第3話 枷
私は屋敷の侍女が着るようなお仕着せを着させられました。スカートは膝下までしかなく、脛が見えてしまうような長さです。王都では古い習慣から女性でもブーツが一般的でしたので足首までは見えませんが、短いブーツからスカートの裾までの間の脚が見えることが不安でした。
首にかけられた首輪は苦しさこそありませんでしたが、前の合わせの部分に錠前を掛けられ自分では外すことができません。お嬢様が気を利かせて内側に布を当ててくださらなければ一日で痣になってしまったことでしょう。
寝床には侍女の寝泊まりする狭い二人部屋をあてがわれました。同室の侍女はキミリという、まだ十にも満たないような女の子でした。私の身の上を知ってか、その日、彼女から話しかけてくることはありませんでした。
ほんの一昨日の生活から一転、私は平民と変わらぬ身分に身をやつしておりました――。
◇◇◇◇◇
一昨日、屋敷にロスタルよりの書状が届きました。父が教えてくださった限りでは、私の不義についての非難もございましたが何より、第二王子と父との関係を疑われたようです。
第二王子とは学び舎でくれぐれも面倒を起こさないようにと父からは言い聞かせられておりましたが、強く断れないばかりか彼の絡めとるような話術で距離を詰められ、流された私は結局、あのような不義を働いてしまいました。今では後悔しかありません……。
ロスタルとソノフでは、確かに血筋的な身分や領地的な身分は違いましたが、南部の有力者たるロスタルはソノフとそう変わらぬ発言力がありました。何より、古くからの盟友であった両家の関係に綻びを生じさせてしまった責任は、当時の私が想像していたよりずっと大きなものでした。
しかし、ロスタルも父に他意があるとは考えていなかったようで、おそらくは何日もの調査の結果でしょう。ソノフとの関係を維持する方向に舵を切ったようでした。
ただ、問題の発端となった私の不義については何らかのけじめが必要だったのでしょう。私はかねてより、カルナ様に『どのような身分でもいい、傍に置いて欲しい』とお頼み申し上げておりました。つまりはその通り、私の身分を捨てた上で侍女として仕えることを要求してきたのです。
父は反対しました。このような私でも娘として憐れんでくださり、ロスタルの要求は飲めるものではないと。ただ、全くの道理に合わない話でもなかったのです。公爵家三女としての身分を捨てれば第二王子に利用されることはこの先無いだろうとの考えでしょう。私はこれ以上、育ててくれた恩を仇で返し続けることはできないと、父との別れを決意しました。
◇◇◇◇◇
「ラヴィーリアには首輪をつけて貰おう」
そう言ったのは他でもない、カルナ様本人でした。ただ侍女として仕えるだけであれば貴族の子女が側に仕える身分とそう変わらないと言うのが理由でしたが、実際にはそういった方々は貴族としての身分を保証され、部屋を与えられ、自由がありました。スカートもこんなに短くありません……。
「お辛いでしょう。せめてこちらをお当てになって」
カルナ様の隣には既に私とは別の女性が居られました。碧の瞳と栗色の髪の彼女はセアラ様。カルナ様に寄り添い、力になってくださったのだそうです。そう語るカルナ様の様子に胸が痛みました。セアラ様は首輪の下に当てるよう、ハンカチを差し出してくださいました。
そして私はと言うと、自由な発言を許されず、カルナ様への謝罪さえ叶いませんでした……。
◇◇◇◇◇
屋敷ではひとつずつ仕事を教わりました。それまで知らなかったのですが、彼らには使用人向けの出入り口があり、屋敷の中でも出入りできる場所が細々と決められていました。私はなるべくカルナ様のお傍に仕えたかったのですが、そういう訳にもいかないようです。
そして私はどうやら物覚えが悪いようで、侍女としての仕事は翌日もなかなか身に付きませんでした。力仕事――というほどでもない仕事をやっとの思いでこなしたかと思えば、まだまだ序の口と言う顛末の繰り返しでした。
◇◇◇◇◇
夜、疲れて部屋に戻ると、私宛の細長い箱が置いてありました。添えてあった手紙には、父からの物とあの辺境伯様からの物が。父からの手紙には短く、れいの辺境伯様からの詫びの品が確実に私に届くよう、ロスタルに話を付けたというものでした。そして辺境伯様からは、私の身の上を心配してくださる言葉と、詫びの品をお守りとして肌身離さず持つようにという言葉が記されておりました。
なるほど、辺境伯様はあのようなお言葉を掛けながら、私を心配してくださったのだと今頃になってわかりました。そしてお守りを送ってくださるだなんて。ただ、尊敬の念は箱を開けた瞬間、別のものに変わりました。
「これをどうしろと言うのでしょう……」
箱の中には刃渡りが二尺余り、柄が一尺もある、長包丁のような刀剣が一本、入っていたのです。
疲れ果てた私はため息とともにその長大なお守りをただみつめるばかり――。
私は武器とは無縁の聖堂でしか過ごしてこなかったため、これまでこのようなものは間近で見たことがありませんでした。装飾の少ない、無骨な刀剣ではあったものの、その刀身は滑らかで屋内の光を鏡のように反射していました。
ほう――と、その意外な刀身の美しさに私は見惚れてしまいました。
刀身には私の顔が映ります。私は自分の顔があまり好きではありません。醜い顔をしています。ただその下、首にはカルナ様から頂いた首輪が見えました。細い首に少し余裕を持った首輪が取り巻き、錠がちょこんと居座っています。考えていたよりもずっとかわいいと思えたのは大きな発見でした。何よりこれはカルナ様から頂いたものです。惨さなどではなく、戒めのようなものを感じました。
その後、水を浴びてきた同室のキミリにぎょっとされましたが、お守りであることを告げると納得していただけました。……おそらくは。
翌日、辺境伯様からの贈り物を侍女長を通してロスタルの当主様に相談しましたところ、辺境伯様からの言伝もあったようで、私から取り上げることなく傍に置くことを承諾してくださいました。ただ、お仕事では邪魔になりますため部屋に置くことになります。
◇◇◇◇◇
屋敷での食事は質素なもので量も少なくありました。私は食は細かったのですが、体を動かすとそれなりに腹は空きます。同室のキミリでも足りていない様子でした。ただ、侍女の中にはしっかりとした食事の量を取られている方も居る様子。私はせめてキミリにもう少し食事をと訴えましたが、
買われてきた――その言葉に私は衝撃を受けました。私はそれまで、ただ幼いから食事の量が少ないのかと思っておりましたが、侍女の中には十分、大人であったにも関わらず食事の量が少ない者が居りました。その者らは仕事でも格下として扱われ、若い侍女に使われていたのを思い出しました。
そして私。私もその者らと同じ扱いを受けているのです。キミリに食事をと訴え、そのついでに自分も食事にありつこうと言う卑しい私の心を見透かし、叱責するかのようなその事実は、私の行く末をさらに暗いものとしたのです。
◇◇◇◇◇
辛い仕事が続きました。指先は荒れ、足はむくみ、髪は艶こそ失われていないものの、仕事終わりになるとほつれが目立ちます。はしたないとは言われておりましたが、二人部屋ではもう遠慮などありません。キミリと同様に部屋ではブーツと長靴下を脱いで過ごします。
部屋に戻った後はときどき水浴びをします。もちろん湯などなく、これが寒い季節となれば凍えてしまうことでしょう。
キミリは話しかけてもほとんど喋りません。小さな子供には好かれる自信があったのですが、あれはただ私が施しをするから好かれていたのだと今、思い知らされました。私にはもう何も施せるものは無いのです。
私は毎晩のように抜身の長包丁を眺めます。以前は珍しくもなかったキラキラと光を放つ装飾品はもう首の錠のみ。鏡はなく、刀身を眺めるのみでした。刀身には醜い私が映ります。このような境遇に身をやつしたから醜いのではありません。私の弱い心が醜いのです。
そうしてひと月も経つ頃、その弱い心が取り返しのつかない事件を引き起こしたのです。
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もちろん続きません。
寝不足が祟って体調崩しておりましたので、後で改稿するかもしれません。地味な話は受けが悪いかもしれませんが、マイペースでスロースタートです。
※長包丁は『かみさまなんてことを』の主人公も使ってましたが、マチェヨフスキ書に出てくるような片刃の刀剣です。
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