麗しの騎士様のお家事情

BELLE

第1話 偽りの騎士

 ここは、ヴィオンフォード王国。国土はそれほど大きくないものの、建国三百年を超える伝統ある国だ。政情は比較的安定しているが、度重なる魔獣の襲来に悩まされている。そのためヴィオンフォード王国は、魔獣討伐に力を入れている。魔獣討伐に携わる仕事のうち、最も人気を集めているのは騎士である。彼らの仕事は危険が伴うが、その分、高い身分保障がなされている。平民であっても、実力さえあれば誰でも騎士になれる。だが、騎士になるには、貴族並みの教養と高い戦闘能力を求められるため、結局は貴族の子息が騎士になることが多いのが現実だ。

 今、この国では凱旋パレードが行われていた。凱旋をしているのは、国が誇る騎士団、その名は『白銀の騎士団』である。彼らは国を脅かすレッドドラゴンを討伐し、国に平和を取り戻した。この凱旋パレードは彼らの功績を称えるものである。

 白銀の騎士団は建国時から国王を支える実力者ぞろいの騎士団であり、団員それぞれの容貌が美しいのも特徴だ。そのせいか、国家の重大な式典では、あえて目立つ位置に配置されることが多い。

 今日は白銀の騎士団を一目見ようと、大勢の人間が集まっていた。

「アルフ様~~~~!」

「今、私の方を向いてくださったわ」

「もうこのまま死んでもいい…」

「私をお嫁さんにして!」

 大通りの両脇から若い女性たちの高らか歓声が響き渡っている。その歓声を一身に受けているのが、白銀の騎士団の騎士の一人である、アルフレッド・スプリングフィールドだ。21歳の彼は中性的な美丈夫である。

 彼自身、男爵家の令息であるため、貴族の中では位が低いが、それがかえって一般の女性の人気を集める要因にもなっている。もしかしたら、手の届く存在になりうるかもしれない、そんな淡い期待を持たせてしまうからだ。

 アルフレッドの髪は銀色だが今日も陽の光を受けて様々な色に反射し、その瞳は深い海を思わせるサファイアブルー、その目を飾るような左目の泣きぼくろは色気さえも漂わせる。

 また、彼は見た目の良さだけでなく、実力も騎士団の中で随一だ。

 騎士見習いだった16歳のときに、騎士団の演習中に突如グリーンドラゴンに襲われたが、仲間を逃がし、自らは殿として残った。

 国を揺るがす一大事として、国王は迅速に騎士と兵士たちを招集し、アルフレッドの救援及びグリーンドラゴンの討伐に向かわせた。

 救援と言ったが、グリーンドラゴン相手に騎士見習いが太刀打ちできるはずもない。おそらく、彼の命は残念ながら尽きているだろう誰もが予想していた。

 彼の救援に駆けつけた騎士や兵たちが目にしたのは、切り伏せられたグリーンドラゴンと大けがを負いながらも、剣を杖代わりに立っていたアルフだった。

 それから5年経った今、彼はレッドドラゴンの討伐に成功し、叙勲を受ける予定になっている。たった一人で討伐した前回と違い、今回は、騎士団の一人としてレッドドラゴンを倒している。ただ、作戦の立案、討伐の要の攻撃、最後の一撃は彼が行っている。そのため、彼がいなくては成功しない討伐だったのである。こうして、2回の討伐を成功した彼は『竜殺しのアルフ』という二つ名で知られている。

 普通ならば、何十年単位でドラゴンが出没するかどうかというところだが、わずか5年で別のドラゴンが出没した。

 アルフは討伐における苦労を顔に出すこともなく、白馬にまたがって、王都の女性たちに眩し過ぎる笑顔を振りまいていた。

 だが、彼には秘密があった。

 アルフレッド・スプリングフィールドは故人である。城下の大通りで白馬にまたがっている騎士は、彼の双子の姉アレクシア・スプリングフィールドだ。

「ありがとう。みんな愛しているよ」

 生前の弟と同じようにキザなセリフを彼女は吐いた。彼女は今日も偽り続ける。スプリングフィールド家の存続のために。



「姉さん、僕はもうだめみたいだ」

 アルフレッドは姉のアレクシアに向かってポツリと呟く。彼の顔の大部分は包帯で包まれており、かつての美しい顔を見ることはできない。

 アレクシアは弟に掛ける言葉が見つからず一筋の涙を流した。生まれた時からずっと一緒にいた弟のことだ、弟の状態は一番彼女が分かっている。

 本当のアルフは、グリーンドラゴンの討伐後に実家で療養し、その命が尽きようとしていた。

 アルフを救助した騎士団は、彼を早急に神殿に運び込み、治療術師から治癒魔法を受けさせた。しかし、グリーンドラゴンから放たれた毒のせいで魔法が無効化されてしまい、いつまでもアルフの怪我が回復しなかった。16歳という若さをもってしても、自己の治癒力が追いつかず、怪我が悪化する一方だ。もはや治る見込みはなかった。

 せめて最期くらいは生まれ育った家で過ごさせよう、白銀の騎士団長テオドールの気遣いでアルフは実家に送り返されて、姉の看病を毎日受けていた。

 アレクシアは、弟の手を握った。もはや衰弱しているのか握り返されることはなかった。

「姉さん、……泣か…ないで。僕の分まで…」

「いやっ!これ以上言わないで!」

 彼の言葉を遮ろうと語気を強める。だが、彼の口は次の言葉を発しようとしていた。

「生き…て」

 彼がこの言葉を発した後、二度と目覚めることはなかった。



 アルフの葬儀は、ごくわずかな身内だけで行われた。

 葬儀の後、スプリングフィールド家の屋敷の応接室に二人の男が佇んでいた。

「長きに渡り、この国に仕えたスプリングフィールド家もこれで終わりか」

 白銀の騎士団の団長テオドールは両手で自身の整った顔を覆った。

 彼は、バロウズ伯爵家の当主でもあり、若いころは数多くの女性と浮名を流すほどの美丈夫であった。年齢を重ねた今でもその当時の面影が残っている。40代半ばの彼の黒髪に一筋の白髪が生えているが、それすらも彼の魅力を引き立てる要素になっている。

「それも仕方のないことだ。アルフが亡くなった今、この家を継げるものはいない」

 スプリングフィールド家当主、グレアム・スプリングフィールド男爵は力なく笑う。

 グレアムはアレクシアとアルフレッドの父親で、まだ50代に差し掛かった年齢であるが心労を重ねたせいか実際の年齢よりも老けて見える。

 グレアムは若いころに白銀の騎士団に所属していたが、アレクシアらの祖父である前当主の死去を受けて退団し、家を継いだ。

 バロウズ伯爵家領とスプリングフィールド男爵家領は隣同士であり、彼らは幼いころから親交があった。それは今でも変わらない。

「娘のアレクシア嬢に婿を取らせれば、何とかならないのか」

「それも無理だな。こんな家に誰も婿に来ようとは思わないさ」

 スプリングフィールド男爵家領は平地が少なく、乾燥が激しい、夏には山火事が領内のそこかしこで起き、作物はろくに育たない、価値のない土地だ。建国当時は、温泉が湧き出る土地であったため、湯治場としての役目があったが、今ではすっかり枯れてしまった。

 そんな状況で領民を飢えさせることのないようにスプリングフィールド家は日々、倹約をしてきたが6年前の大飢饉でついに倹約だけでは済まなくなった。

 打開策は何かないかとグレアムが思案しているところに、当時10歳だったアレクシア自ら、自身の結婚の際の持参金を差し出そうと提案してきた。そのお金は、グレアムが生活を切りつめて作ったものだった。少しでも娘がよい縁談に恵まれるように。それをアレクシアは手放すと言うのだった。

 彼女は言った、修道女になるからそんなお金はいらないと。グレアムは何度も娘に謝りながらそのお金を使った。そのおかげで他領から食料を得ることができ、餓死者が想定よりも少なく済んだ。

 普段のアレクシアはおとなしいが、ここぞというところで突飛なことを思いつく。アルフの葬儀の後、彼女がさらに突飛なことを実行するとはこの二人は想像していなかった。



「テオドールおじ様、父上、随分と暗い顔をしていますね」

 グレアムとテオドールは、声のする方向に素早く身体を向けた。

 部屋の入口に騎士の恰好をした一人の若者が悠然と立っていた。

 アルフ、なぜここにいる。

 それも全身を包帯に包まれた姿ではなく、怪我一つない姿で。

「…………まさか、シアか?」

 グレアムから言葉がこぼれ落ちる。

「さすが父上、すぐに分かってしまいましたね」

 正体が分かってしまった後も、アレクシアは生前の弟と同じような仕草で髪をかき上げた。その仕草のおかげで左目に泣きぼくろが見えた。

 弟のアルフレッドの目元にほくろはない。やはりアレクシア本人で間違いない。

「アレクシア嬢、何を考えている」

 テオドールは持っていたグラスをテーブルに戻そうとするが手が震える。

 いくら双子でもここまで似るのか。悪趣味にもほどがある。

「アルフに変装して二人を驚かせたかったわけじゃないさ」

 アレクシアは大げさに両手を広げてみせる。このキザったらしい動きもアルフと全く同じだ。

「僕なりにこの家のことを考えてみたんだ。スプリングフィールド家を存続させるためにはどうしたらいいかって」

 部屋の入口から踊るような歩調でシアは窓辺に移動した。

「死んだのは姉のアレクシアってことにしないかい?」

「何を、馬鹿な!」

 父親のグレアムは持っていたグラスをテーブルに叩きつける。

「父上、僕は本気さ。弟は姉の看病のおかげで怪我が治った。姉は連日夜通しで看病して体調を崩してそのまま帰らぬ人に」

 シアは父の様子に怯むことなく話を続ける。

「アルフが言ったのさ。『僕の分も生きて』と。いくら可愛い弟の願いとは言え、さすがに一人二役は無理だ。なら、弟の代わりに生きてもいいんじゃないかってね」

 目の前の大人二人は言葉が全く出なかった。

「修道女として世俗から離れて暮らす姉よりも騎士として活躍するであろう弟を生かした方がこの家にとって都合がいいでしょう?ねえ、お父様」

 シアは先ほどと違い、恰好は弟のものであるが、いつものシアの表情で語り掛けた。

「シア、お前はそもそも騎士としてやっていけるのか?よしんば騎士となったとしても女と知られてしまっては退団せざるを得ないだろう。それに家の存続といっても結婚相手はどうする?お前一代で終わらせるのか?」

 グレアムは畳みかける。姉が弟の振りをして生きていくなんて、できるはずがない。この国で女性は騎士になれない。女性であると知られては、退団を迫られることになる。

「その点については、家名を上げて養子をもらおうと思います。そのためにはアルフとして功績を上げるのが手っ取り早いのですが、まずはテオドールおじ様のご協力をいただかないと」

 彼女は、自らの考えを目の前の紳士二人に語り始めた。



「私の背丈はアルフと全く同じ。それにまだ身長も伸びています。数年すればおそらく騎士団の男性とほぼそん色ない身長に…」 

「いや、しかしいくら背が高くてもそのうち女性らしい特徴も…」

 シアが言い終わる前に、グレアムが口を挟んだ。

 シアの身長は、16歳の女性としてはかなり高く、今の時点でも一般人男性とあまり変わらない。騎士団に所属している人間は高身長の者が多いが、シアは入団規定の身長を満たしていると言っていいだろう。

「残念ながら、そこも問題ないと思います。お母様も私も残念ながら凹凸の少ない体型ですし。服を少し重ねれば隠せるくらいです」

 シアは大げさにため息をついた。

「騎士団の生活は集団生活だ。他の団員に女性だと知られてしまう可能性も」

「最大の問題はそこなのです、テオドールおじ様。今回のアルフの活躍で国王陛下から何らかの褒美がもらえると思うのですが、褒美として風呂付の個室をもらえませんかね?」

 騎士団の中でも上の人間は、隊舎に個室を持っている者が多い。騎士見習いとしては過分な待遇だろうが、ドラゴンを討伐した功績を考えれば、そのくらいはささやかな褒美とされるであろう。

 遠征時は完全な集団生活を送ることになるがすでに騎士団に入団済みのテオドールの息子たちと協力すれば、何とかごまかしてくれるはずだ。

 テオドールには4人の息子がいるが、アルフもシアも彼らと昔から兄弟のように仲が良かった。

「そのくらいは何とかなると思うが、アレクシア嬢の武器の腕前はどうなのだ」

「…今なら、一瞬でドラゴンに殺されるレベルでしょうね」

 彼女はこともなげに言い放つ。

 誰もそこまでの強さは求めていない。この国の騎士のうち、一人でドラゴンを倒せる人間はほとんどいない。そもそも、ヴィオンフォード王国に何十年かに一度凶悪なドラゴンが出現することはあるが、騎士団に所属していてもお目にかかることはあまりない。

「シア、ふざけるのもいい加減にしろ。今なら許す。アルフの真似なんていう馬鹿なことはするな」

「お父様、髪をバッサリ切ってしまった私はこれからどうすればいいでしょう?」

 苛立つ父親に気にも留めずシアは話を続ける。

「修道女ならベールをかぶれば髪型なんぞ気にする必要が」

「そこなんですよ。司祭様には申し訳なかったのですが私が死んだということで話をつけてしまいまして」

 シアは幼いころから頻繁に教会に通って手伝いをしていた。司祭や修道女たちから可愛がられていることをグレアムは知っていた。それにしても、領地を治める貴族の娘から頼まれたとはいえ聖職者が偽装に手を貸すとは。

「そういうわけで私はアルフとして生きていくしかないのですよ、父上」

 シアは不敵に笑う。

 窓辺からこぼれる月明かりに照らされたシアはこの世のものとは思えないくらい美しかった。



「では、父上、おじ様。僕は失礼するよ」

 完璧にアルフに扮したシアは言いたいことを言うと去っていった。姿形だけでなく歩き方も完全にアルフそのものであった。

「アレクシア嬢には驚かされた」

「昔から突然おかしなことを思いつく子供ではあったが、まさかここまでとは」

 壮年の男二人が向かい合って頭を抱えた。

「こんな馬鹿げたことは止めさせねば。テオ、絶対に入団を認めるんじゃないぞ」

「……そこまで悪い思い付きではないんじゃないか?」

 長年の友人から信じられない言葉が出てくる。

 テオ、お前何を考えているんだ。そう口に出そうとするが声が出ない。

「アルフの振りをしたシア嬢が生きている限り、スプリングフィールド家を一代は維持できる。それにこの度のアルフの功績も認められて国王陛下からも相当な褒賞を得られるはずだ。領地の立て直しも夢じゃない」

「しかし、それはシアがアルフの振りせずとも」

 やっと口を開いたグレアムをテオドールは手で制する。

「考えてもみろ。領地を建て直すには時間が掛かる。お前が死んだら、領地を建て直す前に召し上げられてしまうぞ」

 それは確かにその通りだが、国王陛下や世間を欺くようなことをしても良いのだろうか。

 グレアムはごくりと喉を鳴らした。

「万が一、女だとバラされたら騎士団の誰かを婿にもらってしまえ。女性にしては背が高すぎるがあれだけの美貌だ。かならず誰か食いつく」

「お前に言われると説得力を感じるな」

 父親としては娘が食い物にされそうで複雑な気分だが、女性経験が豊富な友人に太鼓判を押されると心強いものを感じる。

「何はともあれ、シア嬢が騎士としてやっていけるかどうかが最低条件だ。シア嬢の実力がいかほどのものか後で測らせてもらうとするかね」

 テオドールはグラスの液体を一気に飲み干した。



「お帰り、親父殿」

 テオドールを迎えたのは、先日20歳を迎えた長男デリックだった。父と同じく黒髪であるが、父と違って逞しさのほうが目立つ造形をしている。彼は若くして白銀の騎士団の部隊長を任されており、将来を有望視されている。テオドール自身も、よい跡取りに恵まれたと思う。

「グレアムの屋敷に行ったがあれには驚いたぞ」

「シアのことだろう?」

 デリックは父親に向かってにやりと笑う。いたずらが成功したような子供のような笑顔だった。すでにシアは長男と打ち合わせ済みだったか。

「まさかあそこまでアルフそっくりだとは思わなかった。あれでは誰も気が付くまい」

 月明かりに照らされたシアは、男女を超えた怪しげな美しささえも備えていた。自分がもう少し若ければ…などという不埒な考えがよぎるほどだった。

「親父殿…、シアにいやらしい感情を持つんじゃねえぞ」

 自分の考えを読まれたのか、息子が恐ろしい形相で睨めつけていた。

「何を馬鹿なことを。デリックの目から見てアレクシア嬢は騎士としてやっていけそうか?」

 テオドールは息子の視線を軽くいなす。

「ん~、生活面はこっちで全面的にサポートする必要があるが、戦闘能力と教養は全く問題ないと思う」

「父上、シアならアルフの代わりどころかアルフ以上に活躍してくれるよ」

 少しふんわりとしたブルネットの髪を揺らす若者が近づいてきた。

「ほう、随分な自信だな。ヴィクター」

 テオドールは、ブルネットの男に声を掛ける。ヴィクターは、テオドールの次男で、アルフより1歳年上の17歳。父親と髪の色が違うものの、顔の造作は若いころのテオドールによく似ている。彼は去年騎士団に入団し、アルフの先輩として彼の世話を焼いていた。

「シアは現時点でも十分、強い。すぐにアルフより絶対に強くなる」

 ヴィクターはきっぱりと言い切った。

「命を落としたとはいえ、あのドラゴンを騎士見習いの身で倒したアルフよりもか?」

 息子たちにそう言われても、一つも信じられない。

「親父殿は信じられないかもしれないが、紛れもない事実だ」

「シア姉は小さいころは私達と摸造剣で一緒に遊んでいました。覚えの悪いアルフに剣術を教えていたのはシアですよ」

 三男トーマスも駆け寄り、親子の会話に参加する。父譲りの黒髪をきっちりと真ん中に分け、真面目さが外見からもにじみ出ている。15歳の彼は、剣よりも勉強が好きそうだ。彼は騎士にならずに文官になるのかもしれない。

 テオドールは屋敷の庭で息子たちとスプリングフィールド家の双子が一緒に遊んでいる姿をよく見ていた。しかし、十代半ばにもなればおのずと男女で単純に筋力に差が出るはずだ。

「父様、シア姉はアルフ兄と違って魔法も使えます。生存能力を考えればシア姉の勝ちでしょう」

 真面目で冷静なトーマスが言うのであればシアの実力は本当なのかもしれないと思えてきた。

「ふわぁ、お父様。お帰りなさい。僕に剣を教えてくれたのはシア姉ちゃんだよ。僕まだシア姉ちゃんに一度も勝てないよ」

 まだ幼さの残る末っ子のザカリーまでも眠い目を擦りながら歩み寄る。

 長男どころか、アレクシア嬢は息子たち全員に根回しをしていたか。

「お前たち、みんな私を騙しているということはないだろうな」

 幼馴染の願いを叶えてやりたい一心で、兄弟4人で父親を騙そうとしているという考えがよぎった。

「シアは大事な妹みたいなものだから本当ならこんな男所帯に入れたくはない。だが、シアが強いのは本当だ」

「事実しか言ってないよ、父上」

「シア姉は確かに強いです。でも私達としか手合わせしていないから圧倒的に経験値が少ないです。そこを突かれたら弱いと思いますが、騎士団に入ったらもっと強くなります」

「騎士団に入ったら、シア姉ちゃんに悪い虫がつかないように守らなきゃ!僕はシア姉ちゃんよりも強くならないと」

 4人の息子は、まっすぐに父の目を見ていた。

「分かった。アレクシアを騎士団に入れるかどうかは彼女の実力を見てから考える」

 父親の言葉を聞き終えた息子たちは、ほっと一息ついてからそれぞれ自室に戻っていく。ただ一人を除いて。

「ねえ、お父様」

 一人残った末息子が袖を軽く引っ張る。もう13歳になったのだから、そろそろ甘えるのを卒業させるべきか。

「僕が騎士団に入ったら、シア姉ちゃんを悪い男から全力で守るから。お父様は僕が騎士団に入るまで、絶対にシア姉ちゃんに手を出さないでね」

 ザカリーは無邪気な笑顔で確実にテオドールの心を抉っていった。長男だけでなく、末息子にも信用されていない。

「ははは、そんなことはしないさ」

 テオドールは作り物めいた笑顔で息子に答えた。

 息子たちの懸念は的外れなものではない。この国では正妻の他に複数の妻を持つことはよくあるからだ。だからこそ、テオドールの新たな妻としてアレクシアを迎えるという可能性がないとは言えない。

 テオドールの4人の息子たちの母親は全員違う。そうなるに至った原因はテオドールの見た目のせいだとも内面のせいだともいえるが事情は次のとおりである。

 最初の妻は隣国の貴族女性であった。気立てのよい女性であったが、国際情勢の悪化で長男デリックが生まれてすぐに離縁することになった。

 その次に迎えた妻は、貴族ではなく大富豪の娘であった。彼女の方がテオドールに一目ぼれして熱烈な求婚の末、婚姻に至った。しかし、身分違いのため、正式な妻とは認められていない。彼女との間に生まれたのが次男ヴィクターだ。

 三男トーマスの母については、明らかにされていない。貴族相手の高級娼婦であるとも、社交界で関係が噂された令嬢たちの一人とも噂されているが、どれも確証に至っていない。

 三人目の妻はバロウズ伯爵家の遠縁にあたる貴族女性で、現在、テオドールの正妻の立場にある。末息子であるザカリーの母はこの女性である。



 一週間後、テオドールはシアと手合わせをした。

 こうして相対するとアルフと訓練をしているような錯覚に陥るほど剣筋が似ていた。

 息子たちが保証したとおり、シアはかなりの実力だった。これなら騎士としてやっていけるだろう。

「やったな、アルフ!あの親父殿から1勝できるとは大したもんだ」

 デリックは、シアのすっかり短くなった髪を無造作に撫でまわす。

「5回手合わせして1回上手くいっただけさ」

 シアは謙遜しつつも、喜びが隠し切れないといった様子だ。

 しかし、テオドールには懸念すべきことがあった。白銀の騎士団も含め、騎士団は国王陛下の信を得て組織されている。弟になりすまして、姉が騎士として潜り込ませるのは由々しき問題だ。白銀の騎士団の存続を危ぶむことになりはしないだろうか。

 やはり、国王陛下には本当のことを報告せねばなるまい。国王陛下の許可が得られなければ、シアも諦めるだろう。その時は、スプリングフィールド家が存続できるようにバロウズ伯爵家当主としてテオドールが国王陛下に折衝するとしよう。

「さて、これからどうなるか」

 テオドールは国王陛下に面会予約の手紙を送った。

 


 国王陛下の面会は2日後という、テオドールの想定より早かった。

「陛下、わざわざお時間をいただきましてありがとうございます」

 国王の執務室に通されたテオドールは硬い表情で国王陛下に挨拶をした。

テオドールと国王陛下以外、この部屋には誰もいない。

 面会予約の際に要望したとおり、国王は人払いをしていた。

「ふむ。スプリングフィールド家の存亡に関わる火急の用件だとか。よい、申せ」

 テオドールは国王陛下に事のあらましを包み隠さず話した。

「……まぁ、よいのではないのか?貴殿も実力を認めたのであろう」

「それはそうですが。男の職場に女が一人入ると風紀が乱れるとはお思いになりませんか」

 まさか、国王陛下があっさりと認めるとは思っていなかった。つい、シアの入団を願い出たはずの自分が水を差すようなことを口走ってしまった。

 テオドールとしても、シアとアルフ姉弟の願いはかなえてやりたい。ただ、あまりにも荒唐無稽な要望であったため、国王から却下される可能性が高いと思っていた。

「アレクシアとアルフレッドは男女の双子だが非常によく似た姉弟だ。少々のことなら分かるまい」

 国王陛下は自室のソファーにゆったりと座り直した。

 スプリングフィールド家は、男爵という低い地位でありながら長年王家の子女の教育係を代々務めている。

 スプリングフィールド家現当主である、グレアムは第一王子ライオネルと第二王子マクシミリアンの教育係をしていた。また、グレアムの息子であるアルフは第二王子の遊び相手兼世話係をしていた。その縁があって、アレクシアも時々弟のアルフと一緒に城にやってきていた。だから、国王陛下もスプリングフィールド家の双子を見る機会が度々あった。

「もし、女性であることが知られた場合はいかがいたしましょうか?」

「その時は騎士を辞めてもらうしかないな。なるようになるだろう」

 国王陛下は気軽に考えているのか、そう見せかけて何か思惑があるのかなんとも判断しづらい表情と声色だった。



 国王陛下の承認を得て、アレクシアは白銀の騎士団に入団した。表向きは、怪我の療養を終えたアルフレッドが騎士団に復帰したということになっているが。

「よぉ、アルフ。復帰できてよかったな」

「怪我はもう大丈夫なのか」

「この前、いい店を見つけたから今度一緒に行こうぜ」

 騎士団の団員寮の門をくぐったアルフレッド(アレクシア)に白銀の騎士団の面々が一斉に駆け寄ってくる。

「怪我はもういいんだけど……ね?」

 シアは俯きがちに声を絞り出した。

「あー、みんなすまない。アルフはドラゴンにやられた後遺症でここ数年の記憶がないんだ」

 デリックがシアと団員の間に割り込む。

 もちろん、これは嘘だ、本来のアルフと別人だということを仲間に悟られないための。

「そういうわけなんだ。みんな、済まないね」

 シアは少し体を縮こませながらも物憂げな表情を浮かべた。

 団員たちはシアを励ましつつも『哀愁をおびたアルフの顔を令嬢たちに見せたら卒倒ものだな』という考えがよぎったのは言うまでもない。

「アルフが戻ってきて嬉しいのは分かるが、全員こっちを向いてくれ」

 団長のテオドールがパンパンと両手を叩いた。

「今日からアルフの従騎士になったコリン・ブラウンだ。みんな仲良くしてやってくれ」

 団長の紹介とともに、緊張で全身固まっている若者が現れた。

 コリン・ブラウン、18歳。スプリングフィールド男爵家に雇われている庭師の息子。幼少のころから、騎士に憧れ、アルフと一緒に剣を習っていた。

 無論、ただの庭師の子供が騎士になれるとは思っていなかった。コリンとしては、いずれ騎士になるアルフと一緒に鍛錬することで、アルフの役に立てればよいと思っていた。

 彼は、目鼻立ちはある程度整っているものの、茶色の髪に茶色の目、特に目を引くような特徴もなく、一見どこにでもいる気の強くなさそうな男だった。

「じ、自分はコリン・ブラウンであります!今日からお世話になります。御指導ご鞭た…」

「固い、固い!」

「そんなにかしこまらなくていい」

 バロウズ伯爵家の長男と次男がコリンを取り囲む。

「し、しかし、お貴族様の集まる騎士団に平民のオラが…いや自分がその末席に加わるわけでありますし」

 コリンはじりじりと近づく二人のお貴族様に遠慮して、後ずさりをしてしまう。

「コリン。お前、そんな口調じゃないだろう」

「そ、そうは言われてもここは男爵家のお庭じゃ…あひゃひゃ」

 ヴィクターが素早く彼の後ろに回り込み、脇腹をくすぐる。デリックはコリンが逃げ出さないように前に立ちはだかっていた。

「相変わらず、脇腹が弱いね、コリン」

「アリュフしゃま、見ていにゃいで止めてくだ…ひゃ…」

 コリンは涙目でアルフに目線を送った。

「兄様達。このくらいで勘弁してやってくれないか」

「分かったよ」

 アルフの一声でヴィクターがコリンを手放し、デリックは元の場所に戻っていった。

「うちの騎士団は貴族だ、平民だとかで区別しない。執務中は真面目にやってもらうが、それ以外は気楽にやってくれ」

 テオドールがコリンの肩をポンと叩く。

「だ、団長様。ありがとうございます!!」

 コリンは直立不動の姿勢から、素早く上半身を前に倒して最敬礼の姿勢を取る。生まれついての平民根性は昨日今日で治せるものではない。

 アルフはそんな彼の姿を見て、片手でこめかみを押さえ、小さくため息をついた。

「白銀の騎士団へ、ようこそ」

 団員たちは全員、一瞬にして整列をし、最高の笑顔でコリンを歓迎した。

 白銀の騎士団は、騎士としての実力も高いが、見た目も良い。そんな男たちが一斉に眩しい笑顔を向けたら、ほとんどの女性は卒倒する、下手したら男性でもクラリと来てしまうかもしれない。

 顔立ちの整った集団を目の前にして、コリンは自分が場違いなところに来てしまったのではないかと改めて実感させられた。

 シアお嬢が心配だから無理矢理ついてきたけど、庭師の息子のオラがいてもいい場所なのか?騎士様の笑顔がまぶしくて、浄化されそうだぞ。

 騎士団の門をくぐる前は色々と考えを巡らせていたが、騎士団のまばゆいばかりのオーラに気圧されてしまった。

 そういえば、アルフ坊ちゃんを送り出した日はもっとのんびりとしていたな。

──アルフ坊ちゃま、立派な騎士様になりましたね。自分のことのように嬉しいです──

──おいおい、よしてくれよ。コリン、僕はまだ騎士見習いだよ──

 いつもはキザったらしい表情をするアルフだったが、この時ばかりは年相応の少年のようにはにかんでいた。

 そんなアルフを送り出した後、彼はいつものように庭の手入れをしていた。自分の仕事は、この屋敷の庭を手入れすること。いつかアルフが男爵家を継ぐ日を夢見て。

 だが、彼の死をきっかけにコリンにも転機が訪れた。シアの騎士団入りである。

 白銀の騎士団の騎士団長であるテオドールのおかげで国王陛下のシアの入団許可を得たものの、シアの入団を最後まで反対していた者がいた。それはシアの母、カロライナだった。カロライナは、息子だけでなく娘も命を落とすかもしれない、そうでなくとも男達の中にたった一人となった娘を入れたくない、家のためにそこまでしなくていいと叫んだ。彼女は元々の病弱な身体であったが息子を亡くした悲しみと娘に対する心配が積み重なり体調を崩し、寝込んでしまった。

 これは、家の者の誰かをシアに付けねば、カロライナは安心するまい。シアの騎士団入りを阻むために、シアがアルフに成りすましていることをカロライナが口外してしまっては、これまでの準備が全て水泡に帰してしまう。

 シアの父・グレアム、騎士団長・テオドール、シアの三人は客間で顔をつき合わせて何かいい手はないかと悩んでいた。

──オラはお役に立てないですか?──

グレアムから依頼された、カロライナの私室を飾る花を持ってきたコリンが口を開いた。 グレアム達は、声のする方にさっと顔を向ける。

──オラがお嬢の従者か何かの立場で、一緒にいれば少しは奥様も安心するんじゃないですかね。あ、オラ、何か変なこと口走っちゃいましたね。忘れてくだせえ──

 グレアム達は、一斉にこれだ!と声を上げた。

 幼いころからコリンは庭師の祖父と父の手伝いが終わると、シアに付いて教会の手伝いをしていた。コリンが庭仕事で出かけられないときは、シアの外出も控えられていた。

 シアが事故なく出掛けられるのは、あなたのおかげよと、カロライナはコリンの頭をよくなでていた。よって、カロライナはコリンを絶対的に信頼している節がある。

 三人で協議した結果、コリンをシアの従騎士として用いることにした。正式な騎士になると、仕事を補佐する従騎士を選ぶことができる。しかも、都合がいいことにシアがアルフとして騎士団に復帰したときに、騎士見習いから正式な騎士になることが決定している。

 従騎士であれば、任務中でも仕事外でも一緒に行動していたとしても不自然ではない。シアが女性であることが明らかにされてしまう危険性も軽減するかもしれない。

 翌朝、コリンを連れてカロライナに説明をした。コリンの必死な瞳に絆されたのか、渋々ながらシアの騎士団入りを承諾した。

 こうして、ただの庭師の息子が輝かしい騎士団の一員になってしまった。

 そんな状況に圧倒されながらもコリンは別のことを考えていた。

 オラは、シアお嬢の傍にまだ居てもいいんだ。アルフ坊ちゃま、お嬢のことを天から見守ってくださいね。シアお嬢に手を出す輩がいたら、その時は…容赦しなくていいですよね、アルフ坊ちゃま?おっといけない、こういうときは目を閉じるようにしないと。いつどこで誰が見ているとも限りませんからね。

 コリンが目を細めて、穏やかな表情を浮かべながらも、どす黒いオーラのようなものを放っていたように見えたが、彼を昔から知る面々は気のせいだとみなすことにした。



 この日の夜、デリックの発案でアレクシア親衛隊が結成された。隊員は伯爵家の長男と次男、コリンのたった三人である。親衛隊の目的はシアの秘密を隠すことが主であるが、不埒な男たちやアルフだと思って言い寄る女たちからシアを守ることも目的に含まれている。

 親衛隊の隊長はデリック、副隊長はコリンとした。ヴィクターは役職なしのただの隊員だ。当初、コリンは「オラが伯爵家の御子息を差し置いて副隊長なんて畏れ多いです~」と言っていた。しかし、この男、普段は穏やかな性格だがアレクシアが絡むと豹変するということを伯爵家の息子たちはよく知っていた。だからこそ、発案者のデリックを隊長、親衛隊結成前から活動していたと言っても過言ではないコリンを副隊長にした。

 シア親衛隊の存在はシアの秘密に直結するものであるから彼ら以外の白銀の騎士団の他メンバーはその存在を知らず、隊員達の配慮でシア本人にも知らせてはない。

 翌年には文官志望と思われた伯爵家の三男トーマスが騎士団に入団し、シア親衛隊の存在を嗅ぎつけて強引に入隊した。その2年後、四男ザカリーも同様だった。四兄弟はシアのことが心配で仕方がないようだ。


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