第13話 情報収集第三PHASE 旧師妹の絆(後編)
――。
――――…………。
長い沈黙を破ったのは、唯の舌打ちだった。
「――はぁ? 喧嘩売ってるの?」
唇を強く噛みしめて、握った拳に爪がささり赤い血が零れ落ちる。
……思い出したくもない過去を思い出した憤りをさよにぶつけそうになるが、なんとか堪え、ドスの利いた声で言葉を紡ぐ唯。
かつての妹子でなければ今頃ぶん殴っていた。
その言葉は決して安易に聞き流せるものではなかった。
人生で初めての経験を好きでもない男たちとあのような形でしたのだ。
思い出しただけでも吐き気が出る。
「もうしわ――」
謝罪するさよの言葉を遮って。
「刹那を人質にとられたからよ! 騙し討ちの強打で弱った刹那に毒薬を盛られた。そのまま一定の距離を強制的に取られた。私が抵抗すればすぐに刹那を殺せるようにしてからアイツらは私の服を剥ぎ取り肌に触れた。後はさよの想像どおり、男たちの欲望のはけ口にされたのよ!!!」
心の中で怒りを抑えきれなくなった唯は感情的な声で叫ぶ。
少しでも、この感情をどうにか処理したかった。
「お昼行動を共にしている時に刹那様からお聞きました。なぜ刹那様を同行させたのですか? なぜか理由までは教えてくれませんでしたので」
大きなため息をついて。
「それを知った所でどうするつもり?」
さよは小さく頷く。
そのまま視線を空に向けて、夜空となり始めた薄暗い空を照らす星と月を見上げる。
唯が少し落ち着きを取り戻したタイミングを見計らって。
「そこまでの怒りを抱えておきながら刹那様の前では見せない。そして刹那様の感情を優先している理由。ようやく理解できました。唯様にとって刹那様がどんな存在であるのかを」
納得のいく返答ではなかったことに不満げに唯が口を開く。
「さっきから何が言いたいの?」
「黙っているようでしたので、こちらも黙っていましたが、もうよいでしょう。野田家を敵に回すのです。私とて命を賭けることになるでしょう。信念亡き者のため死ぬことは生涯の恥じです。ですが――生半可な覚悟などではなく、信念をそこに掛けると言うなら私も命を賭けましょう。お二人と、私の大切な者たちのために。それと後ほど支配人を通して野田家の人間は全て当ホテルの敷地内に立入禁止の旨を伝えておきましょう。私は私の大切な方を傷つけた方を絶対に許しません! そして、その大切な方の為に立ち上がった
視線を下に落として、膝をつき頭を垂れるさよ。
真剣な声と表情から唯はこれが冗談などではないと思った。
名家とも呼ばれる権力者相手に喧嘩を売ればその時点で無傷ではいられない。
そして唯は気付く。
さよは自分たちの覚悟を裁定する監視役であり、企業の意思決定が正しいのかを見極める役目を背負っていたのではないかと。
久しぶりに呼ばれた名前に唯の怒りは少しずつ収まっていく。
信頼関係があるからこそ、そこに意図があったのならと。
唯には唯の立場がある、ならばさよにはさよの立場がある。
感情とはべつに理性がそうだったのではないかと考えた。
「そう」
唯は返事をして、部屋の中に戻っていく。
すると、背中から声が聞こえてきた。
「刹那様がお出掛けの時に言われておりましたよ。世界が敵に回っても俺は命を助けてくれた唯さんを絶対に一人にはしない、と。これは一体どういった意味だったのでしょうか。とても不思議に思いますが、心当たりはありませんか?」
一度立ち止まって鼻で笑う。
そして、止めていた足を動かして。
「……、ないわ」
付け加えるようにして、
「それに刹那の心の中での一番は過去の人。だから一番は私じゃないはずだし、この世界は重婚も認められてる。だから私はどんなに頑張っても二番手止まりなのよ」
と答えた唯は、そろそろお風呂から出てくるであろう刹那の出迎えへと向かった。
――やはり、と。
さよは心の中で安心した。
唯が心に酷い傷を負って一人破滅の道を歩んでいるのではないかと思い、自分を怒りの吐口にして少しでも現実と向き合ってもらい、一日でも早く元の唯に戻ってもらおうとした。
だけど、そんな必要はなかった。
一見どうしようもない頼りない少年だと思っていたが、そんなことはなかった。
不器用で実力もない少年は手を組むには色々と物足りないが、そんなことはなかった。
「そうでしたか。家族を失い絶望に支配され、私たちから逃げた貴女を救ったのは彼でしたか。彼を救ったのではなく、おそらく……ふっ、まぁ今度は逃げないと言うのでしたら、福井家は貴女様のお力に喜んでなりますよ。例えその先に滅びの道しかなくとも、そこに僅かな希望があるのなら……未来の街のためにも」
さよは一人涙した。
本当はずっと隣にいたかった人の隣に今は別の人間がいることが嬉しくもちょっと嫌になってしまったからだ。
それでも、この世界で生きる術を教えてくれた大切な人にようやく恩返しができることに心の中で感謝した。
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