第25話 情報収集第四PHASE 偽造作戦――休息


 ■■■



 あれから、三日が過ぎた。


「ここは……どこ?」


 体調不良の中命綱なしバンジージャンプをさせられた唯がサルビアホテルの一室で目を覚ました。そんな唯を後先考えずにその場の勢いだけで護った男は両足と両腕の骨折と全身の火傷が酷かった。先ほどまで魔法による治療を受けなんとか骨が繋がり、細胞の回復力を強制的に高めジンジンと痛みを覚えていた神経が今は普段と変わらない状態まで回復した。この場合再生と言った方が良いのかもしれない。人の細胞再生回数は決まっているため、それを促進させただけに過ぎないと少し難しい話を小言で言われた俺は唯が寝ているベッドの横から声をかける。


「大丈夫ですか?」


「……んっ、せつな?」


 唯の口調はいつもより弱々しい。


「私……っう」


 なにかを思い出すことを拒むように脳が拒否反応を起こした唯は頭に痛みを覚えたらしく手で抑えている。それは唯の意思に反して脳が思い出したくないと嫌な記憶と認識しているためかもしれない。そんな唯を俺はただ黙って見守る。


「……アイツらはどうなったの?」


 アイツらとはきっと総一郎たちのことだろう。

 それについては正直に話していいのか見当が付かない。むしろ言わない方が良いことだって世の中にはある。知らなければなにも悲しむことはないのだから。


「……せつな?」


 真っすぐな瞳に心が締め付けられるような感覚。


「……教えてほしい。あのあとどうなったのかを」


 少し間を開け、これはいつまでも隠し通せないだろうな、と考え唯の意思を尊重することにした。


「恐らくですが、唯さんの思っている通りです。龍一と総次郎は死にました。そして総一郎は生きています。俺はあの日激しい頭痛によって意識が混濁した唯さんを抱え恥ずかしながら逃げることしかできませんでした」


 悔しかった。

 こんなにも胸が苦しくなる報告を大切な人にしなくてはならないことに。


「……。」


 唯には見えないように気を付けていた握り拳に自然と力が入ってしまう。


「そう」


「はい」


「姿が見えないけどさよは?」


 思わず息を呑み込んでしまった。

 俺の頬が痙攣する。

 いつもなら普通に動く口が上手く動かなくなり、唯から真っすぐに向けられる視線から目を逸らしてしまった。心臓の動悸がするのは、きっと俺が弱いからだ。理由が分かっているからこそ、なによりまだ認めたくないからこそ、俺は言葉に困っている。


「連れ去られたで」


 俺の背後から聞こえた声は冷たく冷静な声だった。ここは俺と唯が借りている一室で赤の他人は入れないはずである。


「……本当?」


「そうや。だけどあの子は生きとるで」


 確信めいた自信があるのか部屋に入ってきた女は俺の隣に来て微笑んだ。


「とは言っても福井家の力が今は聞いとるちゅう話しで時期に拷問とかされるのは間違いない。福井家は……いや我は今サルビアホテルの全権と引き換えにあの子を返すと脅されとるんや」


 さよと同じくスーツを着た女はそう言った。

 身長はさよより十センチほど低く、体系はどこか似ている。

 髪型は黒髪のロングヘアーでどこか大人びて綺麗系の人。そのまま俺の顔をチラッと見ては小さくため息をついて。


「まさか唯はんがここまでボロボロになっとるとは思わんやったで。命に別状はないみたいやけど無理はせんほうがええ」


「……三依(みより)」


「全部さよから聞いとったばってん色々と我わかっとるで。それでも今回はダメやったんや。もうええ。後は我の責任問題や。オーナーである我の両親も諦めは付いとる。野田家に正面から喧嘩を売り負けた以上犠牲は付き物やからな」


 全てを見通したかのように淡々と言葉を口にしていく三依はただ真っすぐに全てを切り裂く刀のように『事実』と『正しさ』の一振りを見せてきた。


「ごめんなさい……。」


 唯がついに涙を零した。

 まるで幼い女の子のようにぐずぐずと泣き出した。

 事の顛末を知り、自分たちの復讐劇に協力して貰ったさよを失ったと言う事実を知り、それでいて何もできない自分を責めるかのように。

 赤い血が滴るぐらいに下唇を噛みしめて泣く唯に「初めてみたで……ここまで弱った唯はん……」と驚きの声をあげる三依。


 俺はそれに黙って頷くことしかできなかった。

 それは俺も同じだから。

 今まさに三依と同じことを思い、なにより唯の気持ちが痛いほどに共感できるからだ。


「自己紹介が遅れてすまへんな。ちょっと出張でここを出てて今帰ってきたところでな。我はここの支配人をしとる福井三依ちゅうもんや。これからよろしゅうしてな、刹那はん」


「はい」


「少し話がしたいんやが、唯はんは少し一人でそっとしておいた方が良いかもしれへんし場所を移そうか」


「わかりました」


 俺は頷いて三依の後を追いかけた。


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