第3話 彼の体に何が起きたのか?
「つまり、
老婆とハルカ。二人の女性がとある部屋で話している。
「おめェが死にかけた時に生き返って助けてくれたって?」
「うん。そゆこと。」
老婆の確認にハルカが答える。
清潔感以上に生活感がある部屋。真ん中にはベッドがありその周りを不思議な紋様が囲んでいる。
「そんで、おめェはどう考えてんだ?」
「
コイツ、のところでハルカはベッドを指差す。ベッドには輸血されているイブキが横たわっている。
「そいつは、そいつぁ正気じゃあねえな。」
「正気じゃないって―――それしか方法がなかったんだ。」
二呼吸ほどの間。
「イブキ!」
ハルカが叫ぶ。初対面で今日限りの付き合いだと言うのに―――彼女の喜びようや悲しみようが大袈裟すぎて、イブキは思わず笑う。
「おう。死んだと思ったんだが、生きてた。」
「そりゃ、アンタが注射したモノのお陰だろうねえ。」
『僕がいなければ君は死んでいた』。精神世界で聞いた言葉がイブキの頭に反響する。
この老婆とあの男。何か関わりがあるのかもしれない。
「どういう―――痛っ!」
立ち上がってハルカたちが座る椅子の方へ移動しようとしたイブキは、不思議な紋様に触れて飛び退く。思わず涙目になってイブキが痛みの中心を見ると、紋様に触れた部分は赤く焦げてしまった。
「おい...冗談じゃねえぞ」
「見てみなさい。傷口を。」
老婆が静かに口を開く。焦げた部分はジクジク痛み、イブキの怒りを増量させる。
「なんだこの紋様は!!」
「見るんだ!傷口を!」
老婆の一喝。傷口を見ていないとでも思ったのか。こんなに赤く壊死してしまっていると言うのに。
「一生の傷になったらどう、す、ん...?」
傷を指さして捲し立てたイブキは指差した部分を見る。シュウウゥゥゥ、と言う音と白い蒸気をあげて傷が治っていた。数秒もするとすっかり傷はなくなり無傷の腕が残った。
「お主は吸血鬼になったんだ。その注射のせいで。」
「
老婆は俺のことを憐れむような目で眺めて続ける。
「お主を襲った
紋様が老婆とイブキの間を隔てる。ハルカは黙って話を聞いていた。
「じゃああの注射は―――。」
イブキの問いかけに老婆は重々しく頷く。
「十中八九、と言うより確実に
「でも俺、注射しても体は腐り落ちなかったし、
「『直接血を与える』と言うことが重要なんじゃ。」
老婆は言葉を切る。
「お主は
「つまり、俺は...?」
「
レブル―――Rebel?
「
「あんたみたいな
シビルにポリス、レブル...。カタカナ三文字が多すぎてわからん。整理しよう。
超能力者がレブル、無能力者がシビル。
レブルの中で自警団に所属してるのがポリス、無所属がフェロン。
なるほど。少々ややこしい。
「
「私に言わないで。」
ハルカはピシャリとそういうと、ふっと頬を緩める。
「あんたが
「いや、こいつは
「なんでよ。お婆ちゃんにイブキの将来を決める権利はないわ。」
老婆は―――初めてハルカの祖母であることをイブキは知ったが―――肩をすくめるとイブキをまっすぐ見て喋り出す。
「あんたが
イブキは眉を顰める。
「俺が
「そうさね。問題は現存する吸血鬼が夜の王と呼ばれている
夜の王。その単語にイブキは声を漏らしそうになる。先ほど精神世界で聞いたばかりの単語だった。
「とても残忍で、貪欲で、傲慢な男だ。神のように信仰してるレブルも多い。そんな男の血を使って新たに生まれた吸血鬼―――。否が応でも狙われるだろうねえ。」
ハルカが息を呑む。イブキは目の前が真っ暗になるのを感じた。どうやらイブキの未来は真っ暗らしい。
● ○ ●
その後、意思疎通できる点や暴走していない点から危険性がないと判断されたのか、老婆に不思議な紋様を消してもらい(結界術の一つだったらしい)家に帰ることになった。
「あ、やべ...。」
よくよく考えると下校途中に襲われたのだ。時計を見ると夜の十時を回っていた。
「制服、血だらけだ。どう言い訳すればいいかな...?」
「貸してみ。―――『清めよ』。」
老婆が一言そう呟くと、イブキのシャツの汚れが一瞬にして消えクリーニングから帰ってきたような清潔感を漂わせた。
「半無詠唱魔法。私はまだ『守れ』しかできないのに...。」
「コツを掴めばできるさね。」
玄関を出ると老婆は立ち止まり、ハルカに「送ってあげなさい。帰りに羊羹でも買ってきておくれ」と声をかけた。イブキは初めてそこがハルカの家だったことに気づく。どこかの病院とかだと思っていた、といえば言い訳がましくなる。自分がどこにいたのか全く気にしていなかった。
それにしても。
―――恋人ですらないのに家に上がってしまった...。
と、内心ウハウハのイブキであった。
● ○ ●
数メートルごとにある街頭が二人を優しく照らし、鮮やかな影を作る。
ハルカの家を出て角を曲がり、無言の時間が続くとハルカが遠慮がちに切り出す。
「いいんだよ。戦いとかに無関係でいたいなら。私が毎日あんたに防御結界を貼るだけ。」
「いや。いいんだ。」
驚くハルカ。イブキがそれを許すとでも思ったのか。そう思われていたイブキはなんだか情けなく、悔しく、恥ずかしくなって駆け出す。そして数メートルの距離を走ったあと振り返って叫んだ。
「俺!レブルとして!
イブキの決意だった。退屈な毎日を変えたい。初対面の俺が死んだ時に悲しんでくれたこの女子に報いたい。毎日一方的に守られるような男にはなりたくない。自分を脅かすものには自分が手を下してやりたい。
「レブルは―――死ぬか生き残るか、殺すか殺されるかの世界よ。そんな軽い気持ちで決めていいことじゃ―――。」
「ばーか。俺は死なねーよ。」
心配そうに言うハルカの声を遮ってイブキは言う。
イブキは笑う。ハルカも笑った。
「
「おう。」
2人は別れ道の前に立つ。右がコンビニ、左がイブキの家。
「いいよ。ここまでで。羊羹買うんだろ。」
「うん。」
イブキは自分が言おうとしていたことに違和感を感じる。「ばいばい」。「さようなら」。「じゃあね」。なんだか違う。
「また、明日。」
「うん。また明日!」
空に輝く満月が、イブキの退屈な人生の転機を祝福しているようだった。
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