第10回『人類を狙う深夜の狩人・ヒューマンキャッチャー』

 この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。

 しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。

 そんなモンスター達の生態に、迫っていきましょう。


 第10回では、私たち人間にとって直接的な脅威となるモンスターである、ヒューマンキャッチャーを紹介します。

 モンスターの多くは雑食性で、モンスター、動物、人間と区別することなく何でも食べます。しかしこのヒューマンキャッチャーは、人間だけを食料としてターゲットにしているモンスターです。

 明確に人類だけに危害を加えるこのモンスターは、非常に危険なモンスターと言えるでしょう。


 人だけを狙って襲うヒューマンキャッチャーは、一体どのような手段で襲うというのでしょうか。動物の延長線上ともいえる他のモンスターとは違い、明確に人類の敵ともいえるこのヒューマンキャッチャー。

 彼らの生態はどのようになっているのか、それを知ることは私たち自身を守ることにも繋がります。


 今回はレナード博士だけでなく、ベテラン探索者であるイチロー・タナカ氏も招いてヒューマンキャッチャーの生態に迫ります。これは学術的な側面以外にも、探索者から見た生態も知るためです。

 二つの視点から解説をして貰うことで、より詳しくヒューマンキャッチャーの生態を知っていきましょう。。

 それでは世界モンスター紀行、はじまりです。




●世界モンスター紀行

 第10回『人類を狙う深夜の狩人・ヒューマンキャッチャー』




 太陽が沈み、月が空の中天へと昇る時間帯――深夜。

 ヒューマンキャッチャーはモンスターすらほとんど活動しなくなるこの時間、ようやく行動を始めます。

 今回の舞台となるのは都市と都市をつなぐ、コンクリートで舗装された街道……ではなく、その横にある森林地帯の外縁部です。カメラをそのあたりに向けてみれば、木々はほとんどありませんが、代わりに背の高い草が生い茂っているのを確認することができるでしょう。


 この生い茂った草の間こそ、ヒューマンキャッチャーが潜んでいる場所なのです。

 彼らはその全長が10m以上にもなる巨大な体を持ち、一見すると巨大なトカゲのように見えるモンスターです。しかしこうして遠目に眺めている分には、どこに10mもの巨体が隠れているのか見つけられません。

 これは月明かりしかない闇夜ということはもちろんですが、彼らが隠れることに関しては森林や平原部において右に出る者がいない名手であるということも関係しています。


 ヒューマンキャッチャーは、カメレオンのように周囲の景色に合わせて体の表面の色を変化させることができます。

 さらに10mという巨体をまるで折り紙のように畳むことができるのです。では、草むらの一部分にカメラをズームしてみましょう。

 すると、そこには10mの体を3分の1ほどに折り畳み、さらに周囲の色と同じ暗い深緑色になったヒューマンキャッチャーを見つけることができました。


 巨体だという先入観を持ち、目に頼って彼らを見つけようとすれば、まず見つけることはできないでしょう。

 生物として非常識なほど、さまざまな潜伏スキルを持つヒューマンキャッチャー。今回は吸血蝶の時と同じく、遠距離からの望遠カメラを使って、彼らの観察をすることとなります。


 望遠カメラを使うのは当然ながら近距離での撮影が危険ということもありますが、万が一が起きた際に対処するために離れていた方が良いという理由もあります。

 ちなみに探索者たちの間でも、特定の方法を除けば基本的に遠距離からスナイパーライフルなどの銃器で仕留めるというのが普通となっています。



「近距離で奴らに挑むのは自殺行為だ。これは別に腕の問題とかじゃなく、近距離に近づけばたとえ上級探索者であっても死亡する確率の方が高い」



 そのように話してくれるのは、今回同行してくれる中級探索者のイチロー氏。

 彼は探索者として20年以上活動しており、ヒューマンキャッチャーも数多く狩猟してきた実績を持っています。さらに彼は数少ないマジックユーザーであり、今回の取材中に万が一が起きた際の対処もお願いしています。

 そして彼が語ってくれたように、ヒューマンキャッチャーへ近づくというのは、一般人はもちろん人類としては最高峰に位置する上級探索者でさえ危険なことなのです。



「彼らは平原や森林部に生息しているモンスターの中では、唯一人間のみをターゲットにしているモンスターです。

 ですから、その生態も人間を襲うことに特化したものとなっているんですよ」



 レナード博士が言うように、彼らは人間しか襲わないモンスターとして有名です。

 今まで数多くの実験がされた中で、彼らは人間以外の動物やモンスターには一切興味を示さなかったという結果も残っています。人間だけをターゲットにしている理由としては、平原や森林部においては人間がもっとも高度な知性を持っているからだ、という説が有力とされています。

 普通は知性が高ければターゲットにしにくいと思ってしまいますが、その理由は後程。

 ですが人間を狙って襲うならば、それこそ深夜よりも早朝や昼間の方が多く見つけられるのではないでしょうか。



「何故深夜に行動を始めるのかと言えば、それは彼らの狩猟スタイルに起因します。

 彼らは自分の存在を相手に気取られることなく、狩猟をすることに特化していますからね」



 博士が言うヒューマンキャッチャーの狩猟スタイル。

 それは疑似餌を使って人間をおびき寄せ、疑似餌の近くに来たところで襲うというものです。この疑似餌こそ、ヒューマンキャッチャー最大の特徴と言えるでしょう。

 彼らの額からは、5mにも及ぶ長い触角が生えています。ですから触角の長さも合わせると、彼らの全長は15m以上ということになるのです。

 そしてその触角の先端部分は、10歳くらいの女の子供に見える疑似餌の頭部と繋がり、疑似餌をぶら下げています。


 この疑似餌は非常に精巧にできており、遠目から見れば人間かどうか見分けるのはほとんど不可能でしょう。もちろん明るい場所ならば、疑似餌が垂れ下がっている触角が見えるため意味がありません。

 ですから彼らは深夜、自分たちの触角が見えにくくなるような時間帯から活動を始めるワケですね。



「彼らの主な狩場となっているのは、深夜の街道です。街道脇に疑似餌を立たせておくことで、深夜にそこを通る人達をターゲットにしているんですね」


「ゴーストなんかの夜にしか狩れないモンスターを討伐にきた探索者、夜通し街道を運転している運送業者。

 このあたりが奴らの主なターゲットになっているんだ」



 確かに深夜であっても、街道を通る人間がいないということはありません。さらに深夜、つまり人通りが少ないからこそ疑似餌を効果的に使うこともできます。

 街道には立てても壊されてしまうからという理由で、街灯は置かれていませんから余計に見えないのでしょう。

 月明かりしかなく、しかも草陰に周囲と同化するような色になって隠れるヒューマンキャッチャーだからこそ、人間によく似た疑似餌に注目を集めることができるのです。



「ただ、ほとんどの人はヒューマンキャッチャーの疑似餌について知識を持っています。

 それに深夜の街道に立っている人なんて、今時誰でも警戒しますよね」



 言われてみれば、確かに深夜の街道横に無防備に立っている一般人は普通に考えれば存在しないでしょう。

 ですからいくら精巧な疑似餌であっても、本来はそうそう引っ掛かるような人はいない筈なのです。しかし、現実にはヒューマンキャッチャーの餌食となる人は、一般人と探索者を合わせて相当数に上ります。

 何故、分かりやすい罠だと分かっている筈なのに、これほどまでに犠牲者が出てしまっているのでしょうか。



「その原因は、今回タナカさんに同行をお願いした理由にも繋がります」



 探索者であり、魔法を使うことができるイチロー氏に同行して貰った理由。

 最初にも述べた通り、万が一に備えてということは知っていましたが、一体どのような理由があるのでしょうか。我々取材班が疑問に思っていると、その理由についてイチロー氏が説明をしてくれました。



「奴らは獲物を見つけると、鳴き声を上げるんだ。これがちょうど子供が泣いているように聞こえる声でな。

 まあ、それだけなら無視してしまえばいいんだが……この鳴き声は精神魔法の類でな、それが厄介なんだよ」



 ここで、レナード博士が事前に録音していたヒューマンキャッチャーの鳴き声を聞かせて貰いました。当然ですが、録音された声には魔力が籠っていませんから精神魔法にかかってしまう危険性はありません。

 実際に聞いてみると、なるほど確かに普通の人間の子供が泣いているようにしか聞こえません。

 これが深夜の街道で聞こえてきたら、例えそれが獲物を誘うための罠だと分かっていても、思わず立ち止まってしまうでしょう。そして立ち止まってしまえば、その時にはもうヒューマンキャッチャーの精神魔法にかかってしまっているのです。



「精神魔法にかかってしまうと、疑似餌が本物の子供だと思い込んで、助けなきゃいけないと思ってしまうんだ。

 そして疑似餌に近づいたところを襲われて、そのまま食べられちまうんだな」



 罠だと分かっていても被害者が続出している理由、それは彼らが使う精神魔法にありました。

 精神魔法は条件さえ満たしてしまえば、即座に効果が出るものばかりです。彼らが使う精神魔法の条件は、恐らく鳴き声を聞いたしまうこと。つまり鳴き声が聞こえてしまった時点で、すでに影響を受けてしまうのです。

 そして精神魔法にかかってしまえば、そこから自力で逃れる術はほとんどありません。

 疑似餌を本物の子供と思ってしまい助けようと近づいたところを、ヒューマンキャッチャーは待ち構えているのです。人間の善意に付け込んだ、恐ろしい手段と言えます。



「そして、精神魔法にかかってしまった場合、マジックユーザーしか解除することはできません。

 だからこそ今回、万が一に備えてタナカさんに同行をお願いしたというわけですね」



 魔法に対抗できるのは、一部の高価なアイテムを除けば基本的にマジックユーザーだけです。

 マジックユーザーであるイチロー氏に同行して貰ったのは、彼らの生態を説明してもらうためだけでなく、万が一の事態に備えてということも理由でした。

 しかし、鳴き声が魔法であるのならば防音してしまえばいいのではないか、そんなことを思う人もいるでしょう。



「当たり前ですが、街道を移動している途中で完全に音を遮断してしまうのは命取りです。

 車なら事故の原因となりますし、探索者ならば襲ってくるモンスターの前兆を感じ取ることができなくなりますからね」



 確かにヒューマンキャッチャーの鳴き声を防ぐには防音魔法などで、完全に音が聞こえなくしてしまうのが最適かつ確実な手段です。しかし音が聞こえないというのは、我々人間にとって多くの情報をシャットアウトしてしまうことにもなります。

 対策をすることが、別の問題が起きる原因となり得る。これもまた、彼らの厄介さと言えるでしょう。


 そこで我々取材班は、ひとつの疑問が浮かびました。

 ヒューマンキャッチャーたちはその鳴き声をどういったタイミングで出しているのでしょうか。獲物が効果範囲内に近づいてきた時なのか、それとも何か彼ら独自のタイミングがあるのか。

 博士とイチロー氏に尋ねてみると、二人はカメラに映っているヒューマンキャッチャーの目を指さしました。



「あいつらは目が凄くいいんだ、その気になれば1km先にいる人間の子供でもしっかりと見ることができる」


「そして彼らの目は視界も広く、おおよそ180°をカバーしています。

 しかも、その角度内ならば全て1km先まで見ることができるため、遠方にいる獲物もすぐに見つけられるんですよ」



 ヒューマンキャッチャーの目は、ちょうど草食動物と肉食動物の中間。

 おおよそ前面から斜め45°くらいの場所に存在しています。これは草食動物のような広い視界と、肉食動物のように正確に獲物との距離を見極めるという両方を可能とするために、このような位置になったのだと言われています。

 そのおかげで彼らは遠方から接近する獲物を見極め、自分の使う精神魔法を使うことができるのです。

 少しでも魔力を無駄に消費しないよう、効果範囲ぎりぎりまで待つあたり知能の高さが伺えます。



「しかも高い視力を持つことで、彼らは精神魔法に指向性を持たせることも可能となっています」



 精神魔法に限らず、魔法は使用する範囲を変えることができます。広範囲になるほど効果は弱く魔力消費の効率も悪くなりますが、しっかりと指向性を持たせて範囲を狭める程、魔力効率と効果が高くなっていきます。

 彼らの精神魔法が多くの人から恐れられる程に効果が高いのも、こういった理由からなのでしょう。

 さらに、精神魔法……つまり彼らの鳴き声に指向性を持たせることは、もう一つの副産物も生み出しています。



「指向性を持ったことで、鳴き声自体もちょっとした防音対策くらいなら貫通してしまうんだ。

 そうだな、例えば厚さ10㎝くらいの防音性の板なら軽く貫通してしまうだろう」



 ヒューマンキャッチャーの鳴き声が精神魔法であることが分かった当初、探索者たちの間では耳栓などをして防音対策とする者は少なくありませんでした。

 しかし指向性を持たせた彼らの鳴き声は、その耳栓が意味をなさなかったという記述が残っています。

 そのくらい、彼らの鳴き声は浸透性が高いものなのです。


 完全に聞こえなくするならば、それこそ物音ひとつ聞こえなくなるくらいの防音対策が必要となります。

 先に述べたとおり、だからこそ彼らの対策を完全にすることは不可能に近いんですね。



 ◇◇◇◇◇



 精神魔法と疑似餌を使って狩りを行うヒューマンキャッチャー。

 彼らは獲物が疑似餌に近づいてきた際、どのように襲うのでしょうか。今回はそれを実際に観察するため、探索者がヒューマンキャッチャーにどうしても近接戦闘をしなければならない時に使われる方法を実践します。

 その方法とは、こちらも同じく疑似餌を使ってヒューマンキャッチャーに捕食させることで精神魔法を止め、その隙に数に頼んで倒すという方法です。


 もちろん本物の人間を使うわけにはいきませんから、餌として使うのは自動人形です。自動人形とは、魔力を通すことで簡単な動きをさせることができるマネキンと言えば、分かりやすいでしょうか。

 これを疑似餌に向かって歩かせることで、獲物として差し出すわけですね。



「あいつらは目は良いんだが、頭の方はそこまで良くない。疑似餌に近づいてきたのが本物の人間かどうか、いちいち確認しせず、人間の形をしたものが疑似餌に近づいてきたら襲い掛かるんだ」



 人間の形をしたものが疑似餌に近づいてきた、つまり精神魔法にかかったと判断した時点で襲い掛かるヒューマンキャッチャー。しかし彼らはしっかりと人間を認識して襲うのではなく、形が人間かどうかでしか獲物を判断していません。

 ですが平原や森林部では、人間の形をしているモンスターは存在していないので、その識別でも十分なのでしょう。


 

「ちなみにこの自動人形、そこそこ高価なわりに耐久度は人間と同じなので、こういった使い方をする場合は使い捨てが前提となってしまいます」



 自動人形の価格は、1体500万円と確かにそこそこな値段となっています。これは魔力をよく通す物質を、人型に整えるのが難しく、さらに簡単ではあっても移動などの命令ができるようにするのに、非常に手間がかかるからです。

 皆さんも、量販店やスーパーマーケットで荷物を運んでいる自動人形を見かけたことがあるのではないでしょうか。

 基本的に細かな動きを任せられない自動人形は、ああいった企業が簡単な運搬作業をさせるために購入するのが普通です。


 500万円という価格は、中級以上の探索者なら簡単に捻出することができる価格ですが、探索者で自動人形をデコイとして使う人は殆どいません。

 それは使い捨てになってしまうから収支が釣り合わないのはもちろん、人間大の荷物を運ぶ手間があるからです。

 わざわざ背中に大きな荷物を抱えて、モンスターが闊歩する場所を歩くのは自殺行為にしかなりません。車などで移動するにしても、やはり結局途中からは徒歩になるので邪魔になってしまいますからね。



「まあ、どうしても使わなきゃいけないって時を除けば、誰も使わないだろうな」



 今回は取材ということで運搬は我々取材班が車で行いましたが、車を停めた場所から今いる場所までは、イチロー氏に抱えて貰うことになりました。あの手間を毎回すると考えれば、確かにわざわざ使う人はいないでしょう。

 そもそも相手を引き付けるという意味では、耐久力に優れ高性能の防具で身を固めたディフェンダーがいれば十分です。

 わざわざ高価な使い捨ての荷物を使うというのは、本当に切羽詰まった時ぐらいのものでしょうね。



「だいたい、わざわざ難しいことをしなくても遠くから魔法や銃でやれば楽だしな。

 金をかけてまで、面倒で危険な近距離戦をやりたい奴なんて、そういないよ」



 さて、説明が長くなってしまいましたが、これからは実際に自動人形を動かして捕食する瞬間を見ていきましょう。

 イチロー氏にお願いして、ヒューマンキャッチャーが疑似餌を置いている街道を、疑似餌に向かってまっすぐ歩くよう魔法で自動人形に命令をして貰います。すると、命令を受けた自動人形はその通り街道をゆっくり歩き始めました。

 同時に、私たちはイチロー氏に精神魔法への耐性を得ることができる魔法をかけて貰いました。


 こうすることで、ヒューマンキャッチャーの精神魔法にかかる確率を、大きく下げることができます。

 イチロー氏に今回同伴していただいたのは、こういった対処をして貰うためなのです。


 そうしてこちらの準備が整った頃、ちょうどヒューマンキャッチャーが自動人形を補足したようです。

 カメラのマイク越しに、彼らの鳴き声が聞こえてきました。録音で聞いた時もそう思いましたが、実際に聞いてみると完全に人間の子供が泣いているようにしか聞こえません。

 これでは分かっていても、思わず立ち止まってしまうでしょう。

 

 そして、彼らが使っている精神魔法もかなり効果が強いものだとわかります。

 というのも、イチロー氏の魔法によって耐性が上がっている筈の我々でさえ、思わず疑似餌に向かって駆け寄ってしまいたくなってしまいます。



「さあ、そろそろ疑似餌のところに自動人形が到着しますよ」



 自動人形が疑似餌まで1mほどまで近づくと、鳴き声が止まりました。恐らくここまで近づいてきたということで、確実に精神魔法にかかっていると確信したのでしょう。

 実際、疑似餌の存在を知らない人なら、ここまで近づく前に何かおかしいと思って逃げるか、車ならば通りすぎてしまうでしょうから。

 そして自動人形が更に疑似餌に近づき、本当に目と鼻の先にまで近づいてきたその瞬間――。

 一瞬にして、自動人形の姿が消えてしまいました。慌てて周辺をカメラで探してみますが、近くに自動人形らしい姿を見つけることはできません。



「慌てないで、隠れているヒューマンキャッチャーを見てみてください」



 博士の言うように、草陰にいるヒューマンキャッチャーへとカメラを向けてみます。すると、先ほどまでは細めだったヒューマンキャッチャーの胴体部分が、大きくなっているのが分かります。

 まさか、あの一瞬で150㎝ほどはある自動人形を丸呑みしてしまったというのでしょうか。

 そうだとするなら、いったいどのような手段で捕食をしたというのでしょう。


 我々は、ヒューマンキャッチャーがどうやって自動人形を捕食したのかしっかりと観察するべく、先ほどの場面までカメラを戻し、スローで再生して検証することにしました。

 スロー再生で先ほどの場面を見直してみると、ようやくヒューマンキャッチャーが何をしたのか、その正体を見ることができました。


 自動人形が疑似餌の近くまでやってきた時、不意にヒューマンキャッチャーが潜んでいる草陰の上方から、細長い物が縦に振り下ろされるようにして、自動人形めがけて伸びていくのがわかります。

 スロー再生のゆっくりな速度であってもブレてしまっているそれは、ピンク色をした鞭のように見えます。先端部分は丸くなり、一直線に自動人形へと伸びています。

 猛スピードで伸びてきたその先端が、自動人形の胴体部分に接触。その後、伸びてきた時と同じ速度で自動人形ごとヒューマンキャッチャーのいる草陰へと戻っていきました。



「さっき伸びてきたのは、あいつらの舌だ。カエルやカメレオンとか、ああいった類のな」



 なるほど、確かにそう言われてから先ほどの映像を見返してみれば、伸びているのは確かにカエルなどの舌に似ています。やはり高い隠遁能力を持っていることといい、カメレオンが基になったモンスターなのかもしれません。

 しかし、スロー再生でもブレてしまう程の速度とは驚きです。

 実際にはどのくらいの速度が出ているのでしょう。



「彼らが伸ばす舌の速度は、探索者ですら目で追うことは難しいほどのスピードです。

 実際にその速さを計測してみたところ、なんと時速700km以上の速度が出ていたようですよ」



 時速700km以上というと、私たち一般の人間には目で追うことはおろか、見ることもできないでしょう。気付いた時には既に攻撃を受けていると言っても過言ではありません。

 魔力で身体能力を強化している探索者であっても、恐らくぎりぎり見えるかどうか。

 この恐るべきスピードを持つ舌による攻撃があるからこそ、ヒューマンキャッチャーとの近接戦闘は避けるべきと言われているのです。



「彼らは普段、舌を渦状に丸めて口の中に収納しています。そして獲物を捕食する瞬間、根本から一気に渦を解放し、鞭を縦に振る要領で先端部分をものすごい速度で相手に向けて伸ばしているんです」



 鞭を思いきり振った場合、先端の速度は音速を超えると言われます。さすがにモンスターと言えども、舌という器官を音速を超える速度で動かすとダメージを負ってしまうので、時速700km程度になるようにしているようです。

 さらに先端部分からは非常に強力な粘液を分泌しており、少しカスっただけでも100㎏くらいの重さなら余裕でくっ付いて口元まで戻すことができるようになっています。



「恐ろしいのは、彼らの舌の筋力です。時速700kmという恐ろしい速度で振り下ろされているのに、その最中でもしっかりと獲物に当たるよう微調整をすることができるんですよ」


「しかも、絶対に地面に当たらないようギリギリで止めることもできるんだ。

 舌ってのは、言ってしまえば内臓に近く脆い部分だからな。高速で地面にぶつけてしまえば、使えなくなってしまう」



 彼らにとって舌は獲物を捕まえるための手段であるのと同時に、守らなくてはいけない弱点でもあるようです。

 ですがもちろん、戦う場合にはその舌は強力な武器として使われます。時速700km近くの速度で縦横無尽に振るわれる、筋肉の塊である舌は、生半可な防具では防ぐことすらできないでしょう。

 上級探索者のディフェンダーであっても、真正面から耐えられるのは5発が限度と言われます。

 下級探索者であれば、例え防御に優れるディフェンダーであっても、一撃で紙屑のように吹っ飛ばされてしまうでしょう。



「彼らが活動していない時間……つまり眠っている時に襲えばいいのではと思うかもしれません。

 しかし、彼らは眠っている時も周囲の景色に溶け込んでおり、見つけ出すのは難しいです。そうして探している間に彼らに気付かれてしまえば、その舌で攻撃を受けてしまいます」



 決して寝ているからといって簡単に狩れるというわけではないヒューマンキャッチャー。

 昼間でも暗い森林部の草陰から、周囲に溶け込んでいる彼らを見つけるのは、熟練のスカウトですら難しいと言われるほどです。そして草陰を移動すれば当然音が出てしまい、それによって彼らに接近を悟られてしまいます。

 そうなれば、あちらの方が先に接近してきた者を見つけ、攻撃されてしまうのです。

 だからこそ狩猟をする際には、彼らの目印である疑似餌が目立つ深夜、遠距離からの狙撃が一番安心だと言われているのでしょう。



「彼らは舌に獲物をくっつけると、そのまま獲物を丸呑みしてしまいます。

 彼らの胃酸はとても強力で、例えば岩や鉄などであってもほんの数秒で容易に溶かすことが可能です」



 人間がそんな胃酸の中へ放り込まれてしまえば、その先は想像したくもないものとなります。

 この強力な胃酸を持っているというのも、彼らが人間をターゲットにしているから持ったと言われています。武器を持った人間ならば、胃の中で暴れる危険がありますからね。

 ですから鉄ですら数秒で溶かす胃酸を持つことで、丸呑みにした人間が一切抵抗できなくするようにしているのです。



「さらに言うなら、彼らは深夜から朝方までしか活動せず、それ以外は草陰でずっと眠っています。

 あれだけの巨体でありながら、活動時間を大きく限定することで魔力の消費を極端に抑え、一度捕食をしてしまえば1ヶ月は飲まず食わずでいきていけるんですよ」



 捕まってしまえば確実な死が待ち、それでいて対策も十分に行うことができない。何より人間なら子供を助けなければと思ってしまう心理を利用するため、疑似餌をわざと精巧な子供型にする。

 さらに、ほとんど移動などの行動を起こさないことで、待ち伏せという不確実な方法でも問題なく活動し続けることができる。人間だけをターゲットとしたヒューマンキャッチャーの、恐ろしく合理的な生態がそこにありました。



 ◇◇◇◇◇



「さて、人間だけをターゲットにしているヒューマンキャッチャーは、当然ながら討伐依頼が頻繁に出されます。

 しかしこの討伐依頼は、探索者なら誰でも受けられるというわけではありません」



 探索者ギルドの出す討伐依頼は、基本的には自由受託となっています。自分に受けられるだけの能力があると思えば、それこそ下級探索者や駆け出し探索者であっても受けることが可能なのです。

 しかし、ヒューマンキャッチャーの討伐依頼はそうではない、とのこと。



「何故なら中途半端な実力では、被害者が増えるだけだからだ。

 ヒューマンキャッチャーの討伐依頼は、ギルドに登録されている中でも遠距離から確実に仕留められる腕と装備を持ったメンバーのいるチームに指名依頼される」



 指名依頼というのは名前の通り、探索者本人や所属しているチームを名指しでギルドから依頼がされるというものです。これは断ることはできず、依頼された以上はしっかりとこなさなくてはいけません。

 その分報酬は高く設定されていますが、探索者からは自由を縛られるのであまり良くは思われていないようですね。

 ひいては、その指名依頼の原因となるヒューマンキャッチャーもまた、探索者たちからは嫌われています。



「奴らは素材となる部分がまったくと言っていいほどにない。肉は臭みが強くて食えたものじゃないし、素材として使える部分も無い。討伐報酬は高いが、もし一発で仕留め損なって逃げられでもしたら大変だ。

 全員で気を付けながら辺りを探し回って、その後また無駄な戦闘をしなきゃならんからな」



 スナイパーライフルで遠距離からならば安全に仕留められる反面、一撃で決められなければ余計な手間と危険が増える。そのくせ頻繁に街道に現れるので討伐はしなければいけない。

 ヒューマンキャッチャーは、人間を狩猟しやすく、そして人間からは倒すことが面倒臭いと思われるように自分の生態を進化させてきたのでしょう。そしてその進化は、我々人類にとって非常に厄介なものとして確かな効果をもたらしています。




 高い潜伏能力と、人間の心理を巧みに突いた狩猟方法を持つモンスター……ヒューマンキャッチャー。

 人類が次元融合を果たしたこの世界に適応し、進化してきたからこそ生まれたモンスターとも言われる彼らは、我々人類の天敵ともいえる存在です。


 自分は人間を餌として利益を得る一方、死体から何も得ることはさせないという彼ら。それはモンスターの死体を利用して生活を向上させている我々に向けて、ざまあみろと言っているようにさえ感じます。

 もちろん討伐されてはいるのですが、それも彼らからすれば人類に余計な手間をかけさせる作戦なのかもしれません。


 人類だけを狙い、人類を狩ることに特化した生態へと進化していったヒューマンキャッチャー。

 彼らは今日も、草陰から街道を見つめて獲物が通りがかるのを待っています。





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