第11話

それから、青羅は私を旅に連れ出した。花畑、風車、雲海、知りうる限りの絶景を見る旅に。そして、二人で絵を描いた。二人で、1つの絵を。青羅はもう、あまり長く絵が描けなくなっていた。長く描きすぎると、発作を起こしてしまう。だから、青羅は線だけ描いて、私はそれに色を付け、影を作り、命を吹き込んだ。そうして描いた絵は、心に、二人の思い出として、刻まれていった。私は、青羅と絵を描くことで心の傷が癒え、また、花の絵を描けるようになった。二人で描いた絵は、青羅の病室に貼ったりもした。二人で増えていく絵を見つめるその時間は、間違いなく、幸せだった。

──そして、2週間がたった。私達は、一面が絵に囲まれた、病室にいた。もう、旅も終わっていた。

「2週間、本当に楽しかったよ。ぜんぶ、本当にきれいだった。」

病室の青羅の手を握りながら、声をかける。

「そうか?それなら、良かった。」

でも───青羅がいない世界に耐えられそうもないのは、今も同じ。

「でも、まだ、生きられそうにないよ。」

「ああ、俺だって死ねそうにないよ。もっと、水乃と一緒に、綺麗な景色が見たかった。絵を、描きたかった。」

「…後悔しないって、言ったじゃん。」

「そうだったな。じゃあ、これからお前が綺麗な景色を見に行ってくれ。絵を描いて、俺に見せてくれ。」

「なにそれ。もう、私は、絵は、青羅無しじゃ…。」

「描くんだ、水乃。俺だってもっと絵が描きたかったんだよ。せめて、俺の代わりに、たくさん絵を描いてくれよ。約束、だろ?」

「…でも、でも。」

「おまえなら描けるよ。あんなにたくさん、描いただろ?」

そう言って、青羅は笑った。たくさんのきれいな絵が、心に浮かび上がる。その中には絶対に、2輪の小さな花が描かれていた。あんな絵だったら…かけるかも。

「…分かった。描いてみる。でも、私の描いた絵は、青羅の描いた絵でもあるからね。」

不思議そうな顔をする青羅に、私は続ける。

「私は、青羅に、好きに絵を描く楽しさを教えてもらったの。だから、私の絵のすべては、もともと青羅から生まれた。だから、全部ぜーんぶ、私の描いたものは青羅のものってこと!」

「…ああ、お前らしいな。でも、下手だったら、俺の絵として許さないからな。」

「うんと時間をかけて、とっても上手に描いてあげるよ。」

「いつまでも待つ。水乃の満足する絵が見れる時まで。」

「…うん。ずっと、待っててね。」


それから彼は、聞いていたより3日長く生きて、7月13日、ひまわりの咲き誇る夏の日にこの世を去った。青羅がいなくなったこんな世界でも、青羅のために、今日も私は絵を描く。

「すっごくきれい!これなら、きっと喜んでくれるね。」

青羅がいなくなって一年後、私は吸い込まれそうな花畑を前に、キャンバスを出していた。大学には行かず、私は自分のやりたいことをやることにした。──青羅のために、私はこれからもずっと、絵を描き続ける。長い時間をかけて、ゆっくりと。キャンバスに鉛筆を走らせながら、ふと目線を下に向けると、寄り添うように2輪の白い小さな花が咲いていた。その2輪もキャンバスの隅に入るように描こうと、構図を考える。そして、絵の具を混ぜて、色を作る。カラーフェイス病になってから、色を上手くイメージできるようになった。色を混ぜ、赤、ピンク、オレンジの元気な色と柔らかい白色を用意して、絵のための準備完了。

「よし、かくぞー!!───青羅、待っててね。」

青空を見上げて、話しかける。絵の中に、私と、私の人生を変えたある男の子を描く。もう私は水中にはいない。青空の中にいる。私はもう大丈夫。きっとどこかにいて、私を見守ってくれている青羅と一緒に、私はこれからも、ずっと、青羅と私のため、そして、こんな私の絵を必要としてくれる人のために、白のキャンバスを彩っていく。


──私は、ずっと『君』を忘れないよ。

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