雨天湿天

小狸

短編

 暗くてじめじめしている日が好きだ。


 曇天も雨天も、好きだ。


 そんなことを言うと、大抵の人は驚き、そしてこう続ける。


「晴れの方が良いじゃん」


 そんなやり取りを経るうちに、自分が少数派だと気付いた。


 小学三年生の頃の話である。


 元からアトピーで肌が弱いというのもあって、私は家にいることが多かった。


 しかしそれを加味せずとも、私は、じめじめした暗い日が好きだった。

 

 そして私は、太陽が嫌いだった。

 

 晴れが、苦手だった。

 

 上から照り付けて、まるで象徴のようにまつり上げられて、こちらの気分が明るくあることを強要されるような気候である。いっそのことずっと雨が降っていれば良いのにと思うが、それもそれで交通インフラが機能しなくなりそうなので、まあ我慢する。


 ただ、そういう陽気の象徴である晴れが、私は苦手だというだけだった。


 私の性格? 


 まあ、ここまでの文章を見ての通り、私は暗い。


 根暗ちゃんである。

 

 クラスの隅でいつも本を読んでいるフリをしているような奴である。

 

 そういう意味でも、雨は好きだ。

 

 一人でいても、寂しくないから。


 傘を持って、合羽かっぱを着て、長靴を履いて、外に出る時が一番ワクワクしていた。


 いつもの通学路が雨粒に濡れて、葉っぱや木々、コンクリイトの色も変わって、世界が違って見える。生物も違う。鳥のさえずりの代わりに蛙の合唱が響き、蝸牛かたつむり紫陽花あじさいの葉の上をう。道路には水溜まりが現れ、雫が波紋を広げて止まらない。傘の上で踊る雨は、不思議な変拍子を奏でている。


 そんな中を、一人で闊歩かっぽできる自分に、子どもじみた優越感を抱いていた。

 

雨の日の通学路は、冒険だった。


 皆は、そうではないみたいだけれど。


 そんな自分を、特別に感じていた。


 明日も雨が降ればいいな――なんて手前勝手なことを考えながら、授業を受けた。これでも成績は良い方なのだ。少なくとも、授業中に外を見る余裕があるくらいは。


 下校時は、一年生以外は通学班無しに、バラバラで帰る。


 基本的に一人で行動している私ではあるけれど、先生が配慮してくれたのか、それとも気を使ってくれたのか――帰りは女子のメンバーに混ぜてもらうことが多い。気にしなくとも良いのに、と思うけれど――これは今考えるとだが――物騒な世の中なのだから、先生方が一人の子を気にするのもやむなしという感じなのだろう。


 途中の送電線のある十字路で、私は右へと曲がる。女子のグループは直進だ。別に孤独を愛するから独りでいる訳ではなく、家がそっちだというだけなのだ。私の家は、十字路を右へ曲がって五分ほど歩いたところにある。


 その五分間は、冒険だった。


 寄り道をすると母に怒られるのでそのまま帰る。


 いつもと違うほの暗い空気と。


 いつもと違う薄暗い雰囲気と。


 雨が降った時特有の匂いと。


 湿気と。

 

 空から絶え間なく降り続ける雫を――傘の下で体感しながら。

 

 私は家へと帰る。

 

 一度だけスキップをしようとしたけれど。

 

 何となく恥ずかしかったので止めた。




(了)

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雨天湿天 小狸 @segen_gen

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