第10話 スキンヘッドに勝てるのか?
「!?」
全力を込めて放った一撃。ハルカは肉片になるはずで、ナンシーは勝利を掴むはずだった。
「避けられ....」
「ははははっ!」
ハルカが小刻みに震えて笑う。恐怖のあまりガタガタと震えていた、と勘違いしていたナンシーはさらに驚く。
「てめえの拳、私の血で丸見えなんだよ。」
カメレオンの獣人、ナンシー。擬態能力は素晴らしくほぼ透明人間に近い。しかしノーガードになったハルカを殴りつづけた結果、彼女の顔から流れ出た血が拳に付着していた。
丸見えの拳。全てを込めた一撃。
「終わりだ、ババア。」
全てを出し切ったナンシーはハルカの背負い投げを喰らって地面に崩れ落ちる。ハルカは顔の血を拭うとすぐに走り出した。
● ○ ●
焦ってポケットを漁る。何か入ってないか。鋭利なもの。硬いもの。重いもの。何か...。
「あっ!」
まさぐった指先が小さめの紙に触れる。
「俺は陰陽術を...使えないんだって。」
ダメ元で「アメツチのコトバ」と言ってもても何も起きない。100mほど前方には正確無比にイブキの顎を狙った拳が迫っている。もう終わりなのか。
助けて、ハルカ。
目を開けるとすぐ前にはスキンヘッドがいて、すぐに視界が揺れた。指先を動かすよりも先に視界が暗転する。
● ○ ●
「やあ。」
「...。」
暗転した分の暗さに張り合うように白く眩い光が満ちた。精神世界だ。姿を認識するよりも先に男の声が聞こえて、イブキは立ち上がる。
「...黒羽クロバ。」
「ああ。」
イブキは皮のソファを床から生み出すとゆったりと腰掛ける。節々の痛みは消えていた。
「
「三日ぶりくらいだろ。」
俺の素早い応答に黒羽クロバは肩をすくめるとどこからともなくチェスを取り出して俺に目配せする。
「や、俺チェスのルールわかんない。」
「...君は人生の大部分を損していると言える。」
「将棋ならできるけど...。」
黒羽クロバが角行と飛車を逆に置くのを正しながらもイブキはさりげなく切り出す。
「あんた、俺のこと殺そうとしてんだろ?ほら、さっきのスキンヘッドだってお前が差し向けたんじゃないのか。」
「そうだ、とも違う、とも言える。」
クロバが銀将を横方向に動かそうとするのを手で制してからイブキは眉を顰めた。
「どういうことだ?」
「もう僕は―――だいぶ前から本体とは切り離されているから。」
イブキは桂馬を動かすと話の続きを促す。
「僕は君が注射した血の中に含まれる黒羽クロバの一部だ。あの
「なるほど?」
100年前の血注射させんなよ、と声が漏れそうになるは当たり障りのない「なるほど」で我慢する。
「気をつけたほうがいいよ。僕はしつこいタイプなんだ。」
唐突に声が篭って聞こえて、イブキは精神世界の終わりを悟る。視界にモヤがかかる。
「また今度。」
「ああ。」
● ○ ●
目が覚めると、何が起きているのかわからなかった。うつ伏せで寝かされている。目の前にはスキンヘッドがいて、何かをしている。手足にこっそり力を込めると固いもので縛られている。
なるほど、このド畜生は気絶している間に手足を縛って輸送を狙ってるらしい。
気絶したふりを続けて奇襲を狙うか?
「さーて、起きたら面倒だし確実に脊髄やっとくかぁ。」
「ッッ!」
イブキは跳ね起きると攻撃に転じようとして、転ぶ。
「ははは、足縛ってんだって。気づかなかった?」
「あ゛あ゛あ゛っ!」
ボキ、と痛々しい音が響く。
荒い叫び声を上げたイブキが腕を折って拘束を解いた音だ。
「てめえの敗因は...俺に覚悟があることを知らなかったこと...。」
「まだ負けてねえよ。腕一本折れたお前。自殺の手段はなし。もう一回気絶させてやる。」
「そして...俺に優秀な相棒がいるのを知らなかったことだ!」
そう言いながら俺は視界の端に見える影にお札を掲げて叫ぶ。
「ハルカ!」
「天地の詞!札を鋭利な短刀へ変えよ!」
遠くからハルカが空飛ぶ何かに跨って飛んでくる。あれは―――箒じゃない。モップだ。そしてスキンヘッドにお札を投げつけて何かに変換すると、スキンヘッドは遠くへ吹っ飛んだ。
「ナイス!―――なんでモップ!?」
「これしかなかったの!」
詳しいことは後で聞くか。
スキンヘッドが戻ってくる前に済ませないと。躊躇う時間もないままイブキは首元に短刀を当てる。ひんやりとした感覚が鼓動の音を大きくさせる。
「ショッキングな映像が流れます。」
そんなふうにふざけて自らを鼓舞しながら短刀を喉に突き刺す。自殺はまだ慣れなかった。
● ○ ●
パキャパキャ、といつも通り体が作り変わる。腕が再生して頭の痛みも消え、髪の色が変わってイブキがバケモノになっていく。
「死ぬっつうのは二、三回やれば慣れるもんだなあ」
イブキはそう呟くと短刀を胸にしまって立ち上がる。スキンヘッドが再び遠くから加速して迫っている。
「ハルカ!今から俺の指示に従ってくれ」
「わかった!」
イブキはハルカをお姫様抱っこして軽くジャンプ。壁を蹴り、ビルの上のヘリポートに立つ。風が強く吹いて、イブキのマントをはためかせた。
「そんな高いとこに立って、ダイビングボディプレスでもする気か?」
「お前はいなし方が上手いし体術じゃ叶いそうにない。躱されたら死にそうだし。」
ダイビングボディプレス。字面の通りコーナーのトップロープから飛び降りてボディプレスをする想像通りのプロレス技である。このおっさんプロレス好きなのかな。好きそうだな。なんなら選手っぽいわ、とイブキは考える。そして手を銃の形にして構えた。指先の銃口はまっすぐスキンヘッドを向いている。
「だから。」
スキンヘッドはその意味に気づかず、不敵に
「奥の手」
イブキは親指の鋭い爪で人差し指を根本から切り裂くと、体から離れたその肉片をおおきく振りかぶってスキンヘッドに投げる。
「!?」
ハルカが息を呑む。スキンヘッドも目を見開く。どうやらこの場にいる誰にとってもこの攻撃は予想外であるようだ。
ヒュッッッ!
「ダーツ!!!」
放たれた人差し指は鋭い爪で空気を裂いて一直線にスキンヘッドを狙う。
「んなっ!?」
スキンヘッドの意識が逸れる。その隙にイブキはビルから飛び降りて壁を蹴り、スキンヘッドの真上へ飛ぶ。
「スタンプ!!」
そのまま前方宙返りして踵落とし。
だがスキンヘッドは目を飛んできた指から離さず頭を逸らすと、肩から生えた太い首で受け止める。
「硬え...」
スキンヘッドは
ビルの上からの一撃は急所を外したとはいえかなりのダメージになったようである。俺の右足はボロボロだが。
「やっぱり打撃は上手く急所を外されるし決定打にはならない...あっちは近接戦闘が得意...遠距離で...。」
イブキはブツブツ呟くと思いついた作戦をハルカに耳打ちする。ハルカはお札を破ってイブキの手に貼り付けた。
「商売道具破ってどうすんだ、姉ちゃん」
イブキはすごい勢いで突進してきたスキンヘッドの攻撃を受ける。
「突進しかできねえのか。」
「あいにく丑年でよ。手につけた札はなんだ?気休めか?」
「攻撃力アップのバフだよ。」
「1が2になったところで大したダメージにはならねえよ。」
軽口を叩きながら、殴る。蹴る。
殴られる。躱す。蹴る。躱される。
殴る。躱される。蹴られる。躱す。
殴られる。躱す。蹴る。躱される。殴る。躱される。蹴られる。躱す。殴られる。喰らう。蹴る。受けられる。殴る。喰らわせる。蹴られる。飛ぶ。
そして。
それが何十回も続いたその時。
イブキはその
数十回かけて同じところに食らわせたダメージ。半歩身を引くスキンヘッドはそのダメージをかばって少し―――ほんの数センチ重心がずれる。
普通なら気づかない程度のスキ。それを見逃さない。
イブキは中指と薬指をちぎって投げる。スキンヘッドはその崩れた重心のまま避けようとする。
「ハルカ!今!」
「はいよ!」
中指と薬指にそれぞれつけていたお札の破片。ハルカが呪文を唱えると、札が縄に姿を変え互いに引き合う。
あっという間にスキンヘッドは縄でぐるぐる巻きにされた。
「...なんて攻撃だ」
「ハゲ野郎。俺らの勝ちだ。」
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