無理矢理すぎる仲直り
「ごめんなさぁぁぁぁい」
目の前でいつも通り清楚なワンピースを着て立っているのは、誰でもない初恋の人だった。耳まで真っ赤にして、体全体で後悔を表現して、大きな声で泣いている。
「紫帆、もういいから!ね?とりまコイツの家入ろ?」
幼馴染みの紫帆の親友である千夏は、陽翔のことをコイツ呼ばわりしてから堂々と人の家に入っていった。…礼儀についてもっと考えた方がいいと思うよ、うん。…でも今はつっこんであげられる暇なんてなかった。紫帆に対する恥ずかしさと、申し訳ない気持ちで顔があげられない僕は、目の前に置いてある小学校の理科で使ったプランターに入った朝顔を見つめた。
「結翔のことが嫌いだったのに、あんなに嫌な思いさせてぇ、ごめんなさぁぁぁぁい」
ヤバイ、困ったぞ。僕は隣で笑いを噛み殺している千夏と陽翔を恨んだ。そう、最初は陽翔の一言から始まったんだ…。
今日、陽翔にふたりだけで遊ぼうと言われた僕と紫帆(紫帆の場合は千夏に言われた)は、まんまと陽翔と千夏の作戦に騙されて、集合時間に陽翔の家に行った。そして、同じタイミングでやってきた紫帆と鉢合わせ、気まずくなっていたというわけで…。
「えーっ、2人とも何でこんなに静かなのー?めっずらしー」
千夏がニヤニヤと笑いながらドアを開けて出てきた。何で陽翔の家から出てきたのか、そう考えて…気付いた。ここで僕は理解してしまった。千夏と陽翔は僕と紫帆の仲直りをさせようとしているんだ。だから、陽翔と僕だけで遊ぶと伝えて紫帆も呼んだんだ。紫帆が来るって知っていたら僕は来なかったもんな…。良いことをしてくれているように聞こえるけど、どうせふたりは楽しんでいるだけだ。うん、迷惑。
「ち、ちちちちちち千夏っ!」
紫帆が分かりやすく泣きそうな表情をしながら千夏に抱きついた。千夏は、紫帆のサラサラな髪の毛をすきながらニヤニヤと僕を見た。
「ま、夜瑠くんの言い分も聞いてあげよっかぁ」
やけに大きいその声に反応したかのように、ゆっくりとドアが開け放たれた。千夏と同じ笑みを浮かべた陽翔。そしていきなり、紫帆に向かってこう言い放ったんだ。
「紫帆、許してあげて。…実は夜瑠には昔、恋人がいたんだ。でも、結翔が奪い取った。夜瑠はフラれたんだ。結翔のせいで。溺愛していた彼女が結翔のせいで、だよ?そんな最悪な人と幼馴染みが仲良しって、辛いじゃん」
紫帆は瞳の輝きを失い、膝からガクリと崩れ落ちた。慌てて僕は紫帆に駆け寄る。しゃがみこんで、嘘だからっ、と叫び続ける。
紫帆は真実を知ってショックを受けたのかもしれない。あ、いや、真実じゃないんだけど。僕に彼女がいたことなんてなくて、しかも僕が結翔について知ったのも最近だ。紫帆は気付いていないと思うけど…これ、嘘だから!
「夜瑠、嘘つかなくていい。夜瑠は優しいから嘘ついているってちゃんと分かってる」
紫帆が泣きそうな目で言う。それに畳み掛けるように、続いて陽翔の声がする。
「夜瑠は優しいもんな、そしてそれを分かってあげられる紫帆も優しいよ。優しい紫帆なら夜瑠のこと、しっかり守り抜けるよな?」
「…うん、がんばる。夜瑠のためだもん」
語尾は涙でかすれていて、陽翔のそれっぽい嘘にも簡単に信じこまされている。普通、守るのって女子じゃなくて男子じゃねーか…?そんなことを思いながら僕は、しゃくり声をあげる幼馴染みを見据えた。そしてニヤニヤ笑うキモい笑顔を浮かべたガキ二人に向かって…。
「んだから、嘘だッて言ってんだろぉぉぉ!?」
「あんなに大暴れした夜瑠見たの、はじめて!」
さっきとは打って変わって機嫌の良い紫帆は、陽翔が出してくれたコーラをがぶ飲みしながら笑った。エアコンの効いた涼しい陽翔の家に入った僕たちは、お菓子をもらってくつろいでいた。
結局あの後、紫帆は大号泣しちゃって、ご近所さんが出てきちゃうような騒動になった。だから、僕たちはひとまず陽翔の家に逃げてきた。紫帆は家に入ってからも全然泣き止まなかったんだけど…。でも、僕の怒鳴り声を真似した千夏のギャグを見て紫帆は大爆笑して、見事笑顔を取り戻すことができた。その後から見事僕らは仲直りして、今はいつも通りだ。よかったよかった…ーん?
気付いた。僕、恥ずかしい人間として利用されただけで、バカにされてるじゃないかぁぁぁ?!どさくさに紛れて三人で僕のことバカにして笑ってるし!?おいおい、ホントに勘弁してくれよぉぉぉ!?
僕の大荒れをバカにしながらも紫帆は今、すごく幸せそうだ。紫帆は単純だから、美味しそ
うなスナック菓子を見てすぐに嫌なことを忘れたようだ。まぁ、僕の大荒れは照れ隠しだってことにされたし、結局嘘は真実だってことにされたようだから僕はまだ納得してないけど。そういえば、よく分からないけれど巻き込まれた結翔は何だか可哀想だ。南無阿弥陀仏!
「っていうか、夜瑠、ホントにごめんね?」
紫帆が前髪を耳にかけながら申し訳なさそうに謝ってくる。隣に座る幼馴染みの頭をポンポンと撫でながら、無理矢理笑顔を作って答えた。
「うん、嘘だからね」
僕はポテチを頬張りながら毎度のように告げる言葉を機械みたいな声で告げる。いわゆる棒読み。
「もーう、照れちゃってぇ」
「おっ、お二人さん、イチャイチャしてるねぇ」
すると茶々を入れにきた陽翔と千夏がニヤリと笑う。紫帆は何が起きているか分かっていない様子で首をかしげる。
「イチャイチャ…?あっ、千夏と陽翔くんが!?いつの間に付き合ったの?!うわぁ、おめでとう!」
…さすが紫帆だ。
「紫帆のばかっ」
千夏の大声を聞いて、千夏の顔が真っ赤な理由を理解する。天然少女は今日もまた、自分に言われていると気付かずに、千夏が陽翔と付き合いはじめたと思い込んでいたのだ。
それから紫帆は、満開の桜が咲いたみたいな顔で笑った。…んまぁ、ただ勘違いしてるだけだけど。千夏は紫帆の言葉を聞いてゆでダコみたいに真っ赤になって、陽翔は慌ててそっぽを向いた。
「違う違う違う!」
「つつつつつつつ付き合ってないわよっ!」
「おめでとぉぉぉぉぉぉ」
親友の祝うべき瞬間だと判断した紫帆は、二人がどれだけ違うと言っても祝い続けた。まさに、立場が逆転した瞬間だ。
「うわー付き合っちゃうかぁ」
ふざけて僕も一緒に同調する。すると…。
「んだから、嘘だッて言ってんでしょぉぉぉ!?」
千夏がキレた。…何だかさっき言ったような台詞。
「明日はついに遠足ね!」
千夏が楽しそうに笑う。時計はもう7時を指した。明日は朝早くから大学をサボって(教授ごめんなさい)ディズニーランドにいく予定だ。陽翔がチケットを準備してくれて、みんなで新幹線に乗って日帰り旅行!今からワクワクしちゃうな!
「っていうか、遠足じゃないけどな」
陽翔の声にうなずきながら、僕は石ころを蹴飛ばす。
「遠足だよね、紫帆」
千夏が紫帆に意見を求める。紫帆に聞くってズルくないか…?
「うん!だぶるでーと、だよ?」
恋愛を知らない人のイントネーションでダブルデートを言う紫帆、すごく可愛い…。マズイ、変態野郎になるところだった…。
「だだだだだ誰がデートよ?!」
陽翔を意識して動揺し始める千夏。紫帆は気付かずにニコニコしてて、陽翔は顔を背けて空を見上げている。真っ赤に染まる夕焼け空みたいな顔をしているの、バレバレだけどね。陽翔を見ながら僕は小さい声で言った。
「青春してますね、お兄さん」
陽翔は小さく笑ってから、やめろよー、と僕を追いかけ回す。急いで逃げるけれど筋肉の塊で構成されたコイツの足は速くて、一瞬で追い付かれる。足はや!!!
「いってーな、やめろよリア充」
僕の挑発した言葉に乗った陽翔が、脇の下をくすぐってくる。ぎ、ぎゃはははは!や、やめろっ。
「ちょっと男子ー、何してんよー」
「くだらないねぇ」
紫帆が千夏と一緒に呆れながら、ウンウンとうなずく。
「何もしてねーよ」
「してないわけないじゃんー」
「何もしてない、をしてるんだよ二人は」
紫帆が変なことを言った。一瞬だけ無言になる僕たち。それから、同じタイミングで吹き出す。千夏、陽翔、夜瑠、紫帆…。僕ら、世界で一番良いチームだと思う。
「これからも、こうやってたくさん笑い合っていこうな!!!」
僕のいきなりすぎる発言に、またまたみんなで腹を抱える。生きてて、良かった。そう思えた瞬間だった。よぉし、明日のディズニーも、楽しむぞぉ!!!
【続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます