不器用な冬の音楽家

蒼(あおい)

第1話

冬は夜が長い。



夕方と言われているのに、空は紫と藍に染まり、


暖かい色合いは一体、何処へ行ったのか。


朝は、時計の針が背筋をピンと伸ばし、起きていていると言うのに、


空は微睡んだまま…。


誰がこの冬を起こしに、モーニングコールをかけているのか。



君は知っているかい?





僕は、別に知りたい訳ではないのだけれど。





ライトに反射された綺麗な塵屑が、静かに騒いでいる。


白いステージには、薄明るい下からの照明に、主役が照らし出される。


雪に音も掻き消された、『無音の世界』という舞台は、


一体、誰の心を揺さぶっているんだ…。



君はその舞台を観たことがあるかい?





僕は、無いな。……体験した事はあるけれど。





微かにこの耳に、僕の心臓の音に溶け込むように、


雪の結晶の静かなメロディーが、僕の元へ向かって来る。


その音を集めて君に届けたいけれど、繊細過ぎて壊してしまいそうだ。



両手を広げた中に、残った音で作れたらどんなに楽だろう。



でも、君に届けたいのは、それじゃないんだ。



そんな、誰にでも作れる唄じゃないんだ。





どうしたら、作れるだろう?



僕の服を広げて、拾える数を増やしてみようか?


でも、それだと、寒さで僕に合わせて音も震えちゃうな。





大きく口を開けて、味を覚えてみようか?


試したけれど、失敗だな。溶ける味しかしないや。





呆れた北風が、僕の身体を転ばせた。


今まで映していた世界から、空へと場面が切り替えられる。





痛いな!何しやがる!





って、言いたくなったが、口から言葉が出てこない。



いや、違う。



言葉を忘れるほどに、納得したんだ。







そうか。こうすれば良かったのか。





最先端の白い映画館の中で、


寝そべって、


身を任せ、


全身で受け止める。



僕の身体中に、雪の音符が集まって来る。


良かった。これで君に素敵な唄を届けられそうだ。


僕にしか書けない、たった一つの君だけの唄を。





完成したら、溶けないように、そっと、急いで向かうから。


それまで、ちょっと待っててね。





何でだろう?僕のお尻が冷たいや。


僕の耳と鼻が赤いのは、きっと、恥ずかしいからだよね。





この唄を受け取った、君が言った言葉。


今でも憶えている。







『ありがとう。不器用なサンタさん。』


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不器用な冬の音楽家 蒼(あおい) @aoi_voice

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