トリカブト

猫又テン

あの夏の学校に

今年の夏、親友が死んだ。


投身自殺だった。夏休みが始まる前日、終業式があった日の放課後に、学校の屋上から彼女は身を投げた。


赤い木の実が潰れた様な姿へと変わり果てた彼女を、最初に見付けたのは私だった。


鼻を突く強烈な鉄の臭い。

滅茶苦茶な方向へと曲がった二の腕から飛び出した、赤の付いた白い骨。

光を失い、蝿の止まった虚ろな眼球。

肉は、鴉に啄まれていた。


その全てが、脳裏にこびり付いて離れなくて、目を瞑れば鮮明に思い起こす事が出来た。

冬へと季節が変わった今でも、毎晩夢に見る。


親友はミカという名前で、とても優しくて、とても綺麗な子だった。


ミカは困っている人を見捨てられない性分で、いつも誰かの為に行動していた。私もミカに助けられた一人で、ずっとミカの事が大好きだった。


ミカは強かった。物理的に、という訳ではない。

芯、というのだろうか。自分の意見を言えて、自分が正しいと思う選択を選べる人だった。


雨風が吹き荒れる嵐の中でも、しっかりと地面に刺さって倒れる事の無い杭。


それが、ミカなのだ。


だが、出る杭は打たれる物だ。

弱者に手を差し伸べるミカは、様々な人から好かれる反面、その性格が気に入らない人も居たのか、敵も多かった。


だから死んだ。


打たれて、打たれて、打たれて打たれて打たれて打たれて打たれて打たれて何回も打たれて。


結局折れてしまった。


最近、眠る事が出来ない。

ミカの屍が夢の中に出てくるから、というのが主な理由だが、それだけではなかった。


罪悪感が肩に、背中に、じっとりと嫌な気配を纏わせて、私の全身にのしかかるのだ。


息が苦しくて、胸が苦しくて、だけども壊れてしまいそうな苦しみでは無くて、とろ火でじわじわと焼き殺される様な。

真綿で首を絞められて、ゆっくりと呼吸が出来なくなる様な。


そんな罪悪感だ。


ミカが死ぬ前日、ミカと公園で話をした。

ミカは憔悴しきった顔をしていて、私は明らかな異常に気が付いた。


気が付いたのに、臆病な私は目を瞑った。


ミカは強いから。


私が、何かしなくてもきっと、乗り越えられる。

「ミカなら大丈夫」と言うだけで、何も力になれなかった。


だからミカは死んだ。


公園で別れる前に、ミカは笑っていた。

今まで背負っていた何かが無くなった様な、そんな清々しい笑顔だった。


あの日から、私は毎日学校の屋上に通っている。


ミカが飛び降りてから立ち入り禁止になった屋上に、花束を持って。


ああ。


今年の夏、親友が死んだ。


掛け替えのない存在で、大好きだった。


そんな親友に止めを刺したのは私だった。


助けを求めた親友に、私に、裏切られた時、ミカはどんな気持ちだったんだろう。


私なんて、親友を名乗るのもおこがましい。


毎日屋上に花束を持って行ったって、ミカが戻って来る事も、ミカに許される事も無い。

何の意味も無い行為。


そんな無意味な行為を続けながら、私は今日ものうのうと生きていて、吐き気がした。


きっと私は、一生ミカの死を引きずるのだろう。


私の時間は、あの夏の学校に置き去りになっている。

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トリカブト 猫又テン @tenneko

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