【短編】勇者じゃないと追い出された俺は、聖女じゃないと追い出された彼女と暮らしています

うり北 うりこ

第1話


 ぐるぐると鍋をかき混ぜる。部屋には熱気が満ちている。

 ……暑い。なんで、冷房がないんだ。いや、窓を開ければそれで済む話なのだが、虫が入ると嫌だから開けたくない。

 俺はグツグツと煮たっている鍋を睨み付けるが、だからといって状況が変わるわけでもない。


 俺が異世界へと召還されておよそ一年。色々なことがあった。


「まったく、勝手に呼び出しておいて勇者じゃないからって追い出しやがって」


 あの頃のことを思い出す。俺は勇者として異世界へ呼び出されたが、微塵も適正がなかった。それは、同時に聖女として呼び出された女性もだった。

 俺たちは追い出され、二人で隣の国へと亡命した。そして、今は二人で助けてくれた国で冒険者と回復師として一緒に暮らしている。


 回復師とは、作った食べ物や飲み物で食べた人の体力や魔力の回復、怪我や病気を治す人のことをいう。その力は個人によってかなり差があるが、俺はトップクラスらしい。


「今日もお弁当、残さず食べてくれたかな」


 夕飯の支度をしながら、朝早くから出掛けた彼女がお弁当を頬張る姿を想像して笑ってしまう。


「肉が好きとか意外だったな。しかも、よく食べる」


 何でも美味しいと喜んで食べてくれるが、肉を好む彼女のために夕飯のシチューは特性の肉団子を入れてある。

 きっと今日も魔物を退治してお腹を減らして帰ってくるだろう。しっかり食べて回復して欲しい。俺にできるのはサポートだけだから。


 シチューが完成した頃、家のドアが開いた。彼女が帰ってきたのだ。そんな彼女の手には二メートルくらいの鳥の魔物が握られている。


「これから、さばいてきます。けど、その前に何か飲み物を頂けますか?」


 冷やしておいた麦茶のような風味のお茶を渡し、お弁当箱と空になった水筒を受け取る。

 本当は俺が捌ければ良いのだが、正直生き物を捌くのは無理だ。怖い。そんな俺に「適材適所ですよ」と笑う彼女の優しさに何度助けられただろうか。



 夕食では、彼女は肉団子が入っていることをとても喜んでくれた。


「ユキくんの作るご飯はどれも美味しいです。それに、力が湧いてきますね」

「ありがとうございます。トミさんが新鮮なお肉を持ってきてくれるおかげですよ」


 そう。俺が聖女で、彼女が勇者だったのだ。

 まぁ、八十九歳のトミさんが勇者だとは誰も思わないよな。聖女が男だとも……。


 俺は食後のお茶をトミさんと飲みながら、この平和が少しでも長く続くことを願った。


 

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