第9話 ろくろ首は強いのか?
「
その言葉でスキンヘッドの体が大きく変化する。バキバキ、と音を立てて首が伸び、伸びた首に周囲の筋繊維が巻き付く。全身から頭のないクビが触手のように伸びて体に巻きつき、バケモノになっていく。
スキンヘッドだったものは全身を薄橙の触手に絡まれた3mほどのゴーレムとなった。
「イブキ!」
「ユーの相手はア・タ・シ♪」
ハルカがイブキにお札を飛ばすが、ナンシーが俊敏な動きでハルカを蹴飛ばしイブキたちから離れていく。
イブキはお札を無事キャッチするが何に使えばいいのかわからない。
お札を何かに変更することもできないし。
「そしてお前の相手は私だ。」
追おうとしたイブキを牽制するスキンヘッド。ハルカには1人で頑張ってもらうしかない。
―――なるべく早く駆けつけるからな、と胸の内で呟くと、イブキはスキンヘッドを睨みつけて構える。
「なぜ妖化を『プルガトリオ』と発音するのか―――。君はわかるか?少年。」
「知らないけど...。
スキンヘッドは―――もはやスキンヘッドではないバケモノは満足気にうなづく。
厨二病を経験した陰キャからすれば煉獄など必須ワードである。
「死んで天国へ逝くまでのその間―――それがプルガトリオ。『半妖が人の姿を脱ぎ捨て妖怪となるとき、擬似的な死を経験する。浄化の炎に焼かれて人としての部分が消え、妖怪となるのだ。』だから
「ああ。そうだな。」
相手が踏み込む。イブキは一歩下がる。
イブキは今まで、死ぬことをきっかけに変身状態になってきた。だが先ほどの会話をこのろくろ首が首を伸ばして聞いていたのならば、黒羽クロバの刺客でありイブキの能力がバレているのならば、そう簡単に殺してはくれないはずだ。
イブキの決定的な弱点。
それは睡眠や気絶。
意識を失うこと。
意識を失っている間に死なない加減で脊髄を傷つけられたら―――詰みだ。一生殺されず、自殺することもできない。
やるしか、ないんだ。
殺してもらえると思うな。
「
つってな。もう飛び降りは懲り懲りだってのに。
そう胸の内で呟くと、イブキはビルの屋上から飛び降りた。
● ○ ●
「あんた...獣人だな。」
「そう言うユーは...?」
「さあ。」
ナンシーが蹴った力は意外に強く、ハルカはイブキたちから遠く―――少なくとも声は聞こえないほどに―――離れた。ハルカは蹴られた脇腹を庇いながら睨み合う。
レブルにも様々な種類がある。
今の俊敏さと動き方を見て、ハルカはナンシーが獣人の類だ予想する。
先に動いたのはハルカだった。
「天地の詞。爆ぜし球を作れ。」
お札が姿を変えた。それはまるでゲームに出てくるような、黒く丸いバクダン。
ハルカは無造作にナンシーへとそれを放ると、ナンシーは慌てず騒がず軽やかな動きで避けてビルに張り付く。
バクダンは爆発するがナンシーにはダメージがないように見えた。
「カエル...トカゲ?」
「ノンノンノン♪」
ハルカは警戒して距離をとる。そして気づく。
相手が色とりどりな草を茂らせた意味に。
「カメレオン、ネ♪」
ナンシーの姿が掻き消えた。
● ○ ●
ペキペキ、と言う音を立ててグシャグシャになったイブキの体が作り変わる。
髪は白く、瞳は紅く。牙マスクに襟付きマント。
「頸動脈が沢山あんな。」
「...黒羽様?」
「違えよ。俺はイブキ。安楽木イブキ様だ。」
爪が伸びる。筋肉がミシ、となる。
「俺が勝っいたら血ィ寄越せ。」
四つん這いのように姿勢を低くして無駄の少ない加速でスキンヘッドの背後に回り込むと、鋭い爪で背中を裂いた。
「脆い!」
「軽いッ!」
2人の声が重なる。
スキンヘッドが攻撃を喰らった首を剥がすと、新たな首を生やす。
「踏ん張れ小僧!」
スキンヘッドがイブキを蹴り上げると、
「いち!」
初撃。右肩。
「にい!!」
二撃。左肩。
「散!!!」
三撃。鳩尾。イブキは吹っ飛ぶ。冗談のように、漫画のように。
少ない力で、最大限運動力を伝えていた。
強い。山崎なんかの比じゃない。
まずいかもしれないな、とイブキは焦る。荒屋やカラオケ屋を突き破って宙を舞いながら
ハルカの方へ飛べばいいとぼんやりと願ったが生憎逆方向へと飛ばされた。
「遅いっ!」
そして飛ばされたイブキに追いつくとダダダダダ、と連打を浴びせる。コホ、と息が漏れた。
「ん゛っ!」
ギュン、と音を立ててイブキが空中で回転し、体勢を立て直す。そして商業ビルの外壁に足を乗せると、プールで泳ぎ始めるときのように蹴り出す。
そして、
「ロケットォッ!」
まさにロケットにように打ち出されたイブキの鋭い爪がスキンヘッドの体を貫通したように見えた。
「!」
あ、という言葉が自然と口から漏れた。
スキンヘッドが回転して腕を受け流す。そして手首を掴んで背負い投げ。
「がはっ!」
衝撃で妖化が解ける。アスファルトに仰向けで倒されたイブキの鳩尾を、スキンヘッドが右足で踏み見下ろした。
「甘いなあ、甘いよ。」
普段の体ならぐちゃぐちゃになって再生できたかもしれない。だが妖化した身体は中途半端に丈夫で鈍い痛みを体に残した。
「お前は体の使い方がわかってない。」
● ○ ●
「〜〜!」
ハルカは声にならない唸り声をあげる。
この数分、
そして札を取り出して顔の近くに持っていくと、何かをする。そして、頭を腕で守ることもせずに無抵抗で殴られる。
「ノーガード戦法?古いんじゃなイ?」
ハルカは返答せずに殴られ続ける。彼女の顔からは血が流れて、誰がどう見ても彼女が劣勢なのは明らかだった。
「万策尽きたの?だったらすぐに言ってヨ。苦しまずに殺してあげるネ。」
ナンシーの言葉がパタリと止み、ブーン、と言う衝撃音が響く。パンチのタメだ。
「室町から続く古武術『一撃拳』。吸った息も、喰らった血肉も全てをかけて殴る。」
流石に当たったら死ぬだろうな、とハルカは呑気に考える。体が小刻みに震えている。
「怖がらないでヨ。すぐ“逝ける”から。」
そしてハルカは振り抜かれたその究極の一撃を、避けた。
● ○ ●
「お前は体の使い方がわかってない。」
「...。」
イブキが先ほどスキンヘッドの背中を引っ掻いた時に付着した爪の血を舐めると、ボキバキャという凝り固まった体をほぐしたような音が響いて体が軽くなる。肋のあたりを骨折していたらしい。
すぐさま「
「...やっぱり一度死なないとダメなのか」
今まで変身したときは
全部死んでからだ。
先のスキンヘッドの話で唱えればいけると思ったが...。
「くそっ!」
ナイフや銃なんか持ってないし窒息死は時間がかかるし、自分で頭を叩きつけるのも限界がある。
飛び降り?ビルに登る時間なんかあるのか?
「戦闘中に長考。あっさり戦闘手段を失う。初心者か?」
「...っ!」
顎を狙った攻撃を必死に避ける。相手にとっては軽いジャブでも変身してないイブキにとっては恐ろしい脅威だ。
「生憎最近なんだ、
早く死ななきゃ。どうすれば。ナイフ。刃物。何かないか。
激しい鼓動。冷や汗。痙攣。
手加減を間違えて殺してくれたりしないか。
ちくしょう、と唸ったイブキのポケットが、青白く光った。
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