ドM令嬢は婚約破棄されてみたい~婚約破棄されるために頑張っていたら知らぬ間に殿下に溺愛されていたようです~

蒼鳥 霊

ドM令嬢は婚約破棄されてみたい

「アリス、もう放さないからね」


そう殿下が私の耳元で囁く。

きっとそう。もし小説であれば今はこう思うシーンだろう。


(どうしてこんなことになってしまったの)






 公爵令嬢である私、アリストリア・アルバータの人生が変わったのは5歳の時だった。


「そういうことで悪い令嬢を追い出したお姫様と王子さまは二人で幸せに国を治めていきましたとさ」


 そう締めくくりお母様が本を閉じる。

 毎晩の日課である絵本の読み聞かせ。今日はヒロインをいじめていた悪い令嬢が罪を問われて追い出された後、ヒロインと王子様が結婚する物語だ。


「アリス、きっとあなたにもいつかあなただけの王子様が現れるわよ」


 そう言いながらお母様は私の頭をなでてくれる。

 いつもなら楽しい物語とお母様の優しさに触れて胸が幸せでいっぱいの時間である。しかし、今日は私の心は別の方へと向いていた。


(なんて羨ましい光景なのかしら)


 そう思いながら私はとろけた表情で悪役令嬢が婚約破棄されるページを見る。

 大勢の中、婚約破棄をされてみんなから嫌な目で見られる。そのシーンが描かれたページを見続けると胸の高まりがどんどん大きくなっていった。

 その日からこの本は私の一番好きな本になった。


 その出来事から数か月後。第一王子のレンドラント殿下と私の婚約が決まった。

 婚約が決まってから数日後、王妃様とレンドラント様とのお茶会という事で私はお母様と一緒に王宮を訪れていた。

 きれいなお花がたくさんあるお庭。その中に用意されたテーブルとイス。そこで私たちはお茶会をしている。

 お母様と王妃様は昔からの友達らしく、さっきから二人でおしゃべりをしている。

 ほったらかしにされている私とレンドラント様は静かに目の前のお菓子を食べていた。

 レンドラント様と私は婚約者といえ今日初めて会ったのだ。レンドラント様はどうかはわからないが、いつも家にいて友達なんていない私にとっては今日あったばかりの人とおしゃべりするのは難しい。まずなんて言えばいいのかわからないのだ。

おしゃべりもできず少し暇だなあと感じた私は周りを見渡す。

 それにしてもすごくきれいなお花だ。きっと王国で一番の庭師がお手入れしているのだろう。私の家のお庭にもこんなきれいな花がたくさんあればいいのに。

 そんなことを考えながらキョロキョロしているとレンドラント殿下と目が合った。

 輝くような金髪を持ち細い目をしたとてもきれいな男の子だ。絵本に出てくる王子様たちも小さい頃はきっとこんな顔をしていたに違いない。

 しばらくしゃべることなくお互いに見つめ合っていると、レンドラント殿下は少し顔を赤くして目を背けてしまった。しかし、またこちらを見たかと思うと、ふわっと笑い、


「アリストリア、今日からよろしくね」


と、言った。

あまりにも突然だったものだから私はドキッとしてしまう。本当にまるで絵本から出てきたような王子様だ。

 そう考えて私はふと思いついた。

こんな王子様ならきっと私の願いを叶えてくれるんじゃないか。いや、きっと叶えてくれるに違いない。

そう思った私は勢いよく椅子から立ち上がり、期待を込めた笑顔で言った。


「レンドラント様、わたくし婚約破棄されてみたいですわ」


急に周りが静かになる。

隣からお母様と王妃様の話し声が聞こえていたはずなのに、と思い私は横に目を向ける。

お母様と王妃様が今まで見たことのないような顔でこちらを見ていた。お母様の持つカップからは中のお茶がこぼれてしまっている。

レンドラント様の方も見ると同じような顔で固まっていた。

みんなどうしたのだろう。私何かしてしまったのだろうか。


「申し訳ございません、王妃様」


 突然お母様が王妃様に向かって謝った。

 なぜお母様は頭を下げているのだろう。

 私が混乱していると、王妃様がお母様に言った。


「いいのよ。きっと急な婚約だったし色々混乱しているのね。とはいえこんな空気になってしまったし……今日はお開きにしてまた今度続きをしましょ」


 そんなこんなで今日のお茶会はおしまいになってしまった。

 帰りの馬車の中、向かい側に座るお母様は「どうしてなの」とか呟きながら頭を抱えている。


「あの、お母様。私何か悪いことをしてしまったの」


 何が何だかわからない私はそう聞いた。

 お母様は一つため息をつき、私の目をまっすぐ見る。


「いいかしら、アリス。婚約破棄したいだなんてもう絶対言ってはいけないわよ。それはとてもいけないことなのよ」


 どうしていけないのだろうか。

 そうは思うが、叱られていることはわかった私はごめんなさいと謝るのだった。



 しかし、それから大きくなり色々なことを学び、社交界にも参加するにつれてあの日何故叱られたのかわかるようになった。


 貴族としての責任。

 淑女らしい振る舞い。

 王族と結婚することの意味。

 そして、婚約破棄が意味すること。

 

 それが分かってからはもうあの日のような言動は決してしていない。レンドラント殿下との交流もとても良好だ。

 しかしその一方、あの絵本の様に婚約破棄されてみたいという気持ちが消えることはなかった。別にレンドラント殿下を嫌っているわけではない。むしろいつも優しくしてくれる姿からは好感以外の何物も抱かない。しかし、それとこれとは別なのだ。

 そしてもう一つ、私の中で大きくなっていった感情があった。それはいわゆるマゾヒズムだと思われるもの。

 痛みを伴うものは苦手だ。だけど、恥ずかしさとかを感じる状況にはどうしようもなく興奮した。

社交界で転ぶなど失敗をして注目されでもしたら、普通のご令嬢ならば恥ずかしさのあまりその場を逃げ出すように去ることだろう。しかし、私にとっては胸を高鳴らせるもの以外何物でもなく、むしろそれ目当てで家名を傷付けない程度にわざと失敗をしてみたこともあった。

だからこそ多くの衆目の中糾弾されてみたい、虐げられたいという感情は常に自分の心の中にあった。

でも、私は公爵家の人間なのだ。その家名を背負うものとして決してその趣味を知られてはならない。

そう自分に言い聞かせて、社交界でも学園でも自分をあからさまに曝け出すようなことはしなかった。


そんな風に日々を過ごしていたのだが、最終学年になったとき、神様からの幸運が私に舞い降りた。

我が公爵家の不正を発見してしまったのだ。

 お父様に相談事をと思い我が家の執務室を訪れた際、ふと目に留まった机の上の一枚の書類。それは王家へ納めるはずの税を着服していることを示すものであった。

 そしてもう一つの幸運。カリンという名の平民の女子生徒が転入してきたのだ。か弱そうでいてかわいらしい彼女はそれこそ幼少期に読んだ絵本のヒロインのようであった。

転入してきてからというもの、彼女は普通に勉学に励んでいるようであった。しかし、私は彼女がレンドラント殿下に向ける憧れとは違う熱を持ったまなざしに気付いていた。

そして、考えたのだ。


(これは断罪されることができるのではないかしら)


と。

不正をしていて裁かれるべき我が家と物語のヒロインのような女の子の2つがそろってしまったのだ。これは千載一遇のチャンスである。

しかし、さあいざ物語の悪役令嬢の様に彼女をいじめつくしてやろうと思うも、なかなかできなかった。

だって、私はされる方専門なのだ。いじめるなんて考えたこともないのだからできるわけがない。それに本当にいじめるのは、私に対するものであるならばまだしも、かわいそうではないか。

断罪はされたい。でもいじめることはできない。その葛藤の中私は一つの結論にたどり着いた。


(協力すればいいじゃない)


 私は断罪されてみたい。カリンさんはレンドラント殿下と懇意になりたい。

たどる道は同じなのだ。協力すればかわいそうなことは一切起こらない。まあ、殿下には申し訳ないが、もともと政略結婚なのだ。愛を見つければそちらの方がいいに決まっている。


そう考えた私は学園が終わった放課後、カリンさんを人気のない裏庭に呼び出した。


「アリストリア様、こんなところに呼び出してどうしたんですか?」


少し怯えながら来た彼女は私にそう問いかけた。

怯えるのも仕方ないだろう。私は公爵令嬢で彼女は平民なのだ。人目のないところに二人きりの状況など警戒するに決まっている。


「カリンさん、今日はあなたにお願いがあってきてもらったの」


「お願い…ですか」


「そうよ。あなた――レンドラント殿下に好意を寄せているのではなくて?」


私はいきなりそう切り出した

殿下の婚約者である私からのその言葉にカリンさんは警戒をさらに強め、


「そ、そんなことありません。私がレンドラント殿下に好意を寄せるなんて、そんな恐れ多いことできません」


と、否定した。

まあ、私にそう問われたら否定するしかないだろう。だけど否定しながらも赤くなる頬からは本当の気持ちが滲み出でてしまっている。

いまだに何かしら否定をし続けているカリンさんに向かって私は一歩踏み出した。

彼女が身構えるように身体を固くする。

そして私は口を開き言い放った。


「あなた、殿下の婚約者になりたくないかしら」


「へっ!?」


思いもよらなかったというようにカリンさんが動きを止めた。

しばしの静寂が訪れる。

しかし、すぐに我に返った彼女はさらに警戒した表情を浮かべた。きっと何か裏があるのではないかと疑っているのだろう。

しかし、そろそろ警戒を解いてもらわないと本題に進めない。

そのためにも私はどうしても断罪されてみたいことを話した。自分がマゾヒストであることなどは伏せて話す。

話している内にカリンさんの警戒も段々薄れていき、驚きはしながらも最終的には私の話をしっかりと聞いてくれた。


「という事で、私が断罪されるようにいじめられているふりをしてもらえないかしら。報酬は殿下の婚約者の座よ」


そう私が締めくくると、カリンさんは可愛らしく混乱するような表情を見せながらも、そんなことできませんと断ってきた。

しかし、めぐってきた千載一遇のチャンスなのだ。ここで逃すわけにはいかない。

そう思った私はあの手この手で言いくるめて何とかカリンさんに頷いてもらうことができた。


この日から私とカリンさんの断罪大作戦が始まった。

やることはいたって簡単だ。

カリンさんにはレンドラント殿下と仲良くしつついじめられているような雰囲気を出してもらう。そして私は彼女が不幸な目にあったときに必ず傍にいる。

たったこれだけだったが、思いのほか効果は高く、カリンさんが私にいじめられているのではという噂が学園中に広まった。

その一方、私とカリンさんは密かに作戦を逐一見直していった。そのおかげで今や彼女は私の良き友人となった。断罪されることでもう仲良くできなくなってしまうのが残念になるほどに。


そんな嘘と期待にまみれた日々を過ごしている内に、遂に待ちに待った運命の日が訪れた。

学園の卒業式の日。そのパーティー会場に私はいた。いつもなら隣にレンドラント殿下がいるはずであるが今日は不在である。いつもの迎えもなく、私一人でここに来た。

一人でごちそうを楽しむ私に注目する者もいるが、多くは周囲の人との話に花を咲かせている。

周りを見渡すとカリンさんもいないことに気付いた。

これはもしやうまくいったのではないだろうか。

そんなことを思うのと同時に扉が開く音がし、次いで周りがざわざわとし始める。

もしやと思い私は人々の注目を集める方向を見た。

見えたのはレンドラント殿下と腕を組みながら会場へと入ってくるカリンさんの姿であった。

殿下とカリンさんはそのまま中へと進んでいく。そして、会場の中央付近に来た殿下は立ち止まり、みんなに向けて言った。


「卒業生の諸君。今日は卒業おめでとう。優秀な者達とともに卒業できることを私も非常にうれしく思っている」


 そこまで言い、殿下は一呼吸置く。


「しかし、この場にはふさわしくないものが一人いるようだ。――――アリストリア公爵令嬢前へ」


 殿下が私の名を呼ぶ。

 遂に、待ちに待った瞬間が、やってくる。

 高鳴る心を抑えながら、ざわつく会場の中、私は二人の前へと歩いて行った。


「アリストリア嬢。なぜ呼ばれたかわかるか?」


 断罪が始まった。

 私は自分の中のスイッチを入れる。

 ここから先は言動に気を付けなければならない。自分は全く悪くないとばかりの態度を貫き周りの反感を高める。そうすることで断罪された時の私に向けられる軽蔑の感情を最大にしなければならないのだ。


「あら、レンドラント殿下。ごきげんよう。なぜ呼ばれたかなんてわたくしわかりませんわ。」


 しらを切るように言う。


「あくまで何もやっていないと言い張る気か」


「だってわたくし何もしていませんもの」


再度否定をする。まあ、実際何もしていないのだから嘘はついていないのだが。


「それよりもレンドラント殿下。隣にいらっしゃるのはどなたかしら」


 そう言って殿下の隣にいるカリンさんをにらみつけるように見る。

 彼女は怯えるように殿下の後ろに隠れた。

 いい演技だわと、心の中で称賛を送る。前から思っていたのだが、カリンさんはとても演技がうまい。それこそ演じていることを知っているこちらさえ騙されてしまいそうになるレベルである。

 レンドラント殿下は私の注意を彼女から逸らさせるように一歩前に出ると言った。


「それはお前がよく分かっているのではないか。なにせ彼女をいじめていたのだからな」


「いじめていた?何のことですの。申し訳ありませんが、わたくしそのようなことは存じ上げておりませんわ」


 私は持っていた扇を開き口元に持っていく。

 『お前』と言われたことによりにやけてしまった口元を隠すためであったが、図らずも悪女のようなしぐさになったから誰にも不審がられてはいないだろう。


「そう言っていられるのも今のうちだ」


 そう言いレンドラント殿下は壁の方へ目配せをする。

 すぐさま文官のような人が二束の書類を持ってきた。

 殿下はそのうちの一つを受け取ると私に見せつける。


「ここにはお前がこれまでに彼女に対して行ってきた非道な行いとその証拠が書かれている」


 殿下は書類をめくると、そこに書かれていることを読み始めた。

 それは私にとっては身に覚えのあるものばかりであった。

 といっても自分がした行為だからではない。私とカリンさんの二人でつくったものだからだ。証拠がなければ断罪の時の一手にかけるのではないかと考えた私たちは、見つけやすいようにいじめの証拠を捏造し度々残してきたのだ。

続いてレンドラント殿下はもう一方の書類を受け取る。


「加えて、ここにはお前の実家である公爵家の不正の証拠が記されている」


 公爵家の不正という単語が出た途端、周囲のざわつきが大きくなる。


「なおこれは国に認められた正式な証拠だ。言い逃れがこれ以上できると思うなよ」


 殿下の言葉に私はしてやられたというような顔をする。

 ちゃんと顔を作れているだろうか。

 いよいよフィナーレに近づいているためにドキドキする心を隠しながらだから、ちゃんと演技ができているか心配だ。

レンドラント殿下はカリンさんの肩を持ち傍に引き寄せる。そして、声を大きくして宣言した。


「この場を持って私とアリストリア嬢の婚約を破棄する。そして、新しくカリン嬢との婚約を宣言する」


 私は、膝から崩れその場にうなだれる。

 傍から見たら断罪されて絶望しているように見えるだろうが、下を向いているのをいいことに私の顔は緩み切っていた。


「公爵家は今日で取りつぶしとし、未来の王妃であるカリン嬢をいじめたアリストリア嬢は国外永久追放とする」


 うなだれる私に向かって殿下が処罰を言い放つと、私の興奮は最大に達した。

さあ、次は衛兵に連行されるに違いない。そして私は侮蔑の感情を一身に受けながら会場を後にするのだ。

 内心これから起こることに胸が激しく高鳴りながら私はその時を待っていた。

 しかし、不自然なまでに周囲の動きがない。気付くと周りのざわめきも静かになっていた。


(いったいどうしたのかしら?)


 そう思いながらも私はそのまま動かずにいた。


「アリス」


 ふと名前を呼ばれて恐る恐る顔を上げる。

 目の前ではレンドラント殿下が先程とは打って変わった優しい表情でこちらを見ていた。

 ますます何が起きているのかわからなくなる。


「楽しんでもらえたかな」


「えっ、どっ…」


 どういうこと、と言いたくてもあまりの状況の変わり様に思考が追い付かず言い切れなかった。

 楽しんでもらえたとはどういう事であろうか。私はたった今、断罪されていたはずなのに。


「これはね、アリス。私が君のために用意した舞台なんだよ」


「舞台?」


 舞台とは。いったいどういう事だろうか。


「そう舞台。すべては私が作り上げた劇の中だったんだよ」


 作り上げたとは。つまりこの断罪は嘘?

 以前、混乱する私にレンドラント殿下は続けて言う。


「幼いころ君は私に言ったよね。婚約破棄されてみたいって。小さいときの話だからすぐに忘れて私を愛してくれると思っていたんだけど、君はいつまでもその願いを捨てなかったよね。周りには隠しているつもりだったようだけど、私にはバレバレだったよ。なにせ今も昔も君を愛し続けているからね」


 そこまで言うと殿下は私の方へと歩みを進めてきた。

 さっきからの変わりよう、そして見たことない殿下の姿に少しの恐怖を感じ、私はすぐに立ち上がると後ずさりをした。


「でもね気付いたんだ。私がその願いをかなえてあげて君に最高の感情をプレゼントしてあげる。そうすれば君は一生私なしで生きることはできなくなるのではないかってね。だから、君の実家や周りにも手を回しつくしてこの舞台を用意したんだ」


 私は背中に固いものを感じて後ろを振り返る。そこは壁であった。

話しながらこちらに歩いてくるレンドラント殿下から逃げ続けていたら、どうやら会場の端に着いてしまったらしい。

逃げる場所がなくなった私に殿下が追いつく。

 そのまま殿下は私の顔の横の壁に手をつくと、耳元で囁いた。


「アリスもう放さないからね」


 普段は細目の殿下の目が嬉しそうに、そして少しいじわるそうに見開かれる。

 まさかの不意打ちに、心臓が飛び出るかと思う程の胸の高鳴りを覚えた私はつい表情が緩んでしまう。


「ここまでしたんだ。アリス。もちろん二度と私から離れるなんて言わないよね」


 そう言う殿下の顔がすごく近い。


「は、はい」


 頭が一杯で何が何だかわからない。

 でも、少し強引な殿下にドキドキしながら、とろけた表情で私はそう答えたのであった。






 あの出来事から数日後。

私は今、初めてレンドラント殿下とお会いした王城のあの場所で座っている。

 用意された紅茶を一口飲み、テーブルの向こうを見る。

 目の前には殿下が座っており、その後ろにはカリンさんが使用人の様に控えている。それ以外周りに人はいない。


「レンドラント殿下。卒業パーティーでの出来事、あれはどういうことですの」


 私はそう切り出す。

 あの日、殿下の求婚に答えた後、私は頭がパンクして気を失ってしまった。そしてそれから数日間、私は寝込んでしまっていた。

 その間にいろいろ考えたのだが、何が起こったのかいまだによくわかっていない。


「言ったとおりだよ。あれは私がアリスのために用意した舞台だよ」


「舞台とは聞きましたけど、それが一体どういうことかわからないから聞いているのですわ」


 問題はそこなのだ。何が劇の中で何がそうではなかったのか全然わからない。


「そうだね……君が婚約破棄をされる一連の過程、すべてが舞台の上だったと言っておこうかな」


「一連の過程すべてが?」


「そう。君が婚約破棄に乗り出すときからすべては私の掌の上だったんだ」


 それを聞き、まさかと思い私は殿下の後ろにいるカリンさんを見る。

 カリンさんは私の方を見ると笑みを浮かべながら言った。


「アリストリア様。今まで騙していて申し訳ございません。私はカリンという生徒ではございません。ただの第一王子直属の護衛でございます」


 いつもと全く違う彼女の言動に私は驚きを隠せなかった。今まで何か月も一緒にいたのにまるで別人のように見えるのだ。

しかし、直属の護衛と言われて腑に落ちた。第一王子直属の護衛といえば、護衛のみならず潜入捜査など様々なことをこなさなければならないと聞いたことがある。だからこそ演技力が高かったのだろうと頷ける。


「そういうこと。ついでに言うと今回起きたことは君の御父上も事前に知っていたよ。優しいアリスを婚約破棄に踏み出させるためには公爵家の不正というきっかけが必要だったからね。公爵にはその捏造に協力してもらったんだ」


「っ!」


 あまりの驚きの連続に私は言葉を失った。

 どうやら私が真実だと思っていた部分の多くは殿下がつくられたものだったらしい。


「その他にも最後の婚約破棄の舞台を作り上げるためにいろいろな人に協力してもらったけどね。噂を広めたのも私だし。でもそれも愛する君のためだったんだよ」


 最後に殿下はそう締めくくった。

 しばらく私は頭を抱えていたが、何が起きたのか理解でき、段々と落ち着きを取り戻していく。

 落ち着いた私を見たレンドラント殿下は柔らかい笑みを浮かべた。そして、徐に立ち上がりこちらに歩いてくると、私の顔に手を伸ばす。

伸ばされた手は私の顎を優しくつかみ、顔を殿下の方へと向けさせる。


「ところであの日の答えをもう一度聞かせてほしいな。私は君をどうしようもなく愛しているんだ。もちろん私と結婚してくれるよね」


 驚きはたくさんあったけど、でもこれだけははっきり伝えたい。

 そう思い私は笑いながら言った。


「はい、もちろんですわ、レンドラント殿下」


 殿下は優しく微笑むと私に顔を近づけた。

 殿下の唇と私の唇が重なる。

 

 もうきっと私は殿下なしでは生きていけないだろう。


 そう思いながら私はこの幸せに身を任せることにしたのであった。

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ドM令嬢は婚約破棄されてみたい~婚約破棄されるために頑張っていたら知らぬ間に殿下に溺愛されていたようです~ 蒼鳥 霊 @aodorirei

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