プロローグ
ふんぞり返り、
その
この学院での最高権力者と言える二人に向かい合うのは、友人の
私、ジゼル・アーリヤードはしがない
「なんだと……?」
ノアンナ様の妹、マリア様だ。
以前から
「何がおかしいと言うのだ。マリアは姉に教科書を破られ、ノートに落書きをされたと言っているのだぞ。謝るのが筋であろうが」
マリア様が言っているだけであろうが。
平和な昼休みの食堂の光景をぶち
人々には
「それが事実かはどのように
「授業が終わり、
一方の言い分だけで事実と決めているのが王太子だなんて。
殿下は王宮内のごたごたで長らく
「それがおかしいと申し上げているのです。昨日は私たちの学年は先生方の会議のため授業が短縮され、マリア様よりも先に学校を出ておりますから」
マリア様ははっとしたように冷や
「姉だけこっそりと残っておったかもしれんだろうが」
「いいえ。私とノアンナ様、それから二人の友人と町に出かけましたのでそれはありえません」
「そんなものは、口では何とでも言える」
「え……?」
最初に
マリア様のことは名前で呼び、ノアンナ様のことは『そこの姉』呼ばわりするなど、一方にだけ肩入れしているのがあからさますぎるし、王太子として
「それは
「そ、そんな……! 私、そんなひどいことしません! 殿下、
マリア様の目が大海で泳いでいます! 殿下、騙されないでください! と、そっくりそのまま返してやりたくなったが、
「ぬう……。では、マリアがやったという証拠を出してみろ! そこの姉がやっていないという証拠でもいい。私に示して見せろ」
殿下はノアンナ様がやったという証拠をお持ちだからこのようなお話を衆目を集める中で始められたわけではなかったのですか? 手ぶらで来た挙句流されるだけですか?
そう問い
「あ……。あのぅ……、証拠ではありませんが、私も授業が終わった後すぐに、ジゼル様とノアンナ様が馬車に乗って学院を出るところを見ました」
「私もです……」
離れた場所でも、何人かが同意するように頷いている。
ありがたい。
しかし殿下は苦々しげにそれらを見回すと、ふんと鼻を鳴らした。
「口裏をあわせているのだな? みなで姉と
「ノアンナ様も私たちも、そのようなことをしても不利益しかありませんわ」
ノアンナ様は成績優秀で、容姿に
わざわざマリア様を
何人もの証言を得たノアンナ様をマリア様は
ルチア様に取り入ることで、婚約者である王太子に
しかしそこへ殿下が不意にくるりと振り向いた。
持ち球がなくなって、マリア様自身に
だが振り向いたそこにあったのは、かわいさと憐れさの
王太子が勢いよくばっと開いた口は、声を失ったかのように閉じられた。
固まった殿下に気づき、マリア様は
しかしさすが王太子、立ち直りが早い。すぐに
「なるほどな。おまえはすべてを知っていたわけか。もっと早く言えばいいものを……。まあいい。その忠義心は認めてやろう。そこの女、名を何と言う?」
忠義心? 王太子という地位を持った人に対する不信感しかない。
一人で
「すべてを知っていたわけではありませんし、名乗るほどの者でもございません。ではご理解いただけたようですので、
どうせマリア様に聞けば私のことなどすぐ知れるのだが、さっさとお
「
ふっと笑ってみせた王太子に、思わず『うへえ』と顔が
「おい、どういう顔だそれは」
「
面白いと言って私を認めるふりをし、余裕がある王者の
証拠に、殿下の周囲には残念なものを見るような目がより一層増えている。
「ますます面白い女だな。おまえ、側室になれ」
「断る!」
「なんだと!?」
しまった。こういうのを売り言葉に買い言葉というのだろうか。
このラングルス王国で側室を持つことが許されているのは国王だけであり、
「申し訳ありません、
「
そりゃあ「断る!」以上の本音なんてありはしない。
「申し訳ありません。あまりのことに動転しておりまして」
「仕方あるまい。まあ、
「
● ● ●
すたすたと足早に歩きながら、「ノアンナ様、
「いえ……大丈夫ではありません」
「ごめんなさい……。余計な口出しをしておきながら、うまく切り
「
「助けてくださってありがとうございました。今日のことは私、一週間くらいは笑っていられると思います」
ノアンナ様は
「
どうせ一度もノアンナ様の名前が出てこなかったような人だ。しかし、そう思ったのはさすがに甘かったらしい。
翌日私は城に呼ばれた。
相手はこの国の王であり、つまりはあの王太子の父親だ。また面倒くさいことになりそうだが、売られた
● ● ●
城へは
事情を話してあったから父もいたく心配していたが、いくら
そう思ったのだが、敵や危険とは日常の中に
我がアーリヤード
領地はその立地から
父が事業を
兄二人と共に地道な金策に走り回りなんとかしのいだが、貴族らしくなく家族
政略
顔も地味で取り立てて
使用人も
しかし今後貴族としてやっていくにはそれではいけない。そう父が奮起し、二年前から王立学院に通わせてもらっている。
王族が将来自分の側に置く者をその目で見つけ、関係性を
それも三か月で卒業だ。そうしたら領地へ行って、伯爵家のため、領地のために何ができるか、改めて視察して回り、
そんな私が城に呼ばれたわけだが、王太子に対する不敬として
そう構えていた私に国王は告げた。
「ジゼル・アーリヤード。そなたはシークラント公爵に
その言葉には絶句するしかなかった。
法から言えばそんなものは罰ではないが、私の人生を取り上げたに等しいのだから結果としては十分すぎる罰だ。
というのも、シークラント公爵とは結婚
もちろん、公爵だけあって金銭も地位も持っている。その上見た目も非常によく、さながら物語に
しかし、
幼い
ただ、うっかり三歩以内の
それだけではない。いくら人嫌いでも兄弟もいないから
そんな
だから娘を嫁がせたいと近づく家があっても、婚約に至ることはなかった。
幸せにはなれないとわかっていて大事な娘をそんな公爵に嫁がせるなんて、と大きな批判が小さな声で
だが国王の
それゆえに誰が
王太子が阿呆ならその親も親馬鹿だが、さすが国王なだけはある。
そこに私を持ってくるとは、十分すぎる嫌がらせな上に、公爵の嫁問題も解決と、一石二鳥だ。
なんとか
国王は一方的に告げると用が済んだとばかりに席を立ち、私は周囲を兵士に
家のボロ馬車ではない。
手続きとか。準備とか。家族への
私に人権などないとでもいうような
そもそも公爵とてこんな
この国は王太子を中心に回っているのか。腹いせでこれほど人を
この国の歴史はそう続くまい。
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