「死にたい」から「ありがとう」へ ~一匹の犬の小さな生涯~
蒼(あおい)
第1話
―僕は、何のために生まれてきたの?
こんな体じゃ生きることに疲れるだけだよ―
鈴木さんという家に、僕は生まれた。
三つ子の子犬で一番最後に生まれた僕。
お兄ちゃん達は、「俺が先だ」と言い争いながら、お母さんのミルクを飲んでいた。
でも、僕には自力じゃミルクを飲む事が出来なかった。
一面が真っ白の世界で、多分、お母さんとお兄ちゃん達であろう所が、うっすらと、黒く影のようになっているからだ。
お母さん:「何しているの坊や。ミルクを飲んで、早く大きくおなり。」
僕:「だって、目の前が真っ白なんだもん。怖くて歩けないよ。」
お母さん:「えっ……?!」
お母さんが、僕の言葉を聞いて驚いた。
すると、上から何かが僕の頭に落ちてきた。
お母さんは、僕の近くに居たらしい。
僕:「お母さん、何か落ちてきたよ?冷たいよ?これ、何?」
お母さん:「……それはね、“涙”っていうのよ。悲しい時や、辛い時に目から出てくるものなの。」
お母さん:「ごめんなさいね……。」
僕:「どうしてお母さんが謝るの?」
この時の僕は、全く分からなかった―
何ヶ月か経って、僕も、お兄ちゃん達も少し大きくなった。
すると、鈴木さんは、ゴソゴソと何かし始めた。
鈴木:「君達はもうすぐ新しい飼い主さんに飼ってもらうんだ。」
鈴木:「新しいお家に住むんだよ。」
数日して、何人か訪れた。
家族連れだったのか、小さな女の子の声がした。
お兄ちゃん達は、元気に尻尾を振ったり、じゃれたりしていた。
でも、僕には出来ない。
だって、僕の周りはいつも“白い世界”だから。
僕は、体を小さく丸めた。
女の子:「ねぇ、おじさん。このワンワンこっち見ないよ?何で?」
鈴木:「その子はね、生まれつき目が見えないんだ。」
鈴木:「だから、怖くて、あんまり動きたがらないんだよ。」
女の子:「えー!?イヤだー。気持ち悪いー。」
その女の子の言葉を聞いて、僕は胸が苦しくなった。
僕:「僕だって、こんな体になりたくて生まれたんじゃない!!」
僕:「君に何が分かるって言うんだよ…!!」
その時、初めて僕は叫んだ。
涙を浮かべて―
結局、僕は“目が見えないから”っていう理由で、最後まで残っていた。
お兄ちゃん達ももう居ない。
僕:「こんな体じゃ、生きるのに疲れるだけだよ……。」
そう呟いては泣いて、呟いては泣いての日が何日か続いた。
ある日の昼頃、一人のおじいさんが訪ねてきた。
僕は寝たふりをした。
きっと、このおじいさんも、僕の事聞いてがっかりして帰ってくんだ……。
そう、思ってた。
おじいさん:「いやぁ、可愛い子じゃのう。貰ってもよろしいかな?」
鈴木:「えぇ。構いませんが、その子は生まれつき目が見えなくて―」
おじいさん:「そんな事、気にはせん。残りの人生を楽しむ相手が欲しくての。」
おじいさん:「側におってくれれば、それで良いんじゃよ。」
そう言って、おじいさんは僕を抱きかかえ、外へ出た。
初めての外の匂い。
初めて聞く音。
僕にとって、初めての事がたくさんだった。
おじいさんが歩くにつれ、鈴木さんの匂いが遠くなっていった。
新しい家に着いた。
おじいさんは、着くなりずっと、僕の事を見ていた。
色々と考えているらしい。
おじいさん:「ふむ……。」
おじいさん:「お前さんの名前、何にしたら良いかのう…。」
僕:「そういえば僕、生まれてから今まで名前無かった!」
僕:「どんな名前にしてくれるのかな?」
目が見えない分、尚更ドキドキする。
おじいさんは、どんな顔をして考えているんだろう……。
おじいさん:「よし、決めた!」
おじいさん:「今日からお前の名前は“クー”じゃ。」
今までにない喜びが込み上げてきて、僕は大きく尻尾を振った。
嬉しくなって吠えてもみた。
おじいさん:「おぉ、そうか、気に入ったか。」
おじいさん:「よろしくな、クー。」
僕:「こちらこそ、よろしく!おじいさん!!」
この日から、僕は“クー”として、新しい人生を歩み始めた。
―僕が生まれたのは『夏』っていう、凄く暑い季節。
だから、それ以外の季節はまだ知らなかった。
おじいさんと暮らしてきて、初めての『秋』が来た―
毎日、僕とおじいさんは散歩をしている。
おじいさんは、僕に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
話しながらだから、毎日が楽しかった。
目が見えなくて、怖がってた時とは全く違った。
しばらく歩いていると“カサカサ”っと僕の足元から聞こえてきた。
僕は驚いて足を止めた。
気づいたおじいさんが、笑いながら話してきた。
おじいさん:「はっはっは!クー、それは落ち葉じゃ。」
おじいさん:「秋になると木の葉が散って、地面に広がるんじゃよ。」
おじいさん:「怖がらんで良いぞ。」
僕:「オチバ…?」
僕:「どんな形なんだろう?どんな色なんだろう?」
僕は、目が見えない。
だから、耳や鼻、足先で見えない世界を―
不便なりに、楽しさを見つけている。
おじいさん:「おっ!ここは栗の木じゃったか。」
おじいさん:「大きいのがたくさん落ちとるわい。」
おじいさんの嬉しそうな声が聞こえてきた。
声のする方へ近づこうとした時、僕の足にチクッとするものが当たった。
思わず僕は、痛い!と吠えた。
おじいさん:「栗のトゲを踏んだのか?!」
おじいさん:「見た目はトゲだらけで痛いが、中身は美味いぞ。」
おじいさん:「クーはそこで待っとれ。またトゲが刺さるといかんからのう。」
僕:「えー?!痛いのに美味しいの?」
僕:「クリって何だか怖いなぁ。」
数分待っていると、おじいさんの満足そうな声が聞こえた。
おじいさんはズボンのポッケを栗いっぱいにして、僕と一緒に家へ帰った。
家に帰ると、おじいさんは台所で栗をぐつぐつと煮始めた。
僕:「クンクン…何だか、凄くいい匂い!」
僕の鼻に甘い匂いが入ってきた。
少しして、おじいさんが歩いてきた。
おじいさん:「クー、わしと一緒に食べよう。ほれ、食べてごらん。」
僕は口を開けてクリを食べた。
ほんのり甘くて、ほっくほく。
さっきまで痛かったのが、嘘みたいに飛んでいった。
ミーナ:「私にも分けて頂戴。おじいさん。」
何処からか声がした。
僕は耳をピンッと立て、声がした方を向いた。
おじいさん:「おや?ミーナじゃないか。また遊びに来てくれたのかい?」
おじいさん:「今、栗を食べていたんじゃ。ミーナもお食べ。」
僕:「ミーナ?誰の事?」
栗を食べ終わったミーナが、僕に話してきた。
ミーナ:「私の事よ。」
ミーナ:「私は、猫のミーナ。まぁ、野良猫だけど……。」
僕:「ノラネコって何?」
ミーナ:「誰にも飼われていない猫の事よ。」
ミーナ:「私は自由だから、こうやってよく、おじいさんの家にも来ているの。」
僕には、ミーナがどんな猫なのかは分からない。
でも、声を聞く限り、落ち着きがあって、優しい子だと、僕はそう思った。
僕:「いいなぁ、ミーナは。」
僕:「自由って事は、色んな所に行って、色んなものを見ているんでしょう?」
僕:「羨ましいなぁ…。」
ミーナ:「どうしたのよ急に。」
僕:「僕は、生まれた時から目が見えないんだ。」
僕:「だから、おじいさんの顔も、ミーナの顔も見えないんだ。」
僕がそう話すと、ミーナは少しの間、黙っていた。
しばらくして、ミーナが話し始めた。
ミーナ:「…ねぇ、私達、ここで会ったのも何かの縁だと思うの。」
ミーナ:「クー、私とお友達にならない?」
ミーナ:「色んな所に行った時の話を教えてあげるわ。」
僕:「本当?!」
僕:「うん、分かった。」
僕:「今日からよろしくね、ミーナ!」
初めてできた友達。
見えなくても、友達ができた事が嬉しくて堪らなかった。
僕達の会話は、おじいさんには分からない。
でも、僕達の様子で分かったみたい。
おじいさん:「クー。ミーナと友達になったのかい?」
僕は、うん!そうだよ!!と、吠えた。
おじいさんが、こっちに来るのが分かった。
おじいさんは、僕の頭を撫でて言った。
おじいさん:「良かったな。ミーナも、クーの事をよろしくな。」
おじいさん:「また遊びにおいで。」
そう言った後、ミーナは何処かへ行ってしまった。
目が見えなくても、友達はできる。
でもやっぱり、見えた方が、ミーナの顔も見ることが出来るのに……。
僕は、ふと、そう思ってしまった。
その日の夜は、いつもより寒く感じた。
寒さのせいか、悲しいせいか……
一粒の涙が、足元に落ちた―
木の葉も完全に落ち、冷たいものが降ってくる頃。
僕にとって初めての『冬』を楽しんでいた。
足元には、とてもふわふわしたものがあり、そこに体をこすりつけては、飛んだりと遊んでいた。
僕:「これ、何だか分かんないけど、冷たくて、気持ち良いぞ!すっごく楽しいぞ!」
おじいさん:「クー、そんなに雪が気に入ったのか。」
おじいさん:「こんなに寒いのに、元気じゃのう。」
僕:「このふわふわは、ユキって言うのか。」
僕:「秋も良いけど、冬もいいな!」
しばらく雪の上で遊んでいたが、遊び疲れた僕は、すやすやと眠りについた。
僕の寝顔を見て微笑むおじいさんは、立ち上がり、庭で雪を固め、何かを作り始めた。
夕日が沈みそうな頃、おじいさんは、大声で叫んだ。
おじいさん:「よし!出来たぞ!!」
その声に驚いて、僕は飛び起きた。
僕:「わぁっ…!一体どうしたの?!」
おじいさん:「すまん、すまん。起こしてしまったか。」
おじいさん:「久し振りに雪だるまを作ったんじゃが、意外と時間がかかってしまった。」
僕:「ユキダルマ??」
僕が首を傾げると、おじいさんは、ニコッとして話した。
おじいさん:「冬にしか現れないお友達じゃよ。」
そう言うと、おじいさんは背伸びをして、家へと入っていった。
僕の隣には、白くて丸い雪だるまが、ちょこんと、座っていた。
次の日。
外に出ると、また雪が降っていたようで、更に積もっていた。
おじいさんは雪かきを始め、庭に大きな雪山が出来た。
その山に穴をあけ、かまくらを作っていた。
僕は、雪だるまの隣で日向ぼっこをしながら、雪だるまに話しかけていた。
僕:「ねぇ、何で喋らないの?どうして冬にしか遊びに来てくれないの?」
僕:「ねぇ、ダルマン。」
雪だるまでは呼びづらいので、僕は、ダルマンと呼んでいる。
僕:「もう!何も言ってくれないと、こうするぞ……!」
そう言って、僕はダルマンに体当たりした。
すると、胴体と頭の部分がずれて、僕の背中に落ちてきた。
僕:「ぐぇぇ…ダ、ダルマン。お、重いよぅ…。」
それに気づいたおじいさんは、急いで雪だるまの頭を持ち上げた。
おじいさん:「大丈夫か?!クー。」
おじいさん:「気をつけんと。太陽で少し溶けておるんじゃから。」
そう言うと、僕を抱きかかえ、出来上がったかまくらの中に一緒に入った。
冷たい雪で作ったのに、中はとっても暖かくて、僕はびっくりした。
おじいさん:「もうそろそろ、冬も終わりじゃからの。」
おじいさん:「おもいっきり楽しまんと。のぅ、クー。」
僕:「うん。いっぱい、いっぱい遊ぼう。おじいさん!」
その日の夜は、星がとっても明るく見えた。
二ヶ月程経ち、雪もすっかり溶け、少しずつ暖かくなってきていた。
枯れていた木々からは、蕾が膨らみ、小さな花を咲かせていた。
やわらかい風に花の香りが舞い、僕の鼻へと入ってきた。
僕の知らない『春』がやってきたのである。
花の甘い香りにつられ、体をあっちへ、こっちへと向きを変えては楽しんでいた。
しばらく庭で遊んでいると、一枚の桜の花びらが僕の頭に落ちてきた。
後ろ足で取ろうとするが、なかなか取れず、困っている時だった。
ルドルフ:「お困りのようだね。」
ルドルフ:「その頭の花びらを取ればいいのかな?」
何処からか声がした。
凄く大人びた感じの声だった。
でも、そんな事より、花びらを取って欲しくて、僕はコクンと頷き、その声の主に取ってもらった。
僕:「ありがとう。」
僕:「えっと……君は?」
ルドルフ:「失礼。名前を言っていなかったね。」
ルドルフ:「俺の名前はルドルフ。鷹のルドルフだ。」
ルドルフ:「ここら辺のパトロールをているのさ。」
僕:「パトロール?どんな事するの?」
ルドルフ:「主に困っている人がいたら、その手助けをしたりして、空を飛びながら確認しているのさ。」
ミーナ:「動物達の警察官みたいなものね。」
ルドルフと僕が話していると、ミーナがこっちへ歩きながら話してきた。
ルドルフ:「ミーナじゃないか。この子とは知り合いなのかい?」
ミーナ:「最近、引っ越してきた子なの。私の友達よ。」
ルドルフ:「ほう…。なら、俺とも友達だな。」
僕は首を傾げた。
すると、ルドルフが笑いながら言った。
ルドルフ:「ハハハッ!ミーナはこう見えて恥ずかしがり屋でね。」
ルドルフ:「あまり友達を作らないんだ。俺もその一人に選ばれてるのさ。」
ルドルフ:「良かったな、クー。」
ミーナ:「もう!余計な事話さないでよ…!」
ミーナの声は、怒っているようで、どこか嬉しい…
そんな声だった。
この日から、僕にまた友達ができた。
この頃になると、もう、僕は顔が見えなくても、その相手の声で、嬉しいのか・悲しいのか分かるようになっていた。
春っていうのは、周りから色んな音・声が聞こえてくる。
土の中、草むら、空―。
一つ一つの音を聴くように、散歩をしていた。
もちろん、おじいさんと一緒に―
多分、僕は、春が一番好きだ!!
そう思いながら歩いていると、おじいさんが話しかけてきた。
おじいさん:「随分と元気じゃのぅ。クーは、春が好きか?」
僕:「うん!大好きだよ!!」
僕:「だって、いっぱい楽しい音が聞こえてくるんだもん。」
僕の尻尾の動きを見て、おじいさんは大きな声で笑った。
おじいさん:「はっはっは!そうか、そうか。」
おじいさん:「四季は長いようで、あっという間に次の季節に行ってしまう。」
おじいさん:「………今日一日を、一瞬一瞬を、大切に……な。」
途中から、おじいさんの声が辛く、悲しい声になった。
どうしてだろう?
おじいさんも、キセツが早く過ぎちゃうのが嫌なのかな?
その日の散歩は、いつもより少し、長かった。
おじいさんの言っていた通り、僕の好きな春は、暖かい風を乗せて過ぎ去り、僕が生まれた『夏』が来た。
二度目の夏……。
あの頃はまだ小さくて、「死にたい」って思った時もあった。
でも今は、おじいさんがいる。
ミーナもいる。
ルドルフもいる。
目が見えなくても、こうして、一年を迎えられたんだ。
楽しく過ごせられるんだ。
そう思ってた――
いつもなら、この時間から散歩のはずなのに、おじいさんが来ない。
まだ寝てるのかな?
そう思って、僕は、おじいさんを起こそうと、おじいさんの匂いがする方へゆっくりと歩いて行った。
すると、僕は、何かに当たった。
それは、おじいさんだった。
おじいさんは、唸り声をあげて倒れ込んでいた。
僕:「おじいさん!?だ、大丈夫?!どうかしたの?!」
おじいさん:「……クーか。」
おじいさん:「わしは大丈夫だ。ちょっと転んだだけじゃよ。」
おじいさん:「今日は散歩に行けんかもしれん。庭で遊んでてくれんかの……。」
僕:「う、うん。良いけど……。無理しないでね。」
僕はその場からゆっくりと歩き、離れていった。
僕:「庭で遊んでてって言われたけど、おじいさんがいないと、つまんないよ……。」
僕が庭の隅で座っていると、ミーナがやってきた。
ミーナ:「どうしたのよ、そんな所に座って。おじいさんは何処にいるの?」
僕:「おじいさんは家の中にいるよ。」
僕:「何かとっても具合が悪いみたいなんだ。」
僕:「でも、おじいさんは、大丈夫だって言ってて……。」
すると、ミーナもおじいさんの所に行ったみたいで、しばらくミーナの声が聞こえなかった。
数分後に、やっとミーナが戻ってきた。
僕:「どうだった?ミーナ。おじいさんは大丈夫だったの?」
ミーナ:「え、えぇ…。ただ、しばらくはクーと散歩が出来ないって言っていたわ…。」
ミーナ:「代わりに遊んでちょうだいとも頼まれたの。」
ミーナ:「今日は私と一緒に遊びましょう…!」
その日は、ミーナと遊んだ。
あの時話してた声が、悲しそうな声だった。
ミーナもおじいさんの事が心配なんだと思っていた――。
おじいさんの具合は、まだ治らない。
心配した近所の人達も来てくれたり、ミーナやルドルフも来てくれた日もあった。
でも、全然治らない。
おじいさんは、ビョウインって所に入らなくちゃいけない身体になっていた。
おじいさん:「すまんな、クー。」
おじいさん:「楽しかったよ。ありがとう……。」
僕:「そんな事言わないでよ!!」
僕:「悲しくなるよ……。」
おじいさんの声は、悲しさの中に、少しだけ、幸せそうな感じがした。
―――それが、僕とおじいさんが交わした、最後の会話になった。
おじいさんが病院へ行ってから、一ヶ月くらい経った。
僕はその間、ご飯も食べずに、ずっと、おじいさんの帰りを待っていた。
何も食べずに、ずっと……。
ミーナ:「ちょっと、最近やつれてない?どうしたのよ、クー。」
僕:「……ミーナか。」
僕:「おじいさんがいないと、僕、何も食べる気がしないんだ…。」
ミーナ:「…!?じゃあ、おじいさんが居なくなってから、ずっと食べてないって事?!」
僕:「…うん。」
ミーナ:「そんなの、絶対ダメ!」
ミーナ:「私が許さないんだから!!」
僕:「そ、そんな事言ったって……。」
少し怒り気味のミーナの声に、体がすくんだ。
そこへ、パトロール中のルドルフが来た。
ルドルフ:「どうした?!そんな顔して。一体、何があったんだ?」
ミーナ:「ルドルフ!聞いてよ!クーったら、おじいさんが居なくなってから何も食べてないのよ?!信じられる?!」
ルドルフ:「落ち着け、ミーナ。いくら何でも言い過ぎだ。」
ルドルフ:「クーが怯えているじゃないか。」
ミーナ:「だって…!」
少しの間、沈黙が続いた。
しばらくすると、ルドルフが話し始めた。
ルドルフ:「クーも、クーだ。」
ルドルフ:「確かに、おじいさんが居ないのは悲しい事だろう。」
ルドルフ:「だが、クーには、やるべき事が残っているじゃないか。」
僕:「僕の、やるべき事…?」
ルドルフ:「そうだ。クーには、おじいさんを笑顔で迎えるという、大事な任務がある。」
ルドルフ:「その為にはまず、ご飯を食べる事だ。」
ルドルフ:「クーが元気じゃないと、おじいさんも悲しむぞ…!」
そう言われて、僕はハッとした。
こんな僕を、可愛いって言ってくれた。
普通に接してくれた。
そんなおじいさんの為に、僕が、出来る事……。
僕:「そうだよね…。ごめん、ミーナ。ルドルフ。心配かけて…。」
僕:「僕が元気じゃないとダメだよね!」
ルドルフ:「あぁ。それでこそ、クーだ。」
ミーナ:「そうじゃないと、私が困るわ…!」
やっぱり、友達っていいなぁ。
辛い時や、悲しい時に慰めてくれる。
助けてくれる。
こんな僕でも、生まれてきて良かったって……
本当に、そう思うよ。
だいぶ月日が経って、三度目の秋が来た。
ミーナやルドルフに言われた通り、ご飯は食べるようにしてきた。
でも、食欲がなくて食べない日も、何日かあった。
この日は、一人でいつもの散歩コースを歩いていた。
僕:「そういえば、初めておじいさんと散歩した時も秋だったっけ…。懐かしいなぁ……。」
そう言いながら、ゆっくり歩いていると、あの時と同じように、栗のトゲが僕の足に刺さった。
僕:「痛ッ…!相変わらず、クリって痛いや。食べた時とは全然違うもんなぁ…。」
すると、僕の目から大きな涙の粒が落ちてきた。
涙を流す度、お母さんの言葉を思い出していた。
お母さん:『それはね、“涙”っていうのよ。悲しい時や辛い時に、目から出てくるものなの―――』
前足で拭っても、次から次へと落ちてくる。
止められそうにない…。
僕:「もう一度だけでいいから、おじいさんと一緒に、クリが食べたいよう……。」
そう呟いて、僕はその場に倒れてしまった。
全ての体力が、何かに吸い取られている感じがして、思うように体が動かない。
僕:「……なんだか、眠くなってきちゃった………。」
僕は、とっても深い、眠りについた―――
ふと、目を覚ますと、真っ白な世界が続いていた。
その奥に、ぼんやりと、黒い影が見える。
近づいていくと、それは、おじいさんだった。
僕:「おじいさん!どうしてここに居るの?!もう大丈夫なの?!」
おじいさん:「あぁ、わしはもう平気じゃ。心配かけてすまんかった。これからは、ずっと一緒じゃ。」
僕:「本当?!やったぁ!!」
この時、久し振りに笑ったなって思った。
ルドルフ、僕、任務できたよ!笑って、また会えたよ!
本当にありがとう!―――
ミーナ:「クー?!クー!!起きてよ、ねぇ…!」
ルドルフ:「よせ、ミーナ。いくら呼んだって無駄だ。それに―」
ミーナ:「それに何よ…!!」
ルドルフ:「良い顔しているじゃないか。きっと、向こうでおじいさんに逢えたんだろう。」
ルドルフ:「良かったな、クー。任務、完了だ……。」
生まれてきた時、目が見えなくて、馬鹿にされて、「死にたい」って何度も思った。
でも、おじいさんと一緒に過ごして、ミーナとルドルフっていう、初めての友達も出来た。
こんな僕でも、幸せだなって思える事が、いっぱいあったんだ。
生まれてきて、本当に良かった。
本当に、ありがとう―――
― fin. ―
「死にたい」から「ありがとう」へ ~一匹の犬の小さな生涯~ 蒼(あおい) @aoi_voice
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