第25話 神殿の護り

「こっちは連中の残した弩しか無いからな。相手は数が多いから引き込みながら退路を断たれないようにやり合うしかないようだ」


 ジーンがゼロの助言の元、指揮を執る。

 こちらで戦える者はメレア公の騎士が五人、小領地の兵が七人、私と私を護るレコールとフェフロ、ゴアマ、男爵らとその従者、二十人ほどの集団でしかない。


 対して相手はゴーエ伯の騎士が十、槍を持った兵士が三十と弓を持った兵士が二十ほど、ルテル公の騎士が十、弓持ちの兵士が二十ほどとなる。


「弩は斉射したら下がれよ。弓士じゃないんだ、無理せず武器を持ち換えろ」


 小領地の兵士たちは騎士から奪った弩を番えていた。


「カルナ様は神殿の中へ!」


「ラヴィ、僕も戦わせてくれ」


 カルナ様は心配そうに私を見ている。

 優しそうな眼差しに縋りたくなるが、彼の立場をこれ以上悪くするわけにはいかない。


「カルナ様はお立場があります。下がって!――彼には武器を与えないよう」


 周囲の兵士たちに注意を促す。



 ◇◇◇◇◇



 ジーンの指示で騎士たちが前に並び、その後ろで兵士たちが控える。私とレコールはフェフロの後ろ、そして男爵らとジーン、ゼロは兵士たちの後ろに付いている。


「斉射くるぞ! 盾を並べろ!」


 掛け声とともに前列の騎士たちが祝福により、輝く魔法の《盾》を呼び出した。

 《盾》は手持ちの盾と共に前列に並べられ、強固な壁を作り出す。魔女の祝福の矢避けの助けも得て、雨のように弓なりに降り注ぐ矢と生き物のように弧を描いて飛んでくる弓士の矢を容易に凌いだ。


 さらに飛来したのは炎の槍だった。槍は前衛の騎士たちにぶつかったかと思うと、巨大な火球となって周囲を焼いた。なまじ密集していただけあって、盾をかき消し多くの騎士と兵士を焼く。


「怯むな! 弩、前へ!」


 動ける兵士が前に出て太矢を放つ。大型の弩ほどでは無いが、それでも近距離では板金鎧でさえ貫くし、《盾》の力も無敵ではない。こちらの斉射により膝をつく騎士も居る。


 同時にフェフロは躍り出る。私は止めようとしたが、相手に魔術師がいるためだとレコールに助言され、我々も前に出る。


 フェフロの体躯から繰り出される鎖付き星状球プロンメは敵の壁を容易に崩した。魔女の祝福もあってか、ひと薙ぎひと薙ぎが《盾》を砕き、人を打ち払った。


「レコール、前に出過ぎましたが、指示通り少しずつ下がりますよ」


 フェフロに続いて前衛の騎士が接敵した。ただ、このままでは弓士による矢も受ける。徐々に引き込んで障害物の多い場所まで下がる――はずだったのだが、フェフロとレコールの勢いに相対した敵左翼の騎士と兵士が怯んでいる。


 私もレコールと組み、レコールが相手の調子を崩したところへ長包丁の一撃を叩きこんでいた。長包丁はやはり魔剣だった。肩当てポールドロンを切り裂いた長包丁は相手の肩へと深く食い込み、武器を取り落とさせる。レコールは敵が怯んでいる隙に器用にも剣の切っ先を落ちた剣の護剣に引っ掛けて掬い上げ、私に渡してくる。《共感治癒コンテイジャスヒール》をかけると私の負傷が消え失せる。


 レコールはほとんど負傷しなかったけれど、私は度々負傷していた。その度にレコールが武器を回収して私を守ってくれていたが、それが逆に相手を怯ませていた。様子を見てとったレコールは――。


「うちの聖女様は斬られようが射抜かれようが不死身だ。まだやり合うつもりか!」


 そう言って彼らを脅す。

 治癒の魔法は珍しいわけではない。習得によって《治癒》の魔法は得られるし、聖堂騎士も祝福として使える。ただ、それらは圧倒的な治癒力を持つわけではない。切傷には効果が薄いし、深い傷は完全には治せない。には傷は消えない。


 士気の低い一部の兵が怯んだまま襲ってこない。相手の左翼側が崩れ、フェフロは中央に向かって攻めていた。そして左翼側が崩れたことでわかった。相手のタバードはほとんどがゴーエ伯の配下の者だった。ルテル公の兵士も遠くから射かけてきてはいるが騎士たちが広場から動いていない。


 こちらの騎士たちは、槍や斧槍に持ち替えた兵士と組んで相手の騎士・兵士と相対していた。十数人で倍の数の敵と戦い、加えて弓士から矢も受けていたが、ゴアマに加え、ロシェナン卿とラトーニュ卿の二人も戦い慣れているのか彼らに混ざって前線を維持していたし、ゼロに至っては何らかの魔法を行使していた。


 ただ、それでもこちらの被害は抑えきれなかった。


「前を代われ! 後退して治癒魔法を掛けろ!」


 フェフロが負傷した騎士を下がらせ、一緒に下がった騎士が《治癒》の魔法をかける。しかしそのフェフロ目掛けて天空より稲妻が落ち、周囲を焼いた。フェフロの傍にいたこちらの兵士はもとより、相手の騎士たちも被害を受けている。


「やつだ。あの魔術師をやる。退路の確保を頼みます」


 レコールが空いた敵の左翼を抜けて敵後方の目立つ身なりの貴族へと《加速》する。私も彼に続いて怯んだ兵士たちを斬りに行く。阻むのは三人。


 一人目――レコールに気を取られていたため容易に側面を突ける。


 二人目――槍を盾で捌きつつ懐に入ろうとするも三人目の横からの槍に阻まれる。


 私は身を低くして二人の兵士と対峙するが、二人が交互に隙を埋めるように突いてくる。私は姿勢を戻し、今度は穂先を狙って長包丁を振るう。


 一本――兵士の槍の穂先を斬り飛ばす。


 二本――さらにもう一人の兵士の槍の穂先を斬り飛ばすが、兵士はそのまま柄で打ちかかってくる。


 最初の兵士は剣に持ち替え、左側から斬りかかってくる。長柄で右側から突いてくる兵士は私の足を止めさせてくれない。ただ――。


 長柄には穂先はない。私は思い切って右側に踏み込む。長柄の先端が腋を掠めるが斬られることはない。慌てた兵士は剣を抜こうとするが長包丁は既に兵士の右上腕を捕らえていた。


 斬り捨てた勢いのまま兵士の背後まで回ると、私は再び身を低くする。剣で斬りつけてきた兵士は、私の後手から先手を取る踏み込みに反応できず右腕の内側を斬り裂かれた。


 間髪入れずに私はその場から飛び退いた。それでも視界の端から投げつけられた手斧ハンドアクスは私の脇腹をいくらか斬り裂く。投げつけてきたのはルテル公の軍団長だった。他のルテル公の騎士たちも続々と階段を登ってきている。


 手斧を拾いに行くのは容易いが、まだレコールが戻ってきていない。私はこの場を維持するため軍団長と対峙した。


「ラヴィーリア様、よもやこのような場でそのようなお姿を晒すとは……」


「ガラウ卿、貴方はルテル公とゴーエ伯の企みをご存じなのですよね」


「企みなどと、どこで何を聞かれたか存じませんが、そのような単純な話では無いのですよ」


「民の命を何だと思っているのですか!」


「成長されたのですな。お父上も喜ばれます!」


 軍団長は三尺はある大きな戦棍メイスで打ちかかってきた。盾ではとても勢いをなしきれない。掠めるだけで痺れるほどの衝撃が左腕に走る。長包丁の刃も全身鎧で上手く受けられ、阻まれる。魔剣とて掠める程度では板金鎧に傷ひとつ付けられない。


 私は戦棍メイスを盾で受けると同時に跳躍して距離を取った。倒れたままの姿勢からそのまま身を低くして軍団長を待ち構える。


 戦棍メイスの一撃は本来であれば板金鎧相手にはそこまで有効ではない。板金鎧はそのための曲面を描いていて衝撃も鎧下で和らげられる。戦鎚ウォーハンマーのように尖った先端を鎧に刺し入りタックすることはできない。ただ、それだけに複雑な武器ではない。どちらに振っても有効打クリーンヒットとなり得る特性は、膂力の差を持って私に有効な武器となっていた。


 右手側から縦に振り下ろされた戦棍メイスを地面すれすれに左に跳躍して避け、跳ね起きる。だが再び身を伏せると頭の上を、軍団長が左手に抜いた手斧ハンドアクスが振り抜かれる。再び来襲した右手の戦棍メイスは水平に振られ、勢いこそないものの、私を下がらせるには十分だった。


 姿勢を低くして待つ。軍団長は余裕の表情で戦棍メイス手斧ハンドアクスを構える。どちらでも私相手なら十分な一撃を与えられるだろう。二刀持ちデュアルウィールドは賢い選択だ。


 詰め寄る軍団長。

 だがここで横槍が入った。おそらくはフェフロだろう。投げつけられた長剣は風を切る勢いで飛来し、軍団長の振りの重い側。右手の戦棍メイスを長剣を去なすために釘付けにした。重心が先端にある戦棍メイスはそんな使い方には向いていない。しかも柄の長い戦棍メイスを今は片手で扱っている。


 私は跳ねるように軍団長の左腕に向かい、長包丁を振り下ろす。長剣に気を取られたため手斧ハンドアクスはそぞろに差し出されただけで受ける体を成していなかった。長包丁は手甲ガントレットを裂くが軍団長は怯まず、手斧ハンドアクスを捨てて戦棍メイスの柄を両手で持ってきた。長包丁は返す刀で首を狙って振るわれたかと思うと不意に手首が弛緩し、胸元を守る戦棍メイスを通り過ぎる。


 弧を描いて振るわれた長包丁の向かう先は騎士団の脛当てグリーヴだった。薄くは在れど、硬く焼き入れされた脛当てグリーヴは刃物の一撃など本来なら物ともしないはずだったが、魔剣はそれを斬り裂いた。


 脛に深い傷を負った軍団長は片膝をついて呻く。私は止めとばかりに左から肩を狙って長包丁を振り下ろすと、身を守るためになんとか差し上げられた戦棍メイスの柄を真っ二つに斬り落とし、胸当てブレストプレイトの肩口へと斬り込んだ。


 こちらは深い傷ではないが彼を一時留めるには十分だろう。


 レコールの方を見やるとルテル公の騎士たちに囲まれていた。

 フェフロは複数のゴーエ伯の兵士たちと対峙し前線を維持している。


 私は戦棍メイスを拾いつつレコールのもとへと向かう。《共感治癒コンテイジャスヒール》により軍団長との戦いで刻まれた負傷が失われていく。まだ体力は持つ。スカルデのくれた祝福があるから。



 ◇◇◇◇◇



 かつて私を護った騎士たちの傍へ向かうと、こちらに気づいた騎士が剣を構える。ただ、彼らは私に対しては及び腰だった。


 私は危険を承知で兜を脱いで彼らと対峙した。


「ガラウ卿は膝をつきました! 神殿の子供たちは私が護ります! 次は誰が相手になりますか!?」


 騎士たちが動きを止める。


「レコール! 傍へ!」


 騎士たちと対峙していたレコールが傍に戻ってくる。

 ここでこの屈強な騎士たちをいくらかでも留めておければ――そういう思惑が働いていた。背後ではまだゴーエ伯の騎士たちが戦い、敵の後方からは矢が……。


「射掛けが止まった?」


 騎士たちの後ろを見ると、階段の方から王族の交渉旗を掲げた一行がやってきている。


「やめよ! 双方とも即刻王都での争いをやめよ! 交渉旗が見えぬのか!」


 既に交戦していなかった私とレコールは武器を収める。

 私はフェフロ達にも声をかけ、王族が出てきたことを伝える。


 双方の騎士たちが《盾》を巡らせ守りに入ると、やがて剣戟の音は止んだ。


「よろしい。双方下がり、交渉旗の元へ代表一行を寄越すように」


 王族の交渉旗を掲げた一行は、階段を上がった所の見通しのいい廃墟の中央に陣取り、我々を神殿の巨石まで、ゴーエ伯の隊は階段まで下がらせた。


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