はじめての、

明日の学校には行きたくない。理由はただひとつ。


1組と合同で体育があるからだ。


僕と幼馴染みの紫帆は2組で、千夏と陽翔は4組。1組と合同で体育をやるからといって、仲の良い友達がいるわけでもない。なのに、なのに…。


「明日の体育、一緒だね!結翔ゆいと、カッコいいからみんな好きになっちゃうよー…。って、冗談冗談!もー、本気にしないでよねーっ」

電話に耳を当てて、楽しそうにケラケラと笑う紫帆。


結翔っていうのは、1組のイケメンで、本名は板垣いたがき結翔ゆいと。女子にも男子にも人気の男子だ。運動神経が抜群で頭もよく、それでいて優しいので、女子はみんな必ず結翔を好きになるという噂を耳にしたことがある。


紫帆は今も楽しそうに笑い声をあげている。僕はなんだかムシャクシャして、ポテチを口いっぱいに頬張る。学校が終わったおやつの時間に僕の部屋にいるのは、いつもは下ろしている長い髪を後ろで縛った美少女。質素な部屋が紫帆のおかげで華やかになって、何だか特別なホテルにでもいるような気分だ。

「あははっ、結翔ったらなに言ってんのー」

人の部屋だということなんて忘れてごろんと横になった紫帆は、電話先のイケメンとの会話を楽しんでいる。机には難しい問題集がふたつ。せっかくふたりきりで勉強できると思ったのに、邪魔が入った。


「うんうん、そうね。ありがと結翔。…はーい、はいはーい!んじゃまたねー」

ピンク色をした綺麗なスマホを置いた時には、机の上のポテチは空になっていた。

「…ごめん夜瑠ーっ、結翔ったらいつも話長いんだよねー」

紫帆はシャーペンを持ち直してから僕に謝った。紫帆が呼び捨てで名前を呼ぶ男子は、僕と結翔しかいない。僕が呼び捨てで呼ばれるのは幼馴染みだからってことで分かるけど、結翔はなぜ…。ふたりはやっぱりお似合いな感じがするから、心配で仕方がない。

「話長いなら電話しなきゃいいのに」

ついつい八つ当たりのようなことを言ってしまう。今日もふたりで3次方程式の復習をしていたら、可愛らしい音楽が鳴って、僕たちの幸せな時間は破壊された。最近はいつもこの時間帯に電話がかかってくる。…好きなんだから、嫉妬してもしょうがないじゃないか。

「でも結翔から電話かかってきたんだもん。結翔悪い子じゃないんだけどねー。あっ、そうだ。夜瑠のこと、結翔に紹介してあげよっか?」

紹介っていうのが気に食わなかった。付き合い立てのカップルがお互いを紹介し合う、そんな風に聞こえたのだ。

「そういうの迷惑。ってかさ、今日はもう帰ってくれない?紫帆がいると、勉強に集中出来ないんだよね」

あぁ、やってしまった。イラついて、つい酷いことを言ってしまった。紫帆は傷付いたような、怒ったような表情をして僕を見つめた。

「…一緒に勉強してくれるって言ったのに。ひどい、自分勝手すぎだよ」

紫帆が筆記用具を筆箱にしまいはじめたのを見て、言い表しようのない後悔が襲ってくる。


『今日はごめんねーっ、また明日から勉強教えて(笑) よろしくね(^o^ゞ by紫帆』

紫帆から通知が来たのは、紫帆を追い返してしまってそのまま後悔を忘れてしまおうと泥のように眠って、水を飲もうと体を起こした時だった。…怒っていない。…普通のLINEだ。安心して肩の力が抜ける。

『僕こそごめん。また遊ぼうな。 by夜瑠』

すぐに既読が付いたけれど、そのあとに来たのは他人行儀なスタンプだけだった。

『明日の体育、がんばろうな! by夜瑠』

あわてて可愛い熊のスタンプを送る。いつもなら明日の体育の内容とか、たくさんLINEが来るけど、今日は…。

『そだね!がんばろー。 by紫帆』

落ち込んだ。



次の日


「体育合同なんでしょ!?結翔くんを拝めるの羨ましいーっっっっっ!」

イケメンに目がない千夏が紫帆の返答にいちいちオーバーリアクションする。紫帆は苦笑しているけど。

「男女混合でサッカーするらしいよ。頭おかしいってーっ」

紫帆がいつものようにウケを取るけれど、なんとなく元気がないように見えた。僕が話に混ざろうと近づくと、分かりやすく避けてきた。陽翔が笑いを噛み殺すように手で口を覆っている。あ、アイツうざ。


「君って、夜瑠くんだよね。ちょっと紫帆のことで話があるんだけど」

暗い声で結翔に話しかけられたのは、体育が行われるグラウンドに向かうため教室を出た時だった。紫帆は僕から逃げるため、友達と先に行ってしまっていたんだけど…ー。結翔は僕を今までに見せたことのないような怖い表情で僕を見た。

「な、なに?」

ヒヤッとして声が裏返ってしまった。


なんだか嫌な予感がした。



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