10.エターナル・スターリー

 私は彼の名前を知らなかった。

 いつもニヤニヤしているクソ陰キャ野郎という印象しかなかった。


 大嫌いだった。

 魔法少女は世界を守るために命懸けで戦っているのに、どうしてヘラヘラ笑うことしかできない人が普通に生きられるの? 私達は何を守っているの?


 もちろん彼だけじゃない。

 何も知らずに生きている人達、全部、大嫌いだった。


 突然、彼は変わった。

 まるで別の誰かと中身が入れ替わったみたいだった。


 何が起きたのだろう。

 気になるけど……今だけは忘れよう。


「ピエロ!」


 叫べ。


「絶対に逃がさない!!」


 皆の力でズヴィーバを追い詰めた。

 あのピエロさえ倒せば、全部終わる。

 

 なのに……差が縮まらない!

 いつもそうだ。こっちが有利になると、あいつは全力で逃げて……でも、今回だけは絶対に負けられない。もっと、もっと早く、もっと……!


「ほぁ!?」


 ……え?


「なんだこの壁は!?」


 ピエロが止まった。

 理由は分からないけど、チャンス!


「最大火力!」


 私はステッキを構え、魔力を込める。


「クソが! この程度で勝ったと思うなよ小娘!」


 ピエロは余裕が無くなると口が悪くなる。

 演技だった時もあるけど、今は本当に焦ってるはずだ。


 ──ルリ、見てる?

 約束、今日ここで、果たすからね。



 *  月影  *



「さて、見せて貰おうか」


 二人から遠く離れた位置。

 俺は手近なクローンの頬をふにふにして淫力を回復させながら呟いた。


 あのピエロは雑魚じゃない。

 だが、今の胡桃の敵ではない。



【山田胡桃】

成長:67/99(+36)

魔力:999+(EX)(+426)

精神干渉力:186(I)(+93)

精神抵抗力:792(C)(+417)

淫力:736(C)(+647)

理性:99/99(無敵)



 心の方はキャサリン。

 体の方は俺が八日かけて鍛えた。


 意識の無い相手にスキルを使い続けるのは流石に胸を痛めたが、おかげで淫力がCまで上昇した。今の彼女ならば、ドスケベ・フィールド内では強者の部類に入る。


「ほう、これは素晴らしい」


 ステッキを構えた胡桃を囲むようにして、巨大な火の玉がいくつも現れた。

 魔法少女というファンシーな言葉の響きとは裏腹に随分と殺意の高い攻撃である。

 

(……ふむ、ピエロは余計なことをしているな)


 邪魔はさせない。

 俺が関わる以上、胡桃には完全勝利が約束されている。


「思い切りやると良い」



 *  ピエロ  *



「まだまだ奥の手ンヒィィ!」


 どうなっている!?

 マテリアルプラズマの力を解放しようとする度、絶妙な快楽に襲われる。この道具に、このようなデメリットは無かったはずだ。


「燃えろ!」

「ンギィィィィィィ!?」


 これもおかしい。本来は皮膚が焼け焦げるような一撃なのに、初めてクローンを犯した時の何倍も強い快楽がある。


(……だが、これは)


 命のやり取りをしているのに、既に何度も絶頂している。

 最初は天にも昇るような気分になったものだが、三度目から違和感に気が付いた。


(……まずい!)


 自らの存在が希薄になっている。

 このまま戦闘が続けば、確実に負ける。


(……小娘ッ、なぜ急にこんな力を!)


 確実に勝てるはずだった。

 一万体を超えるクローンと覚醒間際となっているマテリアルプラズマの力。二つが合わされば、軍隊を敵に回しても笑いながら勝てるはずだった。


「調子に乗るなぁ!」


 服に仕込んだ爆弾を投げつける。

 直撃だ。これまでの魔法少女ならば致命傷となっている一撃だ。


 しかし──


「くすぐったい」


 あの小娘は無傷。

 それどころか、笑みを浮かべる余裕まで見せている。


「グッ、マテリアルプラズマ! 我が呼び声にィィィィィン!」


 頭が真っ白になるような快楽!

 一体、何がどうなっているのだ!?



 *  胡桃  *



 ビックリした。

 私、強くなってる。


 フレイムボールは前より三倍くらい大きい。出せる数も二倍になってる。こんなに強い力を連発したら普通は直ぐ疲れるのに、まだまだ何時間でも戦えそう。


(……でも、これ、ちゃんと効いてる?)


 フレイムボールが当たる度、ピエロは変な声を出す。

 それ以外にも、変なタイミングで、あひぃ、とか、んひぃ、とか叫んでる。


 もともと頭がおかしい敵だったけど、ここまでじゃなかった。


(……クソ陰キャ野郎が何かしてるのかな?)


 彼は本当に何者なのだろう。

 分からない。でも、いっぱい感謝しよう。


 このピエロを、倒した後で!


「えいっ!」

「ンギィィィィ!」


 私は直接ピエロの頬を殴った。

 攻撃力は低いと思うけど、どうしても一発入れたかった。


(……想像したリアクションと違う)


 なんか気持ち悪い。

 でも、ちゃんと効いてる……気がする。


「んぐぅぅぅ、ひぃぃぃ……小娘ェ……あの男は、何者だぁァァ!?」

「知らない」


 本当に知らないから正直に言った。


「クソガァァ!? こんなっ、このピエロが、こんな……!」


 その瞬間、マテリアルプラズマが禍々しい光を放った。


(……まずい!)


 私は慌ててステッキを構え、フレイムボールを発射した。


「ンギュィィィィ!?」


 またピエロは変な声を出した。

 本当に意味が分からない。でも──


「……くっ、ふふ。あははははははは」


 冷汗が滲む。

 この笑い声、知ってる。


「……なるほど。デザートは、ピエロ自身だったんだね♧」


 背筋が震え始めた。

 この声、ルリがやられた時と同じだ。


「時は満ちた!」


 ピエロはマテリアルプラズマを天高く掲げた。


「覚醒せよ!」

「──覚醒すると、どうなるのだ?」

「決まっている! 世界を滅ぼす程の力が手に──ッ!?」


 クソ陰キャ野郎!?

 いつの間に移動したの!?


「それは楽しみだ。早く見せてくれ」

「……ぐぎぎ、貴様ァァアアアア!?」


 ダメだよクソ陰キャ野郎!

 その力は、絶対に覚醒させちゃダメ!


「とどめを刺して!」

「終わりだぁ!!!!!」


 私とピエロが叫んだのは同時。

 

(……うそ、間に合わなかった?)


 マテリアルプラズマが砕け、どす黒い光の渦がピエロを包み込んだ。


「ほぉ、上級淫魔程度の力はあるな」

「逃げて!」


 あいつはマテリアルプラズマの恐ろしさが分かってない。

 覚醒する前でも、ルリの必殺技……エターナル・スターリーが押し負けた。


「つまらぬ」

「……え?」


 彼は砕けたマテリアルプラズマに触れ、そっと撫でた。


「ンギュィィィィィィ!!?!!?」


 ただそれだけ。

 その一瞬で、どす黒い光は消えた。


(……何が、起きたの?)


 残ったのは、退屈そうな顔で立っている彼と、地面で魚みたいにジタバタしているピエロだけ。


「この程度で世界が滅ぶならば、大淫魔が呼吸をする度に滅んでしまう」


 何を言っているのか全く分からない。

 でも……嘘でしょ? こんなにあっさり?


「胡桃」


 ビクリと肩が揺れる。

 

「後は任せる」


 その一言だけ口にして、彼はピエロから離れた。


「……」


 疑問は沢山ある。

 でも、こんなチャンスは二度と無い。


「何か言いたいこと、ある?」

「……待て、こんなの、おかしいだろ」


 そうだね、私もそう思うよ。

 あまりにも圧倒的。今までの戦いは何だったのだろうって思っちゃう。


 でもそれは──


「あなたに殺された人達の気持ち、よく分かったでしょう?」


 こいつにだけは、言う資格が無い。

 罪の無い人達を何人も……ただ殺すだけじゃなくて、徹底的に心を追い詰めて!


「くふ、くふふ、このピエロを殺すのか?」


 聞いちゃダメだ。

 こいつの言葉は、全部ウソ。


「すると小娘、貴様は人殺しピエロの仲間入りだなぁ?」


 深呼吸をする。


「残念だなぁ。貴様を必死に守った仲間が浮かばれない。何せ、人殺しを守っていたのだからなぁ!」


 ──大丈夫だよ。

 頭の中でルリの声がした。


(……うん、分かってる)


 私は胸に手を当て、ギュッと握る。

 その瞬間、全身に温かい力が溢れた。


「……なんだ、それは」


 ああ、分かる。

 これはきっと、ルリの力だ。


「なんだ、その髪の色は!?」


 私はステッキを構えた。


「空を見て」

「……何を言っている?」

「星が綺麗だよね」

「……何を言っている!?」


 感じる。今ならきっと、使える。


「あなたはヒトじゃない。でも、事情はあるんだと思う」

「そ、そうだよ! 事情があるんだ!」

「だから、せめて輝く星屑の仲間にしてあげる」


 私はステッキに魔力を込めた。


「独りぼっちは、寂しいもんね」


 ピエロは呆然としている。

 きっと動く力は残ってない。


 私は目を閉じて思い出す。

 燃えるような赤い髪と心が温かくなる優しい笑顔。そして、何度も私を救ってくれた、あの輝きを。


「エターナル・スターリー」

「やめろぉぉぉおおおおおおおお!?」


 星屑の光がピエロの声を掻き消した。

 あまりにも眩しくて、目を開けていられない。


(……終わったよ)


 私は心の中にささやいた。

 ほとんど彼の力だけど……でも、やっと終わった。


 やっと、終わったんだ。

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