第23話:砂漠と据膳

 雲ひとつない空を、二機のアーマックが飛び去っていく。赤と白に塗装された細身の機体は、サムのソルジャーフォーと、ジャンのソルジャーファイブだ。


『ソルジャーフォー、索敵行動を開始する』

『ファイブも同じくー』


 あっという間に小さくなっていく僚機を見送り、ヒロは視線を正面へと向けた。幾重にも重なった砂の山が果てしなく続く。まさに砂漠の惑星だ。


「よし、俺も行くか」


 ヒロは右足のペダルを軽く踏む。愛機は操縦に従い、引きずるように右の脚部を踏み出した。

 ヒロが乗るソルジャーシックスは、ソルジャーズの代名詞でもある高機動フライトユニットを装備していない。その代わりに、幅広のスキー板のような滑走ユニットを足に装着している。そして、背部には歪んだ球を板で囲ったような機材が取り付けられていた。

 

 武装は装弾数の多い小口径連射砲を左手に、右手には対装甲レーザーブレードの柄を握っている。腰部には予備のレーザーブレードを四本と、閃光爆弾の発射筒。

 明らかにこれまでとは異なる装備類だ。ヒロはこれらを使いこなすため、頭痛や吐き気と戦う日々を過ごしてきた。ちなみにジャンは途中で離脱した。

 

 今回の対戦相手はラトキア・アタッカーズ。チームを保有するラトキア掘削機工業は、宇宙での鉱物採掘用機械の開発と販売を中核事業に据えている。バトルリーグでは、ジートニン・ヒーローズに続く古参チームだ。

 勝率はさほど高くはなく、負け越しに終わるシーズンも多い。ただし、創立当時から続く拘りの戦法で、熱狂的なファンを多数抱えていた。


「ソルジャーシックス、出る」

『了解、期待してるぜ』

『お膳立ては任せとけー。据え膳食えよー』


 ヒロの宣言に、ソルジャーフォーとファイブから通信が届いた。指揮所との連絡係は、従来通りソルジャーフォーが担当している。

 仲間の声を受け、ヒロは左のペダルを強く踏み込んだ。踵部分に取り付けられた、光子反力推進装置が光を放つと、ソルジャーシックスは砂の上を滑るように加速した。


「うおっ!」


 砂煙を上げつつ、赤白の機体が高速移動する。遠目には平坦に見えていたが、実際には高低差が激しい。コクピットの衝撃吸収装置でも抑えきれない振動で、ヒロの体は上下に揺れる。


 左上あたりに設置されている立体式サブモニターには、戦場全域の地形が表示されている。そこには僚機からの索敵情報も反映されるよう設定されているのだが、今の所、敵機は見当たらないようだった。


「どこだ……?」


 特殊な装甲に覆われた彼らの機体は、光学式のカメラ以外ではまともに姿を捉えることができない。ただし、それはあくまでも副産物だ。アタッカーズの恐ろしさの本質は、別のところにある。

 とはいえ、まずは接敵しなければ戦いにならない。ヒロは周囲を警戒しつつ、先行した二機の報告を待った。


『見つけた!』


 ジャンからの通信と同時に、サブモニターに赤い点が表示される。縦に連なった陣形で、ヒロ機の右前方あたりを移動していた。


『突っつくか?』

『いや、待て。合流してからだ。ソルジャーシックスは待機』

「了解」


 指示に従いヒロはペダルを踏む力を緩めた。砂山の影に機体を寄せ、膝を深く曲げ身を低くする。

 立体地図上では、ソルジャーフォーとファイブが合流し編隊飛行に入っていた。敵隊列を後方から追いかける配置だ。


『指揮所から許可あり、攻撃を開始する。ソルジャーファイブ、準備はいいな?』

『こちらソルジャーファイブ、りょーかーい』

『ソルジャーシックスは、起動準備をしつつ待機』

「了解」


 ソルジャーフォーの『ファイヤ!』という合図とともに、僚機が発砲した。粒子ビーム砲から放たれる光の束と、と貫通式誘導ロケット弾が敵機の後方に殺到する。


 さすがに相手も気付いていたのか、瞬時に反転し攻撃に対し正面を向いた。直後に着弾。

 爆音と衝撃がヒロ機まで届く。巻き上げられた砂が煙のように視界を塞いだ。


『散れ!』


 ソルジャーフォーが叫ぶと同時に、二機は退避行動を取る。間を置かず、立体地図上で先ほどまで僚機が表示されていた場所を、赤い点が高速で通過した。

 アタッカーズの特徴である特殊装甲は通常、機体の前面を覆うように配置されている。そして、背部に複数装備された大型の反力推進ユニットにより、機体自体が砲弾のように突進する。基本的に前進することが、チームの主義らしい。


『やっぱダメかー』


 ソルジャーファイブが舌打ちと共に悪態をつく。


 ラトキア掘削機工業が誇る特殊装甲は、超振動による鉱物採掘機械の技術を応用したものだ。秒間数兆回の振動により、あらゆるものを破壊し、あらゆるものから防ぐ。砲弾はおろか、粒子ビームですらそれを貫くことはできない。電波やレーザーをも反射してしまう性能は、まさに無敵の装甲といえた。


 装甲に絶対の自信があるため、彼らは遠距離用の射撃武器を持たない。短射程の散弾砲と、殴る蹴る体当たり。それが拘りの戦い方だ。

 その戦法を破るには、背部に向けた長射程からの射撃が定石となる。アタッカーズのファンたちは、降り注ぐ砲弾や粒子ビームを掻い潜り、近接戦闘を挑む姿を待ち望んでいた。


「やれる、俺は、やる」


 彼らの得意とする接近戦に真っ向から挑み、勝利する。ヒロにはその中心となる役目が与えられていた。

 見えない敵を探していた、以前の戦闘とは別種の重責ではある。しかし、ヒロはどこかリラックスしていた。自分でもよくわからないが、なんとかなるという自己効力感が胸の中に鎮座してるようだった。


『ソルジャーシックス、出番だ』

「了解」


 敵機が下降に転じている。落下予測地点に向かい、ソルジャーシックスの滑走ユニットが光を放った。

 数秒後、モニターに黒と紫に塗装された機体が映る。全体的に角張っていて、いかにも力技で押し切ってきそうな外観だ。


『起動の許可が出た。タイミングは任せる』

『待ってました!』

「了解」


 ヒロの存在は既に把握されていると考えていい。その証拠に、三機の内、最後尾の一機が空中で方向を変えた。


「ならば!」


 加速したまま、左手に装備された機関砲が火を噴く。まともに効果があるとは思っていない。ただの牽制と、これから戦うという意思表示だ。

 短い銃身から発射された砲弾はバラけやすく、距離もまだ遠い。ヒロの初手は、数発がこちらを向いた敵機を掠めるに留まった。当然、前面を覆う特殊装甲により無傷だ。


「それで十分!」


 ヒロはレバー横の擬似タッチパネルに指を滑らせる。ガクンという衝撃に合わせ、左右のペダルを強く踏み込んだ。 

 滑走ユニットの強制切り離しに続き、慣性を殺さないまま前方への跳躍と補助推進装置の点火だ。ヒロの背中が耐衝撃シートに押し付けられる。


「ふぅっ!」

  

 自動的に補助推進装置が切り離された。身軽になったソルジャーシックスは、着地した敵機へ直進し、右手のレーザーブレードを展開する。

 

 ヒロ機の突撃に対応し、最も近い敵機が近接戦闘体勢をとった。

 前面を覆うような巨大装甲が分割され、四肢に配置される。拳から肘までを覆う特殊装甲で殴られれば、大抵のアーマックはあっという間にバラバラになってしまう。もちろん、拳以外の部分でも接触するだけで、大惨事だ。


『支援する!』

『こっちを見ろぉぉぉ!』


 ヒロ機に背を向けたままの二機へ、ソルジャーフォーとファイブが遠距離からの攻撃を加える。そのおかげで、擬似的な一対一の状況が作り出された。

 

 ここからが魅せ場だ。


「グラビティ・ダイブ」


 音声入力のキーワードにより、ソルジャーシックスの背部にある特殊ユニットが唸り声のような駆動音を上げる。モニターの右上に、正常稼働を示すアイコンが映し出された。


「エンゲージ」


 まるでグローブを装着したような拳が迫る。

 ヒロのを受けたソルジャーシックスは、慣性を無視して方向を変える。白と赤の巨人は、数十メートル上方にした。

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