第26話 コンビネーション
「群城さん、ちゃんと合わせて下さい」
「真奈ちゃんこそ上手いんだから、下手な俺に合わせてくれよ」
俺は休日のGRCに入り浸り、真奈ちゃんと共に定常円旋回の練習をしていた。
「おっ、歳の差夫婦の痴話喧嘩か?」
突然、神来社さんが入って来て俺と真奈ちゃんの会話に入る。
「違います〜登さん、聞いて下さいよ〜群城さんが言うことを聞いてくれないんですよ〜」
「何言ってるんだよ、ドリフトが上手なのに下手な俺に合わせてくれない真奈ちゃんがいけないんだろ〜」
2人はギャーギャーと言い合い、また喧嘩を始める。
「わかった、わかった、まずは2人共落ち着こうか」
神来社さんは俺と真奈ちゃんを静止させ落ち着かせる。
「それで2人共、どのくらい進歩したのかな?」
「それが登さん、群城さんはぜんぜん進歩が無くて直ぐにパイロンに激突するんです。それを私が横で回ってるのが目に付くから気が散って回れ無いって言って来るんですよ〜」
「そんな簡単にクルクル回るの見たら気が散るに決まってるだろ〜俺と同じペースで走れば気は散らないんだよ!」
「わかった、じゃ〜こうしよう。一回真奈ちゃんが群城くんと同じペースで回って見よう、それでちゃんと回れたら群城くんが正しいし、それでも気が散ってパイロンにぶつかったら群城くんが悪いって事でどうかなぁ?」
『ハイ』『わかりました』
2人は納得をして一緒に定常円旋回を始め様とする。
「じゃ〜真奈ちゃん、行くよ〜 3・2・1・Go!」
タイミングを合わせ、走らせる真奈ちゃんは俺のスピードに合わせて回り出す。
一方の俺は自分のペースで回り出すが、下手なので段々と調子が狂い出し自爆するようにパイロンに激突して行く。
「グア〜ッ、またダメだ〜! どうしても隣が気になって仕方が無い!」
「登さん、あんな事言ってますよ〜」
「群城くん、これで花塚姉妹に勝とうなんて無理があるなぁ〜」
「……」
「こりゃ〜当分の間は単独で練習して、もう少し腕を上げてから真奈ちゃんと練習した方が良さそうだな〜群城くん、もうちょっと1人で練習してみようか」
「わかりました……」
そう言って真奈ちゃんと神来社さんはその場から離れ、解散してしまう。
「くそ〜何やってるんだ俺は、人のせいにして言い訳もして逃げるなんて最低だ!」
自己嫌悪になりながら回り続ける俺のストレスは、溜まりに溜まり、定常円旋回どころでは無くなってしまった。
「ダメだ、これ以上はやっても無理だ。今日は帰ろう……」
練習が上手く行かない俺は諦め、アパートに帰ってしまう。
数日が経ち、今度は24ランドで深夜に定常円旋回をしていると楓がやってくる。
「どうしたのよ、そんなに一生懸命、定常円旋回して」
「今度、また大会が有ってさその練習だよ」
楓には花塚姉妹とのバトルをするとは言えず、大会と言う名目にして誤魔化す事にした。
「ふ〜ん、そうなんだ……ねぇ〜 そう言えば今日はなんの日だか知ってる?」
「んっ、知らん」
今日は2月14日なのだが、俺は建前の義理チョコしか貰った事は無く、無縁の日だった。
「嘘、知ってる癖に! 今日はバレンタインデーで女性が男性にチョコあげる日よ」
「俺は貰える人が居ないから知らん!」
「そう、イサムの為にチョコ持ってきたんだけどなぁ〜要らないならあげないんだからねぇ〜」
「えっ、俺にくれるのか? 是非くれ! いや、下さい」
「どうしようかなぁ〜」
もったいぶる楓は、焦らすだけ、焦らし、俺をいじめる。
「なんだよ、くれないのかよ……」
「仕方ないわね〜じゃ〜あ・げ・る・♡」
手渡された立派な箱に入ったチョコを、俺は喜び貰う。
「本当にいいのかよ〜うお〜初めてだよこんな立派な箱に入ったチョコ、嬉しいぜ〜中を見ていいか?」
「いいわよ〜」
ワクワクしながらラッピングされた箱を少しづつ解いていき、中身を確認する。
「……楓さんや」
「何かしら?」
「俺は今日まで様々な義理チョコを貰ってきた」
「それが何よ……」
「5円チョコや大袋に入ってたチョコ1個とか、ミニチョコ3粒とか色々だ!」
「だから何よ」
「俺は生まれて初めてだよ、バレンタインデーの日に手作りチョコレートのレシピをくれた奴は……」
立派な箱を開けるとチョコは入っていなく、中には手作りチョコのレシピが書かれた用紙が1枚入ってるだけだった。
「3月14日のお返しは、それを作ってね〜♡」
「おい、お前〜これ無理だろ! ベルギーから取り寄せたうん千円のチョコから作れって、鬼だ!」
「仕方ないわね〜じゃ〜お金は出してあげるわよ」
「結局、作るんか〜い!」
2人の会話は弾み、元の話に戻る。
「それで次の大会は、また1分間回り続けるの?」
「いや、今回は2人ペアの競技なんだが相方が上手すぎて付いて行けないんだよ。それで負担かけない様に1人で練習って訳さ」
「ふ〜ん、じゃ〜私がその相方の代わりになってあげようか?」
「えっ! お前が出場するってことか?」
「違うわよ、今ここだけの話よ。1人で黙々とやってもその相方と一緒に回れるかどうかわからないでしょ?」
「まぁ〜そうなんだけどなぁ」
「それじゃ〜決まりね」
何故か楓は嬉しそうにもう1つのパイロンを持ってきて準備をする。
2台、新旧の86が並び準備が整う。
「じゃ〜始めましょ」
「わかった、カウントするぞ。3・2・1・Go!」
2台の86がパイロンを周り始める。
「よし、いい感じだ!」
同じタイミングで回り続ける86は、まるでワルツを踊るかのようにクルクルと回り続け、社交界で踊る男女のようだった。
(あれ? 俺、こんなに気持ち良く回れたっけ? いつもなら隣で走られると嫌な感じがして、すぐにパイロンにぶつかるのに……なぜだ?)
蒼いAE86と桜色したFT86はクルクルと回り続け、数十分も回り続けている。
「なんだ? 不思議な感じだ。まだ回り続けている⁉︎ 俺がこんなに回り続けられるなんて奇跡だ!」
いつもなら数分でパイロンに激突するはずなのに数十分回っていても平気だった。
「楓、すげ〜よ。俺こんなに回れたの初めてだよ!」
「よかったわね、それなら今度は8の字やってみない?」
「8の字か? 余りやってないから出来るか心配だ」
「左右の旋回が出来るなら簡単よ、ほら」
楓は2つのパイロンの間隔を空け、桜色のFT86を8の字に回り始めた。
「これが定常円旋回の応用よ、どう?」
(このテクニック、楓は誰に教えてもらったんだろうか? やはり羽瀬川なんだろうか?)
この時、俺は別の事を考えていたそれはこのテクニックを教えてくれたのは羽瀬川氏なのだろうか? と思い疑っていたのだった。
「……イサム、イサム? どうしたのよ〜何を思い詰めてるの?」
『ハッ』と気づく俺は意識を戻し、今の考えを気とられない様に誤魔化す。
「いや、なんでもない。それじゃ〜一緒にやろうか」
はぐらかすかの様に行動に移す俺を見て、気に入らない楓は俺に蹴りを入れた。
ゲシっ!
「イテ〜なんて事するんだよ〜!」
「別に〜」
相変わらず、何を考えてるかわからない楓を見て『何が不満なんだよ……』と思いながら蹴られた場所を俺は撫でて痛みを取っていた。
「早く、やりましょうよ」
「わかった、わかった」
24ランドの誰いないサーキットコースに2人は仲睦まじく、時間を忘れる程、夢中になっていた。
翌週の休みの日、GRCで俺は定常円旋回の練習に励む。
「おっ、群城くん。良くなって来てるじゃないか」
「神来社さん、どうもです」
様子を見に来た神来社さんは、俺が腕を上げている事に驚いている。
「短時間でこんなに上手くなるとは驚きだよ、これなら真奈ちゃんと走っても大丈夫なんじゃないかな?」
「そうなんですか? それじゃ〜一緒に走ってみようかなぁ〜?」
「じゃ〜呼んでみるよ」
スマホを取り出し神来社さんはLINEで真奈ちゃんにメッセージを送る。
数十分もすると、真奈ちゃんが汗をかきながらGRCにやって来る。
「登さん、呼びました? ハ〜ッ、ハ〜ッ!」
息を切らせ、慌ててやって来た真奈ちゃんは疲れながらも神来社さんに話掛ける。
「真奈ちゃん、そんなに急がなくていいのに」
「いえ、登さんに迷惑はかけたくないので急いで来ました」
「真奈ちゃん、すげ〜な〜」
中学生の純粋な恋心とは凄いバイタリティだな〜などと俺は思い、感心をしていた。
「それじゃ〜真奈ちゃんの息が整ったら始めるとしよう、RCカーは持ってきてる?」
「店長にお願いしてもらって、ここに展示保管してあるのですぐに走らせられます」
そう言って表の焼きそば屋にRCカーを取りに行ってしまう。
「真奈ちゃん家って、この店の近くなんですか?」
「いや、最低でも車で20分は掛かると思ったけどな〜? きっとお母さんに車で連れて来てもらったんだろ?」
「でも凄い汗でしたよ?」
「まさかなぁ〜」
「まさかね〜」
『わっはっはっはっ〜』
神来社さんと俺の2人は顔を合わせ、真奈ちゃんが家から全力疾走して来たとは思えないと笑っていた。
「お待たせしました、登さん! はっ〜、はっ〜」
「そんなに息を切らせて、まさか家から走って来てないよね?」
「えっ? 家から全力で走って来ましたよ。それが何か? は〜、は〜」
男2人は驚き、ヒソヒソ声で相談を始める。
「おい、やばいぞ! まさか家から全力疾走だぞ」
「どうするんですか、神来社さん。彼女が可哀想ですよ〜」
「うむ〜後でここの焼きそばか、焼き饅頭でも奢ってやろう」
相談を終え、本題に入る。
「それじゃ〜息も整ったと思うから始めようか〜」
「お願いします」
俺と真奈ちゃんは2つのパイロンの横にRCカーを置き、スタンばっている。
「それでは行くぞ〜3・2・1・Go!」
2台のRCカーは一斉に走り出し、パイロンの周りをクルクルと回り出す。
「おっ! いい感じじゃ〜ないか〜」
俺の蒼いAE86と真奈ちゃんのGRカラーA90スープラは、競い合う様に回るのでは無く、同じタイミングで回り続け噛み合った歯車の様に回っていた。
「うん、うん、これなら花塚姉妹に劣らない走りだ。イケる、イケるよ、群城くん」
「本当ですか?」
勝てる見込みが生まれ、これで挑戦を受けれると確信した俺は次の週に花塚姉妹に勝負を挑む事にしたのだった。
第27話に続く……。
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