彼女に浮気されて絶望した俺は、学校の屋上から飛び降りる直前に出会った清楚系美少女の"未来の旦那様"になって毎晩予行演習()をシています

いろはに政宗

第一章

第1話 屋上と未来の旦那様

 最近、俺の幼馴染にして交際相手、小日向愛衣の様子がおかしい。

 以前から……具体的には高校に入学してからお互い妙にギクシャクすることもあったが、最近は“友人”とやらに会いに行く回数が激増している。

 昨日も本当は遊ぶ約束だったのだが、急遽友人と会うと言い出して予定が変更になった。

 折角店も予約してたのに……。

 

 誰なのか聞いても殆ど答えず、追及すると「私の事信じてないの!?」と怒り出す。

 俺の親友曰く、怪しさ限界突破とのことだ。

 浮気を繰り返して常に恋人が入れ替わり続けている奴の意見だからとても信頼できる。……人間性は全く信用できないけど。


 とにかく、俺は今とても彼女の事を疑っている。


 ちなみにここは俺の部屋のベッドの上。

 彼女兼被疑者である愛衣は不用心にもスマホをベッドの上に置いてそのままシャワーを浴びている。

 

 俺はつい魔が差して、そのスマホを手に取ってしまう。

 スマホのパスはいじらしい事に俺の誕生日だった。

 ただそれだけの事で嬉しくなり、同時に罪悪感がつのる。


「ちょっと見るだけだから……」


 俺は自分に言い訳をしてLINEのトーク欄を開く。

 大丈夫、愛衣は確かにちょっと怪しいけれど浮気なんて絶対しないはずだ。

 ……そう信じていた自分がどれだけ愚かだったかとすぐに思い知らされた。


「……まじかよ」


 トーク履歴の中に、竜胆史郎という男とのやり取りがあった。

 中を覗いてまず目に入ったのが愛衣の裸の写真だ。

 恥ずかしそうに顔を赤くして目元を隠す愛衣の写真が竜胆から送られてきていた。


 動悸が激しくなり、頭がクラクラする。

 シャワーの音はまだ聞こえる。

 風呂場にはまだ産まれたままの姿で愛衣がシャワーを浴びている。

 ……その姿を見た異性は、きっと俺だけだと思っていた。


 だが現実はどうやら違うようで、『恥ずかしがってる昨日の愛衣、最高にかわいかったよ』なんて書かれたメッセージが送られてきていた。

 愛衣の方も満更ではないようで、『ゆー君にバレちゃうかもだから、今度からは急に会うのは辞めようね。けどすごく幸せだったよ』と楽しそうに返信していた。

 ……本当に吐きそうだ。

 ちなみにゆー君っていうのは俺の事だ。立花悠斗だから、ゆー君。


 更に見ていくと、どうやら相当昔から関係は続いていたようでたまに友人と会いにいっていた日はこいつと会っていたようだ。


 俺は呆然としながらも、取り敢えずメッセージ欄をスクショして自分に送った。

 履歴は消したのできっとバレないだろう……多分。


 暫くするとシャワーの音が聞こえなくなり、下着姿の愛衣が風呂場から出てきた。

 茶色い長髪を後ろで纏め、切れ長のややつりあがった瞳がとてもきれいだ。

 子供の頃と比べて平均よりもやや大きく育った胸には、見慣れていても目が行ってしまう。


「ねぇゆー君、わたしのスマホ知らない?」


「ベッドに置いたままだったよ」


 素知らぬ顔で答えると、愛衣が小走りで近づいて来る。


「……見てないよね?」


 愛衣が不安そうに尋ねてくる。


「見られたら困るの?」


「そういう訳じゃないけど、スマホを見られるってなんかいやだ」


 噓つけ、そういう訳だろうが。

 なんて事は言えないので取りあえずスマホを渡す。


「見てないよ、そもそも暗証番号もわからんし」


「それなら良いけど……。ゆー君はお風呂入らないの?」


 ベッドから動く気配の無い俺を見て不思議そうに聞いて来る。

 いつもなら愛衣が風呂から上がったらすぐに俺が風呂に入って夜の運動会が始まるのだが、正直今は出来る気がしない。

 

「今日はこのまま寝ようかな、なんか疲れたし」


「えー、今日はそういう気分だったんだけどなー……。あんまりわたしをないがしろにしたら、別の男の所に行っちゃうかもよ?」


「……は?」


 ……もう行ってるくせに何言ってんだこいつ?

 俺はあまりの衝撃に、つい睨みつけてしまう。


「う、噓だよ? わたしはゆー君一筋だから! 絶対誰にも体を許したりしないよ?」


 愛衣が額に汗をかきながら焦ったように弁解する。

人間ってこんな顔で噓つけるんだなー。


「ごめん、ちょっとからかっただけだよ。ほら、早く寝ないと明日に響くぞ」


 そう言って愛衣を布団に招く。

 愛衣は嬉しそうに笑いながら布団に入り、俺に抱き着いて来る。


「……ゆー君の汗の匂い好きかも」


 愛衣が俺の胸に顔を押し付けながらつぶやく。

 スマホを見る前の俺なら素直に喜んでいたはずなのに、今の俺は誰かと比べたんですかね?としか思えない。

 

「……ゆー君どきどきしてるでしょ? 心臓の音すごいよ」


 ちがいます、あなたの浮気が発覚したからです。

 というわけにもいかないので、とりあえず誤魔化すために顔をそらすと何を勘違いしたのか愛衣ニヒヒと笑う。


「恥ずかしがってるゆー君もかわいいね」


 その言葉が竜胆からのメッセージを思い出させて更に鼓動が速くなる。

 吐き気や嫌悪感もより強くなる。

 ……だというのに、愛衣を愛おしく感じてしまう自分もいる。

 殺したいほどの憎悪と愛情が入り混じり、俺の心はおかしくなりそうだった。


「……もう寝よう」


「はーい、おやすみ。……ずっと一緒に居ようね」


 愛衣が静かに願いを祈る。けれど、その願いはきっと叶わない。

 あるいは俺が今日見たことを忘れて今まで通りに接すれば、あるいは俺が今日の事を全てぶちまけてもう一度関係をリセットすれば。

 もしかしたら、その願いは叶うのかもしれない。


けれど俺にはこの感情を飲み込むことが出来そうにはなかった。

    


 うん、やっぱり無理だ死のう!

 俺は放課後の教室で自殺を決意する。


 地獄の一晩を乗り越えて、なんとか学校に到着し放課後まで授業を受けていたのだが遂に精神的な限界がやってきた。

 クラスが同じなので当たり前のように話しかけてくる愛衣が化け物のように見えてきて、しかもそんな化け物に愛情を感じてしまう自分もいて、その度に吐きそうなほど苦しくなる。


 そんな生活、耐えられる訳がなかった。


「おい悠斗、お前顔色悪いけど大丈夫か……?」


 親友の滝瀬亮介が心配そうに話しかけてくる。

 相変わらず軽薄さが顔に出てるイケメンだなー。

 ……こいつ男に対してはそれなりにいいやつだし親友だとも思ってるけど、浮気しまくってるんだよな。

 こいつの歴代の彼女達も俺と同じ思いをしたと思うとなんだかムカついて来る。


「なんかムカつくからお前が宗教家共とつるんでるって風紀委員会に密告しても良いか?」


「なんでだよ!? そんな事したら懲罰食らうだろ!」


 この市のレジャー施設跡地に謎の新興宗教が来てからというもの、うちの高校では宗教活動への取り締まりが半端じゃない。

 最近では生徒会が風紀委員会を私物化して宗教活動鎮圧用の暴力装置として使っているのに、大人たちは黙認している。


「お前が浮気して女の子を傷つけた報いだ、甘んじて受け入れろ」


「その報いならこの間受けたばっかりだよ! 見てくれこの傷!」


 亮介が服の裾を上げて腹を見せてくる。

 腹には傷口を縫った跡があった。


「……刺されたのか?」


「そうだよ! おかげで俺は料理中に包丁で腹をぶっさすとんでもない不器用な人間って事になっちまった……。あんま深い傷じゃなかったからよかったけどよ……。」


 どうやら警察には言わず自分で傷つけたことにしたようだ。

 昔からそう言う謎のやさしさを見せるから憎めないんだが……。


「その傷に免じて今日の所は赦してやるよ」


「……よくわかんねーけど、取り敢えず大丈夫なんだな?」


 亮介がやや長い明るい色の髪をかき上げる。


「問題ないよ、ちょっと疲れただけだ」


「そか、なら遊びに行こうぜ。うまいラーメン屋見つけたんだよ」


「あー……。すまん、今日はちょっと知り合いに呼ばれてて」


「そうなのか? じゃあ又今度だな」


 そう言うと、亮介は教室を出ていった。


 俺は咄嗟に嘘をついた。

 最後に親友と交わす言葉が嘘だったのはなんだか酷く辛かった。

 

一度深くため息をついて、俺はそそくさと教室から屋上へと向かった。



 屋上から見える夕焼けはとても綺麗で、だからこそ俺に一歩を踏み出す勇気をくれそうな気がした。

 俺には両親がいない。正確には、幼いころに父が俺と母を捨てた。

 残された俺と母はこのド田舎に転がり込んでそれなりに楽しく暮らしていたが、その母も俺の高校入学を見届けるように死んでいった。


 俺に残された身内は、もう幼馴染の愛衣しかいなかった。

 その愛衣が俺を裏切って、俺の心はもう耐えられそうにない。


 あいつの顔を見るだけで心はボロボロになって、心臓の鼓動が速くなる。

 愛衣がスマホを触るだけで、また竜胆と連絡を取っているのかと憎しみと疑念が心に渦巻いていく。


 俺は、そんな自分が大嫌いだった。

 裏切られ想いが踏みにじられても嫉妬してしまう、愛してしまう自分に折り合いをつけられない。


 もう身内は誰一人いない。死んだって誰も悲しまないだろう。

 ……それなら、ここで終わってもいいはずだ。


「……よし、飛ぶか」


 古い建物で改修が出来ていないからなのか、屋上のフェンスは跨げるくらいに低かった。

 グラウンドでは運動部の連中が必死に声をだして青春を燃やしている。

 俺にも、そんな熱意があれば或るいはここで終わることはなかったのかもしれない。


「でも、俺には何もないから。……だから、ここで死んでもいいよな」


 そう呟いて、フェンスの後ろに立ち靴を脱ぐ。

 俺を捨てた戸籍謄本上のお父様、もしかしたらいるのかも知れない顔も見たことの無い腹違いの兄弟たち、先立つ不孝をお許しください。

 全く感謝の気持ちはないけれど家賃と養育費を払ってくれてありがとう。

 ……母さん、今から会いに行きます。

 あ、自殺だと地獄に行くから会えないか。


 俺は家族への挨拶を済ませ、前を向いた。

 息を吞みフェンスに足をかけようと決意したその時、屋上の扉が勢い良く開いた。

 俺は驚いて振り返る。


 ――その先には、女神の様に美しい女性が立っていた。


「ま、待ちなさい!」


 屋上の入り口で息を切らした女がこちらを見つめて叫ぶ。

 黒い髪を腰まで伸ばし細い体と漆黒の瞳がどこか冷たい雰囲気を纏わせる。

 けれど白い肌を赤くするほど顔が上気していて、彼女の必死さが伝わってくる。

 俺はその顔になんだか見覚えがある気がした。


「あなた、何をしようとしているの?」


「……死のうかと思って」

 

 俺のその言葉に、女は眉をひそめる。

 息も絶え絶えといった感じだが、その表情には鬼気迫るものを感じる。


「どうしてそんなことを……?」


「俺にはもう何もないから」


「何もない……?」


 女が不思議そうに首をかしげる。

 まるでそんなわけないとでも言いたいように見える。


「そう、何もないんだ。家族も、恋人も……だからここで終わりたいんだ」


 大切なものはすべて失った。

 もう俺には何もない。

 孤独に生きるくらいなら、死んだほうがましだ。


「……どうせ死ぬつもりなら、私にその命をちょうだい」


 女が手を伸ばす。

 その小さな手のひらはおびえるように震えていて、けれども何かを決意したかのような瞳が俺の心を吸い込んでいく。


「命を渡す……ってどういうことだ? 何かの漫画みたいに悪の組織とでも戦えばいいのか?」


 女は呆れたように首を振る。

 まあ、そりゃそうだろう。


「じゃあ何をすればいいんだ?」


「簡単よ」


 そういって、腰まで伸びた綺麗な黒髪をかき上げる。


「私の……未来の旦那様になって欲しいの」


 屋上に現れた女神は、決め顔で俺にプロポーズをしてきた。

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