01.スキルが使える

 眠りから覚めるような感覚があった。

 ゆっくりと目を開き、俺は教室の中に居ることを理解した。


「……俺の、席か」


 窓際の後ろから二番目。

 揺れるカーテンがドレスのスカートみたいに見えることから「この場所で寝れば、実質的にスカートの中で寝るようなモノじゃね」と考えていたことを覚えている。


 あの世界に転移する直前の記憶。

 俺は、この席で仮眠を取っていたのだ。


「……随分と長い夢を見たものだ」


 呟いた後、俺は指先で唇に触れた。

 そこには最後の感触が確かに残っている。

 

「……忘れるものか」


 目の奥が熱くなり、涙が零れ落ちた。

 

「……ふっ、まさか俺が泣くとはな」


 こういう時、彼女は何を言うだろうか。

 きっと太陽のような笑みを浮かべ、楽しいことを考えようと言うはずだ。


「よし、同級生ハーレム作るか」


 俺は気持ちを切り替えた。

 今さら多数の女を囲うことに魅力など感じないが、男のロマンではある。手っ取り早くモチベーションを得るには十分だった。

 

「まずは現状の把握だ!」


 場所は教室。生徒の姿は俺だけ。

 俺の格好は制服。ブレザーを着ている。


 黒板の上の時計を見る。

 午後四時を過ぎたところ。


 窓の外を見る。

 運動部が走り回っている。


「今日は何年何月何日だ?」


 俺が転移したのは2027年の4月。あるいは5月。ひょっとしたら6月かもしれない。つまり全く覚えていない。


「ふむ、2027年の10月だったか」


 転移する直前も、そうだった気がする。

 いや、そうだったのだ。今そういうことになった。


 現実逃避をやめよう。

 例えば、この席は本当に俺の席なのか?


 中を漁る……うむ、間違いなく俺の席だ。教科書に名前が書いてある。


 他には……そうだ、スマホはどこだ?

 恐らくは制服の胸ポケットに……有った。しかし電源が切れている。


 まだまだ全く情報が足りない。

 今この状況で俺がより多くの情報を手に入れるための手段は……

 

「同級生の机を漁るか」


 斜め前の席。それなりに見目麗しい女子が座っていたことを覚えている。


 名前は……うなじちゃんだったか?

 いやそれは俺が付けた名前だ。本名は確かサ……なんとかさんだ。


 覚えているわけがない。

 何せ三年も前の話だ。ずっと命懸けの戦いをしていたのに、元の世界の大して仲が良くない女子のことなど──


「何してるの……?」


 誰かの机を漁る俺。

 その姿を目撃して目を細めた女子。


 ──思い、出した。


 彼女は山田やまだ胡桃くるみ

 俺がうなじちゃんと呼んでいた女子だ。


「そこ、私の席なんだけど……」


 再び思い出した。

 この世界の俺は陰キャ。抜きゲーみたいな世界に転移したことで淫キャに変化したと認識しているが、そんなこと彼女は知らない。


 陰キャが自分の机を漁っていた。

 普通の女子は、どういう反応をする?


「ヒプノ・ビルド!」


 俺は咄嗟に洗脳スキルを発動させた。


「しまった」


 そして反射的に叫んだ。

 ここは現実世界。スキルなど発動するわけがない。


 陰キャ。机を漁る。謎の呪文を唱える。トリプル厄満だ。

 この噂が広まれば同級生ハーレムを作ることなど夢のまた夢に──


「……む?」


 山田さんの様子がおかしい。


「いやいや、そんなわけ」


 俺はこの反応を知っている。

 

「山田よ、自らの席に座るのだ」

「はい」


 彼女は俺の命令に従い、姿勢良く座った。


「ブレザーを脱いで首に巻け」

「はい」


 意味不明な命令にも迷わず従った。


「……くっ、はは、そうか、そうなのか」


 スキルが使える。

 ならば、俺に不可能は無い。


「服装を正せ」

「はい」


 とりあえず山田を元に戻す。

 俺は彼女の正面に立ち、ちょうど良い位置にあった椅子の背もたれに尻を乗せた。


 さて、どうしようか。


 スキルを活用すれば、この美少女を好きにできる。だがそれは俺の信念に反する。


 そもそも目的は情報収集だ。

 あの世界に三年も居たせいで、元の世界の常識やら何やらを失っている可能性が高い。


 俺に常識を教えてくれる存在が必要だ。

 ちょうど良い。彼女と仲良くなって、色々と教えて貰うことにしよう。


「山田、お前の秘密を教えてくれ」

「……秘密?」


 おっと、質問が曖昧だったか。

 もう少し具体的に条件を指定してみよう。


「最も重要な秘密だ。ひとつで良い」


 こんな質問をする理由は彼女のことを知るためである。流石の俺でも見ず知らずの相手と愛を深めることはできないからな。


 さて、彼女は何を言うだろうか。

 どうせ大した内容ではないのだろうが──


「魔法少女です」


 ……。


「すまない、もう一度だけ言ってくれ」


 山田は虚な目で俺を見上げ、再びハッキリと同じ言葉を口にした。


「魔法少女です」

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