第3部「エンゲージ」

第16話:レディと第六感

 レディ・ダフネは愛機のシートへと腰を下ろした。


『レディ、間もなく出撃です』

「了解」


 オペレーターからの通信が入る。レディ・ダフネはエースではあるがチームリーダーではない。そのため、外部との連絡は格納庫の中に限られていた。


「レディ、ね」

   

 最近は略されてレディと呼ばれることが増えてきた。本人としてはダフネという部分が気に入っているのだが、世間は彼女をレディと呼ぶ。少しだけ不満だ。


 アーマックのパイロットは男性が多く、女性は全体の一割程度だった。脳波コントロールの適合率判定で、女性は低めの数値となることが多いからだ。

 

 レディ・ダフネに人気が集中し、彼女だけが特別扱いされる理由はそこにあった。

 数少ない女性パイロットにも関わらずトップエース。しかも、抜群のスタイルに、素顔を隠したミステリアスな存在。体型に関しては主に身長で一部、本当に一部の虚偽はある。ただ、幸いにもそれは今のところ世間に知られてはいない。


「まぁ、いいけどさ」


 フルフェイスのヘルメットの中でレディは口を尖らせた。こんな態度、コクピットの外ではできたものではない。イメージが変わるとマネージャーや使用人に叱られてしまう。

 

『出撃準備を』

「了解」

 

 レディは多少緩んでいた気持ちを引き締める。想い人の初勝利に浮かれたリエとロリエーナはしばらく封印だ。


「脳波コントロール起動」


 脳波コントロール装置の起動には、音声とボタン操作、そして思考入力を同時に行う。手間ではあるが誤動作防止のため、意図的に複雑な手順になっている。


「ふーぅ」


 レディは飾り物の操縦桿を軽く握り、瞼を閉じた。ヘルメットに内蔵された耳栓が身体的な聴覚を奪う。


「接続、完了」

 

 適合率百パーセントとは、アーマック全ての操作をパイロットの脳波と補助コンピュータで行うことと同義だ。機体との無線接続が完了すれば、モニターやスピーカーなどは不要となる。 

 ヒーローゼロと呼称されるレディの専用機には、通常のアーマックとは比べ物にならない質と数のセンサー類が各所に取り付けられている。それらが得た情報を全て、レディは自分自身が感じたものとして知覚する。


「出撃します」

『了解、ご武運を』

「ありがとう」


 レディそのものとなったヒーローゼロが足を踏み出す。鮮やかな赤紫色に塗装さた流線型の巨体は、機械であるにも関わらず、柔らかな動きで格納庫を後にした。

 エミの雨はやんでおり、ぬかるんだ地面を足裏に感じる。悪くない感触ではあるが、戦闘中に滑らないよう注意が必要だ。


 格納庫からしばらく歩き、開戦待ちの待機エリアに到着する。レディの思考の中に、先着していた僚機からの通信が入った。


『お嬢、待ってたぜ』


 ヒーローゼロの右隣にアダン・ミールスの乗るヒーローワンが立つ。超長距離射撃に特化した機体で、背部に可動式の大型狙撃砲を装備している。今回は水分の多い大気圏内でも減衰しにくい実弾砲だ。指揮所との通信は、通例的に彼が担当する。

 

『今回も頼りにしてるよ嬢ちゃん。頼りにもしてほしいけどね』


 左側には、ヒーローツー。全身にミサイルを中心とした爆発物を装備する、牽制と面制圧用の機体だ。

 パイロットは珍しい女性で、名はミーラ・ミラァ。大柄で筋肉質だが裁縫が好きという可愛らしい一面も持つ。


「うん、よろしくね」


 二人とも古くからの仲間で、レディの正体を知る数少ない存在だ。ヒーローズでは、レディが出撃する際はこの布陣を基本としていた。


 レディが僚機を確認したところで、辺り一面にけたたましいブザーが鳴り響く。開戦の合図だ。


「先、行くよ」

『了解』

『気をつけてね』


 レディは背部の推進装置を作動させ、空中に飛び上がった。反重力装置は搭載していないため、完全な飛行ではないが、ある程度の高度であれば飛翔することができる。


(とりあえずは、見えない、か)


 上空から地表を見たヒーローゼロは、僅かに首を傾げた。脳波コントロールでの操縦は思考がそのまま反映される。そのため、適合率の高いパイロットが乗るアーマックは、妙に人間臭い動きを見せることがあった。


(揺すってみるか)

  

 対戦相手は先日今シーズン初敗北を喫したトーキ・ファイターズ。今回もこれまでの例に違わず、色の変わる装甲でどこかに潜んでいるようだった。

 ヒーローズとは今シーズン初戦だ。事前に作戦は立てているものの、最前線で戦い方を探る必要があった。


「こちらヒーローゼロ、降りてみる」

『ヒーローワン、了解』


 敵の姿は見えないが、遠くない位置からこちらを狙っているはずだ。レディは敢えて見通しの良い場所に向けて、自身を降下させていった。


(きた!)


 足先が地面につく直前、レディは再び上昇した。ほぼ間を置かず、先程まで自分がいた場所に複数の光の束が通過していく。二つの方向から伸びた光は、おそらく多連装レーザー砲から放たれたものだろう。

 射線から敵機の位置を割り出し、素早く僚機へと送信する。頼りになる仲間は、モニターやレーダーに映らずとも、場所さえわかれば攻撃できる腕前の持ち主だ。

 

 全身に配置されたセンサーが伝える情報は多種多様に渡る。大気の揺らぎ、わずかな熱、些細な音も決して逃さない。相手が装甲越しに放つ殺気のようなものさえ、レディには手に取るように把握できた。

 だから、次に自分がすべきことも明確になる。自分の後方では、最後の一機が色の変わる装甲を切り離パージしていた。レディは無意識に近い速度でそれに反応する。


 背後に迫った杭を、左手に装備した盾で弾き飛ばす。その勢いを殺さず前方に一回転し、地表からのレーザーを回避。腰部に懸架されたレーザーブレードを右手で反射的に握った。

 迷いや雑念はアーマックの操作には必要ない。考えれば考えるほど機体の動きは鈍り、それは負けに繋がる。つまり、無駄な思考は死と同じだ。少なくともレディはそう考えていた。


 骨組みのような機体が追いすがってくる。右手に取り付けられた杭を射出する体勢に入ろうとしていた。だが、それはレディにとってあまりにも遅すぎた。

 流れるような動作で、敵機に向き直り間合いへと入る。射出される前の杭を盾で逸らし、青い装甲で辛うじて守られたコクピットへレーザーブレードを突き立てた。

 

 ジートニン製薬が開発した特殊人工筋肉により、ヒーローゼロは通常のアーマックとは比べ物にならない有機的な動きを実現する。

 柔軟かつ敏感であるが故に制御が難しく、通常のパイロットでは歩くことさえままならない。自身を完全にアーマックと同期させるレディだからこそ使いこなせる代物だ。


 周囲の全てを知覚し、敵機に先んじて行動する。誰もが肉薄することすらできず、近寄ったとしてもそれは彼女の手のひらの上での出来事だ。その艶やかな赤紫の装甲からだに触れることができた者は、誰一人として存在しなかった。

  

 目下では爆撃と狙撃により、残りの二機が破壊されている様子が見えた。仲間にも活躍の場を用意できたことに、ほっと一安心する。


「ヒーローゼロ、帰還する」


 流麗の女神は、晴れたエミの空を飛び去った。

 命の危険を感じたことは、これまでに一度もない。


───────────────────


 ヴァンクス・ソルジャーズの大型輸送船。その一室でヒロとジャンは試合の録画映像を見ていた。


「なんだよあれ、反則だろ」


 モニターを指さしてジャンが毒づいた。今にも唾を吐きかけそうな勢いだ。


「別になにも違反してないだろ」


 ヒロが正論でなだめる。一切納得していない様子のジャンは、反論の代わりに金髪を振り乱した。


「あの装甲の機体でも奇襲は通用しなかった。それがわかっただけで十分だよ」

「お前なぁ、冷静すぎね?」

「いや、内心はすげぇ焦ってる」

「そうか」

「全部とんでもないけど、特に最後だよ。切り離パージした後の敵機に気付いたところ。なんであの速度で反応できるんだ?」

「さぁ? 第六感とか?」

「そんなまさか」


 彼女の戦いは数え切れないほど見ている。研究すればするだけ、その異様さを実感してしまう。単純に適合率が高いだけとは違う、何か別の要素があるようにしか思えないのだ。ジャンの言う通り、第六感というものすら疑いたくなる。


「でも、俺は諦めない」

「だよな。わかってるよ。ぞっこんだもんな」

「まぁ、そういうことだ」


 ジャンからモニターへと視線を戻し、今日の戦いを見返す。何度見ても、今のヒロには勝ち筋を見出すことはできなかった。


『ジャン・クリストとヒロ・ミグチ両名は、シミュレーションルームに集合してください』


 二人を呼ぶ艦内放送が流れる。表情を変えたジャンが立ち上がり、ヒロに手を差し伸べた。


「よし、行くか。ヴァンクス重工の切り札とやらを拝みに」

「ああ」


 ヒロは相棒の小さな手を取った。

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