われてもなんとも思わない。

んじゃ、また明日ね!」

元気に言い放つハルミの後ろ姿が遠ざかっていくのを男子学生二人は見つめることしかできなかった。



件の廃神社「船渡(ふなと)さま」は市内の外れにあるため行くこと自体はそう難しくはない。

15時を少し回る頃には既に到着していた。

鳥居すら無く、経年劣化で岩の塊と化した狛犬だったであろうものがある程度だ。

その脇には朽ちた木々と割れた瓦、そしてゴミ袋がいくつも置かれていた。

全体の様子はというと管理されずに生い茂って草木が無造作に伸びた敷地内。

裏手の山に吸い込まれるように消えていく、少し上り坂の参道は石段の所々から雑草が顔を出す。

今は太陽が出ているからいいが、確かに夕方以降にここを通ると不気味だろうとアキヒロは感じた。

アキヒロ「なるほど、これは雰囲気がある。

本当にいたら中々のものがでるんじゃあないか?」

カイ「だろ、バイト帰りにここ一度通ったときにゾワッとしたぜ?」

アキヒロ「とは言え、まずは調査だ。

説明できない現象がおきたら、それは土産話になる」

怖がるカイを尻目に、アキヒロは楽しげな口調で言い放った側から山に吸い込まれるように参道をずんずんと進んでいく。


歩みを進める道中も、アキヒロはまるで獣のように鋭い目で地面を観察している。

どんな小さな発見も見逃さないつもりだろう。

アキヒロ「こうやって地面を見てるとゴミが多いな…あっ、これ見ろよ。

このビール缶!数ヶ月前の新商品だ!」

カイ「なんでお前そんな楽しそうなんだよ」

見た目に反してビビりなカイには下を見たり、楽しげに探索する余裕はない。

ただ無事に帰ることだけが頭にあるのみだ。


そうこうしているうちに本殿に着いた。

肝心の本殿はどちらかというとちいさな家みたいなものに近い。

正面に階段があり、動物が入らないよう少々高床になっているようだ。

周囲には割れた壺や石材、枯れ木などが積まれている。

加えてあちこちに蜘蛛の巣が張ってしまい、少々汚い。


本殿の手前はこぢんまりしており、15m四方が開けてせいぜい小さな石の塔が2つ立ってるのみだ。


本殿の裏はもう草木が生い茂る山につながっている。

通れないことはないが薄暗い森なので不気味な様相を呈している。


アキヒロ「なんだ、拍子抜けするな。

なんもないじゃないか。

あ、でも補修の跡があるぞ。木の作りも悪くない。

当時腕の良い職人が作ったんだろうよ」

アキヒロはじっくりと境内の建造物を見ながら独り言をぶつぶつ言い続けた。


アキヒロ「でもなんだろうな、妙な違和感があるなぁ〜」

真剣な面持ちで、ぽつりと呟いた。

こっちは怖くて違和感どころではない。


アキヒロ「なぁ、本当に出たのは

『長い髪で血で汚れた服の女』なんだよな?」

裏手に回ったアキヒロがひょこっと顔を出しながら、石塔のそばで震えるカイに問いかける。


カイ「あ、あぁそうらしいぜ。

先輩のそのまた先輩が見たらしい。

確かに長い髪に血で汚れた服だったって言われてるぜ」

アキヒロ「こっち来てみ。それ、多分判明した」


アキヒロがサッと本殿裏に消える。

そこにカイが向かうとアキヒロの姿が見えない。

どうした、神隠しにでもあったのか?と思い突然の出来事にカイは恐ろしくなった。

こんなところで急に1人残されたらたまったものではない。

背中をぞわぞわとさせる恐怖がじんわりとカイを襲った。


と、その瞬間

アキヒロ「ワッ!ここだよ、下だって」

カイ「うわっ!ビビらせるなよ、いくらイタズラでもやっていいことと悪いことがあるぞ!」

そこには本殿下の高床下に入っていける部分があった。そこからアキヒロが声を上げて飛び出してきたもので、カイは大声で驚きながら一歩後ずさった。


アキヒロ「ははは!ごめんごめん!

ここ入ってきてみろって」

まず1発ぶん殴ろうとも思ったが、ここは言われるがままカイも窪みに入ってみる。

アキヒロ「ここ、ちょうど雨も風も凌げるんだよ。

周りに積まれている木や石材が風をうまく防いでくれているな」

だからなんだ、それがどう女性の幽霊と繋がるのだろうか。

全く点と点が繋がらない。

アキヒロ「あ、理解してないって顔だな?

じゃあもう一つ。そこらへんにあるゴミ。

ここだけ参道の新しいものと違って4〜5年ほど前のゴミが集中してるんだよ」

だめだ、余計にこの憎たらしい黒髪野郎の説明が意味不明になってきた。

何が言いたいんだこいつは?

先ほどのイタズラで上がった心拍数が体にドクンドクンと響き渡る

カイ「本当に話が見えねえ。何言ってんだよ」

アキヒロ「だから、だ。

髪の長い女の幽霊の正体はホームレスだ。

ここでしばらく前まで生活してたってことさ。

ホームレスの伸びた髪と髭ならば夕暮れ時に肝試しに来たら下を俯いた女に見えなくもない。

でもって、血で汚れた服。

これは薄汚れた服装を多分見間違えただけだ。

女と思ったなら尚更『女の幽霊=死装束』みたいなイメージが先行するだろうし」


どことなく、アキヒロの言うことは理解ができる気がする。

女の幽霊の特徴説明として腑には落ちる。

カイ「じゃあさ。

ゴミと、この窪みは一体なんだってんだ」

アキヒロ「ここは雨風が当たらない。つまり生活が他よりしやすい。

その上で人が来ない分見つけにくい、つまり同じホームレスの競合に取られない場所なんだよ。

その証拠は古いゴミだ。

よーく見ろ?食べ物や飲み物をはじめ生活痕があるゴミばかりなんだよ」


あぁ、漸く点と点が線になりやがった。

一本の糸となってカイの頭の中で繋がった感覚がした。

だがまだ疑問は残る。

カイ「けどさ、どこに消えたんだそのホームレスは。

まさか死んじまったってことはないよな?

死んでたら遺体が見つかって事件になってるぜ?」

アキヒロの得意げな顔がより笑顔になる。

どうやらその答えをすでに用意していたようだ。


アキヒロ「その答えはこの丸まった新聞紙だ。

カイ、覚えてるかい?4年前に九重全体で有志の市民を徴兵する募集があったこと」

カイ「あぁ覚えてる。叔父もあれで兵士階級になって今は大陸の方で調査とかやってたな。

意外と性に合ってたらしく仕事転々としてた叔父が今の人生に満足して………って、まさか?」

カイの頭の中にあった疑問という靄が晴れていく。


アキヒロ「おや、使われなくなって蜘蛛の巣が張った脳みそが稼働したようだな。

そう、そのホームレスはおそらく見栄えも変わってどこかの基地にでも配備されてるんじゃないか?

事実、君はさっき『先輩の先輩が見た』と言った。

高校は3年制。先輩の先輩の時代なら4〜5年前の話としてピッタリ符合する」

アキヒロは続ける。

「まあまあ噂の元になったような何かの事件はあったんだろう。

だがそれも新聞なんてものができるより前、大昔の事件かもしれない。

それに偶発的な人と人の引き合いや間違いが重なって幽霊話になっただけさ。

ホラ、幽霊なんていなかっただろう?

俺としては少し残念だがな」

本当に残念そうな顔をしながら言いやがる。

化け物が出てたら出てたで呪われるのは嫌過ぎるのだが、そんなことは彼にはお構いなしのようだった。


…ん?そう言えば一つ解決してねえポイントがあるな。

カイ「だが、首が落ちる『ゴトッ』って音はどこから来たんだ?

そのホームレスがゴミでも落としてた音ってわけじゃないよな」

アキヒロ「それに関しては」

地べたにあぐらで座るアキヒロはこめかみに指をあてて考え込む。

アキヒロ「もう少し調べないと分からない。

森側は俺が調べるから、カイは境内を調べてくれ。

タネも分かったし、もう怖くはないだろう?」

カイ「と、とりあえずタネはわかったが、それでも不気味だぞ。

とりあえず調べるよ」


カイは言われるがまま境内を見回した。

見つけられたものといえば、小さな寂れた本殿にお供えされたのか誰が飲んでいたのかわからないワンカップや風化して文字がもう見えない石碑、埋め立てられた井戸。

よく分からない石臼のような丸い直径40センチほどの石もあった。ここで蕎麦でも引いて昔は食べたのだろうか。

あとは廃墟によくあるゴミばかりだ。古いものから新しいものまで、殆どは誰かが捨てに来たものだろう。


30分ほど調べただろうか、森の奥からアキヒロが呼ぶ声がした。

アキヒロ「来てみろよ!これすっごいぜ!」

いきなり大声を出すなよ。

興奮する気持ちはわかるが静かにして欲しいぜ。

森に入ってすぐ、木が密集して立って影になっているところにアキヒロがいた。


アキヒロ「これだ、これが音の正体かもしれない。」

指し示す先にはタイヤの不法投棄…もそうだが、更に驚くようなものが捨てられていた。

それは大量のお地蔵様だった。

大小様々に40~50はあるだろうかという数だ。ひっくり返ったり横たわったりしてるだけに限らず、割れたり逆さになっているものまで様々だ。


カイ「なんだよこれ…不気味だな。なんでこんなところにお地蔵様が大量にあんだよ」

どことなく気分が悪くなってくる。それはこの森の湿気った空気のせいだろうか、それともこの異様な光景からだろうか。


アキヒロ「おそらく、不法投棄だろう。

廃寺からこの山に捨てに来てるんだ。宗教関係者か業者か、それとも石屋か分からないが不法に捨ててる人間がいたことに、間違いはない」

罰当たりだ。

どういう理由があれど、仏様にしていい仕打ちではない。

この100年少々での急な産業革命。

時代が進むに連れ人の心も荒んでいってしまったのだろうか。

お地蔵様の目をそっと閉じた顔を見つめると哀愁を感じざるを得ない。


だが隣の青少年は現象の解明にワクワクしてしまい、その他一切の感情を感じてはいないようだった。

アキヒロ「ここまで来て捨てるなんて中々体力がいるよ。

『ゴトッ』って音はこの地蔵の不法投棄だ。

地蔵の上に地蔵をポイと捨てるもんだからその捨てる音をたまたま俺らみたいに肝試しとかで訪れる人が聞いて不気味に思う。

で、捨てに来てる側はいけないことしてる意識もあるから人が来たら隠れる。


この話と首を切り落とされた女性の怪談話が絡み合って

『首を落とされる音』に繋がるわけだ。

ほら見ろ、こうしてきちんと調べると幽霊なんていないだろ。

さ、戻ろうか。」

物事の真相解明ができて非常に嬉しそうだ。

ウキウキで歌を歌いながら来た道を戻っていく。

その後姿を追いかける前に、なんとなく打ち捨てられたお地蔵様にカイは手を合わせるのであった。

人の手で勝手に作られ、勝手に救いを求められ、勝手に捨てられる。

そう思うと、手を合わせる気持ちになるのはごくごく自然の行為だったのかもしれない。


カイ「あ、そうだ。こっちの見つけたもの報告してねえや。

なんか丸い石臼みたいなものが、ホラ。そこにあった程度だ。」

石臼と思しき物体を指差すと、アキヒロは近づいてしげしげと覗き込んだ。


アキヒロ「どれどれ…あぁそういうことか。この場所に感じる違和感は”コレ”か」

一人で納得するがカイにはサッパリだった。


アキヒロ「なんでここに地蔵なのか。そして違和感の正体」

彼は1人納得し始めた。そして意外なことを口走った。


アキヒロ「ここは"神社"ではなく"寺"だ。」


なんだって?どういうことだ?今目の前の眼鏡が発した言葉が耳に入っては来なかった。

カイ「何いってんだ?この船渡さまは確かに神社だろうよ。

本殿があって、参道があって…神社だろ」

アキヒロ「お前は歴史ある地に生まれておきながら神社と仏閣の区別もつかないのか?

神社は神道、寺は仏教だ。

そもそも君も船渡さまとは言われど『船渡神社』とは一言も言ってないだろう」

そんなの言葉の揚げ足取りだろう、と反論しようとしたがぐっと口を紡いで続きを聞くことにした。

どうせ黙ってても蘊蓄を続けることだろう。


アキヒロ「この丸い石は石臼じゃない。摩尼車(まにぐるま)だ。

真言を唱えながら手で回転させると、回転させた数だけ内蔵された経や真言を唱えたことと同じ功徳があるとされる…なんというか長いお経を省略するものだ

アニメでよくある魔法の『詠唱省略アイテム』みたいなチートだな。


境内周りに置いてある石塔はよく寺にあるものだ。

『この先寺です』って目印みたいなものだ」

この男は解説をしてるときが一番楽しそうだ。

バカにマウント取るのが人生のホビーなのだろうな、と感じ彼の解説はひとつも頭に入ってこない。


アキヒロ「そう思うと、鳥居は朽ちて無くなったんじゃなくて元々なかったんだろうな。合点がいく。

すると入り口の岩の塊は元々狛犬じゃなく、阿吽の仁王像か」


カイ「だが、神社じゃなく寺だとなぜ地蔵なんだよ」

問いかけに待ってましたとばかりに胡散臭い笑顔を浮かべる。

アキヒロ「地蔵というのは元は『地蔵菩薩』だ。

簡単にいうと弥勒菩薩という方がこの世の色んなことを救いにくるまでの間、この世の民を救済する方だ。

つまり仏教側の存在だ」

あぁ、だから寺で地蔵なのか。

…なのか?いまいち追いつかねえ。


アキヒロ「そして地蔵には『悪いものから助けてくれる』という効能から村と外の世界の境界に置かれることも増えた。

ところが元々日本には『道祖神』という神様がいる。

こいつは村の境界や、もしくは四つ辻に安置されることが多い。

外からくる厄災を防ぐ守り神だ。


んで、結果地蔵と道祖神が宗教もルーツも違うのに同一視されたりすることも増えた。


道祖神は別名『岐神(ふなとのかみ)』って名前だ。

この場所は『ふなとさま』おそらく岐=船渡で転じて付けられたんだろう。

それが神仏習合の結果か、君のように仏教と神道の区別がつかない誰かが勘違いした結果かは分からないが、いつの間にか寺の様式だったこの場所は神道由来の名前と印象が広まってしまったのさ」


なるほどアキヒロが言ってた違和感は寺のあり方に神社としての信仰が覆いかぶさってたことだったのか。

時代とともにムラの装置の移り変わる様子がそこにあり、その中で不要になったものは忘れ去られる。

そんな歴史の光と闇が張り巡らされた場所、それがいつの間にか心霊スポットになった。

尚更罰当たりじゃねえか。


アキヒロ「そう考えるとあそこの地蔵は元々寺だと知ってて捨てに来てたんだな。悪質だな。

そうなると、おそらくこの辺に…ほらあった。地蔵様だ。

もう忘れ去られてるけど、坂と境内の境界線装置として機能してる」


少し藪で見えにくかったが、確かにそこにはお地蔵様が鎮座していた。

カイは座り込んで手を合わせる。

忘れ去られた信仰にそっと気持ちを添えるように。

カイ「最初は不気味な場所と思ってたけど、蓋を開けてみたら悲しい場所だな。

ここで昔通っていた感情や人の生活を、悪い形じゃねえ。正しい形で受け継ぎ、紡ぐ必要がある。

そう、なんとなく思っちまったよ。

ありがとうな、お地蔵様」

少しづつ日が落ちて、空は夕暮れに染まり始める。

一体の地蔵菩薩が橙色を受けて輝いて見える。


カイ「因果応報」

カイがポツリと呟く。

カイ「人のしたことは自分に返ってくる。

昔、お釈迦様が蜘蛛を助けた地獄の罪人に慈悲で蜘蛛の糸を垂らした話を聞いたことがある。

でも、自己中になって他人を蹴落とした瞬間その糸は切れちまうんだよな。

そんな風に良いも悪いも自分に返る。

あんな罰当たりをした奴らに同じだけの出来事が、いつか返るんだろうな」

原因に対して結果が一本の糸としてこの世はつながっているのだ。


アキヒロ「さて、俺たちも帰ろう。もう大分日も傾いた…っと、うわっ!」

突然立ち上がったアキヒロはぬかるんだ地面に足を取られた。

そこからはまるでスローモーションのようだった。


滑った勢いで前に倒れたアキヒロはそのまま地蔵に覆いかぶさってしまった。

それで済めばよかったもの、アキヒロは地蔵ごと、坂の向こうへ落ちてしまったのだ。

眼の前でフェードアウトしていく様子に、身動きの一個も取れなかった。


一応助けようと斜面を覗き込む。

カイ「おーい、大丈夫か?」

アキヒロ「ちょっと擦りむいたが俺は大丈夫だ!…ゲッ!」

声のした方へとカイは駆け寄る。するとよろしくない光景が目に飛び込んだ。


カイ「お、おい。これマズいんじゃねえの?」

そこには石に当たって体の真ん中から真っ二つになった地蔵が無惨に転がっていた。

アキヒロの顔を見ると真っ青だ。

アキヒロ「こ、ここは信仰の途絶えた場所だし大丈夫だろう!」

シンとする森に風が吹き始め、周囲は暗くなり始めている。

気のせいか非常に不気味な雰囲気が漂う。

アキヒロ「急いで此処を立ち去るぞ!」

今まで見たこと無いスピードで斜面を駆け上がっていくアキヒロ。

カイ「おい待てって!!!!てめえ!!」

重い地蔵を両脇に抱えながら斜面を上がり、カイは元の場所に戻す。

幸い、上に乗せても安定はするようだ。


まだ風がざわざわと吹いている。

怖くなったカイも急いでそこを走り去り、アキヒロを追いかけるのであった。


原因には結果が、蜘蛛の糸のように強固な結びつきで憑いてくる。

新世暦110年 7月13日 17時。

アキヒロが紛争「東欧の春」に巻き込まれ、真っ二つとなり亡くなる8ヶ月前の物語である。

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